第33話 蛇と薔薇のボス
「フェン……その女はお前の部下か?」
アッタがそう聞くと、フェンは声を荒げた。
「たわけた事を言うな! このお方は我々蛇と薔薇の最高幹部、『影使いのメイ』様だ。お前達ブルービーストとのビジネスのために、わざわざこんな辺境の国までご足労を……」
『影使いのメイ』がフェンを手で制止し、言った。
「余計なお喋りは後にしなさい」
その冷たい声にフェンはびくりと肩を震わせ、慌てて手に持ったスピーカーのスイッチを入れた。
「こんばんは、みなさん」
スピーカーから聴こえてきたのは、男にしては高く、女にしては低い、独特な声。
「私は、蛇と薔薇のボスをしている『ジャオ』と申します。ここにいる皆さんとは、恐らく初めましてでしょうね」
「映像を飛ばしているの?」
アイヴリンがそう呟きながらカメラのありかを探す。だがスピーカーの声の主ジャオは、「いいえ」と答えた。
「音声だけですよ。今そこに誰がいらっしゃるのかは、想像がつきます。まずは我ら蛇と薔薇のメイとフェン。ブルービーストの幹部『右爪』アッタ・ヴァルパと『左爪』レブ・リモ。王室直属ハンターのアイヴリン、ライランド、ルースリー、隊長のリューマ。そして、公爵家の仕事人であるバールトズールと助手のザップリンナ。違いますか?」
リンナの隣にバルトも歩いてきた。肩にはナイトスワロウがとまる。その姿を確認し、王室直属ハンターの隊長、リューマが言った。
「どうやら大正解だ。すごいな」
スピーカーの向こうで「ホホホ」とジャオの笑い声。
「お褒めにあずかり光栄です。さて、まずは奪い合っていた物を元の持ち主に返しましょう」
ジャオの声と共に、漆黒の化け物が小箱をレブの方へ放った。レブは受け取りながらフェンの持つスピーカーを睨み付ける。
「今までフェンごときしか出てこないと思ってたら、突如として声だけでボス登場かよ。本当にナメたやつらだね」
スピーカーからまたしても「ホホホ」と独特な笑い声。
「申し訳ありません。うちは世界中で仕事をしているものですから、なかなかそちらまで足を伸ばせないのですよ」
「ふざけやがって。お前ら蛇と薔薇にはもう一つ聞きたいことがある!」
そう言ってレブは、バルトの肩にとまるナイトスワロウを指さした。
「どうして人間が『アルファ機械獣』を持ってるんだよ! お前ら、隠れて私ら以外にも売りつけてたのか?!」
レブに答えたのはバルト。
「アルファというのは知りませんが、これは公爵閣下から授かった『チェッカー』を使って手懐けた機械獣ですよ」
「ちぇっかー?」
眉をひそめるレブの隣で、アッタはさらに険しい顔をしていた。
「ジャオと言ったな。この事は後々詳しく説明してもらうぞ」
「ええ、いいですよ。総統のガル・ババさんにお手紙でも書きましょう。それはさておき、私から皆さんに大事なお知らせがあります。全員に重要な事ですので、よく聞いてください」
全員雰囲気にのまれるように、ジャオの言葉に耳を傾ける。
「トイスターに連合国のスパイが来ています」
「何?!」「え?」という声がぽろぽろと漏れる。
「それも、皆さんが束になっても倒せない程の強者。いつまでもここで暴れていると、そのスパイに勘付かれてしまいます。今、連合国にアストロラへ介入されるのは、ここに集う全ての皆さんにとって都合が悪いはず。今回はこれ以上の争いはやめて、退いた方が賢明ですよ」
「隊長、どうするの?」
宙に並べた鉄板を歩き、ルースリーがリューマの元へとやってきた。リューマは黙って考えている。アイヴリンとライランドも駆け寄ってきた。
「あいつの言ってることが本当かどうかは分からない。でしょ?」
「だけど、本当だったら本気でヤバいだろ。リスク高すぎないか?」
リューマはライランドの言葉の後「そうだね」とつぶやいた。続けて「ただし」と、バルトとリンナを指さした。
「条件がある。まずは公爵家の手先のお二人に、先にご退場願おう」
バルトは、帽子を持ち上げて軽く会釈。そして言った。
「行くよ、リンナ」
「シュエラ」
二人が大人しく出ていくと、リューマは続いてジャオと繋がるスピーカーに向けて言った。
「二つ目の条件だ。『チェッカー』とは何か、教えてくれ」
「いけません」
ジャオの声は今までより厳しくなった。
「もしお知りになりたければ、ご自身でウーゼンバルグ公爵とやり取りしてください」
「そうか。それなら」
リューマはゆっくりと剣を抜いて構えた。それに合わせて他の三人も臨戦態勢に入る。
「もう少しだけ、ここでやり合おうか」
「ブルービーストのお二人、早く仕事を済ませてください」
ジャオがそう言うと、アッタは持っていた小箱を僅かに開いた。中から金色の光が漏れ出る。
「何だ? アレ」
ライランドがつぶやく。リューマも目を凝らしながらこぼした。
「やはりそれは……!」
「終わったぞ」
アッタがフタを閉めてそう言うやいなや、影使いのメイが、持っていた杖を軽く振った。すると、漆黒のウサギの化け物が小さく分裂して何百羽という黒いスズメとなり、部屋の中いっぱいに、竜巻のように飛び始めた。
アイヴリンが悲鳴を上げ、ルースリーは鉄板から転げ落ち、ライランドは顔を腕で覆った。リューマは一人、メイめがけて切りつけたが、剣は空を切った。
スズメは嵐のような羽音を立てながら飛び去り、気付けば部屋には王室直属ハンターの四人だけとなっていた。
「な……何? 今のは」
唖然とするアイヴリン。リューマが剣を収めるカチンという音が響く。
「『影使いのメイ』と言っていただろう? あれは『影術』という、霊術ともまた違う特殊な術なんだ。物理的な攻撃は効きづらい厄介な相手だよ」
リューマはすぐに部屋の出口へ走り出した。
「急いで地上へ行こう。恐らく、さっき小箱から漏れ出ていた金色の光は『黄金の獅子の生きた部品』が発していたものだ。間違いなくアカデミーを目指して『獅子の亡霊』がやって来る!」
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