第26話 アンナポリ、公爵家居城




 空を舞う、一羽の巨大なハヤブサ。その上に、銛を背負った女が座っていた。

「なあ、総統はああ言ってたけど、やっぱり私は我慢できないよ。私らだけでも『蛇と薔薇』のフェンのやつに、一泡吹かせてやれないか?」

 ハヤブサにそう話しかけると「まあな」と返ってくる。

「俺もそうしたい。だが、総統がおっしゃる事ももっともだ。まだ時期が早すぎる。もし向こうにヘソを曲げられて、取引をやめられたら大変だろう」


「だけど、お前も言ってたじゃないかよ。フェンは蛇と薔薇の中でも、たいして地位の高い人間じゃないって。こっちも大金を払ってやるんだから、フェンごときがヘソを曲げたって、取引自体がおしゃかになることはないんじゃないの?」

「俺自身はお前と同じ考えだ。だが総統は危険と考えておられる。我らブルービーストをこれまで守り抜いて育ててきたお方だ。その判断を信じよう」


 女は気に入らなそうに鼻で息を吐く。

「じゃあ私らはまた、『獅子の亡霊』を呼び寄せるだけで、さっさと帰るのか? フェンがダメなら、せめて他の人間どもをぶっとばしたいよ。そのためにブルービーストで頑張ってきたのに」

「今回は呼び寄せるだけじゃないさ。他にも少しだけやることがある」




 *




 ウーゼンバルグ公爵のおひざ元であるアンナポリの高速道路の出口。連合国の通貨である一万ギンのお札が手渡された。

「どーも!」と受け取ったのは、『旦那さん』

「いやー、残念でしたねぇ。まあ、正直僕は、いるわけないだろって思ってましたよ。あっははは」

『奥さん』は「フン」と鼻を鳴らし、座席を倒して目をつぶる。


「で、逃げます? 告発されてるかもしれないですよ?」

「されていない」

「あははっ」とまた笑う『旦那さん』

「賭けますか?」

「…………」

「ですよねー」


『奥さん』は目をつぶったまま言った。

「逃げるのは警察が来てからでいい。それまでは公爵家を探るんだ」

「了解でーす」

『旦那さん』は郊外にあるウーゼンバルグ公爵の居城へと車を走らせ始めた。




 アストロラにある爵位は公爵のみ。そして爵位は、王家から下野した男のみに与えられる。民間人や、王家出身の人間でも女は、持つことができないのだ。

 ウーゼンバルグ公爵は、現国王の兄。本来国王になるはずだったが、精神疾患の疑惑が騒がれ、国民投票と政府の判断によって弟に王位継承をゆずることになった人物だ。

 この騒動は、その弟、現国王の謀略だったと言われることもあり、王室とウーゼンバルグ公爵家は非常に仲が悪い。


「そのため現在、国王を越える実質的な権力を手に入れようと手を尽くしており、ローリー財閥や中央省庁の一部とも強いパイプを持っている……。はい、以上が今まで調べた情報のおさらいですね。じゃ、行きましょうか」

 駐車場に止めた車から『旦那さん』が降りた。『奥さん』も続けて降り、駐車場を見渡す。


「思ったより車が多いな……」

 駐車場はほぼ満杯。子供連れや高齢者、若い男女のカップルなど、人が大勢いる。

「まあ、観光名所ですからね」


 公爵家の居城は築五百年を超える歴史的建造物であり、一部が一般公開されている。それに紛れて入り込もうというわけだ。


「さあ、そろそろスイッチ入れてください」

『旦那さん』が小声でそう言うと、『奥さん』はにっこり笑って『旦那さん』と腕を組んで歩き出した。


「私、一番高い塔に登りたいな。きっと景色きれいだよ」

「そうだね。まずはそこに行こうか」




 *




 観光客に入り混じって城内を歩く二人は、腕を組んだまま塔へと向かっていた。


「ねえ、転ばないようにちゃんと前向いててね」

『奥さん』が急にそう言った。

「え? ああ」

「このお城って、すごく古いんでしょ? 幽霊とかいそうだよね。後ろからついて来てるかも」

「あ、あはは、確かにあり得るな」

 そう言いながら『旦那さん』が振り返ろうとすると、『奥さん』が思い切り足を踏みつけた。


「いってぇっ!」

「もう! 前を向いててって注意したじゃない」

「いてて……どうしたんで……だよ」

『奥さん』は笑顔で『旦那さん』の耳元に顔を近づけ、ささやいた。


「この馬鹿者。誰かにつけられてると言っているんだ」



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