第59話 ナヤの鉄拳制裁




 リラはシンシアさんと共に、ポクル宮の一室にいた。ここはナヤの世話係であるユーバートに案内された部屋。ここでナヤを待つように言われているのだ。


「謝れたの?」とシンシアさんが聞いた。リラは「いや……」と苦笑い。

「それがまだ……ドタバタしてたんで」

「ナヤは今何してるの?」

「お父さんから呼ばれたみたいです。ちょうどいいから色々話してくるって言ってました。……多分時間がかかるんじゃないかと思います」

「そう」と一言返し、シンシアさんは自分の作業に戻る。今回の事件をノートに暗号で書きこんでいるらしい。




 *




 ナヤは、帰ってきた父アルカズと、書斎で対面していた。

「お前を呼んだのは他でもない。これの説明をしてもらうためだ」

 アルカズは机の上に小さなテープを乗せた。


「それは何です?」

「監視カメラの映像だ。お前がモモンガになって空を滑空しながら森へ逃げる様子が映っている。……これは、本当にお前なのか?」


 ポクル宮のあちこちに監視カメラがあることは、もちろんナヤも知っていた。この展開は、だいたい想像していた通りだ。

「はい。私は、獣人です。生まれたばかりの頃、ブルービーストによってすり替えられたと聞きました」


「私の本当の娘はどこだ」

「……本当、の……」

「どこにやったんだ!」


 ガシャン! と机が叩かれる音と、悲しみではなく怒りに染まった父アルカズの声。これは、ナヤの想像とは違った。


「お、お父様、落ち着いて話を聞いて……」

「『お父様』などと呼ぶな!! お前からそんな風に呼ばれる筋合いはない!」

 そんな言葉と共に本を投げつけられ、ナヤは悲鳴を上げて身を縮こまらせた。


「今すぐこの家から出て行け! この……卑怯で薄汚いけものめ!」


 さらに本やスタンドが投げつけられ、ナヤは泣きながら書斎から飛び出した。




 *






 ノックが聴こえ、リラが部屋の扉を開く。立っていたのは、ナヤの世話係、ユーバートだ。何やら瞳を潤ませ、困り果てたような表情をしている。

「ユーバートさん。何かあったんですか?」

「旦那様が……ナヤ様を追い出されてしまいました」

「え、追い出した?!」


「はい。リラさんは、ナヤ様のご友人と伺っています。身勝手なお願いとは思いますが、どうかこれから先、ナヤ様を……」

 ナヤの手を取ってそう言うユーバート。リラは、ぐっと手を握り返した。

「はい。できる事はします。安心して任せてください。ナヤはどこに?」

「駅に向かわれたのではないかと思います」

 後ろでシンシアさんが立ち上がった。

「車で先回りしょう」




 *




 空が夕焼けで染まる頃、駅の前にいるリラ達の元へ、ようやくナヤが現れた。ゴロゴロとスーツケースを引きずる音を立てながら。


「どうして……こんなところにいるんです?」

 二人を前に眉をひそめてそう言うナヤ。


「ユーバートさんに、きっと駅だろうって言われたの」

 リラがユーバートの名前を出すと、ナヤの表情は少し緩み、寂しげな物になった。


「ユーバートさんに言われたんだ。『ナヤ様の事を頼みます』って。だから私に、ほしい」


 ナヤはまた厳しい顔でリラを睨んだ。

「私は、あなたの助けなんかいりません。自分の事は自分でできます。じゃあ、さよなら」

「待って!」

 リラが、歩いて行こうとするナヤの手をつかむ。


「分かってるよ。ナヤが力のある人だってことは。私、あなたに謝るためにここまで来たの」

「……謝るって、何をです?」


「あなたの事を低く見て、馬鹿にして、話も聞かないで、危険な目に遭わせた。武器を突き立てたりまでして、深く傷つけたと思う。私が悪かった。本当にごめんなさい」

 リラは深く頭を下げた。しばらくしてからゆっくり頭を上げると、そこにはまだ厳しい顔のナヤがいた。


「あれだけ傷つけたもんね……一発、殴ってもいいよ。本気で」

 リラがそう言うと、キュッと口を結んだナヤ。片足を後ろへ引き、重心を移動させながら、リラのお腹に思い切り正拳突きを打ち込んだ。

 ドスッ! という音と同時に「うっ!」とリラが前かがみになると、今度は強烈なビンタが頬に飛んできた。バチン! と大きな音が鳴り、通行人が少しざわつく。


 どちらも想像以上に手加減ナシで痛い。『本気で』と言ったからそれはいいのだが、同時に『一発』とも言ったはず。これは……?

 リラが歯を食いしばって両方の痛みを耐えながらナヤを見ると、ナヤはこう言った。


「約束を破って二発殴りました。あなたも一発殴っていいですよ」

「え……いや、私は……」

「このままだと私も後味が悪いんです」


 リラは仕方なくナヤの頬を叩いた。やはりバチン! と音が鳴る。ナヤは叩かれた頬に手を当てたかと思うと、泣き出した。


「ご、ごめん。そんなに痛かった?」

 リラがそう聞くと、ナヤは首を横に振った。


「お金も地位も家も家族も、全部失いました。それに恋人も……。イザックはどうして会いに来てくれないんですか? イザックに会いたい……」

「うん……一緒に捜しに行こう。きっと私の師匠が力を貸してくれるよ」


 ナヤは涙を拭きながらうなずき、リラとシンシアさんと一緒に車に乗り込んだ。



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