第11話 モヤモヤ




 夜、リラとイザックはナヤから招待されて、オスカーも入れて四人でレストランに夕食を食べに来ていた。


「こんな格好でよかったのかな……」

 リラが恥ずかしそうに言う。

 ここは、見事な装飾が施された柱や壁、窓、バルコニーまであり、テーブルの上には銀のスプーン、フォーク、ナイフ、煌びやかな燭台が置かれた、上流階級の人間達だけが集まるような、超高級レストランだ。

 昼間と同じ、丈夫な布と革製の仕事着を着ているリラとイザックは、あまりに場違いに思えた。


「大丈夫ですよ」とナヤ。

「周りを見てみてください。メイジャーナルカップ中は、仕事着のハンター達もちらほら入店しますから。何もおかしくありませんよ」



 四人の前に前菜が運ばれてきた。何かの葉っぱがかぶせられており、少し湯気を立てている。

 イザックが指をさし、『これ何?』と言う前に、ギャルソンが優し気な声で言った。

「こちらはオルケッタ茸の包み焼きでございます」

「葉っぱはヴェイルアカシアですね。この香りはラメルターメリックですか? 一般的なものと少し香りの立ち方が違うような気がするんですけど」

 ナヤの言葉にギャルソンが少し驚く。

「その通りでございます、よくご存じで。メイジャーナル近郊のラメルターメリックは辛味が控えめな代わりに香りが豊潤で、オルケッタ茸には抜群の相性でございます」


 ナヤは超高級レストランに随分慣れている様子だ。流石、王国一の財閥当主のご令嬢。



「ナヤ、今日の解体戦凄かったな。まさかリラの上にランクインするなんて」

 イザックがそう言うとナヤは恥ずかしそうに笑った。

「リラさんにシルドフロッグとケラベアーの事を教えてもらってたので……本当に、そのおかげです」

「リラのやつ、ウツボペリカンに手間取ったって言ってたけど、ナヤはどうだった?」

「ウツボペリカンは、胸にある二つのボルトのうち、下を外せばすぐバラせる、とアカデミーの図書館にある本で読んだことがあったので、私は特に手間取りませんでしたね」

「へえー。でも、ウツボペリカンの差を考えても、シルドフロッグとケラベアーをリラと同等以上のスピードでバラさなきゃ、五位になんてランクインできないんじゃねえかな。いやーナヤ、凄いよホントに。」

 イザックの言葉がチクチクとリラのプライドをつつく。


「ビギナーズラックですよ。でも、明日の障害物競走には、正直言って自信があります。あれはハンターとしての実戦経験より、体力と身のこなしが物を言いますからね。体が小さいのはコンプレックスでもあるんですけど、明日はそれを生かせそうです」


「確かになー。おいリラ、頑張ってくれよ? このままじゃナヤに優勝持って行かれちまうぞ」


 リラは「うん」と一言だけ返した。




 *




 ホテルに戻り、リラは部屋で立ち尽くしていた。未だに今日の事が受け入れられない。


 プロのハンターである自分が、実戦経験のないアカデミーの生徒に負けたのだ。しかも、自分が教えた機械獣の情報によって。ナヤはこのために情報を集め、周到に準備していた。そこも含めて、完全にリラの負け。

 そして、自分はそんなナヤに対して、嫉妬の炎を燃え上がらせている。自分がこんなに無能な上にプライドばかり高い人間だったなんて。


 リラはそんな感情を振り切ろうと、頭を振り、壁にもたれかかるように頭をゴン、とぶつけた。


「私の」

 ゴン。

「いいところは」

 ゴン。

「前向きで」

 ゴン。

「切り替えが早いところ」

 ゴン。

「私の」

 ゴン。

「いいところは……」


 ドンドンドン! と隣の部屋の宿泊客が壁を叩き返してきた。リラは壁から離れてベッドに突っ伏すように倒れ込んだ。


「もおぉおぉぉぉおぉ~」



 何が何でも、明日の障害物競走で、一位を取ってやる。






 *




 メイジャーナルカップ三日目、障害物競走。この競技はコロッセウムではなく、街の外、森や崖や川などを利用して行われる。

 厳しい自然の地形に加えて、様々な障害が設置されており、それを乗り越えた後街へ戻り、街中を走り抜けてコロッセウムへ戻るのだ。走行距離はおよそ十キロにもなる。

 スタート地点となる大きな広場に、ハンター達が集まっていた。体操して体をほぐし、軽くジャンプするリラの肩に、イザックが手を置いた。


「リラ、マジで頼むぞ。絶対にナヤに負けるな。絶対にだ」

 イザックの真剣な顔に、リラも冗談ナシの真剣な顔で答える。

「任せといて。私も足なら自信ある」


 設置された櫓の上に、銃を持ったスタッフが登った。リラとイザックに緊張が走る。


 パン! と銃声が鳴るやいなや、ハンター達が一斉に走り出した。




 まずは森の下り坂を走り抜ける。リラは他のスタートダッシュをかけて他のハンター達をどんどん追い抜いた。

 これは足の速さと体力が物を言う。三十代以上のベテランハンターは、むしろ不利。そしてリラ達の様な若いハンターが有利だ。


 単独で先頭を走っている人物が見えてきた。アカデミーの制服を着た小柄な女の子。後ろ姿だけでも分かる。ナヤだ。

 リラは追いつこうとペースを上げた。ナヤとの差は徐々に縮まっていく。



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