第31話 アカデミーへ向かう一行
「おかしい……」
師匠が腕を組んでそう言う。
「もう一度やってみろ」
リラは言われた通り再び片手を金魚鉢に浸す。そして人差し指を伸ばし、ゆっくりと金魚鉢から出す。
師匠によれば、リラが念じた通り、金魚鉢から水がほそく伸びて人差し指に続いてくるのだが……
「一センチ……半といったところか」
水はリラの人差し指まで届かず、水面からちょこんと一センチ半ほど立ち上がった状態でプルプル震えている。
「普通はこんなことにはならない。この課題もお前とは相性が悪いようだな」
リラの修行は遅々として進まなかった。初めの課題は、師匠によると普通ではありえない程に成果が上がらなかった。課題の相性の悪さによるものだという事で、次にこの課題に取り組んでいたのだが、やはりうまくいかなかった。
「よし、ではこの課題しかない」
師匠は金魚鉢からスポイトで水を一滴吸い上げ、リラの手の平に落とした。
「それを手の平で転がせ。指の先まで走らせたり、手の甲から一周させたり……とにかく好きなように動かせ。初めのうちは手を傾けて、重力の力を借りながらだ」
「分かりました」
車の中で課題をやっている二人の元に、秘書さんが戻ってきた。運転席に乗り込みながらため息交じりに言う。
「お師匠さん、ダメです。ここも満室でした」
師匠はドッと頭をシートの枕にもたれた。
「まいったな。このままでは車中泊だ」
「もういっそのこと、アカデミー近くの街まで行っちゃいましょうよ。『トイスター』でしたっけ?」
「そうするか……。到着は真夜中になるだろうな」
*
国立機械獣ハンターアカデミーは、湖の中央の島にある。ハンター養成ではアストロラ一の名門校で、六学年全寮制のため、その見た目は石造りの巨大な要塞だ。
トイスターから繋がる三階建の橋。その最上階をアカデミーに向かって走っている車があった。王家の紋章が刻まれた車体は、ところどころへこみ、あちこち傷がついている。これはメイジャーナルで獅子の亡霊に引っ張られて横転した時のものだ。
車がアカデミーへと入るのを校舎の塔四階からイザック達三人が見ていた。
「来たぞ、あれだ。王室直属ハンター専用車」
イザックが指さす先をナヤとオスカーも凝視している。
「警備が彼らだけなんて、絶対おかしいです」
ポツリとそう言うナヤ。オスカーも「そうだな」と小声で同意。
「王室特権で警察を排除して、獅子の亡霊とやらを自分達で捕らえたいんだろう」
「トイスターの方には、警察だけでなく、陸軍と水上兵隊の部隊も来ているそうです。お父様も、アカデミーから彼らを締め出す事にはお怒りの様子でしたけど、相手が王室だと、さすがに手が打てませんからね」
イザックは窓ガラスにおでこを擦りつけながら、建物の中に入っていくハンター達を眺めていた。あざ笑うように鼻を「ふん」と鳴らす。
「生徒を守るなんて、果たしてどこまで本気でやってくれんだろうな」
*
トイスターのホテル。とある一室に、バルトとリンナがいた。バルトは、片目に大きい眼鏡を取り付け、もう片方の目は閉じている。が、ゆっくり開いて眼鏡を外した。
「リンナ」
バルトが呼ぶとリンナが顔を向ける。
「ブルービーストの二人が今、湖のほとりに上陸した。幹部のアッタとレブだ。今回は獅子の亡霊を暴れさせるだけではなく、ひと騒動起こすつもりらしいね」
立ち上がり、部屋の出口に向かうバルト。リンナはそれを追い越し、ドアを開けた。
「彼らには王室直属ハンターより早く到着してほしかったが、まあ遠い道のりだし、仕方ないだろう。お前にはいつも以上に苦労をかけそうだ」
バルトがそう言いながらリンナの方を振り返ると、リンナは首を横に振った。バルトに続いて廊下を歩いて行く。
「それにしても、公爵閣下から頂いた『チェッカー』を『ナイトスワロウ』に使ったのは正解だったね。実に便利だ。ホテルの一室から、街のあちこちを見て回れる」
二人はエレベーターで最上階へと向かった。屋上へと続く鍵の付いたドアの取っ手に、リンナが手をかざす。カチャカチャと音がし、鍵が開いた。二人で外に出る。
もう日はすっかり沈み、夜の闇がこの街トイスターと湖、そしてその向こうに見えるアカデミーを包んでいる。
「リンナ、アカデミーへ超特急で頼むよ」
「シュエラ」
リンナはタキシードの胸ポケットから鉄粉の瓶を取り出し、屋上の床にまいた。さらに、タキシードのズボンのポケットからシュルシュルと大きな絨毯を取り出し、その上に敷いた。
それにバルトと共に乗ると、磁気の霊術によって絨毯を浮かせ、夜空へと飛び立った。
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