第34話 「ショータイムだ」
トイスターで何とか見つけられた安い宿。その一室でリラ達三人は夕食として買ってきたパンをかじっていた。
いち早く食べ終えた師匠が口を拭きながら言った。
「リラ。お前はメイジャーナルで、負けた相手に『守るために闘う』と言われたと言っていたな」
「はい」と答え、リラは一度食事の手を止める。
「相手が何と言ったか、正確な表現を覚えていたら教えろ」
忘れもしない。リラは、王室直属ハンター達の顔を思い浮かべながら言った。
「『人は何かを守るために闘う。そして、闘うために強くなる。人を強くするのは、何かを守るために積み上げていく訓練。楽しく夢を追っているだけのお子様じゃ勝てない』……師匠からして……どうですか」
リラは『その通りだ』と答えられることを恐れながらも聞いた。すると師匠は口角を軽く持ち上げ、こう言った。
「『何かを守るために闘う』というのは、そうだろうな。だが『闘うために強くなる』というのも『人を強くするのは訓練』というのも、私からすれば見当外れだ」
「師匠はどう考えてるんですか?」
リラがそう尋ねると、師匠は立ち上がった。
「いつかは教えてやるが、まずはお前自身がじっくり考えろ。私は風呂に入ってくる」
師匠が宿の共用の風呂へと向かって行った後、リラはすぐ秘書さんに聞いた。
「秘書さん、師匠がどう考えてるか、知ってます?」
秘書さんはすぐに笑い出した。
「今『自分で考えろ』って言われたばっかりなのに、僕に聞くの?! あっはははは!」
リラは慌てて人差し指を立てて『しーっ!』と秘書さんに声を抑えさせた。
「ごめんごめん。悪いけど僕もお師匠さんの考えは知らないな。ただ、あの人は僕が知る限り他の誰よりも、多くの人を守っているし、強いし、多くの人を強くしてるよ。信用していい」
*
バルトとリンナは、ホテルで荷物をまとめていた。
「リンナ。絨毯を飛ばすための鉄粉はまだ残っているか?」
リンナが鉄粉のたっぷり入った小瓶を取り出し、バルトは「うん」とうなずく。
「できるだけ急ぐよ。連合国が絡むと、公爵閣下が何をお望みになるか分からないからね。またお前には苦労をかけてしまうが」
リンナは首を横に振りながらバルトのカバンを持ち、部屋の扉を開けた。これから屋上に上がり、絨毯で公爵家の居城に大急ぎで向かわねばならない。
「報告することが多いな。連合国のスパイに王室直属ハンター……何より、ブルービーストの『アルファ機械獣』という言葉だな。彼らはチェッカーを使った後の機械獣を手に入れている可能性がある。それも、蛇と薔薇を通してね。公爵閣下はこれを『裏切り』とお考えになるかもしれない。そうなるとまた、事が荒れるな」
バルトの肩の上には、従順な機械獣ナイトスワロウがじっととまっていた。
*
リラは、風呂から帰ってきた師匠に自身の課題の成果を見せていた。
「行きますよ……」
リラは手の平に水滴を一滴垂らす。その水滴を転がし、指の間を走らせ、手の甲を一周……等々をさせるためにまずは球形を維持させる。師匠は黙ってそれを見ている。だが、水滴は動く気配が全くない。
「……ん、どうした? 動かせ」
そう言う師匠にリラはこう答えた。
「動かないんです。球形を維持するのが精一杯で」
「そうか……」
師匠はリラに手を拭くためのタオルを手渡した。リラはそれを受け取り、水滴を拭きとる。
「そういう事だったのか……。課題との相性がどうこうなどと、難しく考えすぎたな……そんな次元の話ではなかった」
「え、違う次元の話? じゃあどうして全然上手くいかないんですか?」
不安そうな顔を見せるリラに、師匠はさらっと、きっぱり、あっさり、すっぱりこう言った。
「お前は絶望的に才能がない。ただそれだけだ」
*
アカデミー上空。暗闇の中をヤジリハヤブサの姿となったアッタが旋回していた。その背中にはレブが乗っている。
「イライラする……何なんだよあいつら。あのジャオとかいう蛇と薔薇のボスも、男だか女だかもよく分からない、お高くとまった嫌なヤツだ。……公爵の犬が連れてたのも、絶対『アルファ機械獣』だよ。何が『ちぇっかーを使った』だ。蛇と薔薇のヤツら、私ら以外にも『アルファ機械獣』を売りつけてるんだ。人間どもは私らをナメて、ごまかせると思ってるんだよ。総統はいいように利用されたんだ」
アッタも「そうだな」と同意。
「俺の中でも蛇と薔薇に対する不信はかなり高まった。今夜の仕事が終わったら、すぐに総統にご報告して、手を切ることを進言しよう」
「それだけじゃ気がおさまらない! お前は悔しくないのか?! あいつら、そろいもそろって私ら獣人を馬鹿にして低く見てるんだ! 人間に直接手出しせずに帰るのか?! 私は絶対に嫌だ!!」
声を荒げるレブに対し、アッタは冷静に少し考えてから、言った。
「もし向こうからこっちを攻撃してきたら……仕方ないな」
息を大きく吸い、ゆっくり吐くレブ。
「そうだろう……!」
「……来たぞ!」
アッタがそう言い、レブもアッタの視線の先、遙か彼方に目をやる。トイスターの奥、山々の間で、金色の光がこちらに向かってくる。「ははははははは!」とレブが笑いながらアッタの背中を叩き、アッタも「始めるか!」と答えた。
「ショータイムだああああああーーーーーー!」
夜空に叫び声を上げながら、レブは五百メートル下にあるであろう暗闇の中の湖へ飛び降りた。
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