第29話 予告
「えぇっ?! 磁気の霊術は教えられないんですか?!」
朝一番、リラは師匠に大声をぶつけた。ぶつけられた師匠は眉一つ動かさず「ああ」といつも通り落ち着いている。
「私が使えるのは、水、熱、風、土の四つだけだ。したがって、教えられるのもその四つだけだ」
「そんな……」
正直言って、想定外の期待外れ。磁気の霊術を手に入れられれば、リンナやライランドのような、機械獣ハンターとして鬼に金棒なんて表現では足りないほど最強の力になるものだったのに。落胆するリラに、「心配するな」と師匠。
「霊術というのは、便宜的に種類を分けているが、本質的にはみな同じなんだ。私も初めは水しか使えなかった。それを徐々に広げて四つにした。お前も一つを私から学び、それを広げて磁気の霊術を手に入れればいい」
「分かりました……」
リラの前に水が入った金魚鉢が置かれた。
「これに片手を入れろ。そして、水が手と一体になってゆっくり回転するように念じるんだ」
言われた通りに片手を入れ、念じ始める。
「それをひたすら続けろ」
そう言うと師匠は秘書さんの元へ向かった。
「どうだ。何か分かったか?」
秘書さんは「聞いてみてください」師匠にヘッドホンを手渡す。聴こえてくるのは、ウーゼンバルグ公爵の声だ。
「バルト、そのケースから『チェッカー』を一つ持って行け」
「我々が使ってもよろしいので?」
「ああ。だが、現在の『チェッカー』はまだ大型の機械獣には使えん。せいぜいブレードストルティオの大きさが限界だな」
「分かりました。有意義に使わせて頂きます。それでは、私達はそろそろ出発いたします」
「うむ。今日にも予告の映像がテレビで公開される。そうなれば王室も、直属ハンターをアカデミーへと向かわせるだろう。できるだけ急いで行け」
「はい。行くよリンナ」
「シュエラ」
「これはいつの音声だ?」
秘書さんが録音機の時間を確認する。
「朝五時半過ぎです」
「二時間以上前か……予告の映像がテレビで公開されると言っていたな。テレビをチェックしよう」
そう言って師匠はテレビのスイッチを入れた。
「師匠ー」
リラが呼ぶと、師匠はテレビをチャンネルを変えながらチェックしつつ「何だ」と返事。視線はずっとテレビへ向けている。
「私の金魚鉢は、どれくらいやってればいいんですか?」
リラの左手は金魚鉢に入れられたままだ。
「水を入れている金魚鉢のガラスの感触を感じられるようになるまでだ。感じられたか?」
「全然感じません」
「だろうな。普通は完璧に感じるには数日かかる」
秘書さんが師匠の隣でテレビを覗き込む。
「『予告』って、何の予告でしょうね?」
「さあな。下手をすれば私達にはそれと気付けないかもしれない」
「え? どうするんですか」
「録画しておけ」
秘書さんは「最初に言ってくださいよ」とぼやきながら荷物の中をまさぐり始める。
その時だった。今まで動物の芸を見せていたテレビの場面が切り替わり、一人のアナウンサーが現れた。
「臨時ニュースです」
秘書さんがすぐにテレビの方へ戻ってきたが師匠は「お前は録画の準備をしろ」と戻らせた。その代わりリラが金魚鉢を持って師匠の隣にやってくる。
「獣人による組織がテロを予告する映像を政府が入手していたと、先ほど国務長官が発表しました。専門家によりますと『獣人解放戦線ブルービースト』だと思われるということです」
「ブルービースト?」リラはテレビに映される三人の獣人に目を凝らす。師匠もテレビを真剣に見ている。
「ブルービーストとは、アストロラ内に存在する、獣人が集まっている地区に存在する自治組織だ。言ってみれば獣人達の街を治める軍事政権だな。公式には存在を認められていない。政府が『獣人による組織』と表現したのもそのためだろう」
「へえ……私、知らなかったです」
秘書さんがテレビに何かの機械を繋ぎながら教えてくれた。
「今まで表で活動することはなかったからね」
映像では中央に、あごから耳まである髭をたくわえた大男が座っており、その両脇の後ろに、剣を下げた男と銛を携えた女が立っている。
「総統のガル・ババだな。後ろにいる二人は幹部だろう」
師匠は腕を組んでテレビに真っ直ぐ視線を向けている。ついに、総統のガル・ババが話し出した。
「我らは『獣人解放戦線ブルービースト』だ。我々獣人は何百年もの長きにわたって人間達により理不尽な差別、暴力、屈辱的な蔑みを受けてきた。獣人達の怒りは限界に達している。我らはその怒りを受け、お前達人間に平等を求めるための闘いを始めることを決意した。『弱肉強食』という、この星の大自然を支え育む摂理こそ、究極の平等である。メイジャーナルを『獅子の亡霊』に襲撃させたのは、我々からの宣戦布告だ。それに気づく事すらできなかったお前達人間に、勝ち目はない」
「獅子の亡霊……あの正体不明の機械獣か?」
テレビを睨み付ける師匠。その眼つきは、それだけでテレビを破壊できると思えるほど鋭く、険しい。リラは隣で少し怯えながらテレビを見続けた。
「これから先、この世界がどうなるか。答えはシンプルだ」
総統ガル・ババが、人差し指を立てた。
「獣人が人間を支配する」
*
「後ろにいた男はブルービーストの『右爪』と呼ばれる幹部、名前はアッタ・ヴァルパです。女の方は同じく幹部、『左爪』の、レブ・リモ」
秘書さんが小さなノートをめくりながら説明する。テレビでは先ほどの映像の録画が繰り返し流れている。
「三人が何の獣人かは分かっているのか?」
「いえ、全く情報がありません」
師匠は秘書さんの答えにため息。
「アストロラ政府にも困ったものだな。きちんと認知して調査をしていないからこんなことになる。何の獣人か分からなければ、戦闘の対策など立てられないだろう」
「内紛、始まっちゃいましたね。どうします?」
秘書さんがノートを荷物の中にしまい、師匠の隣に座った。
「このことを本部に報告した上で、次の指示があるまでは調査を続ける」
「すぐに……向かえませんか?」
そう言ったのはリラ。視線はテレビに注いでいた。
「すぐに? まあ、もちろんこれから向かうが、そこに何かあるのか?」
師匠がそう言っても、リラは視線をテレビからそらさない。写っているのは、ガル・ババの映像の最後『予告』の部分だった。
「メイジャーナルの次は、お前達人間の未来を潰す。我々の大きな戦力である獅子の亡霊や機械獣に対抗する唯一の存在、未来の機械獣ハンターが集う国立ハンターアカデミーだ。お前達は、我々の作戦を阻止できない自分達の無能さを嘆くことになるだろう」
「あそこには、私の大事な相棒と友達がいるんです」
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