第22話 機械獣カンノンコング




 リラが駆け込んだ公園には、自転車が四台置かれていた。そしてその周りに、男の子が三人。ジェムはいない。


「ジェム君は?!」

 大きなドライバーを持ったリラに大声で聞かれて、男の子たちは余計にうろたえて、顔を見合わせる。

「森にいるの?!」

 一人の男の子がうなずいた。

「君たちはすぐに家に帰りなさい!!」


 リラはそう言いながら森へ飛び込んだ。ジェムの名を叫びながら走り回る。

「ジェムー! どこーーーっ!」


 森で遊ぶにしても、普通はそんなに奥には入らないはずだ。だがジェムはなかなか見つからず、リラは少しずつ奥へと入っていった。


「ジェムーーーーーっ!」

 がさり、と草の音がした。

 リラはすぐに走り寄る。草陰から姿を現したのはジェムだった。どうやら無事らしい。

 ジェムは声の主がリラだと分かると、がばっと抱きついてきた。

 ジェムは十二歳。子供と言ってもこんな風に突然知り合いの女の人に抱きつく歳ではないため、リラは面食らった。

「ちょっと……大丈夫? 怖かった?」

 ジェムは、涙と鼻水を流しながらうなずいた。

「だって、さっきまで、そこに……」

「そこに、機械獣がいたの? じゃあすぐに……」


 メキメキと音を立てて、木が一本倒れた。その奥から現れたのは、機械獣カンノンコング。四本の巨大な腕を持つ、ゴリラ型の機械獣だ。

 ジェムに向かって振り下ろしてきたカンノンコングの拳を、リラがジェムを押しやってドライバーで受け止めた。受け止めきれず、ゴツンとドライバーがリラの顔面に当たる。


「リラー!」

「私のことはいいから走って!」


 ジェムは右足を引きずって走り出した。挫いたのか何なのか分からないが、時間を稼がないとカンノンコングに追いつかれてしまう。

 カンノンコングが振り下ろす拳をあえてかわさずにドライバーで受け止める。今度は顔にドライバーをぶつけることなく受けきった。ところが、その瞬間、真横から気配が。


「ひっ!」


 リラは思わず飛び退いた。カンノンコングは、上からの拳を受け止めたリラを二つの拳で横から挟み打とうとしたのだ。拳がぶつかり合い、ゴン! と大きな音が鳴り響く。あれに直に殴られたら骨が折れるどころの騒ぎではない。

 リラはイザックと二人でカンノンコングを何度か狩ったことがある。腕が四本あるカンノンコングだが、こんな器用な戦い方をする個体は初めてだ。変異体だからだろうか。

 ジェムを逃がすために、時間を稼いで闘わなければならない。しかも、慣れない古いドライバー一本で。


 カンノンコングはリラの両脇の木をつかんだかと思うと、ジャンプして蹴りをかましてきた。動きは遅かったため、今回は楽々避ける。カンノンコングが倒れた隙をついて、腹にあるボルトにドライバーを差し込んだ。

「よしっ!」

 これでバラせる……ハズだった。だが、ドライバーの先端が回転しない。古くて錆び付いているらしい。

 カンノンコングが暴れ出した。関節の可動域の問題で、カンノンコングは自分の胸や腹を叩けない。

 リラは腹に刺したドライバーにしがみついた。カンノンコングは、ジェムを追うのではなく、何とかしてリラを殴ろうとしている。しばらくこうして我慢していれば、ジェムを逃がせる。

 ところが、カンノンコングはどうやっても殴れない事に気付き、自分の腹を木にぶつけるように体当たりした。


「うっぐぁ!」


 木に打ち付けられ、リラはカンノンコングの体から転がり落ちた。そのまま斜面を転がり、森を通る一本の道路で止まった。あちこちに体をぶつけた痛みに呻きながら、体を起こす。

 すると、視線の先から走ってきた一台の車が止まった。リラの姿を不思議そうに眺めながら中から降りてきた二人の男女。『あれ? この二人は……』と、リラは記憶をたどる。


 リラと車の間に、カンノンコングが落ちてきた。ゆっくり起き上がり、リラを見る。リラはさっきの衝撃で上手く立ち上がれない。

 影がリラの頭上まで伸びた。リラが見上げるとそこには、今にも振り下ろされんばかりの大きな拳。ダメだ。死ぬ。そう思った瞬間、ガキン! と硬い音が同時にいくつも鳴り、カンノンコングの動きが鈍った。


 リラは今度は驚きで動けなかった。カンノンコングの体中のボルトというボルトに、真っ白で大きなドライバーの先端が突き刺さっている。

 そのドライバーの先端は、ギュルルルル! と金属が擦れる音を立てながら凄まじい勢いで回転し、一秒足らずでボルトを全て抜き取った。


 一瞬でバラされ、崩れ落ちるカンノンコング。その向こうに立っている男女をリラはやっと思い出した。メイジャーナルカップの時、公園でリラが踊りを披露し、変異体襲撃騒動の時、シングルスターパイソンから助けたあの夫妻だった。


 リラが唖然とする中、宙に浮いている白いドライバーの先端は、ジュウッと音を立てて、溶けた。どうやら正体は氷だったらしい。熔けた水は宙を舞い、奥さんが持っている革袋の中に吸い込まれるように収まった。


「あ~あ」と旦那さん。

「やっちゃいましたね」


 そう言われた奥さんは旦那さんをチラリと見てから、ゆっくりリラの元へ歩いてきた。



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