五章 勇者、久しぶりに竜殺しに挑む(5/6)


   ○


 とつぜんの結界の強化は、外から見てこそけんちよだった。がいへき周辺の王国勢力が、光を増した結界をにんしきする。


「おお……王族からりよくを回していただけたのか?」


「マジか? そんなことを王族が……しかしこりゃ、どうにも手が回らんな!」


 ミクトラとくろはちが、それぞれ落ちてきたワイバーンを切り捨てる。およそ倍増したりゆうの数に対し、絶望的に手が足りない。負傷して壁内へ後退した者たちも出てきている。ミクトラも無傷ではない。


「だが分かってるな。おれらは退けんぞ」


「承知の上だ」


 地上に落ちたワイバーンを単体で相手できる魔力駆動者マナドライバは、この戦線のかなめだ。かれらがければ、一気にまれる。


 どうほうのみのげいげきではワイバーン──現状約五百──をおさえ切れはしない。


 そして、何よりも上空をりゆう、ペルムアー。


(好き放題にりゆうこうげきを受け続ければ、強化された結界もいずれは破れる)


 へいしつつも、ミクトラは笑う。


「何がおかしいんだ、マゾか?」あきれたように黒ノ八がぼやいた。


「失敬な。アルといると貴族のほんかいというようなじようきようが多くてな。たぎるというものだ」


 返答に、黒ノ八は実にいやそうな顔を返した。


えいゆう気質ってのは基本的にぎやく志向ってことかね。おれなんざ、この首輪が無けりゃ今すぐ……ん?」


 ワイバーンはともかく、りゆうたおす手段が現状無い。周囲を見回したかれが、辟易とつぶやいて──目をいた。


「おい何だありゃ……がいへきに、ガキが立ってる?」


「何!?」言われてあおぐミクトラが目にしたものは、「────ハルベル!?」


 そう。がいへき、魔導砲のさらに前──つまり、結界の外に立つのはハルベルだ。


「マジかあのガキ、何してんだ。死ぬぞ?」黒ノ八が理解できないと言うような顔をする。


 気持ちはミクトラも同じだった。声を張ろうにも、下からでは届かない。かのじよたちからは、かのじよの姿が見えるだけで──


「? ハルベルが持つ、あれは────!」


 がいへき上。ハルベルはおうちしている。どうやって来たのか。話は単純で、王都側からのぼってきたのだ。かべの中と外はげいげきぼうさつされているが、王都側のへきめんうすである。


 後は、結界をいつしゆんだけ、こじ開けた。そうして今、立っている。


「うふふふっふふふふ……! 寒っむ! 高っか! こっわ!」


 ペルムアーとワイバーンも、ほどなくかのじよを見つけた。きようせいひびく。


「でもしょうがないよね……聞いちゃったんだから」


 ハルベルが取り出したのは、一つのすいしようだ。かつて、アルからランテクート家に送られた、れいこんふうめるすいしよう


 かのじよは聞いた。地下墓所に集まっていたれいの声を。ハルベルのりよう術によってわずかなもどした、かれらのかすかな声を。時間をかけて拾っていった。


 ワイバーンがせまってくる。その向こうにペルムアー。十年前にもいたりゆうだ。今、聞いた。


「聞いたから──まだ消えられないって──りゆうの声がせまってるって──今度こそ守るんだって──この人たちの声を!」


 ハルベルがすいしようかかげる。真っ白になるほどにれいこんまったすいしようを。


「行って! あなたたちの望みのために! どうしても──死んでも果たしたいことがあるのなら! 私が力をあげるから!!」


 ハルベルへとせまるワイバーンが急制動をかけたのは、かのじよの声のためではない。


 いつしゆんすいしようからがった、数百を優にえる集業大れい──アセンブルゴーストのようがためだ。


「お────オォオオオオォォォォオオオオ!」


 みずからに加えハルベルの大りよくを受けたゴーストの、数十メルをえるきよだいうでが宙をはらった。


 かんだかさけびが空中で巻き起こる。十数体ものワイバーンが、その精神に深刻なダメージを受け力なく落ちていく。中には中空ですでに気絶している個体すらいた。




 当然、かべの下で戦う者たちからすればきようがくの一言だ。


「うおお! なんだありゃ!」くろはちさけぶ。


「そういえば貸していたか……。ふっ、流石さすがが友!」あせを流しつつ、ミクトラ。


「ペリネ! あれ!」「あの時のゴーストたち、か!? すごい大きくなってる、けど」「ええ、あれは……あんなが出来るのはが好敵手のみですわ!」しようもうしていた三人組の目に光がもどる。


「ワイバーンをたおした!? あ、あれ、味方なのかよ!?」


 兵隊たちにもざわめきが広がっていく。


「聞いたことあるぞ……最近、王にほうしよう受けたりよう術士がいるとかなんとか」「そういや、町中にスケルトン連れてるのいたな、最近」「村一つもらう予定ってのはおれも聞いた」「マジか!」「見ろよあのクソデカいゴーストを! こいつはやるかも知れねえ……!」


 どうようの後に、こうようが広がっていく。しかし。


「まずい……ドラゴンが気付いた!」


 ミクトラが悲鳴めいた声を上げる。当然のことではある。


「──しめた!」反面。声に喜色を乗せたのは黒ノ八。「おいお前! 付いてこい!」


 意図をミクトラが問う前に、かれ魔力駆動マナドライブを全開にし、けていく。


「来るよねやっぱ……!」


 せまるペルムアーに、アセンブルゴーストがたけえる。おんねんの声を。


 反面、ペルムアーは平静だ。いくら寄り集まろうがしょせんはゴーストである。りよくで構成されるその体は、強大なりよくていこうを持つせいりゆうに対し、その精神かんしよう力を十分に発揮できない。


いき一つで術者ごとばしてくれる。ついでに背後のしやくな結界にもげきあたえる。神気など加わろうとも、何するものか)


 先のブレスで使ったりよくじゆうてんも済んだ。外気をみ圧縮、りよくかれの視界の中、アセンブルゴーストがうでりよくを集める。なことだ。


(この能力、ようりゆうと大差ないりよく……りゆうの中でおくびようものあなどられていたこの我を取り立ててくださったコキュトー様のため──今一度死ぬがいい、人間のたましい共よ)


 しようげきのブレスが発射される、そのしゆんかんに。


「『連鎖召コールアツプ──颶風ブラストォ』!!」


 下方からしようげきが来た。しようかんじんりよくブーストに転用したとつしんりゆうの足首を、それは明確にえぐった。


「もう、ひとぉつ! 『キーンリィ・ゲイン』!」


 さらに、こちらはミクトラ。りよくを乗せたアッパー気味のフルスイングだ。えぐった足を追い打ちのようにかち上げる。


「ガ────────!」


 りゆうたいが上方を向く。ブレスがむなしく王都上方のそうきゆういた。


「はん、りよくの足場たぁわざ持ってるじゃねぇか」「いつだかの借りは返したぞ、りゆうよ!」


 至近でペルムアーを見上げ、ふたり。ブレスにりよくが注がれ、りゆうりんりよくじゆんかんうすれるしゆんかんねらい、くろはちはペルムアーのあしもとへ転移。そして、ブチんだ。


 ミクトラの方は、いつかのアルのだ。黒ノ八が作った傷け、全力でたたんだ。


 だんであればまず通らないし、当たらない。だが、ペルムアーの注意が完全にハルベルへ向いたのが幸いした。


ようりゆうにかましたのは初めてだが、何、くもんだな。当たればよ」


ようりゆうではない────!)


 ブレスをいた口では文句も言えず、ペルムアーはそのたいを中空でよろめかせる。


「今!」「「「「「「オオオォォォオオオォオオオオ!」」」」」」


 少女とぼうれいたちさけび。次いで、物理的なそれをともなわぬしようげきがペルムアーをつらぬいた。意識がいつしゆんくらくなる。


(ゴーストの……!)


 うでに集まっていたりよく。あれはぼうぎよのためではなく。


「さっすがミクトラ。やってくれるって思ってたよ」


(術者により注がれた、我を落とすための──!)


 考える間も無く、げき。がく、とりゆうれる。さんげき目。よんげき目。五、六まで一息。六本うでだ。さらに続く。


(ば、か、な! こんなりよくのう、ありえん! ありえ──)ペルムアーの、否定する意識すらうすれていく。


 ブレス直後とはいえ、りゆうりんつらぬくゴーストのうでいちげきごとにそれは細く、うすくなっていく。か。


りゆうヲ──)(りゆうヲ──!)(りゆうヲ!)(コレ……デ……)(コレデ消エテモ──)(構ウモノカ──)(構ワン)(構ワナイ……)(止メナイデ──!)


 アセンブルゴーストの声が、ハルベルへ届く。おのれたちをそのままにしてでも晴らさんとするおんねんを。


「うん、見てる──ずっと、見てるよ」


(我ラガ一時ノ主ヨ)(我ラノウラミヲ)(願イヲ)(悲シミヲ)(イカリヲ)(殺意ヲ)(ニクシミヲ)(モウソレシカ無クナッタ、我ラノ声ヲ──)


 通算三十れんげき。今やうでを全て失ったぼうれいが、いつしゆんだけハルベルをかえった。


(聞イテクレテ、アリガトウ、優シイムスメ────)


「さよなら、みんな」


 そして、数百のりゆうせいを圧するようなさけび。ゴーストの本体が、ペルムアーに向けてんだ。


「────────!」もはやすら半分以上んだりゆうがんが、きようゆがんだ。


 しようとつかれうすれ行く視界に、なみだを流しながらごうぜんと見下ろす人の子が映る。


(し──死神の類、か──)


 れんげきまれた百をえるワイバーンと共に、りゆうちる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る