第44話 ワイヤスパイダーの急襲とナヤの爆発
「臭い……」
朝、そうつぶやいたナヤ。嗅いでいるのは、自分自身の服だ。
「汗臭い……お風呂に入りたい……お着換えしたい……」
小さな声でそうひとりごちるナヤの元に、リラがやってきて、にっこり笑った。
「汗臭いのなんてみんな同じ。そんなこといつまでも気にしてたら機械獣ハンターなんてやってけないよ。いい加減気持ち切り替えて、楽しくやっていこう!」
そう言ってパン、とナヤ背中を叩く。リラの態度にナヤのイライラはかなり高まっていた。
四人は昨晩遅く、遠くから爆発音を聴き取っていた。地図上は人の住む村や町はない方角。進む方向がそれで決まった。
「なあリラ。お前、ちゃんと計画立ててるのか?」
森を進む中、ひそひそ声でそう聞くイザック。リラは当たり前のようにこう言った。
「何も。だって、ブルービーストの支部がどんな所か全然分からないのに、計画なんて立てようないじゃない?」
「危険じゃないか?」
リラは「ふふっ」と笑った。
「怖い?」
イザックはむっとしたように顔をしかめる。
「俺はたいして怖くない。ナヤが獣人を異様なまでに怖がってんだよ」
「説得して安心させてあげてよ。頼りにしてるよ彼氏!」
説得して安心させる、などという無理難題を笑顔でふっかけられたイザック。『だめだこりゃ』と鼻でため息をついた。
昼過ぎまで歩き、四人は泉のほとりで休憩することにした。
「汗臭い……」
ナヤがまた、自分の服を嗅いでそう言う。オスカーが黙って香水の小瓶を渡した。これは、ナヤがオスカーに持たせていた荷物の中に入っていたものだ。
ナヤは受け取らずに「違います」と首を横に振った。
「それはただの香水です。消臭スプレーが同じ鞄の下の方に入っているはずです」
オスカーは鞄の中をまさぐり、次々と小瓶やスプレー、小さなケースを取り出した。
「何それ?!」と言って近寄ってきたのはリラ。鞄の口をグイッと広げ、中を覗き込む。
「コスメに……アクセサリー? こんなものをわざわざここまで、他人に持たせてたの?」
リラがそう言ってナヤを見る。ナヤはつんとした表情のまま、リラを見つめているが何も言わない。リラはナヤの隣に座り、子供に言い聞かせるように言った。
「ねえナヤ。今まであなたはそういう生活をしてきたんだろうけど、プロのハンターとしてやっていくなら……」
リラの話が終わる前にナヤは立ち上がり、泉のすぐそばまで歩いて三人に背を向けて座った。
「ちょっと気難しいところがあるよね」
リラは隣に座るオスカーにささやく。オスカーは否定するでもなく同意するでもなく、リラとナヤを交互にチラリと見るだけだ。
そんなオスカーの肩をリラはポンと叩いた。
「そんなむすっとしてないで、自分の意見言っていいんだよ? むしろ、言うべきことはきちんと言わなきゃ」
「ああ……言うべき時には言う」
そう言ってオスカーはまた黙る。リラは『ふぅ』とため息をついた。
突然、ナヤの悲鳴が響いた。それとほぼ同時に水音。ナヤの姿がない。
「ナヤ!」
イザックが泉にかけより、手を突っ込んだ。沈みかけていたナヤの手をギリギリのところでつかむ。全力でその手を引くが、水の中で何かがナヤを引きずり込もうとしているようで、引き上げられない。
イザックは、泉の奥に影を捉えた。すぐに他の二人に声を上げる。
「多分、ワイヤスパイダーだ! ナヤの足にワイヤーを絡めて引っ張ってる!」
リラが叫んだ。
「イザック、手を離して!」
「はあ? 何言ってんだよ?!」
「いいから早く! 感電するよ?!」
リラは落ちていたナヤの縄型アーマーを手に取って、片方の端を泉に放り込んだ。イザックはやっと理解し、ナヤの手を離す。
バチバチッ! と音が鳴り、泉から僅かに湯気が上がった。リラがナヤのアーマーを使って泉に流した電撃で、ワイヤスパイダーの動きが鈍り、ナヤの足に絡みついたワイヤーが緩んだ。イザックが一気にナヤを引き上げる。
気を失っていたナヤだが、イザックの人工呼吸で水を吐き、意識を取り戻した。大きく咳き込みながら体を起こす。
「ゲホッゲホゲホ! な……なんで、こんな……ゲホッ!」
「ワイヤスパイダーだよ。あれに水中をゆっくり動かれると音は立たないから、深さのある水辺では油断してたらだめ。アカデミーでは習わなかった?」
リラはそう言って荷物をまとめ始めた。
「少し離れよう。また襲われるといけないから」
*
島を模したブルービースト南支部が見える海岸に、タキシードの二人組が立っていた。
「あの影使いは去ったのか」
バルトの言葉にリンナはうなずいた。
「さて、どうするかな。アルファ機械獣というのが、チェッカーを使って手懐けた機械獣の事を指す、ということは分かった。ブルービーストが巨大な飛行戦艦を手に入れた、ということも。それだけでも公爵閣下にご報告する価値のある情報だが……黄金の獅子に関して何も進展なしというのも申し訳ないものがあるだろう?」
リンナがうなずくと、バルトは「よし」と歩き出した。
「またお前に苦労をかけてしまうが、頼むよ」
「シュエラ」
リンナがそう答えてふわりと手を振ると、二人の姿は徐々にかすみ、完全に消えた。
*
リラ達四人は使われなくなった古い山小屋を見つけていた。ツタや苔だらけで、虫もあちこちを這い、屋根には穴が開き、扉も足元の石をどかさないと開けられないような廃墟だ。
リラは暖炉から煙突の中を覗き込んだ。
「ちょっと掃除すれば煙突も使えそう。イザック、オスカー。二人で薪になりそうな枝集めてきて」
「どれくらい集めればいいんだ?」とオスカー。
「多くても困らないから、持てるだけ。イザックが慣れてるから、分からないことがあったら聞いてね」
「任せとけ」とイザックはオスカーを連れて山小屋を出て行った。
「さて」とリラは、一つだけあるベッドに目を向けた。
「これはナヤが使っていいよ。昨日は慣れないテントで寝苦しかったでしょ?」
ナヤは眉をひそめてベッドを見ている。長年ほったらかしにされているベッドだ。ホコリとカビ、砂だらけ。これならむしろ地面の方が清潔に思える。
「イザックとオスカーが返ってこないうちに、他の服に着替えちゃいなよ」
「えっ?!」と顔をしかめるナヤ。
「こんな場所で……一度着た服に着替えるんですか? ホコリと虫だらけの、こんな場所で?!」
「嫌なら、外で着替える? 誰からも丸見えだけど」
リラがそう言うと、ナヤは黙ってベルトを外した。
着替えが終わり、テーブルに座るナヤとリラ。リラは「そうだ」と思い出したように立ち上がった。
「これ、ナヤのアーマー。私が持ちっぱなしだったの忘れてた」
リラから差し出された、自分の縄型アーマーを手に取りながら、ナヤはリラを睨み付けた。
「あの時……どうしてあんなことしたんです?」
「何? あんなことって」
きょとんとしてみせるリラ。
「とぼけないでください。襲われた時、イザックに『手を離せ』と言ったでしょう。唯一繋がれた手を離されて、水に完全に引き込まれて……私は死ぬんだと思いました。どれほどの恐怖か、あなたに分かりますか?」
「分かるよ。私も死にそうになったことはあるから」
リラはあっさりそう返す。
「私のアーマーで泉に電流を流したでしょう。私まで痺れて気絶して、水を飲みました。未だに体に痺れが残ってます」
「人に助けてもらったのに、そんな言い草はないんじゃない? 未だに痺れが残ってるなんて、気のせいだよ。さっさと気持ち切り替えて……」
ダン! とナヤが両手の拳でテーブルを叩き、立ち上がった。さらにダンダンダン! と三回続けて叩く。
「もう我慢できません!! おもてに出なさい!!」
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