五章 勇者、久しぶりに竜殺しに挑む(3/6)


   ○


 アルとコキュトーがせんとうを始めたそのころ


 どうぼうえい機構のせいぎよ室。その中で、フブルが遠見のすいしようで戦場を見ている。


「アルの言う通り進みよるのがちょびっとムカつくがの。ハルベルちゃん、お主がおるおかげでこいつが使える。あやつのためにも──ブチむぞ」


 フブルがぺちぺちとたたくのは、てんじようから降りるつつせんたんに取り付けられた宝石だ。五十セルはあるそのきよだいさに、ハルベルはまどう。


「これにりよくを? でも私、アンデッドにしかりよくのラインが」


「聞いとる聞いとる。──『モフィン』」


 軽く、フブルがえいしよう省略してみずからに手をかざした。そうして、「ほい」とハルベルへ手をべる。


「これ、は──フブル、さん……」


 ハルベルがきようがくする。かのじよにんしきの中で、フブルの気配がりようのそれとなっていた。


「安心せい、ガワだけ属性変化させただけじゃよ。わしがこのぷりちーな姿でいる理由がこれじゃ。ようりゆうと同じじゃな」


 生命の幼年期は、りよくの方向性がじゆうなんだ。そこから体が受けた経験や、そして生来の素養により、特定の方向へとりよくの性質が固まり、延びていく。このじよは、おのれりよくが十分に成長した後に自らの体をつくえた。成熟したりよくと技量、そしてりよくじゆうなんせいを両立させたのだ。


「これなら、やれます!」


「よしゃ、合図したらわし経由で流せ。もうすぐアルがりゆうの動きを止めよる。難しく考えずやればよい。しようじゆんから発射から、こっちでやっちゃるでな」


 フブルが、宝石とハルベルの手を両手でつなぎながら、すいしようへ視線を見つめる。


「安心せい。やつはやる。やつがやると言ったのだ」


 ハルベルが、はっとフブルの後ろ姿を見た。その語調にるぎないしんらいがある。


「ハルベルちゃん。アレといつしよに旅したのなら、お主もそう思うじゃろ」


「────はい」


 後ろ姿から、ハルベルにもフブルが笑ったのが分かった。にやり系。


 そして数分の後。すいしようの中で、アルがけんした。


「おう、今じゃ、ハルベルちゃん!」


「はいっ! いきます!」


 ハルベルがりよくを開く。りようとなったフブルにつないだラインへと全力をたたむ。


「──────ッ! こいつ、はッ!!」


 フブルのみがひきつった。うでの内部からうねるようなさつかくを覚える。(これで半分。じようだんかせ)歯をしばりつつもせいぜつに笑いながら、フブルはりよくを反対の手から宝石へとながむ。


 同時、室内のどう表示板にノイズが走った。


「なっなんだこりゃ! 許容りよくえてます!」「うそだろ……暴走しますよ!」「使うことなんて無いと思ってた魔導たいほうだぞ! いつしゆんで発射可能領域ぶっちぎってる!」


狼狽うろたえるでないわ! 最近の若いモンはなんぞと言わせるなよ! 流入量調整! まだつ! ほうしん形成!」


 王城最上階の星見てんがい、大遠見鏡。そこから、りよくで形作られたほうしんびた。物理的ほうしんではえられぬ大りよくほうを発射するための仮想大ほうだい


「そのまましようじゆん合わせぃ! えて……えて……」


 かべてんじようめられた魔導具たちから、悲鳴のようなかんだかい音がひびく。


 すいしようの中で、りゆう──コキュトーがブレスの挙動に入った。動きが、止まる。


てぇい!」


 フブルの号令と共に。王城からこうぼうほとばしる。それは、一直線に彼方かなたはくりゆうへとび──


   ○


 ちよくげきした。


「ゴワァ──────!?」


 コキュトーのブレス直前。右腹にたたきつけるように光条が来た。


 さしものりゆうちようりよくでも聞こえようはないが、その発射元、はるか王城の中から「っしゃオラァ! ザマみさらせ!」というかいさいが上がっている。


 じゆんすいに物理的なかい力にかんさんすれば、山すらいただろう。しかし。せいりゆうの体、その後ろに光はけない。りゆうりんりよくじゆんかんしようへき──じんえたそうこう


 それでも無事には済まない。コキュトーの三十メルのきよたいがぐらりとらぎ、けむりきながら地面へと落下した。


おれの方ばっか見てっからだよ。さーて……りゆうりよく、解放! しんしよく許可!」


 残りのすいをアルがまとめて飲み干す。あふれるりよくくろよろいとなってかれの全身をおおう。


 ちよう重量が大地をらした。巻き起こるつちけむりの中を、黒色に包まれたはくがいける。


「先手必勝! どうけんかんおろしごう』!」


 りよくで拡大したこつけんいちげききよたいの背にたたまれる。


「ガァッ────!」


 はがねが打ち合う音と共に、コキュトーがばされるように転がる。


 高層建築が転がっているようなものだ。ここが街中であれば、これだけでだいさんである。むろん、王都からいくらかはなれたこの場でも、かいどうの再整備はけられまい。


「ざまあ。これでしばらく飛べないだろ」


「キサ、マ…………」たおれたはくりゆうかまくびが持ち上がる。


 どうしゆほうによりよくへ、アルのいちげきにより背中へ。損傷を文字通り背負ったコキュトーのそうぼうに、いかりのがうごめいた。


 アル・王国側の先制こうげきは成功といっていい。これで敵最大戦力の飛行能力をうばった。


(さて……すいの貯金があっても、全開せんとうするならおくでんクラスのおおわざは後二発程度)


 アルはしんちように残だんを見積もる。りよく切れはかれにとって敗北への直結だ。


「何者だ……たかがりゆうへいがこのようなを」空間がふるえるような声。


「それおれに答える意味ある?」


 言い捨てたアルがすっと後方へ下がり、りゆうさせた地面のかげかくれた。


「下等生物の成れの果て、りゆうに寄生するりようごときが……れるか!」


 つめもうぜんと地をくだきつつ、りゆうあごせまる。


まつな土かべなど……もろともくだけるがいい)


 りゆう体のまつたんが空気のかべくだいた水蒸気をく。りゆうを横につぶさんときばせまる。


 そして、りゆうの頂点からどくが飛んだ。


どうけん蜻蛉とんぼ』」


 じようついめいたいちげきが、りゆうよこつらへと縦にまれた。コキュトーは悲鳴すらなく、大地に顔をバウンドさせ首をくねらせる。


「雑なんだよ、くさりやがって」てて、アルが着地する。いつしゆんけいついをひねり、「いややっぱめとこう楽だし。ほーらよわよわ骨。ふにゃふにゃしてる」


 あからさまなちようはつだ。激痛とくつじよくりゆうの脳がいかりでえたぎる。だが、その知性は自省をうながしていた。


しよせんりよう。私をえる存在ではない、が──では無い。りゆうを傷つけ得る存在)


 コキュトーはみずからにいて四つ足で立ち上がり、眼前のわいしような存在を見下ろした。


(あっくそ、冷静になりやがった)りゆうがんじや効果をはじきつつ、アルは無い舌を打つ。


 注意を集めての先制、いかりをさそってのカウンター。ここまでは一方的と言っていいが。


(飛行能力はうばったがめいしようにゃまだ遠い……。さて、水属性氷結せんえいはくりゆうあいしようは悪くないが──)


「ギュルゥゥウウオォオォォオォォオオオオ────────────────!」


 たけびにも似たかんだかりゆうせいが、天をいた。


「っ!」アルがあせったように空を見た。コキュトーにおくれてとうちやくしたワイバーンたちが、王都がいへきを巻くように散っていく。さらに一部は、


(くそっ、やっぱ周囲の村に散らしたか!)


 さすがにそこまで骨の手は回らない。だがその時だ。




 ずお、と。王都内より、黒いりよくのぼった。




「「「!」」」


 アル、コキュトー、王城内ではフブルも。それに反応し首を向けた。


(今のは……ダイス……ディスパテ! やはりか!?)アルがみする。


「そこにおられたか!」反面、コキュトーの声に喜色が混じる。「オォォォォオオオオォオ!」


 次いで発せられた二度目のりゆうせいに、村々へと散りかけたワイバーンもまた、王都方向へともどってくる。


「よし──さて、まずは貴様を念入りにつぶしてからだ」


 アルがややその骨体を引く──そのひまもなく、


 周囲がしもを帯びた。コキュトーのりよくが一帯を白く染めていく。大量のりよくかかえ、産み続ける存在──上位せいれいせいりゆうなど極一部が可能な空間支配。


(うそーん。これで周囲全部敵か)


 アルの思いに答えるように、りゆうさせていた地面からひようそうびた。あやうく身をらせてかわす。


 こおらせ、張り付けようとする地面をりよくはじきながら転がり、体勢を立て直すアル。だが、白骨をおおくろよろいにすらうっすらとしもが降りつつあった。


りよくふくんだ、やつが入った冷気──)


「支配外へげるなら追うまでだぞ、りゆうの兵よ。王都まで退がるか?」


 一歩すら動かず、白のしんが告げた。


   ○


「ワイバーン約三百、せまります」「ねらいはやっぱ王都か」「ぼうけんたちと有志学生までぼうえいについてくれているが、この数……」


 報告に、フブルがりよううでみながら一つ息をつく。


しゆほうみせいじゃ! 結界を物理領域適用!」


 前述の通り、王都には結界がある。しかし、三けたえるワイバーンのこうげきに、いつまでえられるか。


がいへきほうぐん起動!」


 伝達用のすいしようさけぶ。がいへきで王都残存のほう使つかたちが対空用のがいへきほうりよくを送り出す。


「忘れとらんぞ、りゆうども……。十年前、ようもあっちゃこっちゃ焼いてくれたものよのう!」


 フブルのつぶやきに、きゆうていどう具技師たちの表情がまる。


とせ! 下の兵とぼうけん者どもにがらをくれてやれ!」


 そう、このがいへき魔導砲群こそは、天空からりゆうたちに向け開発されたぼうえい兵器だ。


「さて……ハルベルちゃん、ご苦労じゃった。お主はこれで……って、おらんし」


「さっき出て行きましたよ。王城内のなん場所は教えときました」


 そーか、とフブルはうなずく。流石さすがに追ってはいられない。


 まさかハルベルのクソ度胸が、ここでの仕事が無くなったたんがいへきに向け走り出すほどだとは、さしもの魔導さいしようにも読み切れてはいない。


   ○


 王都がいへきりよくたまがいくつも空を飛ぶ。


 がいへき用魔導砲。役割を一定のりよくだんえんきよとうしやに限定することにより、りよくこそ中級ほうに届かない程度ではあるが、人間のほうよりも射程と連射性を上げている。


 何よりも、りよくを供給するほう使つかいががいへきの外へ出る必要が無いのが強みだ。おまけに、りよく波長を結界と同調させることにより、結界内部からてるというはなわざまで可能にしている。魔導さいしようこんしんの作である。


て! とにかく数だ、だんまく張れ!」


 けい魔力駆動マナドライブを行っているワイバーンを殺傷するにはりよくが足りないが、地へ落とすことは出来る。そこから先は、


「来たぁ! 必ず複数で当たれ! りゆうでもりゆうりゆうだ、っ飛ばされっぞ!」


 がいへき周辺に展開するぼうけん者と兵隊、そしての仕事だ。


 りゆうは、一定以下の力しか持たない者には全く歯が立たない相手である。りゆうの肉体というものは、りゆう種ですら他生物に比べあつとうてききようじんだ。


「中級ほう相当の火力が出せるやつこうげき手を務めろ! 他はそいつをえんぼうぎよ! 二度も我らが王都を焼かせるな!」


 十年前のりゆうぐんきようしゆう時の経験を持つベテラン兵が声を上げる。




「いきますわよ! ゲルダ! ダステル!」


「りょ~か~い。うわ、ワイバーン、かおこわ!」


「や、やるしかない、のか……」


 学生も、志願者がわずかながらがいへきへと出ていた。ペリネーテスらもその一部だ。


「……まさか付き合わされる、とは」


がんって守ってね~。私らの中じゃ、ペリネしかこうげき通らないし」


「ゴタゴタ言うものではありませんわ! だのぼうけん者だのの前に! 国とたみは我らで守る!」


「それが貴族の前提、でしょ? 耳タコ~」


「……そう、か──そうだ、ね! ミクトラ様もそう言っておられた!」


 ワイバーンのつめを、ゲルダによるぼうぎよほうの補助を受けたダステルのたてあやうくもはばむ。


ほのおさけべ、穿うがつらぬとがせ──『パイロネイル!』」


 ペリネーテスの中級ほうちよくげきする。ほのおくいが、ワイバーンの胸を穿うがった。もだえてつめを外したしゆんかん、ダステルが傷口へとけんみ、ひねる。りゆうさけびがひびわたる。


 いかくるったワイバーンがダステルにきばく。


「てぇいっ!」だがそれは、ゲルダのせんじようによるげきねらいを外される。続いてまれる二発目の『パイロネイル』


「とど、めっ……!」さらにダステルのけんが、ワイバーンの体内にねじまれ……ワイバーンから力がせた。


「おおお…………!」「学生どもが一ぴきやったぞ!」「若いのになんてれんけいだ!」「まるで共に何度も死線をくぐったようだぜ!」


(まあ、うん)(くぐりましたわね……)(文字通り死にながら、ね……)




 周囲の士気が上がる中、少数でいどむ者たちもいる。マナドライバだ。


 ワイバーンのつめを、ミクトラはけんからませる。


 りよりよく勝負では流石さすがりゆう族には勝ちようもない。ワイバーンがミクトラをねじせようと力をめる。


「ふっ」


 ミクトラの呼吸。そのしゆんかん、ワイバーンの視界が反転した。デオ流体術『エアリアルフォール』。空中の相手に対する投げわざである。


(勝てずとも、わざかいざいさせることは出来る)


 りゆうあしもとくぐるように体をえ、頭から落とす。地面にいながらも、丸太めいた尻尾しつぽるわれた。


「──『クロス・トラバース』!」


 それを、水平のいつせんがカウンター気味に根本からった。ミクトラはもだえるワイバーンに止めをす。


「よし! おお、ワイバーンは初げきだな……空を飛ばれていればこうは行くまいが」


 その光景に、『こくさい』のくろはちは感心する。


(中々、やる。全身の魔力駆動マナドライブじゃねぇが、りよく操作が異常にスムーズでがない。ぼうぎよ面はデオ流のわざでカバーする、と)


 かれだ五メルほどの宙にいるワイバーンの、さらに高所にいた。かれあしもとにはしようかんじん。飛んだのではなく、そこから出てきたのだ。


 高所の利を得た黒ノ八のそうけんが、ワイバーンの首をった。地に降りる。


「……見事だな。しようかんほうの応用で転移するとは」


「元は強化にしか使ってなかったが、あのチビさいしようたたまれてな」


「不敬な。それにあのお方は勇者様のほうの師だぞ。幸運に思え」


「だから気に食わねえこともあるんだよ……お前はどうなんだ」


「何がだ」意図をつかみかねて、ミクトラは聞き返す。


ぼうけんぎようは勇者のえいきようだと言ったな。勇者が死んだ世界で、お前はどうする」


 ぴし、とミクトラが固まる。


(そ、そうか……アルのことは余人が知るわけもないしな……。しかし)


 この質問は、黒ノ八が想定していることとは別の迷いをミクトラに産んだ。かのじよは周囲をけいかいしつつ、考える。


(私は──アルの何になれるのだろう。女としては必要とされまい。かれは対等の友人を望んでいるが、私自身がそれにこたえられない──)


 ミクトラはたんそくする。その様子に、黒ノ八も返事をあきらめた。


 気を取り直し次の相手を探そうと、ミクトラが周囲を見回した時だ。視点が止まり、見開かれる。


「な……なんだ、あれは……?」


 もはや余人の立ち入れぬごくと化した、王都前方一キル先、りゆうと骨の戦場氷原。


 そこへ、王城からもはっきりとにんできるほどの氷柱が出現していた。

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