第57話 リラ、大空を滑空
爆発が起こった数カ所のうちの一つに、レブがたどり着いていた。先に来ていたブルービーストのメンバーが「レブさん!」と駆け寄ってくる。
「数カ所で爆発が起こりました! けが人はいませんでしたが、壁や天井が崩れて一部の区画が侵入困難になってしまい……」
「はあ?」とレブ。
「お前らがやったんじゃないのかよ?」
「違います! 通ろうとしたら急に……」
「ならここは後回しだ。急がないと警察と軍隊が来るよ。チェッカー自体より研究員優先で探せ!」
レブが大声でそう言うと、ブルービーストのメンバーは散っていった。
*
ナヤは隠し通路のある部屋の扉を開け、中にいた母ルナに抱き着いた。
「お母様! お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫。あなた達は?」
「私もユーバートも大丈夫です。ライトはどこに……」
「え……」とルナ。
「一緒ではなかったの? シェンギをやりたいって、あなたの部屋に向かってたんだけど」
それを聞いてナヤの血の気が引いていった。まわりの奉公人達もざわつく。
「誰か、様子を……」
ルナが言うが早いか、ナヤは部屋から飛び出した。
「ナヤ! 待って!」
「いけません、ナヤ様!」
ルナとユーバートが同時に叫ぶ。だがナヤは止まらなかった。廊下の割れている窓から城壁を伝い、自分の部屋を目指して登っていく。
車を湖のほとりに停め、リラとシンシアさんはポクル宮の中に入っていた。宮殿のこの辺りは水浸しで、今の所、奉公人やその他の人物の姿も声もない。
「ナヤーっ! ナーヤーーーっ!」
大声で名前を呼びながらポクル宮を走り回るリラ。シンシアさんも後ろに続いている。
進行方向先の曲がり角の向こうから、パシャパシャと足音が聞こえてきた。リラが急いで走ろうとすると、シンシアさんが肩をつかんで止めた。
「構えて」
そう言われてリラは慌ててドライバーガンを構える。案の定、曲がり角からはブルービーストの服を着た獣人が二人現れた。
「お前達、研究員か?」
リラ達は答えずにブルービーストのメンバーとにらみ合う。
「……まあいい。取りあえず連れて行こう」
そう言ってメンバーの一人が剣を抜いた瞬間、銃声が響いて剣が落ちた。撃ったシンシアさんは、ためらわず二発目を撃ち、もう一人のメンバーも「ぐあっ!」と腕を抑えて膝をついた。
その奥から「どうした!!」と他のメンバーの声が聴こえ、リラ達は急いで引き返す。ところが、そちらからもパシャパシャと足音が聴こえてきた。
シンシアさんは銃を構えながらリラを脇にある階段の方へと押した。
「登って! 私がここで引きつけておく」
*
城壁を「ライト……ライト……」と呟きながら登っていくナヤ。自分の部屋へとつながる廊下にやっとたどり着いた。ここは高いため波の直撃を免れており、窓が割れていない。アーマーのグリップで叩き、ガラスを割って中に入った。
急いで自分の部屋へと走り、扉を開ける。
「ライトー!」
ナヤが大声で呼ぶと、ベッドの下からライトが這い出してきた。駆け寄って抱きしめる。
「お姉様、苦しい!」
「よかった……どうして一人なんですか。世話係のミラは?」
「様子を見てくるって……隠れてろって言うから」
「もう大丈夫です。一緒にお母様の所に行きましょう」
ナヤはライトの手を引いて部屋を出た。ところが、すぐ脇の階段の下から足音が聴こえてきたため、ナヤは慌ててライトを部屋の中に押し戻し、アーマーを構えた。
音を立てないように深呼吸。押しつぶされそうだった恐怖は、いつの間にか小さくなっている。ナヤには生まれて初めての感情が湧き上がっていた。背中の奥にはライトがいる。今、大切な弟を守れるのは自分だけ。使命感? それとも、これが勇気というものだろうか?
足音の主が姿を見せると同時に、ナヤは相手の足に向けてグリップを投げつけた。
「うわぁっ!!」
そう叫びながら飛び上がったのは、リラ。ギリギリでグリップをかわし、床に転がる。
「リラ?! あ……あなたどうしてここに?!」
口をあんぐり開けて驚愕するナヤ。リラはすぐに立ち上がってあわあわと喋り出した。
「ナヤ、会えてよかった! えーと、私あなたに言わなきゃいけないことがあって来たんだけど、でも今はちょっと、下から蛇、みたいなワニの顔の、階段埋め尽くすくらいでっかいのが!」
「ワニの顔の蛇……『ボアゲータ』の獣人?! あなたを追ってきてるんですか?!」
「分からないけど多分それ! どっちに逃げたらいいの?!」
「ここは最上階ですよ?! これ以上逃げる場所なんてありません! どうして登って来たんですか?!」
「そんなの知らないよ!! シンシアさんが登れって」
「誰ですかシンシアさんって!!」
二人が喚いていると、突如として石壁が弾けるように崩れた。中から現れたのは、リラとナヤを二人まとめて一口で飲み込めそうなほど巨大なワニの頭。体はそれと同じように巨大な蛇だ。
リラは叫び声を上げ、ナヤはすかさずアーマーのグリップをボアゲータの目に投げつけた。命中してひるんだ隙に、ナヤはリラを部屋へ押し込んだ。自分も飛び込み、扉を閉める。
「こっちです!」
リラとライトの手を引き、窓のシャッターのスイッチを押してからくぐり抜け、バルコニーへ出る。シャッターが中ほどまで降りてきた辺りで、入ってきた扉が壁ごと吹き飛び、ボアゲータの顔が覗いた。すぐにこちらに気付き、ズルズルと床を這ってくる。三人はすぐにバルコニーの端まで逃げた。
ボアゲータはシャッターが下り切る寸前に鼻先を押し込んできた。シャッターを歪ませてこじ開けようと、グリグリと激しく鼻先を動かす。
「ナヤ、どうする?」
一応ドライバーガンを構えるリラ。ここに逃げるまでに何度もこれで撃ったが、ボアゲータの鱗は硬く、たいして効き目がなかった。それでも武器を持って身構えるしか、リラには方法がない。
ところが、ナヤはライトをリラの前に押し出した。
「この子、ライトをしっかり抱きしめてください」
「……え?」
「早く!」
リラはドライバーガンを背中に戻し、言われるがままライトを抱きしめる。
「で、どうするの?」
「絶対に離さないでください。何があっても絶対に!」
そう言ってナヤはリラに体を反転させた。目の前には針葉樹林と山々。リラはうっかり下を見て足がすくんだ。大きな杉の木が植木のように小さい。地上まで何十メートルもある。
「ねえナヤ! どうするのって!」
「お、お姉様?!」
ライトも不安そうな表情。ナヤの「大丈夫ですから!」という返事と同時に、シャッターが外れるようなバキン! という音が響いた。
「ナヤ?! どうする……」
「じっとしててください!」
ぐいっとナヤに背中を押され、リラはバルコニーから落下した。
「いやあああああーーーーっ! ああああーーーー!」
リラの悲鳴が空に響き渡る。ところが、ナヤに背中をつかまれたリラ達は真っすぐ落下はせずに、まるでターザンロープに捕まっているように斜めに空を滑空し、木々の間を縫って左右に揺れながら、森の中に着地した。
ごろりと地面を転がり、リラはすぐ体を起こした。
「ライト君、大丈夫?」
ライトは頷きながら自分で体を起こす。
「お姉様は……?」
ライトとリラがナヤの姿を探していると、二人の前にストン、と白いふわふわした毛並みのモモンガが降り立った。
そのモモンガは二人の方を向くと、すうっと膨らんで姿を変え、ナヤになった。
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