第3話 獅子の鬣
「リラ、これはどうする?」
イザックが部品を持ち上げて見せた。リラはチラリと見て「持って行こう」とグーサイン。
完全に解体した女王エンバの部品の中から、高く売れそうなものだけを選んで持ち帰る。もちろんできる事なら全部持って帰りたいが、ネジリウマ二頭だけでは無理だ。
二人の仕事は、機械獣ハンター。ここアストロラ王国で、エンバのような機械獣を狩って生計を立てている。
機械獣とはその名の通り機械の獣だ。どこから生まれてくるのか、誰が作ったのか、そもそも本当に生き物なのかも分からないが、古代から伝わる準永久機関、通称「アーマー機関」によって、人間が止めない限り半永久的に動き続ける。
そして不思議な事に、機械獣達は世界でこのアストロラ王国近郊にしか生息していない。
機械獣ハンターは、世界でアストロラ王国だけにしかいないのだ。
「あ、イザックちょっと来て」
リラに呼ばれて、散乱する部品をまたぎながらイザックが歩いてきた。二人の足元には、さっき仕留め損ねたタイプAのエンバが、所々壊れて転がっていた。
「女王エンバの中から出てきたの」
「え、女王エンバが喰ったってことか?」
「そういうことになるね。他にもたくさんエンバの残骸が入ってたし……」
「変異体か……だからあんなに攻撃的だったんだな」
エンバは本来、アリのような社会を作っている。女王エンバを頂点に、働きアリのようなエンバが何体もつき、地面や岩肌に穴を掘って巣をつくる。女王エンバは巣から出ないはずだ。
だがこの女王エンバは、巣から出た上に自身の群れのエンバをみな食べてしまった。さらに、極度に攻撃的にリラとイザックを襲って来た。原因は分からないが、最近こういう変異体が多くなってきている。
「くっそ。変異体ってことは、この部品売るとき報告書書かなきゃなー」
「面倒なら私が書くよ。それより、早く帰ろう。私……早く背中のアレ、洗いたい」
リラは回収した部品を袋に詰めてネジリウマに背負わせると、自分もまたがった。イザックもそれに続き、二人で街への帰路につく。
「ねえイザック、一つだけいい?」
「ん?」
「一番初めにエンバから振り落とされる直前、あなた『ダメだ』って言ったでしょ」
「あ、ああ。言ったな。いや、だってあれは無理……」
「無理でも。口に出しちゃうのよくないよ。その時ダメでも、次はやれるかもしれないのに、『ダメだ』って口に出したら、『ダメだ』って自分で思っちゃうもの」
イザックは少し面倒臭そうに頭を掻き「分かったよ」と一言返した。
リラとイザックがやってきたのは、街の『公設買取所』。機械獣の部品は、全て国家に売却しなければならない。その後、国がいらないと判断したものだけ、民間人が買う事ができるのだ。
二人の狩りの成果は全てこの買取所で売却する。
扉を開けると、リラはエントランス中央に立つ、一本の巨大な「毛」に走り寄った。手すりから体を乗り出しそっと手を添える。
これは、伝説の機械獣「黄金の獅子」の
この金の獅子をいつか狩りたい。それがリラもイザックも、幼い頃からの夢だった。
「ちょっとリラちゃん! 手を洗ってから触って」
カウンターからこちらを覗く職員にそう言われ、リラはパッと手を離してにこりと笑った。
「ごめんなさい。今日は大物狩って疲れたからつい」
「大物?! いいね。持って来てよ」
リラはイザックから袋をもらうと、自分の持っていた袋と一緒にカウンターに置いた。同時に中身のリストも差し出す。
「女王エンバ。ちょっとしか持ってこられなかったけどね」
袋を開いた職員が「おおお!」と目を開く。
「こりゃすごい。女王エンバなんて何年ぶりだろうな。査定が終わるまで待っててね」
職員が袋とリストを奥に持って行こうとすると、イザックが呼び止めた。
「報告書の用紙くれ。変異体だったんだよ」
「オーケー。先月から記入項目増えたから、忘れないようにね」
「マジかよ……くっそ。面倒くせえな」
「イザック、お帰りー!」
「今日はどうだった?」
「何狩ったの?」
買取所のラウンジでイザックが報告書を書いていると、職員の若い女の子達が集まってきた。
「おう。今日は大物だったよ。女王エンバ。いやー、骨の折れる仕事だった」
「女王エンバ?! すっごーい!」
「もう査定出しちゃった? 私見てみたかったなー」
「どうやって倒したの?!」
イザックの向かい側に座るリラが、黙って報告書を引き寄せた。女の子達とお喋りを始めるイザックの代わりに、報告書を書く。
毎日一緒に仕事をしているリラとイザックだが、二人の関係は恋人ではない。それは街のみんながよく理解していた。なぜなら、イザックは『大抵彼女がいる』からだ。とっかえひっかえ、場合によっては同時に二人、三人。かなりのイケメンで、頼りになるがちょっと抜けてて可愛らしいところもある。加えて機械獣ハンターという仕事による高い収入。とんでもなくモテるのだ。今は偶然彼女がいないため、こうやって女の子が集まってくる。
リラの方はどうかというと、逆に高い収入や半ばオタクに近い機械獣への熱の入れようなどから、勝手に『男に興味がない』と周りに決めつけられ、実際リラ本人も特に恋愛をしたいと思っていない事から、色恋沙汰とは無縁だった。
十四歳から仕事を始めて三年。十七歳になる二人は、機械獣ハンターとしては順風満帆だ。それは実力もさることながら、専門のプロハンターが二人の他にこの街にいないことも影響している。
「査定終わったよー」
職員の声が聞こえ、リラとイザックが窓口へ向かう。リラはまず報告書を差し出した。
「その変異体、自分の子供のエンバを食べてたみたいなの。かなり特殊だから、調査の依頼も出しておいてくれる? 詳しくは報告書に書いておいたから」
「オーケー。最近は変異体多いから、役所がこんな田舎の調査をやってくれるかは怪しいけど、まあ一応依頼しておくよ」
査定結果の表を受け取るイザック。「あれっ!」と顔をしかめた。
「このレアメタルシャフト、たった三万ジェンかよ! この前は七万ジェンだっただろ?」
職員は苦笑いしながら返した。
「お前ら自分達でもリストに書いてただろ? 『若干歪みあり』って。あれだともうシャフトとしては使えないんだよ。三万だ」
「マジかよ……くっそ! おいリラ。お前の倒し方が荒っぽいからだぞ」
「ごめん。次は気を付けるよ。それより早くイザックの家に行こう」
「もう行っちゃうのー?」
という女の子達に手を振り、イザックとリラは取引所を後にした。
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