第12話 障害物競走
リラはナヤと森の中を並走した。追い抜こうとしたリラに合わせて、ナヤもペースを上げてきたのだ。こんなペースでゴールまで体力が持つだろうか、などとは考えていられなかった。ここでナヤに振り切られることは、リラにはどうしても受け入れられない。
最初の障害。傾斜六十度近い崖だ。岩肌がもろく、足をかける場所は多いが、足場を選ばないと崩れてしまいそうだ。
体が軽いナヤがリラを抜いて先に登っていく。リラも追いつこうと必死にリラの足の下に、喰らい付くように登っていた。
ところが、ナヤを見上げるリラの顔の前でナヤが足を滑らせ、砂埃と小石がリラの顔に激しく振りかかった。
「んぐっ!」
手で振り払い、すぐに登っていく。ナヤとの差が、少し開いてしまった。
今のナヤの足の滑らせ方…………わざとだ!!
登り切って走り出すリラ。すでにナヤは十メートル以上先を走っていた。どこかの障害で追い越さなければ、負けてしまう。
次の障害は川だ。泳いで渡らなければならない。ナヤはそのまま真っ直ぐ川に飛び込んだ。走りだけでなく泳ぐスピードも速い。
リラは川の流れを観察し、少しだけ上流にある岩の上から飛び込んだ。川の流れを利用し、効率的に泳いで渡る。ナヤとの差は少し縮まったものの追いつけず、少し遅れて川から上がった。
続いて現れたのは坂道。少々キツイが、普通の坂道だ。ナヤの背中を見ながら登っていく。すると、坂の頂上から機械獣の外殻や部品が次々転げ落ちてきた。
リラの目に留まったのは、機械獣メルトタートルの甲羅だ。表面がでこぼこしており、なおかつ普通の亀の甲羅と違って弾力があるため、癖のある跳ね方をする。それを利用して移動したり相手に突進する機械獣なのだ。
きゃっ、と悲鳴。ナヤがメルトタートルの甲羅をよけきれず、押し倒されるように転んだ。リラはメルトタートルの甲羅には慣れている。完璧にかわして坂道を登り、ついにナヤを抜いて先頭に立った。
抜いたとはいえ、安心などできない。この先の障害でナヤを引き離さなければ。
次の障害は下り坂。リラはここぞとばかりに全速力で駆け下りていく。速く駆け下りる事ばかりに気を取られていたリラの足元に、真横から縄の様な物が伸びてきた。それに足を取られて派手に転び、坂道を転がってしまった。
これはワイヤスパイダーのワイヤーだ。本体から取り外されていても、人間の体温を感知して絡みついてくる。リラが立ち上がった瞬間、ビュンと追い越して行ったのはもちろんナヤ。それをリラも全力で追いかけていく。
次の障害は谷。地面がバックリと割れ、十メートルほど向こうまで、橋も何もない谷を渡るのだ。
こちら側にはジャンプ台の様な板や、下に降りるための階段、そして柱が一本建てられている。
向こう側には柱が一本建ててあるだけだ。
リラが谷までやってくると、ナヤはすでにこちら側にはいなかった。だが、向こう側に渡り切ったわけではない。
向こう側の柱に、縄跳びの様なグリップがついた長いワイヤーを巻きつけ、向こう側の崖の斜面をよじ登っていた。おそらくあのワイヤーの縄跳びが、ナヤが機械獣のハントに使うアーマーなのだ。
同じやり方をしても追いつけない。リラはとっさに考えた。背中に担いだドライバーガンを外し、ワイヤーの巻き取り速度を最速にセット。すぐに狙いをつけて向こう側に向けて先端を発射し、柱にしっかりと絡ませた。
そして、助走をつけてジャンプ台から思い切り飛んだ。すかさずドライバーガンを作動させ、ワイヤーを巻く。まるで空を飛ぶように、リラはナヤが登り切るより早く、谷を渡ることに成功した。
次に二人を待ち構えていたのは足場の悪い沼地。これもリラには慣れたもの。沼にいる機械獣イカヅチライギョを今まで何度狩ったことか。リラはドライバーガンを櫂のように使いながら進んでいった。
ところが、後ろからジャーッと何かが滑るような音。ふと見上げると、なんと木と木の間につながっているツルをナヤが滑っているのだ。あの縄跳びの様なアーマーを上手く使って手を摩擦から守っている。そのまま沼の上空を通りすぎていった。
なんて大失態。なんて馬鹿だったんだ。沼地を見て、自分は慣れてる、なんて得意になってしまったが、別に沼地自体を進む必要はなかったのだ。ナヤに一気に引き離されてしまった。
沼を抜け、メイジャーナルの街中へ。もうリラの視界にナヤの姿はなかった。道の両脇に大勢いる見物客の声援を受けながら、リラは打ちひしがれていた。
こんなに離されてしまっては、もうダメだ。ただでさえ足が速いナヤに対して、泥がたっぷりついて重くなった靴とズボンで走るリラに、勝ち目があるわけはない。
涙が滲んできた。
自分がもう少し冷静に判断していれば、勝てたかもしれないのに。夢がかかっていたのに。それも自分だけの夢じゃなかったのに。ずっと一緒に仕事をしてきたイザックの分も、夢を背負っていたのに。
……イザック?
――― 絶対にナヤに負けるな。絶対にだ。
――― お前切り替え早い!
私のいいところ!!
前向きで、切り替えがはやいところ! こんなところで諦めて、負けを認めるなんて……そんなの私じゃない!
リラは背負ったドライバーガンをその場に降ろした。恐らくメイジャーナルの街に入れば、障害はないだろう。そして、泥がついて重くなった靴と靴下を脱ぎ捨て、走り出した。
必死に走るが、ナヤは見えてこない。ダメだ、まだ重い!
リラは走りながらベルトを外して投げ捨て、泥だらけのズボンも脱ぎ捨てた。どよめく見物客に目もくれず、リラは下半身パンツ一丁の状態で駆けだした。
一切のためらいなく、なりふり構わず、全速力。今までの人生で一番速く走るんだ。もう、ナヤはゴールしているかもしれない、そんな思いが頭をかすめても、それでも絶対に諦めない。
コロッセウムのグラウンドに入った瞬間、リラの心は燃え上がった。ナヤがまだ走っていたのだ。元のナヤのペースならとっくにゴールしていてもおかしくはなかったが、どうやら向こうもリラに負けじと張り合った結果、予想していた以上に体力を消耗してしまったらしい。
いける!!
リラは力を振り絞り、死力を尽くして走った。ナヤが振り返ってリラに気付き、慌ててペースを上げる。向こうも全力疾走だ。
もうゴールは目の前。
いける、いける、いける……
まだナヤがリードしている。しかし、差は縮まっていく。
いける、いける、いけるいけるいけるいける、いける……っ!!
「うあああああああああああーーー!!」
雄叫びをあげながらナヤとほとんど同時に飛び込むようにゴールを抜け、リラは勢い余ってゴロゴロと転がり、大の字に倒れた。
立ち上がるどころが、体も起こせない。激しい息に砂埃が降りかかり、むせ返りながらも必死に息をする。信じられない程苦しい。
スタッフがリラの元に走り寄り、酸素スプレーつきマスクをリラの顔にかぶせようとした。リラは苦しさのあまり思わず手で押しやったが、すぐに無理やり押し当てられた。続けてプシューッと酸素スプレーの音。
段々落ち着いてきた。コロッセウムをすさまじい歓声が埋め尽くしている。リラはマスクを自分の手で持ち、体を起こし、客席の方にあるスクリーンを見た。
そこに映る、大会新記録で一位となった選手の名は……リラ・ベルワール!
リラはゴール近くのナヤに向け、笑顔で手を振った。ナヤは手を振るどころか笑顔も返さず、激しい息で肩を揺らしていた。
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