第四部 アストロラ紛争
前編
第49話 ナヤと世話係ユーバート
アストロラ北東部にあるクルマ州ローリー市。ローリー財閥に由来する名前のこの市には、財閥のいくつかの企業の本社と、ローリー家が先祖代々受け継ぐ『ポクル宮』という居城がある。
その正面玄関に、一台の車が止まった。玄関前で待っていた奉公人が車の扉を開ける。降りてきたのは、ナヤ・ローリー。ナヤはローリー財閥当主アルカズ・ローリーの長女で第一子。家督相続人だ。
「お帰りなさいませ」と頭を下げる奉公人たちに「ありがとうございます」と笑顔で返しながら、建物の中へ入っていくナヤ。後ろには鞄を持っている奉公人が二人いる。
進行方向の階段から、一人の老人が降りてきた。一目見るなり、ナヤに笑顔がはじける。
「ユーバート!」
ナヤは大きな声で名を呼び、走ってユーバートに飛びついた。ユーバートは笑いながら尻もちをつく。
「ナヤ様、申し訳ありません。玄関でお待ち申し上げるつもりだったのですが、旦那様から色々とお手伝いを申し付けられまして」
ユーバートはナヤの世話係として生まれた時からナヤのそばで面倒を見てくれている。ナヤにとっては家族と言ってもいい特別な存在だ。
「そのお手伝いはもう終わったんですか?」
「ええ。何とか片づきました」
「じゃあ私のお部屋に行きましょう!」
針葉樹林と岩山に悠々と横たわるように建てられた巨大なポクル宮。玄関からナヤの部屋まで、歩いて十分もかかる。湖を望める眺めのいいその部屋に着くと、ナヤは鞄を運んでいた奉公人を下がらせ、ユーバートと二人きりになった。
「ユーバート、やってください」
ユーバートは「はいはい」と笑いながらナヤを抱き上げ、空中にぽーんと放り投げた。ナヤは宙を舞い、ベッドの屋根に乗ると、ごろりとひっくり返ってユーバートと顔を合わせて笑いあった。
「帰る度に私とユーバートがこんな事をしていると知ったら、お父様はどう思うでしょうね」
「二重に驚かれるでしょう。十七歳にもなった自分の娘が部屋で世話係とじゃれあうとは、という事と、あんな老いぼれに投げられて宙を舞うなんてどんな体をしているんだ、とね」
ナヤは声を出して笑った。またごろりと転がり、ベッドの屋根から降りると、ナヤはユーバートと抱き合った。二人とも、瞳を潤ませる。
「ルマに行かれたと聞いた時は、恐ろしさのあまり身も凍る思いでした。南支部のある場所ですから」
「心配かけてごめんなさい。でも、この通り怪我も無く無事です」
「もう、ここにずっといて下さるのですか?」
「分かりません……」
ナヤはそう言って体を離すと、一枚の写真を取り出して見せた。アカデミーで撮ったその写真。写っているのはナヤとイザックだ。
「このお人は……ひょっとして、以前お手紙でおっしゃっておられた」
「ええ。私の恋人です。私を選んでここに来てくれないかと思ったんですが、だめでした。でも私は、まだ望みを捨てきれずにいるんです。来ないだろうとは思いますが」
ナヤはまた瞳を潤ませる。ユーバートはナヤの手を取って言った。
「きっと、またお会いできますよ。あなたは魅力的な女性になられましたから」
「ありがとう、ユーバート」
ユーバートは立ち上がって部屋の扉を開けた。
「そろそろ夕食のお時間ですよ。旦那様も奥様も、ナヤ様との久しぶりのお食事を楽しみにしておられます」
*
ポクル宮のあるクルマ州の隣にある小さな州の、小さな街の外れにある小さな家。リラはその扉を叩いていた。方位磁針が示しているのは、この家だ。間違いなく、あの人がいる。
リラはもう一度ドンドンと強めに扉を叩いて呼んだ。
「師匠! 私です! リラ・ベルワールです!!」
だが、なかなか出てこない。さらに強く扉を叩く。
「師匠?! いないんですか? ししょーーーーー!!」
バタン! と乱暴に扉が開くと同時に、リラの頭にげんこつが一発飛んできた。
「大騒ぎするなこの馬鹿者!」
顔をしかめて現れたのはやはり、タレ目の若い女性。リラの師匠である、連合国から来た霊術使いのヒビカ・メニスフィトだった。師匠はすぐにリラの腕を引っつかんで、中に引き入れた。
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