第9話 『シュエラ』とは




 パチン、という音が、白い街並みの公園に鳴る。竹を緩く編んだ球が宙に舞い、落ちてくるとまたパチン、とラケットで打ち上げる。

 これは『ラビットスナップ』というスポーツで、おしゃべりしながら簡単に楽しめる。リラとイザックはナヤに誘われ、オスカーと合わせて四人で楽しんでいた。


 パチン、とナヤが打ち上げる。

「それは多分、南極近郊の民族に伝わる古い言葉だと思います」

 パチン、と今度はリラが打ち上げる。

「南極?!」

 オスカーが黙ってパチン、と打ち上げ、ナヤの元へ。


「ええ。意味は確か……」

 パチン、とナヤが打ち上げると風が吹き、軽い球は遠くに飛んでいく。イザックがそれを追い、離れていく。


「イザック、ごめんなさーい! 確か、『シュ』は『我があるじ』で『エル』が『何かに沿って流れる』と言うような意味の動詞。『ラ』は『誰かの思い、考え』この場合は『シュ』の思い、考えですね。つまり……」

 イザックが球に追いつき、ジャンプして打ち上げ、本人はゴロゴロと転がる。


「ケガしないでよー!」とリラ。ナヤはイザックのファインプレーに手を叩く。

「つまり、正確には『シュ、エル、ラ』。文脈を考えると、『シュ』は呼びかけで、次には一人称の『バ』という単語が省略されているんだと思います。なので恐らく『我があるじよ、あなたの思いのままに』というような意味ですね」


「やっぱり『分かりました』みたいなことか」

 イザックが走って帰ってきた。球はリラが打ち上げ、オスカーが打ち上げた。その下にナヤが駆け込み、パチン、とまた打ち上げる。

「そうですね。ただ、かなり丁寧な言い回しです。家来が王様に言うような。アストロラ南部の外れに南極からの移民の血を引く人たちが多くいるので、そのリンナという人は、その地方の出身かもしれません」

「随分博識だね」

 感心するリラに、ナヤは口元に笑みを浮かべて言った。

「それだけが取り柄なんです。さあ、イザックとリラも教えてくださいよ」

「え、私達が? 何を?」


「アカデミーは立地の関係上、北部に生息している機械獣しか実際には見られないんです。それも、もうバラされて、貴重な部品が国に買い上げられた後のものです。二人はプロのハンターとして、生きてる機械獣をよくご存じでしょう?」


 パチン、とリラが打ち上げる。

「うーん、昨日教えたこと以外にまだ教えられることなんかあるかなあ?」

 続いてナヤがまた、パチン。

「ケラベアーをバラしたことはありませんか?」

『ケラベアー』はアストロラ南部に生息している。普段は地中におり、中々見つけられない貴重な機械獣だ。

 イザックが、パチン。

「バラしたことはないなー。仕事を始めたばっかりの頃にバラそうとして、逃げられたことはあるけど」

「教えてください!」


 オスカーが、パチン。しかし無言だ。

「リラ、なんか覚えてるか?」

 イザックに聞かれたリラが、パチンと打ちながら答える。

「確か、腰のボルトにドライバーガンを打ち込んだんだよ。でも、逃げられちゃったんだよね」

 ナヤが、パチン。

「今だったらどうします?」

 リラがまた、パチン。


「動きを思い返すと、背中側の首の付け根を私達に見せないようにしてた気がするな。多分、あそこに腕と腕を動かす機関部があるんだと思うよ。だから、そこのボルトを狙えば、すぐバラせるんじゃないかな」




 *




 公園からの帰り道、ナヤはオスカーに不満を吐いていた。

「どういうつもりですか? 私にばかり質問させて。あなたは結局、ただ遊んでいるだけでしたね」

 リラとイザックは道が違うため、もうこの場にはいない。オスカーは「悪かったよ」とボソボソ言う。

「何度も言ってるだろ。俺はこういうのは苦手なんだ」


「言い訳はやめてください。明日の競技は『機械獣解体戦』。あれは経験が物を言います。正直、実戦経験のない私では流石に一位は取れないでしょう。あそこで少しでも点数を押し上げておかないと、カップ優勝は難しいんですよ」

 ナヤの足は速くなっていく。これは不機嫌である証だが、オスカーはあまりそれを汲むようなタイプではない。

「正直な話をするなら、そもそも俺達みたいなアカデミーの生徒がカップで優勝するなんて無理だろう。そんなに躍起にならないでも……」

 ナヤはバッと振り返ると、オスカーの腹を突き刺すほどの勢いで指を突き立てた。


「優勝できない?! この私が、可能性として優勝を狙うこともできないと言うんですか?!」

「俺はパートナーだ。お前がアカデミーで一番優秀なのはもちろん知ってる。だが、相手はプロだぞ?」

 ナヤはオスカーに何も返さず、向き直って歩き出した。ペースはさっきよりさらに速い。






 ホテルで、リラの部屋の扉を叩く音。扉を開くとイザックが立っていた。

「どうしたの?」

「ああ……お前さ、俺をどう思ってる?」

 全く意味が分からないリラは「え?」とだけ返して、顔を広げてきょとんとした。

「俺が、やる気ない、後ろ向きな、めんどくさがり屋だって……思ってんだろ?」

「え?」ちょっと笑いながらも、やっぱりきょとんとするリラ。


「だから、競技が始まる前に言っておきたくてさ……。俺、確かに後ろ向きだし、めんどくさがりだけど、お前にメイジャーナルカップで優勝してほしいって、本気で思ってんだよ。いつか、お前と二人で黄金の獅子を狩りたい。お前からはやる気なさそうに見えるかもしれないけど、俺の夢でもあるんだ。俺、これだけには本気だからさ」

「……ナヤとリンナのことよりも?」

 リラがにやりと笑うと、イザックは「おい!」と顔をしかめた。

「やめろよ茶化すのは。本当に真面目に話してんだぞ!」

「あ……ごめん」

 予想外なイザックの反応に、リラは少し面食らってしまった。


「だから、頑張ろうな。二人で。俺達、プロっつってもまだ経験浅いけど、メイジャーナルカップで優勝して、黄金の獅子の生きた部品、絶対手に入れよう」

 イザックが差し出したこぶしに、リラも自分のこぶしをコツンとぶつけた。

「うん。頑張ろう」




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