第51話 ポクル宮にいる部外者




 ナヤはテーブルの前で幸せをかみしめていた。着ているのはアカデミー入学祝いにプレゼントされた白いドレス。目の前には大好物の『エリマキホロホロ鳥のミートローフ』が湯気を立てており、顔を上げれば優しい母ルナ・ローリーと、可愛い弟ライト・ローリーの笑顔がある。

 そして、大好きな父アルカズ・ローリーも、もうすぐやってくる。




 部屋の扉が開かれ、アルカズが入ってきた。ナヤ達三人は席を立ってお辞儀をする。アルカズは手を軽く上げて返事をして席に着くと、にっこりと笑顔を見せた。


「ナヤ、お帰り。大変な思いをしたと聞いたが、怪我も無く何よりだ。こうしてまた四人で食卓を囲めることを嬉しく思うよ」

「ありがとうございます。お父様」

 席に着いたまま、またお辞儀。アルカズは手をパンパンと叩き、部屋にいる奉公人達を下がらせた。四人の体の緊張がほぐれる。


「ナヤ、いい臭いでしょう? あなたの大好きな、エリマキホロホロ鳥のミートローフ」

 母ルナ。ナヤは「はい」と溢れんばかりの笑顔でうなずく。

「ハーブの香りがたまりません」

「お姉様、超大好きだもんね」

 弟ライト。アルカズが「こらこら」とたしなめる。

「言葉遣いが汚いぞ。家族だけだからといって、だらしない喋り方をするな」

 ライトは「はーい」と返事をするものの、あまり気にする様子でもない。


「お父様、今日もお仕事お忙しかったようですね」

 ナヤがそう言うとアルカズは「そうなんだ」とぼやいた。

「数日前、私が経営特別顧問と会長をやっている『ローリー・マイクロ』の研究施設で……まあ、事故があったんだ。そのせいで、一時的にポクル宮に資材や研究員がやってくる。ここにはあまり一族以外の者を入れたくなかったのだが、他の施設に置けるような性質のものでもなくてね……。ウーゼンバルグからの護衛も入れて、二十人ほど」


「えっ?」とナヤ。

「その資材というのは、危険な物なのですか?」

「いやいや! 別に危険ではない。ここで実験するわけでもないしね。ただ置いておくだけだよ。だが、他の企業の人間や部外者には、まだ見せたくない」

「ですけど、ウーゼンバルグ公爵様からの護衛というのは……?」

「うん……まあ、護衛というよりは監視だな。研究員はそういうことには素人だ。お前が気にするようなことでもないから、心配するな。ここは広いから、顔を合わせることも恐らくないだろう」


 監視ならば本来は、このポクル宮の衛視で十分のはずだ。うちの衛視はにあたり、公爵の護衛は部外者ではないというのだろうか。ウーゼンバルグ公爵は父アルカズの友人ではあるが、基本的にビジネスとは関わりがない。

 そこが引っかかったものの、アルカズはどうやらあまり突っ込んで聞いてほしくない様子。せっかく久しぶりの家族だけの食事を悪い雰囲気にはしたくなかったナヤは、それ以上何も聞かなかった。




 *




「なるほど……」

 リラがブルービースト南支部での一件を話し終えると、師匠は一言そう言って背もたれに体を預けた。飲み物を一口飲み、ため息をつく。

「アストロラの内紛は、想像以上に深刻な物になりそうだな。下手をすると、政府は本当にブルービーストに倒されるかもしれない。それに、やつらが人間の奴隷を使っているというのは、初耳だな」


 師匠の横で、いつもニコニコへらへらしている秘書さんも、流石に真剣な顔。

「私達が上へ報告したら、連合国は介入の準備を始めるでしょうか?」

「恐らくな」と師匠。

「人間を奴隷として使っているとなると、流石に黙ってはいられないだろう。今のうちにむこうの戦力をもう少し詳細に探っておきたいな。……リスク覚悟で、誰かをブルービーストに直接送り込もう」



「あの……ブルービーストの飛行戦艦に対抗できるような兵器が、連合国にはあるんですか?」

「それは、分からない」

 リラが恐る恐る聞くと、師匠はキッパリそう言った。だがこれは単に『分からない』と言っているというより、嫌味だ。


「情報がではな!」


 師匠が持ち上げた一枚の紙。先ほど師匠に頼まれてリラが描いた、ディエンビの絵だ。

 絶妙な艦体のラインに繊細な砲身の数々。ほのかに抽象化された窓とハッチは、まるで南国のジャングルを現すようなエキゾチックな香りを……どこをとっても本物のディエンビとは似ても似つかず、リラ本人にさえ、何を描いてあるのかよく分からない始末。

 リラが『すいません』と頭を突き出すように下げると、師匠は軽く笑った。


「しかし、よく情報を提供してくれた。私達からしたら感謝しかない。ところで」

 体を前に倒し、テーブルに肘を乗せる師匠。

「お前がここに来た理由は何だ? ただ情報を渡すためだけにわざわざ来るわけはないはずだ」


 リラは「はい」と頭を下げる。

「私、が欲しいんです」


「リーダーになるための力?」

 師匠はそのまま繰り返した。リラは「そうです」と真剣に説明する。


「私、自分で結成した有志ハンター隊LIONをまとめきれなくて。ディエンビから逃げた砂浜でメンバーが全員自分の都合でどこかに行っちゃったんです。だから私、リーダーとしてみんなをまとめる力を……」


「待て」

 手の平を立てて師匠が制止した。

「もっと遡って、その有志ハンター隊を結成したところから話せ」



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