第17話 恋の真実




 街に出ると、すでにあちこちから火の手が上がっていた。ただでさえ夜でも明るいメイジャーナルの街が、さらに明るくなっている。

 リラは家々の屋根の上を走りながら朱色の四人を追っていた。一人は背の高い男。一人は背の低い男。一人は髪の長い女。そして、最後の一人がライランドだ。


 暫く追っているうちに、行先を思い当たった。観光ブックにも載っている、王家の別荘がある高台だ。あそこには王家専用の車が何台もある。それで街の外へ逃げるに違いない。

 朱色の四人は律儀に道を走っている。リラは、先回りするために方向を変えて屋根の上を走っていくことにした。


 火の手や、変異体の機械獣、逃げる人々を下に見ながら走っていると、一組の夫婦が目に留まった。公園で青い川の舞曲を歌ってくれた、あの夫婦だ。大型の蛇型機械獣シングルスターパイソンに追われて逃げている。

 旦那さんの方が転び、それに噛みつこうとするシングルスターパイソンの前に、奥さんが立ちはだかった。手を上げ、まるでシングルスターパイソンを受け止めようとするようなしぐさをしている。無茶だ!


 リラは屋根から飛び降り、シングルスターパイソンの頬をドライバーガンで撃った。シングルスターパイソンは衝撃で顔を商店のショウウィンドウへ突っ込んだ。


「早く逃げて!」

「すまない!」

 奥さんはそう言って、旦那さんを連れて行った。


 頭を持ち上げたシングルスターパイソンの下に潜り込み、リラは顎の付け根のボルトをドライバーガンで素早く外した。

 ガチャンと音を立てて顎が外れる。今度は頭上の首の付け根のボルトを外すと、シングルスターパイソンは動きを止めて崩れ落ちた。

 リラはすぐに走り出し、王家の別荘へと向かう。




 *




 イザックはリラを追っていたものの、引き離され、途方にくれながらも街を走っていた。あっちに逃げる人、こっちに逃げる人をかき分け、リラを探す。

 その時、白と黒のタキシードを着た二人組を見つけた。バルトとリンナだ。リラを見なかったか聞こうと追いかけると、二人は何かから隠れるように建物の裏へと入って行った。

 なぜあんな場所に? しかも隠れるように。リンナの腕前なら、機械獣から逃げる必要などないはずだ。不審に思ったイザックは見つからないよう静かに、建物の裏へと入り、二人の様子をうかがった。



 暗闇の中にリンナの背中と、向かい合っているバルトの顔が見える。リンナが何かを手渡したらしく、バルトが顔のあたりに手を持って行くと、眼鏡に取り付けられたライトがパッとまたたいた。

 バルトはリンナに手渡された物を角度を変えながらよく見ている。何かの品定めをしているようなしぐさだ。小さく声も聞こえてきた。

「リンナ、ケースの中には本当にこれしかなかったのか?」

 リンナがうなずく。バルトは「うーん」と困った様にうなった。

「ガセだったという事か……。苦労して王室直属ハンターの先を越したというのに。ウーゼンバルグ閣下にどう報告したものかな」


 イザックはバルトが持っている物が何か、建物の陰から体を乗り出して見ていた。『ケース』という言葉と、うっすら見えるシルエットから察するにあれは、メイジャーナルカップの賞品である、黄金の獅子の生きた部品だ!


 イザックがさらに身を乗り出そうとすると、ガチャン! と足元に積まれた金属の箱が倒れた。察知したリンナが瞬時に振り向きながらイザックに指を振り向けると、同時にイザックは腹を何かに打ち抜かれ、その場に倒れた。




 *




 リラは、王家の別荘へと続く道の前に立っていた。対峙しているのは、四人の朱色の制服をまとった王室直属ハンター。


「誰だい? そこで何をしているんだ」

 先頭に立っている眼鏡をかけた背の高い男がそう言った。


「私は機械獣ハンターのリラ・ベルワール。イリア・コロッセウムでの出来事……説明してください」

「どきなさい。私達は急いでいるんだ」

「ダメです。説明を先に」


「はあ」とため息をつく眼鏡の男。

「『王室特権』という言葉を知っているかい? 王室直属の肩書を持つ者は、任務中ならば傷害、場合によっては窃盗や殺人も無罪あるいは減刑されるんだ」

 そう言いながら男は腰に差した剣を抜いた。

「た、隊長?!」

 後ろからライランドが止めようとするが、隣にいる女が肩を持ってそれを押さえた。


「もう一度だけ言う。そこをどきなさい」

 眼鏡をかけた隊長が剣を構え、ゆっくり近付いてきた。リラはドライバーガンを取ろうと手を動かした。その瞬間


 ギン! と大きな音が響き、リラは後ろへ吹き飛んであおむけに倒れた。何が起こったのか全く分からない。つぶった眼をもう一度開くと同時に、リラは凍り付いた。


 あおむけのリラの上にまたがるように立つ、眼鏡の隊長。両手に持つ剣は、リラの喉に突き立てられている。

 隊長が剣をそのまま刺せば……いや、手を離しさえすれば、リラの人生は終わる。


「まだ私達の邪魔をする気があるかい?」

 隊長の言葉にリラの体は勝手に反応し、首を横に振った。その周りに、他の三人が集まってくる。


 女がリラの顔を覗き込み、笑い始めた。

「あははは。この子、障害物競走で一位になった子? パンツ姿で!」

 背の低い男が言う。

「ライランド、機械獣ハントの時、ペアにさせてたよね。この子と遊んでたの? だから機械獣ハントだけ、妙に本気出してたんだ」


『させてた』……?


「ああ……。別にいいだろ、ちょっとくらい遊んだって」


 遊んだ……?


「はあ?」と女。

「あなたねえ。私という人間がいながら……」

「ちょっと遊んだだけだって! つまんねえ競技ばっかで退屈だったんだ」


「閉会式まで待たなければならなかったんだよ。目立たないようにしていろと言っただろう?」

 隊長が剣をリラの喉に突き立てたままそう言う。


「別に、結果は同じだったじゃないですか。俺達がやる前に誰かに持ってかれちまったんですから」


「確かにその通りではあるけど、それは結果論だよ。これからは関係ない女の子を巻き込まないよう気を付けてくれ」

 隊長はやっと剣をしまうと、リラをほったらかしで歩き出した。背の低い男もすぐそれに続く。そして、ライランド。


「悪いな。じゃ、そういうことで」


 さらっとそう言って投げやりに手を振ると、リラの元から去って行った。最後に残った女が、仰向けに倒れたままのリラに優しい声で言う。


「隊長に戦いを挑もうとした度胸を評価して、教えてあげる。人間っていうのはね、何かを守るために闘うの。そして、闘うために強くなる。楽しく夢を追っているだけのお子様じゃ、私達には勝てないから。この先の人生、よく考えて有意義に過ごしてね」




 *




 ホテルのフロントでナヤがうろうろと歩き回っていた。オスカーが近付いて言う。

「教授に言われただろう? レストランに集まって待機だ。トイレを済ませたなら……」


「あなたは気にならないんですか?!」

 ナヤは大きい声を出した後、ハッとあたりをうかがい、声を小さくした。アカデミーの教授に声を聞かれたら、レストランに集まっている他の生徒の元に連れて行かれてしまう。


「イザックとリラの事が。今、外がどうなっているのか分からないんです。聴こえてくるのは、何かが崩れたり爆発したりするような音だけ」


「俺も気にはなってる。だがどうしようもないだろう? 俺達は、道の安全が確認され次第、バスに乗ってアカデミーに帰るんだ」

 ナヤが口を開いで驚いた。

「き、教授がそう言ったんですか? もうアカデミーに帰ると?!」

「そうだ。早くレストランに……」


 ナヤはオスカーを無視してホテルの入り口から飛び出した。

「おいナヤ、待て!」

 オスカーもそれを慌てて追って行く。



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