第14話 リラと青い川の舞曲




 メイジャーナルカップ四日目の休日。リラはライランドと二人だけで、メイジャーナル中央地区の公園を歩いていた。


「解体戦でもかなりいい成績だったろう」

「十二位でした」

「君、十七歳だったよね。そんな歳で、解体戦でも上位に入るなんて、本当に凄いことだよ」

 頬を赤らめて頭を掻くリラ。

「いやあ……。でも、解体戦ではナヤの方が順位が上でしたし、障害物競走でも私とほとんど同じタイムでしたから……どうして私にだけ名刺をくださったのか」


 ライランドはにっこり笑って言った。

「女の子が、下はパンツだけになっても勝ちを獲りに行く。その根性に惚れたんだよ」

 リラは頬だけでなく顔中を真っ赤にした。

「もうやめてください。忘れたいんです!」


「あははは。どうして? すごくカッコよかったよ。王室直属ハンターとしてやっていくには、ああいうのがとても大事なんだ」

「王室直属ハンターへのスカウトなんて、光栄な話なんですけど……私、相棒と一緒に仕事をしてて……」

「ズボンと靴を持って後から来た彼? ひょっとして恋人?」

「違います。でも、大事な相棒なので、彼を置いてけぼりにするのは心苦しくて……。迷ってます」

「そっか……よかった」

 ライランドの声はさっぱりしていた。リラは理解できず「え?」と返す。


「実は、本当はスカウトの話は俺の独断でやったんだ。本来なら隊長にお伺いを立てなきゃいけないんだけど、どうしても君が気になって先走っちゃってね。変な話、もし君が目を輝かせて『やりたいです』って言ってきたらどうしようって思ってたよ」

「そうだったんですか。でも、どうして先走ってまで私を……」

 ライランドは、ぐっと顔をよせてきた。そして、優しい笑顔を向けながら静かな声で、リラの耳を撫でるように言った。


「君がかわいいから」


 ドキッと胸が波打った。ライランドは顔を少しそらせて、リラの頬にキスをすると、体をひるがえして歩き始めた。

「もう行かないと。でも、メイジャーナルカップが終わったら、また必ず俺に連絡してくれよ」

 リラは半ば呆然としながら、ライランドに手を振った。




 *




 ライランドが去ってから、リラは公園を一人で歩いていた。


 頬にキスされた。君がかわいいから、と言われた。かっこいい、王室直属ハンターに。生まれて初めて感じる。これが、『ときめき』というものなんだ! こんなロマンスが、自分に訪れるなんて!


 リラの心に、音楽が鳴り始めた。この曲は古代人が現代にまで伝えてくれた僅かな音楽の一つ。かつて存在したという、世界一青が美しい川の名前がついている、三拍子の舞曲だ。

 その拍子に合わせて、公園に敷き詰められた床石にコツコツと靴を打ち当てる。

 背中のドライバーガンを外し、同じように三拍子に合わせて床石を叩いたり突いたり。


 公園中央の噴水の前で、靴とドライバーガンを打ち鳴らしながら踊るリラ。するとなんと、歌が聴こえてきた。踊りながらそばのベンチを見ると、夫婦と思われる二人の若い男女がこちらを楽しそうに見ている。

「タタラララー」と歌っているのは、あの曲。伝わったらしい。旦那さんも「チャンチャン、チャンチャン」と合の手を入れている。


 二人は手と体をリズムに合わせて揺らしている。そうだった。この曲は単純な三拍子じゃないんだ。二拍目のタイミングが少しだけ早く、その分長い。

 そのリズムに合わせて、コンコン、コツコツとドライバーガンと靴を鳴らし、リラの踊りは徐々に大きく、軽やかに、大胆になっていく。


 ぽーん、とドライバーガンを上に放った。リズムに合わせて靴を打ち鳴らし、落ちてきたドライバーガンを受け取って、クルクル回しながら体の周りを一周させる。

 もう一周、足の間をくぐらせて、さらにもう一周! そしてドライバーガンを床石の隙間に突き立てて、その上にピンと片手で逆立ち。


 奥さんと旦那さんが口ずさむ歌の中、逆立ちのまま足を大きく開いてプロペラのように一回転し、腕を使って大きくジャンプ。ドライバーガンを抱きしめながら、夫妻の歌が終わるのと同時に二人の前に着地し、跪いてお辞儀。フィニッシュだ。


 二人は拍手を送ってくれた。

「凄い凄い!! なんて素敵なの!! ちょっとあなた、ここに座ってよ」


 リラは夫妻の開けてくれた間に腰かけた。「ふう」と息を整える。


「いや、本当に凄かったな。そのアーマー、すごく重いでしょ?」

 旦那さんがドライバーガンを指さしてそう言った。

「確かに重いですね。でも、私は毎日これを持って仕事してるので、もう慣れてます」


「どうして踊ってたのか、分かるよ」

 奥さんがリラを見つめる。少しタレ目だが、その視線はこちらを見透かすような不思議な力強さがあった。


「恋したんでしょ」


 ライランドの顔が浮かび、ドキドキと胸が暴れる。「はい」と答えた。


「さっきの王室直属ハンターに? 彼、なかなか男前だったな。君も王室直属なの?」

 旦那さんの質問には、「いいえ」と答える。

「私は何でもない普通の機械獣ハンターです。でも、彼から個人的に目をかけてもらえて」

「幸せそうなあなたを見てたら、私達も幸せな気分になっちゃった。よかったらお昼ご一緒なさらない?」


 奥さんの誘いに思わず『はい』と答えそうになったが、この後はイザック、そしてナヤ達と約束があった。






 *




 ナヤ達と四人での昼食と、公園での軽い運動を終え、あとは明日にそなえてゆっくり休む。だがその前に、最後の打ち合わせとして、ホテルのラウンジでリラとイザックが話していた。


「リラ、障害物競走でのお前は凄かった。けどな、気付いてるとは思うけどまだ……」

「ナヤの方が上のはず、でしょ? 大丈夫。分かってるよ」

「明日からの機械獣ハント、勝算はあるのか?」

「本気でやる。死ぬ気で。それだけだよ。他にやり方ある?」

 苦笑いしながらも「まあそうだよな」と言うイザック。

「どんな機械獣が放たれるかも、パートナーの組み合わせも公開されてないし」


「解体戦でナヤに負けたのは、すごく悔しかったけど。でも大丈夫。どうしてでしょうか?」

 リラは自分の人差し指を立てて顔と一緒に横に傾けて見せた。


「お前は……前向きで、切り替え早い!」


「私のいいところ!」


 二人は拳をコツンと合わせて、笑顔をかわした。




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