第28話 リラの長い夜
「黄金の獅子は誰も狩ったことがなくて、きちんと目撃されたこともない幻の機械獣なんです」
「目撃されたこともない? その存在を機械獣ハンターが信じる理由は何だ?」
「古い書物に記録が残っていたり、一部の部品が残されてるんです。それが、他のどの機械獣にも使われていない、正体不明の金属でできていて」
三人は公爵家から引き上げ、泊まっている宿に来ていた。リラも今日からここに泊まる。
リラは師匠に頼まれて、自分の知っている機械獣、特に黄金の獅子の事を教えていた。師匠はリラの話をふむふむと聞き、たまに質問。
「メイジャーナルに現れたという『黄金の獅子らしき機械獣』は、プロハンターのお前からしてどうだ」
「うーん、私は、未発見の普通の機械獣だと思います。黄金の獅子にしては小さすぎますし。機械獣って、今でも年に一種か二種くらい新種が発見されるものなんです」
「そうか。メイジャーナルで賞品の部品を狙ったのは誰だ?」
「私が直接見たのは、王室直属ハンターです。あと、私の相棒が手紙で教えてくれたんですけど、バールトズールとザップリンナっていうタキシードの二人組が、賞品だった部品を盗み出したらしいです。でも、偽物だったみたいです」
「『お師匠』さーん」
秘書さんが呼んだ。師匠は机に向いて盗聴器をいじっている秘書の元へ向かう。
二人は名前を教えてはくれなかった。『奥さん』はリラの『師匠』。そして『旦那さん』は『師匠の秘書』ということになったのだ。それにあわせて秘書さんも師匠の事を『お師匠』と呼ぶことにしたらしい。
ヘッドホンをつけて集中する師匠の邪魔をしないよう。リラは黙ってベッドに転がった。
ここはアンナポリにある、風呂もトイレも共用の安い宿。壁も薄く、隣の部屋の会話が筒抜けだが、師匠の『風の霊術』のお陰で、こちらから向こうには音がほとんど漏れないらしい。
「リラ」
師匠に呼ばれて「はい」と起き上がる。
「公爵家から盗聴した録音の一部だ。お前も聞いておけ」
師匠に渡されたヘッドホンを頭に着ける。
「公爵の応接室でのやり取りだよ。じゃ、開始」
秘書さんが機械のボタンを押すと、ヘッドホンが『サー』とうなり始めた。
「ウーゼンバルグ閣下。お待たせいたしました」
「うむ。お前も知っているな? メイジャーナルで大量の変異体が暴れた」
どうやら、ウーゼンバルグ公爵本人と部下のやり取りだ。
「はい。私もこの目で見ました」
部下の声は高齢の男性に思える。
「アルカズは何も知らないと言っている。あいつが俺に嘘をつくことはないはずだ。という事は、フェンが勝手にあれを使って何かしているという事になる」
「なるほど。私ができることは何でしょうか」
「今の任務を継続だ。それに加え、機会があったらフェンが裏で何をしているのか探れ。黄金の獅子を追っていれば嫌でも『蛇と薔薇』に関わることになるはずだからな。話は以上だ」
「分かりました、それでは失礼いたします。……いくよ」
「シュエラ」
「あっ!!」
思わず声を出したリラ。秘書さんが音声を止める。
「どうしたの?」
「この二人、バルトとリンナ……バールトズールとザップリンナです」
「部下の二人か? なぜ分かる」
師匠も机の向こうから体を乗り出している。
「『シュエラ』っていう返事は、ごく少数の南極からの移民に伝わる古い言葉で、実際に使う人はまずいません。リンナは返事をするとき『シュエラ』しか言わないんです」
「可能性高いね」
そう言いながら秘書さんはリラの言った内容をメモ。師匠はリラの後ろにやってきて、肩に手を置いた。
「早速いい情報を手に入れてくれたな」
「公爵家も黄金の獅子を狙ってるんですか?」
リラがそう聞くと、師匠は「恐らくな」と答えながらベッドに腰かけた。
「それに、変異体についても何か秘密を握っている。……アルカズという名も興味深いな。リラ、お前はこの男を知っているな?」
「アルカズですか? えーと……」
――― ローリー財閥のアルカズ・ローリーは私の父です。
ナヤの父親だ。
「ローリー財閥の当主!」
「そゆこと」
秘書さんが書いたメモの束をトントンとまとめる。
「そこに『蛇と薔薇』のフェンまで絡んでるとなると、もし表に出れば一大スキャンダルだよ」
「『蛇と薔薇』って何ですか?」
師匠が上着を脱ぎながら答える。
「アストロラだけでなく世界中の裏社会を牛耳っている、超巨大な犯罪組織だ。麻薬、人身売買、兵器密輸、『黒いビジネス』は何でもやっている。フェンというのは、アストロラの支部を任されている男だ」
師匠は脱いだ上着を机の上にポンと放ると、結んであった髪をほどいた。
「今日は早く寝るぞ。明日からリラの修行も始まるしな」
*
師匠と秘書さんはこの部屋に一つしかないベッドで、そしてリラは床で寝ている。だが、リラは中々眠れなかった。理由は……
「んん……違う……貸してみろ……それを」
「くっ……く……んっく……」
笑いをこらえるのに必死なのだ。
「私がやる! ……私が……」
「ふっ……っく……んぐっ……」
部屋に遠慮なく響いているのは、師匠の声。だが、誰かに向けて話しているのではない。
「そんな……ところに置くから……ひっくり返るんだ!」
「うっふくっ……くっ……んふ……」
大声で寝言を言っているのだ! しかも、下手に脈絡があり、何となく夢の内容が想像できてしまう所が、面白くて気になってしまう。
「三杯だ……三杯……数えろ……」
「ふっ……んっぐっく……くふっ……!」
力強いまなざしで仕事を堅実にこなす、あのビシッとした師匠が、大声で寝言を……しかも、やたらとつまらない事で相手を叱
「それでは四杯だろうが!!」
「んぶっふうふっ!」
我慢できずに大きな音でふき出してしまうと、師匠がガバッと起き上がり、部屋の明かりをつけた。
少し眩しそうに目をパチパチしながら、床にいるリラを見る。
「どうした?」
声を出すと笑ってしまいそうだ。リラは無言で首をふるふると横に振った。
「何だ? ……早く寝ろ」
また明かりが消える。師匠より早く寝なくては。また始まってしまう。
リラは必死に心を落ち着けようと自分の呼吸をゆっくり数え始めた。これは、ハンターがたまに使うテクニックで
「捨てるな! それは回覧板だ!」
「ぶっぷ……っうく…………!」
霊術修行開始の前日。リラにはとても長い夜になった。
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