五章 勇者、久しぶりに竜殺しに挑む

五章 勇者、久しぶりに竜殺しに挑む(1/6)


 時は、しばらくさかのぼる。大陸ほつぽう、ゲルンタイマル山。


 その山中に、りゆうぐん──今はほぼ形をさぬその一団の、残党が集まる場所があった。


 せいりゆう三、ワイバーン他、りゆう合わせて七百二十五。


 それが、かつては十をえるせいりゆうと数千のりゆうというせいほこったおう軍最強の軍団のなれの果てだ。


 無論今でも、じゆんすいな戦力としてはじゆうしんの一軍にひつてきするだけのものはある。しかし軍ではない。はや


 こくりゆうおうディスパテ、そしてせいりゆうの半分をほふった人のカタチをした悪夢、勇者アルヴィス。


 残ったせいりゆうも、りゆうぐんの先行き暗しと見、さらに半分が去った。


おろかな。勇者はもういない)


 コキュトーは思う。三十メルをきよたいどうだにせず、みずからがつかさどる力を体現するかのようにちんしている。


(ディスパテ様の遺志をぐべきは我々しかおらぬ。それを理解せぬ者共をもはや、同志とは認めぬ)


 その体には、そこかしこに傷がある。だがりゆうたいの内をりよくじゆんかんし、きゆうけつもかくやと言わんばかりの速度でいやされていく。


 つまり、その傷を負ったのはそう前のことではない。


「者共、分かれ。私がりゆうおうの代行である。フギムニのむすめは無視していい」


 コキュトーから数百メルのがけしたには、一体のせいりゆうむくろがある。残るせいりゆうの数は、二。


「エイン王国よりもどったペルムアーより、しよは知れた──。じやてする不忠のしやも消えた。これよりは、動くのみ」


 言葉と同時、コキュトーの体から傷が消え去った。白磁のようなつばさが広がる。


 かれのうかぶのは、十年前。いくの人間どもの街を燃やし、軍を、とりでを、思うままに打ち破った。しよせんは地にうごめく虫の仲間のようなもの。天を支配するりゆうあらがえる訳も無し。


「十年前を再現してくれる。その上で、りゆうぐんよみがえる。不死のりゆうと共に」


   ○


じようきようは?」


「およそ半日前じゃ。サイネル王子率いるエイン第三軍が展開しておったほつぽうげんさんどうふもと。そこで三軍はこうぐんの一部とこうちやく状態にあったわけじゃが……」


 サイネル王子。エイン国の第三王位けいしよう者。早々に王位には興味無しと公言し、いくさおのれの身の置き場を求めた。指揮能力にひいで、おうとの一大決戦においても、二万の兵を率いた歴戦のつわものだ。


「かの『せんじゆう王子』が! 御無事なのですか?」ミクトラがあせるようにフブルの横に出た。


「足ふくめて骨を数本やられたようじゃが、どうにかな。だが第三軍は中央に風穴開けてとつされはんかい、今では機に乗じたこうぐんしんとうを防ぐのにせいいつぱいじゃ」


 王城、どうさいしようしつ室へのろうである。早足で歩きながら、アル、ミクトラ、ハルベルの三人とフブルがじようきようかくにんし合う。


「機に乗じた?」


「……ということは、王子様やったのはえーと、……こう軍じゃない?」


 ハルベルのつぶやきにフブルがうなずき、アルたちしつ室へと招き入れる。


「これはだ王にしか知らせておらぬ」


 他言無用とフブルが告げる。


「カチコミ入れてきよったのはりゆうぐん残党。報告によればせいりゆうが一体にワイバーン約三百。とつじよ前面に現れ、しよげきで王子を負傷せしめ軍を食い破った、ということじゃ」


 せんりつが部屋中に走る。


りゆうぐん……! しかも、せいりゆう……」


 ミクトラがふるえる声を発した。二ヶ月ほど前、ようりゆうに手も足も出なかったおくよみがえる。


 じゆうしんの一部隊を相手取る軍を、不意をったとはいえしゆんに打ち破る。せいりゆうとはそういう存在だ。せいりゆうは単純なせんとう力のみならばじゆうしんせまりかねない。それを複数有していたのがりゆうぐんである。


「そしてりゆうの一団は、ぐにここ、王都エイエラルドへとすさまじい速度で飛んで来ておる。おそらくはさらにもう半日ほどでとうたつするじゃろ。現状、げんさんどうからここへの直線上は都市も対空戦力も無くてじやが出来ん」


てん王が北東部で元気だからな……」アルがうーむ、と勢力図をおもかべる。


 そして、一同にはある存在がかぶ。


「ディスパテ……現ダイスの手引きだと?」


「可能性はある。例のようりゆう、あれがやつに退治される風をよそおった伝令としたらどうじゃ」


 む、とアルはだまる。ダイスがうそをついていた気配はかれに感じられなかったが、しよせん印象だ。千年を優にえるたましいとは腹芸の数がちがう。


「あのりゆうもな、満身そうにも関わらずついせきと探知をいて姿を消した。ようりゆうではなく、そういう能力に特化したせいりゆうだったのかもしれぬ」


 どのみち、とフブルが言い置き、骨がいだ。


「これからせいりゆうむかたねばならない、と。主要軍をほとんど前線に出してる、この王都の戦力で」


「いえす、おふこーす。戦争初期以来の王都直接こうげきじゃ。りゆうどもに、二度も王のひざもとを燃やさせる訳にはいくまいよ」


 エイン王国は連合国でゆいいつ、戦争じよばんりゆうぐんきようしゆうを首都に直接食らっている。当時は王都の下町にまで火の手がおよび、多数の死者を出した。


 フブルが居住まいを正す。声にげんが乗った。


「これより、軍と王都きんりんぼうけん者組合に伝令を飛ばす。王都、ならびにきんりん町村に来るワイバーンへのてつてい防戦、はいじよ。アル、ミクトラ。協力してくれるか」


「はっ! お任せを!」ミクトラが思わず敬礼を返した。


 ハルベルは視線を右往左往させているが、とりあえずアルはそれを置き、


せいりゆうは?」


わしが仕止める。……てか、せいりゆうげきあたえられる者が今はわしと王くらいしかおらん」


 せいりゆうは全身が魔力駆動マナドライブし、ばつぐんりよくちくせき・伝導機能をほこりゆうりんにより、常時しようへきが展開されているに等しい。単純な物理的しようげきは全く通じず、昨今開発された兵器の火薬ほうですら傷一つ付かない。それはつまり、魔力駆動マナドライブ、もしくは最上級ほうあつかえない兵隊は戦力足り得ない、ということでもある。


 王国の強力な個人せんとう力を持つ将は、現在ほぼ全て前線へ出ている。第三王子サイネルもその一人。フブルはあえてアルの名を外した。


おうと戦ったと聞いた時、きもが冷えたわ。こやつはもう、そのレベルの戦いをすべきではない)


 そしてアルは、その空気を読まない。


「はっはー。お大臣様が何言ってくれてんの。りゆう殺しはおれの仕事だね」


 肉は無いが気骨はある。勇者だからだ。


「ばっ……! 鹿かせ、今のお主でせいりゆうが相手できるか! おうとうも、そこなむすめの協力あってこそじゃろうが!」


「う……」ハルベルが身じろぎする。


 数ヶ月前、おうセッケルをたおした際のようなりよく供給は、今のかのじよには不可能だ。産まれ故郷をするため──当のセッケルを支配している──に、そのりよくの大半を使っている状態である。半分といえど、地下墓所で見せたようにハルベルが持つりよくは相当なものだが、それでも足りない。


鹿はどっちだ。優先順位をちがえるなよおばあちゃん。まず王都、そんできんりんの村々、次に兵隊だ。あんたが直接せんとうしたら、王都のぼうえいどう機構はだれが動かす。結界は? 残ってると王族だけじゃりよくが足りんだろ」


流石さすがは……にここまで王都ぼうえいあくを……)


 ばやてき。ミクトラがすうけい混じりにかんたんする。このぎよう、わーいオフだーきゃっきゃうふふと遊んでいただけではないのであった。さらに、


おれを大事にしてくれるのはありがたいがね」と付け加える。


「む……ぐ……」


 苦しいやらずかしいやらで、フブルは複雑な表情をかべる。ことせんかんに関しては、フブルですら勇者にはおよばない。


「ぐ、ぐぬぬ、じゃが、ハルベル」


「あ、はいっ」


 呼びかけられ、話題に入れずだまっていたかのじよかたねる。


「お主はランテクートてい大人おとなしゅうしておれ。いくさじゃ。ぼうけん者ですらない半人前の出る幕ではない」


 厳しい語調にハルベルはぐ、とだまむ。


「いやハルベル。君はこのさいしよう様のお手伝いだ」


「お主なあ!」さすがにフブルが食ってかかった。


かのじよおれが認めた、ぼうけん者アルの仲間だ。かくはあの村で済ませてる」


「………………アル」


 ハルベルがアルを見上げる。こみ上げるのはうれしさとほこらしさ。ろつこつめがけてきつく。


「好き!」「ちょっ、ハルベル、けは」


「そーいうのは後でな、後で」


 やいのやいの言い合う三人である。フブルはそれをながめる。なつかしいここで。


(こういうやつであった……意志と力あれば、使える者は使う)守るべきは力なき者、意志なき者。そうほうあるならば、対等の存在としてあつかう。それはある意味で非情でもあった。(悲しみを背負ったことも、一度や二度ではあるまいに)


「ハルベルのりよくなら、フブルさんの補助が出来る。ハルベル、城でフブルさんにりよくわたすだけでいい。それだけですげえ助かるから」


「りょーかい!」


 びし、と敬礼するハルベルにフブルがつかれたようにけんむ。


「はー……まあ、ええわい。王城なら安全度は高いしの。まれたら真っ先に標的じゃが、そうなればどこだろうと危険は同じか。で、アル、お主勝算は」


「そんなぜいたくなもんあるかい」


「「うぉい!」」


 フブルとミクトラがいつしよになってツッコむ。だが、アルはすずしげにがいこつらした。


「ま、最強のドラゴンと戦った経験は残ってる。どうにかするさ。フブルさん、すいあるだけくれ」


「これ作るの大変なんじゃぞ。保存もあんま効かんし……ぶつぶつ」


「具体的には」アルが各関節の可動を確かめつつ「おれたせるから、総出でワイバーンをきっちりせんめつしてくれぃ。そしたらフブルさんが出てくれればいい。しようもうしてても、おれとフブルさん二人ならギリギリなんとかなるさ」


 うなずく女性じん。さらに、とアルは骨指を二本立てた。


「悪いけど知り合いを二人連れてきてる。王城に入れてやって。ズルだけど、まあ許してちょうだい」


「ん? ほう──りようかいした」


 フブルが遠見で王城エントランスをる。女商人──レヴァともう一人の姿が見えた。


「んじゃいくぞー。ドラゴンぶっちめ大作戦、開始ー」


「「おー!」」「なんかまらんのう……」


 三本のうでと一本の骨腕がかかげられ、戦いの開始を告げた。

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