五章 勇者、久しぶりに竜殺しに挑む(2/6)


   ○


「おら、行くぞ。おれらは三番通用口周りだ」


「あ、ああ……」


 王城裏口。黒一色の衣服に身を固めた男を前にして、ミクトラはややきんちようを強める。


「あん? どっかで会った……ああ、あの骨ろうの仲間か」


 そう言う男の昔の名は、ガルムと言う。かつてはミクトラの篝火ベルフアイア級よりも上位の聖火セイクリツド級として、港町セクメルのえいゆうだったぼうけん者だ。


 名声の裏で働いていた悪事の数々をアルにより暴かれ、なわ打たれたはずである。


 二人は馬に乗り走り出す。後からえんの兵も来る手はずであるが、周囲の村々にも兵隊が配備される以上、ミクトラたちの負担は大きい。


しよけいされたとばかり思っていたが……」


 ミクトラもガルムの高名は知っていたし、アルとの決着後ではあったが会っている。


「死んだぞ、書類上はな。今の名前は『くろはち』だ。あのチビさいしようの犬さ。首輪付きでな」


「『こくさい』か……。父上から聞いたことはあるが」


 それはどうさいしようフブル・タワワトが有する直属部隊の名前だ。一人一人がすさまじいせんとう能力を持ち、王このの『はく』とついを成す存在と言われる。


「あまりいいうわさは聞かんがな……なるほど、貴様のような人材を登用していたのか」


「登用ね」男はみずからをあざけり笑った。「しかしなんだ、あんた、御貴族様か。それでぼうけん者たあとくなもんだ」


 次のわらいはミクトラへ向けられた。


「悪いか」


「ああ、気に入らんね。女なら次男三男のめって訳でもあるまい。何を好き好んで」


「何を好き好んで、か……。そう言われれば返す言葉は一つしかない」


「あん?」


 ちようはつに返された言葉が思いのほかおだやかで、くろはちまゆをひそめた。


「勇者様だ」


 はや前を向くミクトラの横顔には満ち足りたものしかない。


「あぁ……そうかい、そうかい。──やんなるね」


 それを見た黒ノ八は重いたんそく。これ以上言葉を返す気になれず、馬にむちを入れた。


   ○


どうほうの挙動、しっかりれんらくして合わせておけ!」「初実戦だ! 訓練通りやれよ!」「うひょーまさか使う日が来るたぁな」


 戦略が決まり、王命のていさいを取り兵士たちじようきようが伝えられた。いまごろは王都のあちこちのしよで、兵隊たちいそがしく動き回っていることだろう。


「す、すごいのあるんですね……」


 こわごわとハルベルが周囲のほう具で構成された装置を見回す。かのじよとフブルがいるのは王城内魔導機関室、じようへきとのれんらくすいしよう前だ。


「むははは、すごかろすごかろ。ほんとは立ち入り禁止なんじゃから! あめちゃんやろう」


「あ、わーい」


だれなんスかその子……」魔導ぼうえい機構のせいぎよにあたるきゆうてい魔導具技師の一人がぼやく。


ばくざいのよーなもんじゃ。気にするでない」


 雑に説明して(「いやばくざいって! 気にしますよ! こわいですよ!」という悲鳴は無視された)、フブルはハルベルに向き直った。


「もうあと数時間というとこじゃ。きゆうけい室がすぐそこにある。少しでも休んでおきんさい」


 そう言って、フブルが再び、指示出しにもどろうとして。


「あやつが心配かの?」


 背中を向けたまま、フブルが言う。ハルベルの口内で、あめが動きを止めた。


「………………………………はい」


 やっとのことで、ハルベルは返事をする。


 自分が何を言えるだろう、とかのじよは思っていた。何せ、どうさいしようフブル・タワワトはかつての勇者の仲間なのだ。


(旅で、アルは何度もフブルさんの話してた。交じりに。いつもうれしそうだった)


 そんな風にかれに言われるかのじよが、アルを心配していないはずがない。それは先のしつ室の様子からも明らかだ。


「ま、しゃーない。アレがどう出るかなぞ、分かりきっとったことじゃのにな」


 それはハルベルにもうなずける話だった。かれが、街をおそりゆうなどというじようきようを前にしたなら。


「──ああいうひとですよね」


「そういうこっちゃ。アレにまわされる同士、せいぜいけんこうこつの荷を軽くしてやろうではないか」


「はい。そんじゃ、ちょっとます! 今日の試験、いちけだったんで!」


 ててて、とハルベルがきゆうけい室へ消える。


わし一応学園長なんじゃけど……。ちゃんと勉強せいよ……」


   ○


 王都はけんそうの中にあった。りゆうの情報はせられたものの、おう軍の一団が王都へ向かっているという布告により、人々はあわてて地下道やなん所指定された公建築物へと向かっている。他にも、がいへきに向かう、もしくは人々をゆうどうする兵隊もまた散見される。


 ぼうけん者組合には動員ようせいが出されたものの、参加は任意だ。組合は連合国の命令系統の外である。ぼうえいらいを受けがいへきの外へ向かった者もいるが、王都民と同じくなんを選んだ者も少なくはない。


(ハルベルたちとやった地下墓所そうとう、こんなとこで役立つとは。なん所の一つになってら)


 人々があわてふためいてう中、一体のがいこつけんが歩いている。足取りはぐ、王都エイエラルド正面門。服は王城でえたか、いつものがいとうこしよろい、ブーツ姿。


 人々が急ぐ中、白骨へと視線を注ぐ。


「ありゃ、ものじゃねえのか!?」「いや、あいつは少し前から来てるぼうけん者のけいやくアンデッドだ」「公園で見たことあんな」「学生のいんそつしてるのも見た」「おれ、一回世話になったぜ」


 なん民の内の一人が、ためらって──しかし声をかけた。


「お、おい、あんたもやるのか」


「やるよー。ま、なん所でけんとういのっておくれ」


 歩く人骨──アルが軽く骨腕を上げる。その細さに、聞いた王都民が逆に不安そうにまゆをひそめた。


「む、無理すんなよ! 命あっての物種だぞ!」


 言って、かれは走り去っていく。


 スケルトンはがおを作れない。しかしかいそうにけんこうこつらし、がつこつを鳴らした。


「もう死んでるって。──しかし、やれやれ。心配されちゃったぜ」


 アルの命があったころ──勇者のころ。人々の賞賛としようけいしんらいには慣れていた。ただ、心配されたおく、となると中々見当たらない。仲間からは何度かあったが、さて、守るべき人々からはどうだったか。


「死ぬのも悪いことばっかじゃない」


 そうして、元勇者の骨は門をくぐる。もうしばらくすれば、正面門は閉められる。


「新っしい、自分~、っと」


 流行歌をうたいながら(あまりくはない)、アルは王都前のかいどうを往く。まだ敵の姿は見えない。しかし、強大なりよくほとばしりはすでに感覚として認められた。


 アルの足先が迷わずその方向へと向いていく。射程ギリギリまで王都からはなれるためだ。


「んー、いくさなんて結局地の利なんだが。空飛ぶ相手に見晴らしのい平地かあ……最・悪」


 アルとしてはどうにかして引きずり下ろしたいが、ワイバーンならまだしもせいりゆうだ。


「その辺はフブルさんに期待したいなあ……じゃないと死ぬ。死んでるけど死ぬ」


 ぼやきながら。がんこうはるか地平線を向いた。かげが、ひとつ。


「うわ、案外早かった」


 あせってアルはかしゃかしゃと走り出す。ふたつ。みっつ。増えていく。


 それは王都がいへきからもかくにんされ、外門が閉じられる。


「うし、この辺りだ────なッ!!」


 外門から一キルほどもはなれた場所。アルがすいを一本飲む。それを全て神聖けんスカットゥルンドへと回し、打ちるう。


 ごうおんと共に、地面がりゆうした。り飛ばされ、さらには持ち上げられた地面が、十数メルの高さを持つきゆうしゆんな坂めいた障害物を作り出す。


どうけんばしり』あんど『らいじよう』……土木作業成功!」


 戦場を作り出したアルが、キリッ! と言いつつ骨手をぷらぷらとる。


 きよりゆうりんかくが晴れた空にかぶ。生命の頂点種。一度現れたそれは、すさまじい勢いでそのかげを大きくしていく。


「ぬっふっふっふ。んじゃまあ、やりますかね」


 アルはくるくるとわんこつかたから回す。こつけんかたの高さにめる。


あいさつ代わりの──どうけんジンレキ』!」


 空を、こつけんく。音速をえたりよくが、ぐにりゆう──はくりゆうコキュトーへと数キルのきよを食らいながら飛ぶ。


「────」


 当然、コキュトーの方からも、わいしような地虫をにんしきしていた。りゆうの視力・りよく探知共に他生物の比ではない。


 だがそれが地面をりゆうさせ、りゆうりんすら傷つけかねないいちげきを飛ばしてくる。


「このりよく──りゆうへいの類か。我らのむくろもてあそじやほうの徒が──」


 羽虫をはらう程度。ごう、とりゆうそうるわれる。しゆんりゆう体をひびかせるしようげきがあった。はらわれたりよくかいが、ワイバーンを一体つらぬき落とす。


「痛ゥ……! この、虫が」


 つばさを打ち、空を進む。りゆうがんが地面に立つ白骨をとらえた。ぼうだいな空気を吸う。コキュトーの心臓が、ばくだいりよくを創り出す。それは体内で冷気へへんかんされ、こうこうに送られる。


 ドラゴンブレス。せいりゆうのそれとなれば射程は軽く数百メルをえ、こうはんじんだいがいをもたらす。多少の地面のりゆうなど無きに等しい。


 その大量かいこうげきを、コキュトーが地面のアルを中心に、ともすれば王都までのきよを白銀に染めんともうとしたまさにその時。


 王城から、こうぼうが走った。

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