第7話 ナヤ・ローリー




 レストランで食事をするリラとイザック。二人の向かいにはさっきの少女も座っている。

 小さな体に少しふっくらした頬、ゆったり波うちながら肘あたりまで伸びる長い黒髪。そして白い肌に細い目。

 リラ達と同い年である彼女の名は、ナヤ・ローリー。国立ハンターアカデミーの生徒であり、授業の一環としてメイジャーナル・カップに出場しに来たのだ。

 なんと、高速道路でバスから見かけたリラとイザックを覚えており、声をかけてきたらしい。



「ローリーって、まさか?」

「ええ。『ローリー財閥』のアルカズ・ローリーは私の父です」

「はあー! すげえな。だから獣人にも詳しいんだ」


 イザックはナヤに興味津々。リラには理由が分かっている。ナヤが可愛いからだ。誰の目も引くような美人とまではいかないが、可愛らしい女の子。イザックが一番好むのはそういう女の子なのだ。


 ローリー財閥は、アストロラ最大の財閥。自動車や家電、食品、衣料品、薬品、そして兵器まで、何十という企業を抱え、ありとあらゆる事業を行っている。捉えようによっては、社会的な影響力は政府や王室、貴族諸侯より大きいだろう。

 そして、獣人に詳しい理由。ローリー家の当主、ナヤの父親であるアルカズ・ローリーは獣人強制的送還の実施を政府に求めている。『獣人は人間とは相いれない。アストロラ国内の獣人は、他の獣人の多い国家に強制送還するべき』という少々過激な考えの持ち主なのだ。


「お父様は『獣人は野蛮で凶暴。暴力的な種族』だと考えているんです。私もそう教育されてきました。実際、さっきの半獣人も暴力を振るっていましたしね」

「君自身はどう考えてんの?」

 イザックがそう聞くとナヤは少し恥ずかしそうに笑った。


「私の事は『ナヤ』でいいですよ。……私はそんなに多くの獣人と会ったわけではないので、よく分かりません。私が会った限りでは、獣人は確かにみな暴力的でした。でも、それが獣人だからなのか、他の何かが理由なのかははっきりしないと思います。人間でも、暴力的な人間達が集まっている場所はあって、そこに獣人がいたら『人間は暴力的な種族だ』と思うでしょうし」

「なるほどねー。お父さんの考えを鵜呑みにはしないんだ」

「お父様の前では言いませんけどね」

「頭いいよなあ」

 イザックにそう言われてナヤはまた恥ずかしそうに笑う。そして、黙っているリラに目を向けた。


「リラさんとイザックさんは、ご兄弟ですか? それか、ご夫婦?」

「違う違う」と笑うリラ。

「ただの仕事仲間。こんな男と恋人になる女の子の気が知れない」

 苦笑いするイザック。

「そんな言い方しなくたっていいだろ」

「ナヤ、気を付けてね。こいつ、ナヤみたいな可愛い女の子には片っ端から手を出すの。で、くっついて離れてを繰り返して、傷つけまくるんだから」

「一方的に傷つけてるみたいな言い方するなよ。俺だっていつも傷ついてんだぞ?」

 リラはナヤの方を見ながらイザックを指さした。

「嘘!」


 笑いあうリラとナヤの元に、イザックはメイジャーナルカップのパンフレットを広げた。

「俺の色恋の話なんかどうでもいいだろ! それより情報交換だ」




 *




「ありがとうございました。楽しかったし、とっても勉強になりました」

 レストランの前で二人に頭を下げるナヤ。リラとイザックもつられるように頭を下げた。

「俺達も楽しかったよ。なあ」

「うん。じゃあナヤ、開会式でね」

「ええ。お互い頑張りましょう。さようなら」



 手を振り合ってナヤと別れた後、ホテルへ向かう道のりでリラはイザックに聞いた。

「ナヤの連絡先聞かなくてよかったの?」

 イザックは軽く帽子を直しながらさらっと「いいんだよ」と返す。

「ナンパしてるわけじゃないんだから」

「へえ、意外。絶対イザックのタイプだと思ったのに」


「開会式ではアカデミーの制服着るはずだから見つけられる。メイジャーナルカップ開催期間中はこの街にいるんだから、焦る必要ないだろ。そもそも、ローリー家の娘だってことまでもう分かってるし」

「あはは」と笑うリラ。結局思っていた通りだった。

「やっぱり狙うんだね。タイプなんでしょ」

「だって、めっちゃ可愛いじゃねえかよ! しかも実家は桁外れの金持ち。そりゃ狙うだろ」

「まあねえ」と返事をしてからすぐ「でも!」とイザックに念押し。

「恋よりまず、メイジャーナルカップを優先してよ?」

「ああ……分かってるよ」



 薄暗くなってきた白い街を一人で歩くナヤ。その前に、大柄な一人の男が立ちはだかった。

「どうだった?」

「オスカー。ええ、上々です。田舎のプロハンターを見つけて、これまで彼らがバラした機械獣の事を聞き出しました」


 オスカーはナヤの隣に並んで一緒に歩き始めた。

「具体的には?」

「メットクラブ、ヴォルケドッグ、シルドフロッグ、ブレードストルティオ……変異体の女王エンバをバラした事もあるそうです。詳しくはメモに書きました」

「女王エンバか……有益だな」

「あなたの方は?」

「王室直属のハンターを見つけて立ち話したんだが、ダメだった」

「ふふふ」とナヤが笑う。

「そんな人達が情報を漏らすわけないでしょう? 人を選ばないと」

 オスカーは丸刈りの頭をぼりぼりと掻き、ため息をついた。

「俺はこういうことは苦手なんだ。お前のようにはいかない」

「次からは頑張ってください」

「なに?」とオスカー。

「まだ情報収集するのか?」


「あたりまえです。私達は実戦経験がないんですから、とにかく情報を集めないと。開催期間中は常に情報を集め続けるんです。今日会った田舎のハンター二人は、ガードがゆるそうですから、開会式の時にあなたにも紹介しますよ」



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