第8話 メイジャーナルカップ開会式
朝八時。メイジャーナル中央地区にある『イリア・コロッセウム』にリラとイザックはやってきた。すでにコロッセウムの中央には大勢のハンターが集まっており、観客も客席に集まっている。
「おっ、あそこだ!」
イザックがリラを引っ張って歩いて行く。リラが「いったい何?」と聞くのとほぼ同時に「イザックー!」と呼ぶ女の子の声。ナヤだ。やはりアカデミーの制服を着ている。
「ナヤ! おはよう。いよいよだな」
「ええ、出場者がこんなに大勢いるなんて思ってなかったんで、見つけられなかったらどうしようかと心配でしたよ」
イザックとナヤが喋る傍ら、リラはナヤの隣に立つ男と視線を合わせた。やはりアカデミーの制服を着ているその男は、筋肉質で大柄。腰には大きな剣を携えている。丸刈りの頭に無表情な顔。リラが「こんにちは」と軽く頭を下げると、男も目をつむって頭を下げた。
「ええと……あなたは、ナヤのお友達?」
リラがそう聞くとナヤが「あっ」と思い出したように言った。
「彼はオスカー。私の今期のパートナーです」
「今期の?」
イザックがオスカーを見上げると、やはりオスカーは黙って頭を下げた。イザックもつられるように頭を下げる。
「アカデミーでは半期ごとに代わるパートナーと常に二人一組で行動するんです」
「へえ……よろしくねオスカー。カップは個人戦だけど、どうするの?」
リラがそう言って手を差し出すと、オスカーも応じて握手をした。
「アカデミーの他の奴らは知らないが、俺はナヤのサポートにまわる。競技には出場するが、優勝を狙う気はない」
「二人の方はどうするんですか?」
ナヤにそう聞かれてリラとイザックは顔を見合わせた。イザックは何となく優勝を狙うのはリラで自分はやれるだけやって適当に、と思っていた。リラもそんなイザックの考えは分かっており、優勝を狙うとしたら自分だと思っていたが、お互いハッキリ話したことはなかった。
「特に何か決まってるわけじゃないんですか? じゃあ、二人とも私のライバルなんですね」
「うん……そうだね」
含みを持たせたリラの返事にナヤが軽く表情を曇らせた。ナヤが口を開こうとすると
「あっ! おいリラ、あそこあそこ! ナヤ、オスカー、じゃあな!」
急にイザックがリラを引っ張って走り出した。
「ちょっと、急に何?」
「あそこ見てみろよ!」
イザックが指さした先、ガタイのいいハンター達の間に、黒と白のタキシードの二人組、バルトとリンナがいた。
「バルトさーん、リンナさーん!」
声を上げて手を振るイザックに、バルトは帽子を軽く持ち上げてにっこり笑い、リンナも笑顔で手を振った。
「二人とも、やっぱ機械獣ハンターだったんですね」
イザックがそう言うとバルトが「いえいえ」と否定した。
「私達は本業のハンターじゃありません。頼まれれば機械獣を狩ることもありますがね。私達は参加して楽しむために来たんですよ。お二人は、賞品目当てかな?」
「もちろんです」とリラ。
「黄金の獅子の、生きた部品ですからね。専業ハンターなら誰でも欲しいですよ」
「頑張ってください。応援してますよ。じゃあ、私は日陰に座っていたいので、これで。リンナ、行くよ」
歩き出したバルトにリンナも「シュエラ」と返事をしてついて行く。最後に、笑顔で振り返って手を振ってくれた。
「リンナさんって、『シュエラ』しか言わねえな……」
イザックが手を振り返しながら言う。
「そうだね。『シュエラ』って何だろう」
「分かりました、みたいに使ってる雰囲気だよな」
そう言いながらずっとリンナの後姿を見ているイザック。
「……ねえイザック。あなた、リンナにも手を出すつもり?」
「めっっっちゃ美人じゃねえかよ! 狙うだろそりゃ!」
リラは肩を持ち上げてため息。
「全く。本当に女の子の事しか頭にないんだから」
改めてあたりを見渡す。ハンターの恰好は様々で、大きなアーマーを携えた山賊の様な男から、リンナのような小柄な女性も。
朱色の服を着た集団がリラの目を引いた。あの制服は、王室直属の機械獣ハンターのものだ。普通はこんな民間人の祭典には姿を現さないが、今回は賞品が特別だ。それで派遣されてきたのだろう。
アストロラは王国ではあるが民主主義で立憲君主制の国家。王室は行政、立法、司法のいずれも、特別な権限を持っていない。いかに王室であろうとも、珍しい機械獣の部品を手に入れるのは民間のハンターと同じく難しいものなのだ。
だが、王室直属ハンターの実力は折り紙付き。ナヤ達のようなアカデミーに通うエリートの中から、卒業後さらに実績を上げた選りすぐりのエリートしかなれない。
「なあリラ、ナヤ達のところに戻ろうぜ」
「あ、うん。そうだね」
二人が歩き出そうとした時、コロッセウム中に金管楽器のファンファーレが鳴り響いた。それと同時に、王家を招く際に使う特別席に、カップの主催者であるメイジャーナル州知事が現れた。リラ、そして他のハンター達の目を引いたのは州知事のすぐ隣に運ばれてきた大きなガラスケースだ。
太陽光を反射し神々しく金色に輝く、手のひらに乗るほどの小さな牙。黄金の獅子の部品としては非常に小さなものだが、その価値は計り知れない。何しろ、黄金の獅子との繋がりが切れていない『生きた部品』なのだ。
州知事がマイクの前に立ち、喋り始めた。
「本日、この晴れ渡る青空の下、メイジャーナルカップの開催を宣言できることを、私はとても誇らしく思います」
「あー、始まった……」
と小声でイザック。イザックにとっては州知事の挨拶などどうでもよいのだ。正直リラも、早く終わってほしい。
「今回の賞品は、前代未聞! 生きている、黄金の獅子の部品です! それが今まさにここにある、この、牙で……」
「素人だな」
イザック。確かに素人臭がする。本来『生きた部品』で一つの用語であり、『生きている部品』とは言わない。ましてそこに『黄金の獅子』という言葉を挟み込むなど。
州知事がつらつらとそれっぽいことを喋った後、カップの開催が宣言され、祝砲が鳴り響いた。気の早いハンターが「うおお」と雄叫びを上げたりして会場が少し騒がしくなる中、スタッフがマイクで一週間の予定が読み上げ、開会式は終了した。
ハンター達がコロッセウムから出ていく中、リラとイザックは会場の中で立って話していた。
「随分あっさりした開会式だったな。俺にはその方がありがたいけど。なんか、学校の行事みたいだ」
「まあ、元々お祭り的な側面が強いイベントだからね。今回は賞品が特別だけど」
リラの視線の奥で、ハンター達をかきわけて走って小さな人影が近付いてきた。そのまま一直線にイザックの背中を、トンと叩く。振り向くイザックとにっこり笑うナヤ。そこにオスカーも遅れてやってきた。
「明日に向けたウォームアップってことで、ちょっと体動かしません?」
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