第37話 襲撃 ブルービーストの旗




「退避! 退避だ!」

 水兵の声とサイレンが響く、アストロラ水上兵隊の軍艦。一度目の体当たりで船体を貫かれた軍艦は、すでに大きく傾いていた。甲板をあわあわと水兵達が走る中、ゴゴン! と二度目の体当たり。

 犯人であるダンガンサカマタの獣人レブは、大きくターンして軍艦に三度目の体当たりを食らわせた。船体は真っ二つに折れ、それぞれ柱のように立ち上がりながら沈んでいく。

 レブは湖から高くジャンプすると、空中で人型に戻り、沈んでいく軍艦の船首に器用に立った。


 水兵はもう闘う意思も見せず、救命ボートに乗る者も泳ぐ者も、軍艦から離れようと必死に逃げていく。

「ハハッ」とレブは笑い、水面に向けて手をかざした。湖の水面が揺らめき、生み出されたのは一本の水の槍。シュルシュルと音を立てて、鋭く回転している。

「これでも喰らえ!」

 レブが霊術で飛ばした水の槍は救命ボートを破壊し、乗っていた水兵はみな湖に投げ出された。

 膝を叩いて楽しそうに笑うレブ。そこに、ヤジリハヤブサの獣人、アッタが飛んできた。


「レブ、何をやってるんだ!」

「何だよ。暴れていいって言ったじゃないかよ」

「向こうから攻撃されたら反撃していい、と言ったんだ! 攻撃されたのか?!」

「されたよ。もう少しでサーチライトを当てられるところだった。私の肌は光に弱いんだよ」


「屁理屈をこねてないで行くぞ! まだ仕事は終わっていないんだ!」


 アッタは再び空高く舞い上がり、レブはダンガンサカマタとなって水中に飛び込んだ。




 *




 ナヤは自分のアーマーと必要最小限の荷物を持ち、アカデミー中央校舎の入り口にいた。足元には、イザックとオスカーの荷物も。

 階段を降りてきたイザックに駆け寄る。

「そっちはどうでした?」

「『援軍』がこっちに向かってるらしい。事務の人達も、今何が起こってるのかは把握してないみたいだな。寮の部屋で待機してろって。そっちは?」

「先生方もまだ何もご存じないみたいです。橋を破壊された事も、私が教授寮に行ってお教えするまで誰も……」


 二人の元にオスカーもやってきた。

「警察署も消防署も出ずっぱりらしく電話がつながらない。テレビはだ。情報統制が始まってる」

 オスカーはそう言いながら自分のアーマーの剣を拾い上げた。

「寮に戻ろう。俺達にできることは何も……」


「ダメです!」


 キッパリそう言ったナヤ。イザックが「でも」と言いかけたが、それを遮るようにナヤは、手を震わせながら言った。


「相手は獣人なんですよ? 橋を吹き飛ばしたのを見たでしょう?! 建物の中にいたって安全なんかじゃありません! むしろグラウンドに出るべきです。何かが近付いてきたらすぐ気付けるように。行きますよ!」

 歩き出すナヤにオスカーが続き、イザックも自分のアーマーであるマグネットシールドの小手、そして、大切に預かっているリラのアーマー、マルチドライバーガンを持って続いていった。




 *




 リラは橋を途中まで渡り、やっとすでに落ちている事に気付いた。向こう側までは何メートルもある。とても跳べるような距離ではない。少し息を整えると、リラは橋から湖に飛び込んだ。

 雨は降っているが、風はあまり強くない。水面は案外穏やかだ。リラはアカデミーが建つ島にたどり着き、岩礁を駆け上っていった。




 ナヤ達三人は、アカデミーに五つあるグラウンドのうち、校舎に一番近いグラウンドの隅にいた。ここは申し訳程度の塀と屋根があり、雨をしのぐことができる。


「おいナヤ、夜明けまでここにいるつもりか?」

「いいえ。夜が明けようと、朝が来ようと昼を過ぎようと、安全になるまで動きません」

 ため息をつくイザック。その奥でオスカーは、立ったまま背中を塀にあずけ、目をつぶっている。


 ナヤがパッ、と空を見上げた。イザックも「ん?」と顔を上に向け、オスカーも目を開けた。



 空にオレンジ色の光が見える。それはだんだん大きくなり、アカデミー近くまで急降下してくると、空中で大きく弧を描きながら校舎の一番高い塔に突撃。塔は頂上に掲げてあるアストロラ国旗もろとも、グラウンドに崩れ落ちた。

 空を飛んでいたオレンジ色の火の玉は、一人の男に姿を変え、背中に背負っていた一本の旗を、がれきの上に横たわるアストロラ国旗を貫くように突き刺した。はためいているのは、青地に白で描かれた爪と牙。ブルービーストの旗だ。

 その男、アッタは再びヤジリハヤブサに姿を変え、オレンジ色の炎をまとって空に舞い上がった。そして、アカデミーのあちこちの建物に突進し、打ち崩していく。アカデミーにサイレンが鳴り響き、建物から人が逃げ始めた。避難を指示する放送が入っているが、よく聞き取れない。



「離れましょう!」

 ナヤがそう言って歩き出した。神経質に何度も空を見上げ、火の玉となったアッタの位置を確認している。

「戻って! 戻ってください!」


「もっとそっちへ!」


「ダメです! あの隅へ!」


「早く向こうへ!」


 アッタが空を飛びまわるため、グラウンドの中をあっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返す。

「ナヤ、止まれ!」

 イザックが止めるが間に合わず、空を見上げながら走っていたナヤはがれきに躓いて転んだ。その拍子にブルービーストの旗を押し倒し、その上に尻もちをついた。



「おいお前!!」



 少し離れた塀の上から、カメラを手に持った女が叫んだ。背中には銛を背負っている。

「今すぐその旗の上からどけ!!」


 ナヤは、着ている服や態度からブルービーストの獣人だと理解し、恐怖で身が固まってしまった。動けない。


「どけと言っているんだ!」


 銛をたずさえた女、レブが歩いてくる。イザックは慌ててナヤの腕を引き、何とか立ち上がらせて、走り出した。ところが、レブは雨粒をかき集めて瞬時に手の平に乗るほどの小さな槍を作り出すと、ナヤに向かって投げつけた。ナヤの足に突き刺さり、悲鳴と共に倒れる。イザックとオスカーがレブとの間に立ちはだかった。


「よくも我らブルービーストの旗を汚したな……殺してやる!」




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