第43話 ブルートーストと蛇と薔薇の決別
夜。ナヤはイザックをテントから呼び出し、開口一番こう言った。
「帰りましょう。私達だけでも」
あらかじめ何となく内容を察していたイザック。「いや、でも」とすぐになだめる。
「まだ何か危険があるわけじゃないし、取りあえず明日一日はこのまま進もう。リーダーが決めた事だしな」
ナヤは「フン」と鼻息。
「そもそもどうしてリラがリーダーなんですか? 私でもイザックでもいいじゃないですか。話し合いもなしに勝手になったリーダーの言う事なんて、私は聞きたくありません」
「まあ、気持ちはわかるけどさ……よし、明日何も手がかりを見つけられなかったら、もう一度リラに……」
「手がかりが見つかるかじゃありません! 危険だと言ってるんです!」
声が大きくなるナヤにイザックが「しーっ」と人差し指を立てる。リラとオスカーを起こしてしまいそうだ。
「とにかく、今日はもう遅いから明日リラと話そう」
*
ブルービースト南支部、地下プール脇。別の部屋から運ばれてきたテーブルと椅子に、フェンと影使いのメイが座って待っていた。メイは黙って髪の手入れをしているが、フェンはかなりイライラしている。
もう金の到着を待ち始めて五時間以上。夜もすっかり深けた。
「おい、いつまで待たせる気だ!」
フェンは近くを通りかかるブルービーストの獣人に何度かこうやって聞いているが、毎回無視されるのみ。ひたすら苛立ちを募らせていた。
しかし、今回は返事が返ってきた。
「今しがた到着した。もうこちらに来る」
フェンは煙草がたっぷりたまった灰皿をプールに投げ捨て、立ち上がった。
「全く、能無しの獣人共が……」
「待たせたな」
そう言いながらアッタが扉を開いて現れた。続けてレブ。そして、ぞろぞろと十人以上の獣人達が入ってくる。全員メイとフェンを取り囲むように並んだ。
「……金はどうした」
フェンが聞くと「別の部屋だ」とアッタ。
「案内するから来い。『ディエンビ』起動用の暗証番号と交換だ」
フェンはメイの方を振り返った。全く動じず、髪を三つ編みに結っている。フェンをちらりと見ると言った。
「私がジャオ様に命じられたのは商品の運搬。顧客とのやり取りはあなたの仕事でしょう? さっさと行ってきなさい」
「は、はい……ですが」
「行ってきなさい」
メイにパシリと言われてフェンは肩を震わせ、歩き出した。
フェンが連れて来られたのは窓もない狭い部屋。奥にはスーツケースが十個以上積み上げられていた。
「何だこれは」
フェンが眉をひそめてそう言うと、アッタは「フン」とあざ笑った。
「『何だ』だって? 金に決まってるだろう。お前達の言う金額を、お前達の指示通り現金で用意すると、こうなる。お前、今までこんな金額を取引した経験がないんだろう? 見た目も中身も、小物の雑魚だからな」
フェンは「チッ」と舌打ちして言った。
「こんな量、一人で運べるか。お前達が下のプール脇まで運べ」
「暗証番号との交換が先だ」
「だめだ。先に金を運べ」
「断る。暗証番号をよこせ」
「ここでこうしている限り、暗証番号は手に入らないぞ」
「お前も金を手に入れられない」
アッタがそう言うと同時に、レブが部屋の扉を閉め、塞ぐようによりかかった。
「ああ、もういい!!」
苛立ちを爆発させたフェンが怒鳴り散らす。
「この能無しの汚らしい無知の獣人共め! お前達の頭の悪いやり方に付き合うのはもううんざりだ!」
フェンはつけていた腕時計を外すと、裏の蓋を取り外し、小さなメモ用紙を引っ張り出した。
「これが暗証番号だ! さっさと金を運べ!!」
「いいだろう」
手渡されたメモをレブに持たせると、アッタはフェンを殴りつけた。
*
杖を磨いて待っていたメイの元に、フェンが戻ってきた。ただ、服は破け、顔は腫れ、口からも鼻からも血を流している。それを引きずるように連れてきたアッタは、ドン! とメイの方へ蹴とばした。
メイは足元ですすり泣くフェンを見ても顔色一つ変えず、ただ杖を磨いている。
「『チェッカー』と『アルファ機械獣』の事、全てこいつに話してもらった。よくも俺達を欺いてくれたな」
「欺くって?」とメイ。フェンと共に、ブルービーストのメンバーに取り囲まれていく。
「俺達に『アルファ機械獣』だけを売りつけておきながら、『アルファ機械獣』を好きなだけ作り出すことができる『チェッカー』を作っていたんだろう?」
「それのどこが欺いてるの?」
メイの返事を聞いて、アッタの隣でレブが怒鳴った。
「ふざけるな! どこまでも馬鹿にしやがって! お前らは私らから好き放題金を巻き上げてたんだろ!」
背中の銛を手に取り、霊術で雷をまとわせるレブ。
「お前らを殺すように総統から命令を受けてる。そうやって余裕ぶって私らを見下せるのも終わりなんだよ!」
メイは、怒鳴り散らすレブにも全く動じず、持っている杖の先をすすり泣くフェンの背中にトンと乗せた。
「あなた達、影術がどんな術か知ってる?」
「知るかよ」と一歩前に出ようとするレブをアッタが手で制止する。
「影術は、悲しみ、怒り、恐怖……あらゆる負の感情を写し取り、増幅し、実体化させて使役する術。今この空間は、私にとってエネルギーの宝庫」
フェンから煙の様な黒い影が噴き出した。さらにレブやアッタ、他の獣人達からも黒い影が噴き出し、全てメイの杖に吸い込まれていく。
「これが最初で最後の警告。金をここに運んできなさい。さもないと……」
「黙れ!!」
レブがアッタの制止を振り切って飛びかかった。ところが、地面から突然生えてきた黒い巨大な手に弾かれ、壁に打ち付けられて銛を手から落とした。
アッタや他の獣人達が状況を飲み込む一瞬のうちに、床から巨大な漆黒のウサギが這い出してきた。『ディエンビ』を運んできたものよりさらに巨大で、四つの真っ赤な目を持った頭が二つ、鋭い爪のある前足が三対ある、おどろおどろしい化け物だ。
「ギョロロロロロロロォオォォオオォ!!」
眼が眩むほどのけたたましい咆哮。そして、二つある頭のうちの一つが、大砲のような勢いで火の玉を吐いた。
火の玉はプール脇の倉庫の分厚い鉄製扉に着弾、貫いて爆発した。そちらに気を取られたアッタ達を漆黒ウサギの腕が薙ぎ払い、壁に叩きつけた。
銛を拾い上げたレブがウサギに飛びかかったが、漆黒ウサギは弾けて小さな漆黒のスズメの群れになり、辺りを真っ黒に埋め尽くした。嵐のように凄まじい勢いで飛び回るスズメに、レブも他の獣人達も押し倒される。
そこに響き渡るのは、メイの声。
「私達蛇と薔薇がやっているのはビジネス。お金だけ頂けば、その先はあなた達の勝手。せいぜい不毛な努力を続けなさい、間抜けな革命屋さん。あっははははははははははは!」
スズメが飛び去った後にはメイとフェンの姿だけでなく、アッタ達が囮のスーツケースとは別に隠していた本物の金も、支部の建物から消え失せていた。
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