第25話 誘いとリラの返答




 リラは少し緊張した。まさか警察署の目の前でこちらを襲ったりはしないだろうが、何をする気か全くわからない。


「これは風の霊術だ」

 奥さんがそう言うと、今度は腰にかけている革袋から水が一人でにスルスルと出てきて、奥さんの前に球となってフワフワ浮き始めた。

「これは水の霊術。さらに」

 水の球がブクブクと激しく沸騰し出した。

「これは熱の霊術。温度を上げるだけでなく……」

 水の球は今度は一瞬で凍り付いた。

「下げることもできる」

『奥さん』はそのまま氷の球を手で持った。


「お前には、私が霊術を教えてやる。カンノンコングを倒した時のようなレベルまでは難しいだろうが、アーマーがなくても『逃げるために闘う』程度の術は、ひと月程で身につけられるはずだ」


「嫌です」リラは即答。


「そうか……。私達を告発するのか?」


「なんでそっちの質問に答えなきゃいけないんですか?」


「……そうだな。分かった。それじゃあな」

 約束通り、『奥さん』はすぐに体をひるがえして歩き出した。リラは後ろから声をかける。


「あなたたち、これからどこに向かうんですか?」


『奥さん』は振り返った。

「ウーゼンバルグ公爵のおひざ元、南部のアンナポリだ。そこでの調査が終わった後は、特に決まっていない」

『旦那さん』が「ちょっと!」と『奥さん』の肩を揺さぶる。

「そんな事まで教えるのはやりすぎですよ!」




 *




 アンナポリへと車を走らせる二人。『旦那さん』が「どうして」と話し始める。

「あの女の子に行先まで教えちゃったんですか? 告発されてたら面倒なことになりますよ。そりゃあ、僕達なら簡単に逃げ切れはしますけど……」


 座席を倒して横になっている『奥さん』は、目を開いて言った。


「警察に告発して捕まえさせるなら、すぐに警察署に駆けこんで告発すればいい。あいつが行先を聞いてきたのは、こちらの持ちかけに興味があったからだ。まだあいつから話を聞くチャンスがある。もちろん全て『恐らく』の域を出ないがな」


「そこまであの子にこだわらなくても、ハンターなんていくらでもいるじゃないですか」


『奥さん』は、また目を閉じて、ゆっくり息を吐いた。ため息と言うよりは深呼吸だ。

「あいつは……正義感が強くて度胸があり、その反面泣き虫。真面目で頭もよく、普段は冷静だが、奥には激しい感情を秘めていて、いざという時は後先考えずに行動する」


「また『恐らく』ですか?」


「ああ。だが、こっちは確信がある。昔の私にそっくりなんだ。あいつは」


 ハンドルをきりながら「ええ?」と驚く『旦那さん』。

「昔は泣き虫だったんですか?」


「もう十年以上前の話だ。そして、十年以上前の私があいつの立場なら、アンナポリに向かっただろう。鉄道で先回りして高速道路の出口で私達を待ち伏せる。一万ギン賭けてもいい」


「本当ですか?! 僕本気にして乗りますよ?」


『奥さん』は軽く笑って言った。

「いいぞ。お前が一万ギン私に払う事になるだけだろうな。アンナポリまでせいぜい楽しみにしておけ」


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