五章 勇者、久しぶりに竜殺しに挑む(4/6)


   ○


「手こずらせたが……終わりだ」


 新たな傷をりゆうたいに複数作ったコキュトーが、極低温の中で告げる。


 目の前にはきよだいな氷柱。その中に、どくの黒──アルがけんりかぶった姿勢のまま停止している。


 そう、停止だ。


 『熱時禍タイムオーバー永時氷結コキユートス』。やみの希少属性である時間ほうと氷結ほう、その最上級ほうの複合、加えて最高の効率をほこるとされるりゆう言語による行使。


「時がこおく氷柱──外部かんしようも不可能な永遠のおりいくせいそう、ここでしかばねさらすがいい」


 コキュトーが、大木ほどもある首をめぐらせる。視線の先は王都エイエラルド。


つばさえんか……。おのれ、時流かいけんげきなど、器用なをする骨だ」


 そのりゆうがんが見開かれた。王都から、黒の気配が来る。


   ○


「あの鹿でかい柱は一体……」「せいりゆうどうさいしようの切り札戦士が止めるって話だったが」「ぼうけん者って聞いたぞおれは」「や、やられちまったのか!?」「くそっ、ワイバーン共もまだそうとう出来てねえんだぞ!」


 けんそうがいへきで巻き起こる。ワイバーンへのぼうえい戦は優位に進んでいたが、それもくずれかけている。


 結界めいてれている氷雪により中のじようきようは不明ではあるが、


魔力駆動者マナドライバを集めろ! もしもの時はせいりゆうを足止めするぞ!!」


 隊の隊長がさけぶ。とはいえかれとて、実戦からはなれて久しい。王このの『はく』は引っ張り出すことは出来ない。出てきている『こくさい』数人と、これまた隊長ふくめ数人のぼうけん者。


「くそ、十人くらいはいるのか……? せいりゆうの相手など……」


「すっんでいろぞうひようさまなど、あの氷界に足をれたしゆんかんに氷像と化すぞ」


 声は、隊長のはるか下から聞こえた。


「無礼──な……?」


 かれが絶句したのも無理はない。そこにいたのは、十をえているかもあやしいくろかみの少年だ。歩いていく。氷雪のドームの方へ。


ざつりゆう共の相手をしていることだ。短い命を好んでさらに短縮することもあるまい」


「お、おい待ちなさい! うおっ!」止める間もなく、ワイバーンが複数落ちてくる。


 しゆんせんとうが巻き起こり、少年──ダイスをとがめる者はいなくなった。


   ○


「これは…………」


 王城内。せんとうの気配が消え、吹雪ふぶきと氷柱しか写さぬ遠見のすいしようを前に、さすがのフブルも表情がかたい。


(ワイバーンのはいじよだ済んでおらん。不測の事態あれば、がいへきめた者たちだけではりよくが切れるやも知れぬ)


 対空のどうほうてなくなれば、せんきようは一気に不利にかたむく。単純に、空高く飛ぶワイバーンへのこうげき手段が少なすぎるからだ。王都の結界が一方的にけずられる。


 フブルが予備としてひかえていれば、がいへきどうほうりよく切れする心配はとりあえず無い。


(しかし、はくりゆうが来ればその時点でいじゃ。王都がこおる。……たのむぞアルヴィス)


 相次ぐ報告の中、フブルは小さなこぶしにぎる。


「フブル様!」


「なんじゃい!」


「十数分前に王都内で発生した強いりよくです! 外に出てる──ひょ、氷原へ! 自殺!?」


 ば、とフブルがすいしようへ視線をもどす。少年の姿をかくにんし、


「よもや保険がいたか……?」


 すいしようえる。そこには、不安げに王城の地下になんしたアルのである行商人レヴァと、王都きんりんの村に住む女性──ルーラットの姿がある。


「こ……これは! フブル様!」


「なんじゃもー! 泣くぞ!」


「ド、ドラゴンです! 十メルサイズのドラゴンとワイバーンが新たに三百! 西方、一キル地点にいきなり出現しました!」


「っ……!」


 ぎり、とかのじよは歯ぎしりする。悪い予想が当たった形だ。姿をかくすタイプの力を持つせいりゆうが存在する。


「クソチート種族めが……!」


「ドラゴンが飛んでくる──早い! ま……りよく収束! ブレスです! そくかよ!」


「ぎゃーやべー! ようりゆうでもドラゴンブレスなんぞ平民街結界じゃ無理じゃー!」


   ○


「おお……おお……!」


 コキュトーがりゆうせいふるわせる。王都へのしんげきを始めようとしていたかれの元へ近づくかげ


 きよりゆうからすればあまりにわい。しかし、かれにとりその姿など問題ではない。そのたましい、そのりよくこそが。


「ディスパテ様!」コキュトーはかんの声を上げた。


 対し、歩くダイスは王都がいへきけんそうながめつつ、十年前を思い出していた。


きようしゆうげきじゆうりん。あれはくいったな。楽しかった。はは、これはのつもりか)


 こくりゆうおうたましいを宿す少年が笑う。かれは前世について、かいこんは心の底から何もない。戦いがく行けば楽しかろう。敵をふんさいするのに何の問題がある。


 近づいた氷柱──こくびやくむくろふうじたそれ──をかれは見る。こくはくみがかんだ。


「中々見事なものだ、コキュトー」


「はっ……! 光栄の至り。おむかえに上がりました、王」


 たどり着いた主へと、コキュトーの頭が下げられる。


「思えば山に現れたりゆうはペルムアーか。力は弱かったが、完全おんぎようなどみような性質を得たものよ」


「はっ……あの者により王をいだすことが出来ました」


みような性質と言えば、時にコキュトー」


 ダイスが氷柱をでた。何でもないようなこわで問う。


「は?」


「お前、ベルムノアの心臓をらったな? 時の力はやつからんだものだろう」


「────っ、──」コキュトーが答えにまった。


 ベルムノア。りゆうぐん残存のせいりゆう、その一体だった存在だ。今は、りゆうぐん残党がひそんでいた山脈のがけしたむくろさらしている。


「責めはせん」何のことも無いとダイスは首をった「りゆう同士だ。意見がちがえば殺し合うこともあろう」


「は──はっ、ベルムノアめはおろかにも、王をかくにんした後にも静観を主張したゆえに」


 許しの気配に、コキュトーがんであごを上げた。ただ、ダイスは不思議そうに、


「? おろかな事か?」


「は────?」


 返された疑問に、コキュトーはいつしゆんあつられた。


「ベルムノアは人となったわがはいたよることはせぬと考えたのではないか? 残った者共で軍をしようと」


「そ、それはおろか! おう軍は今やおうを失い、統一意志を失った多頭りゆうのようなもの。転生成った貴方あなたさまを人の手よりうばかえし、新王としておう軍を支配していただく──それがりゆうぐんに属したならば当然の」


「そこだ」


 ダイスが言葉をはさんだ。コキュトーは内心、息をむ。


(何だ? 何が……何がおかしいと)


わがはいたよる。りゆうであれば他者に意志を任せる。おのれが身で立てば良かろう」


「なん……と?」


 考えもしなかった、という反応のコキュトー。ダイスはたんそくし、ごきと手首を鳴らした。


りゆうほこりはどこにやった、さま。最初は出来るようになったと思ったが──どうにも、気に入らんな。そもそもわがはいがここに何をしに来たか、さま分かっているのか。そのように頭を垂れおって」


「な、何を────?」


「『れつ』」


 回答はこぶし。一メル少々の少年のいちげきが、高さを合わせていたりゆうよこつらを張り飛ばした。


「ガ────────?」


 首が思い切りられ、きよたいかしぐ。ひびきと共にみとどまったコキュトーが、信じられないという感情を見せている。


みずからの住む地にりゆうが来る。人ならばはらうのみだ」


「……正気にあらせられるか。人の側に付かれるなどと」


 コキュトーの声は、いまだにしんはかりかねている。


 ダイスの表情にはあわれみがある。それを、たんこんわくがないまぜになったコキュトーに向けた。


「コキュトー。死したりゆうたよるなどしようせんばんはじを知るがいい」


「左様なことを申されますな。貴方あなたさまはこの通り、生きておられる。我らの救い主として」


 少年の表情からあいが消えた。ただでさえするどい視線が、はやものの性質を得る。


りゆうが。ちとかつるようだな。構えるがいい」


「ディスパテ様!」


 言う間にもこぶしが来た。コキュトーの目前に発生したひようへきが、くだけながらもあやうく止める。


「……………………!」


 氷雪の結界。あらゆる物はこおり静止するその世界で。少年一人が、まるでこの空間の主のように歩を進めた。


   ○


「今どうなってるんだ……」「ひっ、そ、空にドラ……ドラゴンが!」「うそだろ……ワイバーンだけじゃねえのか!?」


 ダイスがコキュトーの元へと現れたころだ。おそおそる外を見た人々が、口々にきようさけぶ。


 王都内、平民街。十年前のりゆうぐんきようしゆうおくを残す人々もいまだ多い。王都上空をりゆう──ペルムアーに、かれらのトラウマが引き起こされかけている。


 王都がいへきの戦いはきつこうしていたが、うすくなっていた西方面からおそいかかった新たなワイバーンの群によりまれつつあった。


 どうほうによる対空も手が足りなくなり始めている。そこへ、ペルムアーの接近だ。


「お、おい、あのりゆう、息を……」


 ペルムアーはおんぎよう能力に特化したせいりゆうであり、内蔵りよく自体はようりゆうのそれと大差はない。だが、ドラゴンブレスはドラゴンブレスだ。ワイバーンのしようげきなどかくにならず、上級ほうですらあしもとにもおよばない。平民街の結界で防げる道理はない。


 きようこうが起きかける町中。一人のこうごうしいまでに美しい女が落ち着いたぜいで、かみぶくろを持ちつつ空を見ている。


「ふむ──あの者の言うとおりになりそうですね」


 ヴァルクだ。かのじよは王城へは行かず、こうして町に残りせんきようを見守っていた。




ほうしゆう……ですか」


「ああ。この仕事のな。らいなんだからもらうもんはもらうぞ」


 数時間前。りゆうぞくしゆうげきの報がもたらされた公園。そこで、アルとヴァルクは一つのけいやくをしていた。


「……本来は後にマルドゥ様よりされるものですが。言ってみなさい」


「王都の結界を補強してくれ。数によっては防衛がきつい」


じようだんを言わないように。神が下界のいくさにそうそうかんしようできるものではありません」


 ヴァルクはにべもない。下界は人間に任せる。それが神々の法だ。しかし、


「いや、勝敗には関わらないでいい」


「──?」


 アルが骨指を一本立てた。


せいりゆうがおそらくいる。おれがそいつに勝つか負けるかするまで、だ。それならおれが勝てば何事もなし、負ければどのみち王都はかいめつに近いがいを受ける」


「──続けなさい」


ちゆうで死ぬ王国民の数が変わる、それだけだ。このいくさ自体の勝敗にはえいきようない」


 ふむ、とヴァルクは提案をしやくする。


(勝敗に関わらないのは実現条件として大きい。この者に直接の加護など要求されるよりはほど──そして)




 現在。ヴァルクはけんそうく町を見た。地に指を当てる。




 時を同じくして、王族がめる地下げんしつ。ここには、王都のかなめとなるせきが存在する。


「む────!」


 結界へりよくを注ぐ中心となっていた、アインアル王が目を見開いた。大量のりよくが、外部から供給され始めたのだ。


「お父様、これは……」現時刻の補助番であり、りよくさといエルデスタルテ王女が続いて気付く。


 結界の強度がいつしゆんの内に補強、増強されていく。


 王都の要である空間へ外からりよくを送る。当然、そんなことは本来不可能である。このげんしつ自体に、最大級の結界が張られているのだ。つまり、にんげんわざではない。


「神の手か────父祖たるエンラル神、いや、もしや────!」


「その通りです! お父様! これは!」


「うむ! あやつにそうなかろう」


「「勇神アルヴィス────!」」


 たのんだ者として全くのちがいではないが、本人にとっては心外な勇者伝説がまた一つ作られたしゆんかんである。




「何やら、不快な気配がしましたね」


 まゆを寄せて、ヴァルクが立ち上がった。


 同時、ペルムアーのブレスが王都へ向かって放たれた。音速をはるかにえるりよくしようげきかたまりだ。人々はもはや、頭をかかえてしゃがみむ。


 しようげき。王都上空でかんだかい音がひびわたる。


「うわぁぁぁぁぁぁああああああああ!」


 人々の悲鳴。だが、結界は破れることなく、ブレスが流体のごとくにらされた。


「うわあああああああああぁぁっぁぁぁああ……………………あ?」


 来るべきめつが来ないことに、げんそうにしながら声が止まる。不思議そうに人々が上空を見やる。


「……まあ、こんなものですか」当然のこととつぶやくヴァルク。


 その体からは、りよくの光がれている。


 しんを形作るりよくみ、王都全体の結界をちよう強化するというはなわざを行った。存在はくずれつつある。


「なんだ……無事なのか?」「防いだのか!?」


 とつじよ強固になった結界に、ペルムアーがまどったように宙をせんかいする。


 おくれて、どうほうが敵ぞうえんへとほうし始める。ペルムアーには痛手にならないが、ワイバーンは再びとされていく。


「ここまでですか……。さて、さいだんを」


 退去にあたり、ヴァルクはみずからの存在を簡易的なマルドゥへのさいだんへとつくえ、もつである地上のかんを送る準備をする。


 消え去る前に、ヴァルクは王都を見る。今日、勇者たちと回った店をようする町並み。


「まあ、これらの品々を作る店が失われるのは……そうですね、少しだけしい。精々がんることですね、勇者と人間たちよ」


 少しだけその形のくちびるを曲げ、ヴァルクが地上を去った。

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