第23話 命の危機?!
「リードルメに住んでいるのか? 車で送ろう」
「い、いや……大丈夫です」
リラは奥さんにそう返しながら体を引きずって後ずさる。立ち上がろうとしたが、うまく体に力が入らず、フラッと倒れ込んでしまった。『奥さん』は迷いなくリラに近付いてくる。
「そんな状態で大丈夫なわけがないだろう。車で送ってやる」
「いいです! いいです!」
あまりにも怪しい『夫婦』。ハッキリとした根拠はないが、『奥さん』からギラギラとみなぎる異様な力強い雰囲気から、リラは命の危機を感じていた。立ち上がって走り出そうとしたが、またしても転んで倒れ込む。『奥さん』がどんどん近付いてくる。
「だ、誰か……!」
助けを呼ぼうとした瞬間、首の後ろを何かがチクリと刺し、意識が遠のいていった。
*
リラが目を覚ましたのは、どこだかわからない木造の小屋の中だった。柱に手足を縛りつけられており、目の前には、椅子に座っているあの『奥さん』。
足を組んで腕をこまねき、あのタレ目でこちらを見下ろしている。真っ直ぐ注がれるそのまなざしは、こちらの全てを見透かすような、有無を言わさぬ威圧感を持っていた。
メイジャーナルで会った時とはまるで別人だ。
「起きた?」
リラの背中側から『旦那さん』の声。振り向くとすぐ後ろに立っていた。こちらは、メイジャーナルで会った時とそこまで変わらない。
『奥さん』は「お前」とリラを呼んだ。
「私達を誰だと思う?」
『奥さん』は聞きながら手に持った小さな水晶玉を覗いている。中で炎が燃えている怪しげな水晶玉だ。リラはそっと答えた。
「普通の、ご夫婦だと……思います」
そんなわけはないのだが、下手な事を答えて殺されるのは御免だ。ところが、リラがそう答えた瞬間、『奥さん』の持っている小さな水晶玉の中で、オレンジ色に燃えていた炎が青くなった。
「嘘をつくな、時間の無駄だ。気付いた事を全部話せ」
仕組みはさっぱり分からないが、嘘を見抜く道具のようだ。『旦那さん』が後ろから言う。
「正直に話してくれって。僕達も早く終わらせたいんだ」
リラは恐る恐る、考えている事を話し始めた。
「カンノンコングを一瞬でバラしたあれは多分、霊術ですよね。でも、わざわざボルトを全て外したっていうことは、機械獣の事はほとんど何も知らない素人。霊術なんか使えるのに、機械獣についてそんな基本的な知識も持っていないって事は……多分、不法入国した外国人」
『奥さん』は、オレンジ色の炎がまたたく水晶玉を覗きながらうっすら笑った。
「そこまで気付かれてしまったのか」
リラの心拍数がどんどん上がっていく。やはり不法入国者。厳しく鎖国されているアストロラでは、不法入国及び出国は超大罪。告発を恐れて察知した人間を殺す、というのは……ごくごく自然な事だ。
「い、言いません! 絶対誰にも言いません! だって、わ、私にはどうでもいいことだし!」
『奥さん』は、カバンから小箱を取り出して開けた。中から出てきたのは、注射器。
「あああっ! いやあああああっ! いやいや! いやあああ誰かああああああああーーーーっ!」
大声を上げて暴れるリラを『旦那さん』が押さえつけ、口もガッチリとふさがれた。『奥さん』の持った注射器がリラの腕に刺さる。注射が終わるとやっと『旦那さん』がリラから手を離した。
もう暴れても無駄だ。リラは絶望の中、声を上げて泣き続けた。
「あああ……ああああ~あぁ~、お母さぁあん……お父さぁん……あぁああ~あぁ~」
『旦那さん』は「ぶっ」と吹き出し、『奥さん』はこう言った。
「いつまでもうるさいぞ。別に死にはしない」
「えぇ……?」
涙と鼻水でグシャグシャになった顔で、二人を見るリラ。『旦那さん』は思い切り笑った。
「あっははははは! 本当に殺されると思ったのか。『お母さぁん、お父さぁん』なんて、ハンターとして一人前でも、やっぱりまだ十七歳の女の子だな。『お母さぁあ~ん』『お父さぁ~ん』って! あはははは!」
ドン! と『奥さん』が『旦那さん』に肘鉄を食らわせた。『旦那さん』が「うっ!」と顔をしかめて黙る。
「お前もうるさいぞ。しばらく黙っていろ」
『奥さん』は、しゃがんでリラと視線を合わせた。
「少々怖がらせ過ぎてしまったようだな。今打った注射は毒ではなく、レーダー補足用の特殊な薬剤だ」
「レーダー?」
『奥さん』は、コンパクトの様な丸い箱を取り出し、開いて見せた。箱とふたに画面があり、いくつもの点が光っている。
「これがレーダーだ。今、薬剤を打たれたお前は、これから少なくとも一年間の間は、世界中どこにいても、居場所が私達に筒抜けになる」
水晶玉といい、こんな優れたレーダーといい、アストロラでは考えられない高度な技術だ。こんな技術や道具を持っているであろう国は、一つしか心当たりがない。
「……『連合国』の人達ですか?」
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