第13話 スカウト




 スタッフがもう一人、タオルを持ってリラの元へと走ってきた。受け取ろうと手を出したが、スタッフはタオルをリラの手ではなく、腰へ被せた。


「ああっ!!」


 と思わず声を出したリラ。すっかり忘れていた。今自分は、下半身にパンツしかはいていない。慌ててタオルと手でパンツを隠した。

 まわりのスタッフ達も少し笑っている。



 次々と他のハンター達がゴールしていた。その中にはイザックの姿。手にはドライバーガンと、リラの靴に靴下。ズボンも持っている。リラを見つけて走りよってきた。



「お前、何やってんだよ……」

 リラが『いいから!』という顔でズボンを受け取ろうとすると、イザックが抱きついてきた。

「最高だよお前は! 一位、それも大会新記録だぞ?! 最高だよ!」


「いいからズボン!!」

 リラはイザックを怒鳴りつけた。




 *




 夜、またナヤから誘われ、四人でレストランへ。今回はリラ達の提案で、ホテルの一階にある店だ。


「流石でした。私も絶対の自信があったんですけど。あの気迫と執念には負けました」

 競技直後とは打って変わってにこやかなナヤ。それに対してリラの表情は、曇るとまではいかずとも、若干陰っていた。理由は……


「パンツ一丁にまでなっちまったからなー。どんな種類の執念なんだよ」

 笑うイザック。ナヤも手で口を隠しながら笑い、いつも無表情なオスカーまでかすかに笑っている。


「泥がついて重かったから! 上はちゃんと着てたよ」

 さらに大きな声で笑うイザック。

「絶対メイジャーナルカップの歴史に残るぞ。パンツ一丁で大会新記録だからな。お前、カメラも回ってたの知ってるか?」

「えええっ?!」

 知らなかった。


 ナヤがまた手で口を隠しながら笑う。

「今回のカップはかなりお金をかけているようですしね。賞品が黄金の獅子の生きた部品なのも、テレビ中継するのも、特集番組を作るのも、州知事がこの街に人を呼びたいからみたいですよ」


「中継?! 特集番組?!! 嘘でしょ?!」

「お前、本当に知らなかったのか? そっちの方が『嘘でしょ』だぞ」


 リラは赤面して顔を両手にうずめた。下半身パンツ一丁で走る自分の姿を映像で残されてしまったのだ。今この時にも、テレビ画面に映されているかもしれない。



「やっぱり君か」



 背中から声をかけられると同時に、肩を叩かれた。振り返るとそこにいたのは、ツーブロックの黒髪とピアス、目元のホクロがセクシーな若い男だった。朱色の制服を着ている。王室直属機械獣ハンターだ。

 リラ達は思わず立ち上がろうとしたが男は『いい、いい』と手を軽く振った。

「まさか、二十歳にも満たない無名のハンターが、大会新記録を出すなんてね。俺は王室直属ハンターのライランド。君の名前は、確かリラ・ベルワールだったね」


「はいっ!」

 リラは座ったままでビシッと姿勢を正した。彼は王室に仕えるハンターだ。障害物競走ではリラが一位だと言っても、ハンターとしては雲の上と言っていいほど格上の存在。アストロラ中でも一握りしかいない超エリートなのだ。

 ライランドはリラに優しく笑った。

「そんなにかしこまらなくていいよ。実は、うちの隊長がリラちゃんに興味を持っててね。もしその気があったら、ここに書いてある電話番号に電話をくれ。それじゃ」

 ライランドは名刺をリラに渡すと去って行った。


「おいおいマジかよ……」

 イザックが見開いた目をリラの持っている名刺に向けた。


「お前……これスカウトだろ?! 王室直属ハンターからのスカウトだ!」

 リラの肩に片手を置いて揺さぶるイザック。リラは驚きのあまり思考停止状態になっていた。そんなリラの意識に届いた言葉は


「すごいですね」


 ナヤの一言。声色からも視線からも、灼熱の嫉妬心を燃え上がらせているのがリラに伝わってきた。


「ギャルソンさん」

 ナヤに呼ばれてギャルソンが一人やってくる。ナヤはカードを手渡した。

「お代をこれで」

「えっ!」と立ち上がるリラ。

「ダメだよ。昨日もごちそうになったんだから。今夜は」


「いいんです。お金をたくさん持っている人間は、他の人達のために使わなければいけません。お父様からそう教育を受けているんです」




 *



 リラ達のホテルを出て、自分達が泊まるホテルへ帰るナヤとオスカー。ナヤの足取りは速かった。後ろからオスカーが声をかける。


「おいナヤ。そんなにイライラしてもしょうがないだろ」

 ナヤは返事をしない。

「同い年と言っても、リラはもうプロのハンターなんだ。俺達と違って本物の経験を積んでる。そんな中、あと少しで一位になれる所までいったお前は十分すぎるくらい優秀だ」

 やはり、ナヤは返事をしない。

「スカウトされたことか? しつこいだろうが、リラはプロのハンターで……」

 バッとナヤは振り返り、人差し指をオスカーの腹に突き立てた。何か言おうとしながら、とん、とん、と腹をついたが、結局何も言わずに手をブルブル震わせながら握りしめた。




 *




 ホテルの自室。リラは冷静に考えていた。今日の障害物競走で一位になったとは言っても、ナヤも僅差の二位。総合成績は最終日まで公開されないが、前日の解体戦の事を考えれば、間違いなく依然としてリードされているはず。

 全く喜んでなどいられないのだ。気持ちを切り替えて次の競技に臨まなければ。

 明日の休日をはさんで残るただ一つの競技は、機械獣ハント。抽選で選ばれた二人一組となり、メイジャーナル近郊の森に放たれた機械獣を狩り、その総重量を競う、シンプルな競技だ。

 どう考えてもプロのハンターであるこちらが有利。だが怖いのは二人一組というところだ。当日の抽選で選ばれるその相手が誰かは全く予想がつかない。対応策の練りようがない。


 そして、もう一つ気になる事。ライランドから渡された名刺だ。王室直属ハンターになれるチャンスなど、アカデミー卒でないリラには二度と巡ってこないだろう。

 だが、自分が王室直属のハンターになったら、イザックはどうなるのか。別に、リラがいないとやっていけないような男というわけではない。だがリラと一緒に王室直属になるのは無理だろう。つまり、イザックとのコンビは解消しなければならない。

 それがリラには寂しかった。女たらしではあるが、やはりずっと一緒に仕事をしてきた大事な相棒なのだ。


 いずれにしろ、一度電話しなければなるまい。リラは部屋に置かれている電話の受話器を取った。名刺を確認しながらボタンを押す。


「もしもし、リラ・ベルワールです。先ほど名刺を……」

「ああ、君か! 俺、ライランドだよ。よかった、電話してくれて嬉しいよ」



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