四章 骨勇者、神への供物をクエストする(4/4)


「若者が好むかん、ですの? 私たちも、その、あまり大きくは言えませんが買い食い中でしてよ」


「良かったね、ペリネ~。ハルベルもどってきてくれて~」


「だ、だれがですの!」


「は、初めまして! ミクトラ様! ぼうけん者のせんだつとして尊敬しております!」


「ダステル、口調まで変わってるんだけど」


「あ、ありがとう。いや、最近の功績を言われると私はきようしゆくしてしまうんだが……」


 やいのやいのそうぞうしい少年少女たちの後ろを、アルとヴァルクが歩いている。


ずいぶんと、にぎやかになってしまいましたね……」


「まあいいだろ、たまには若い子の食うもんも。なあ千数百さいのおばあちゃん」


「ほお、かれたいようですね。見ればれいがいです、穴の一つも開けますか?」


 ちき、とづつを鳴らすがみからげるように、(物理的に)軽い足取りでアルが前方のじやくねん層へげる。


「ゲルダ的におすすめある?」


「そうですね~、今から行こうと思ってた『ゲングナール』のチョコクレープかな?」


 数分後。げんそうな顔で手持ちクレープを見つめるヴァルクの姿があった。


「これは……ガレットではないのですか?」


粉じゃなくて小麦粉なんだと。百年くらい前に農村でガレット食った貴族が作ったとか聞いた」


 最近になり、簡単な包みで手に持つ方式が考え出されしよみんに広がったのだ。ここ数年、王都でじやくねん層を中心に人気のスイーツである。


「む、むむ……これは……」


 ひょいぱくひょいぱく。ヴァルクがクレープをかえしかじる。布のようなに包まれた雲のようなあまいクリーム、そして苦みをわずかにえるチョコ。


じゆうこうさはありませんが、しかしそれは弱みではなく、次々と口に運んでしまう軽さがあります。むむむ……やりますね」


「おいしいね~」「ほわあ、チョコって初めて食べた」「あまいものは別腹だな、うむ」「買い食い……なるほど、父上が禁止する訳ですわね。これは禁断のみつの味というものですわ」


 目をかがやかせながらもたんたんと評価するヴァルクの横で、女性じんかんせいを上げている。ながめるのはアルとダステルだ。


「ダステル君は食わないの?」


ぼくあまいのは、あまり。それより、アル先生」


 あいきようのある童顔から、アルは話の気配を感じ取る。うながすようにがつこつを向けるとダステルが口を開いた。


「例の集合墓地の件、ですが。気になって調べたん、です。どういう人たちがほうむられていた、のか」


「何か気になることでもあったん?」


「あんな集業れいが出ること自体、つうじゃないです、から。ハルベルがいなかったら……」


 かすかにぶるいするダステルに、アルはふむ、とつぶやく。いざとなればみずからが始末する気でいたために深く考えなかったが、確かにあのレベルのアセンブルゴーストは戦場でもまれだ。


「実家があの墓地の墓りに出資していたよう、です。まいそう者はまず戦争初期のりゆうぐんきようしゆうによる死者、そしておうとうばつ後、戦線が激しく混乱した際の死者、だと」


「なるほど。ごうが深そうだ」


 ゴーストの声を思い出す。


「後者はこの辺りの村でもがいが出た、そうです」


「そっかー……」


 少し、アルの声が重くなる。かれが思い出すのは、パルムック村。ルーラットとダイスのていだ。親は三年前にくなったと聞いた。


「なら、なおさらじよれいできて良かった。死んでまで苦しむってのはナシだよ」


 スイーツくらい食いたいよな、とアル。


「アル先生……。そうです、ね……!?」


 と、かんがいぶかげにつぶやいたダステルが固まった。クレープ片手にアルたちの方へと歩いてくるのはミクトラだ。


「何をしているのです……しているのだ、男二人で」


「授業の話だよん」


「ぐぬぬ、貴方あなたの指導とはうらやましい……私も今からでも通おうかな……」


「あわわわわわっわわわわわわわわあっわっわわわわ」


 ミクトラにしつを向けられ、ダステルがフリーズしかける。


「その、なんだ。大事ならいなのか、これは」ミクトラはヴァルクを横目で見る。


「大事というかどーでもいいというか……あーいやまあ、一応大事か」


 空っぽのがいで思い出してみれば、神様のらいである。程度を問えばこれ以上ないほどにおおごと、だ。


「ふむ、では私も協力させてもらうか。こちらの料理でなくてもいいのだろう?」




「むう、この食感。そしてほのかなあまみ。実に上品。何よりこの純白と一点の紅。美しい料理ですね」


 ヴァルクがうっとりと口に入れているのはあんにんどうという、この店独自のスイーツだ。やわらかく調整した白い寒天がぷるぷると木さじれる。


 ペリネらと別れたアルたちが来たのは、ミクトラがラーメンを食べていた東国料理店だ。


「先ほどはすまなかったな、店主」


「ミクトラさんが銀貨なんて置いてったからあせったよ。そいつは気にせず食ってくれ」


 店主がややほっとした顔で告げる。


「ほえー。王都にこんな店があったか。知らなんだ」


 東国料理好きのアルが、頭骨をぐるんぐるん回して店内をながめている。


「この人……人じゃないか、いやでも元は人か。ええと……」


「気にしないでよいですよ、人間。しやべるオブジェのようなものです」


 やや引き気味の店主に、あんにんどうを口に運びつつにべもなくヴァルクが言う。


しやべるオブジェだけど、ラーメン食べていいかな。好物なのにここ数年食ってなくて」


「あ、あたしもあたしも。食べてみたい。塩のやつ」


「へ、へい、りようかい




「これで候補が四つ……むむむ……どうすればよいのでしょう……」


「もういっこくらい増やすか。公園行こう」


「まだあるのですか!?」


 アルが歩いていくのは、以前も来た王都中央部に位置する公園だ。


「お、いた。レヴァー」


 骨が発する声の先。てんを出す女性がぱっと顔を明るくし、その後、急速にしかめた。


「……タラシ骨……」


「何か今日さんざんなんだけどおれ


 へにょへにょとしおれる骨である。


「女の人三人も引き連れて何言ってんの。何この骨おかしくない?」んべえ、と舌を出す。


「おお、レヴァ殿どのか。先だっては世話になった」


「あ、ミクトラさーん。おっつかれー」


 やりとりを見たヴァルクが、かたわらのハルベルに問う。


かれの知り合いの店なのですか?」


「そうらしいですねー」


(なぜこのむすめげんなのでしょうか……)不思議に思いつつも、今度はアルへ「ここでは、何を?」


 アルはうなずき、レヴァへと骨指を一本立てる。


「いいとこのをこの銀色に」そのまま、ヴァルクを指す。しゆんにひん曲げられた。


「全部いわよ。商人めんなっての」


 差し出されたのはさじ付きのわんだ。中には、


「切られた果実が、じゆうの中に? ふむ、単純なものですね……」


 言いながら、ヴァルクが口を付ける。しゆんかん、神のが見開かれた。


「これは……果実酒……。それにひたされた果実のあまみが合わさって、むう……単純ながら発想の勝利と言いましょうか……」


 うなりつつ、さじをすすめる。


「この人、料理評論家かなんか?」


「いや、単にお土産みやげ選び中の神」


 正直にアルが答えるが、じようだんにしか聞こえない。


「んで、なんでまたこんなぞろぞろと来たの?」


「なんでだっけ……いやまあ、君の売上にこうけんしようかなとは」アルが人数分の銅貨をわたそうとして、「ハルベルには……どうしようかな」


「えー! 意地悪!」


「いやだって君、うとヒドいし……」


おくにない! でたらめ!」


おくにないのがまずじゃん」


 ぽかぽかとけんこうこつたたいてくる少女になんしつつ、アルは代わりのチョコバナナを差し出してやる。


「くっ! 一体どうすれば……!?」


 平和な光景に神ののうひびいた。アルがやれやれとかのじよに胸骨を向ける。


「何をそんなになやんでんの」


ごとのように言いますね。そもそも貴様の任務なのですよ、これは。どれが一番とすれば良いのです!?」


 必死のけんまくに、人間女性じんは目を白黒させる。無理もない。無意識ではあったがこうが出ていた。アルはわざわざ呼気を再現してため息する。


「はあ……、全部持ってきゃいいだろ。こうおつ付けがたいし好みがあるんでって」


「え」


 がみが固まった。想像もしなかったという顔。


「ま、五個もありゃ満足するだろ、あのワガママも」


 それに、とアルは心中で付け足す。


(どーせらいにかこつけて部下にきゆうでも、って算段だったんだろ。身内にあまいからなあのだいがみ


 さて。当然であるが動く人骨を中心にやいのやいのやっていれば人目を集める。レヴァのてん周辺には見せ物かとかんちがいした人が集まりつつあった。


「うわなんか急にお客さん増えた……!」レヴァがわたわたと客をさばき、


「んもう、しょーがないな!」見かねたハルベルがチョコバナナをくわえながら手伝いに入る。家事技能は一通り備えた女子である。


「が、がんばれ、二人とも……」


 ちなみにミクトラは真正のおじようさま育ちのためその辺はお察しだ。


「さて、どうする。任務達成でいいか?」


 さすがにアルのふうていで飲食店を手伝うわけにも行かない。けんそうからするりとし、ヴァルクとたたずんでいる。


「……そうですね。貴様の言う通りというのが気に入りませんが、これだけ持ち帰ればお許しは出るでしょう」


 ちなみに、神界へどうやってスイーツを持ち帰るのかと言えば、お供えだ。ヴァルク手製のさいだんを使うことで、情報そのものを持ち帰る。


「ではほうしゆうですが──」


「わ、すごい人……あら、もしかしてアルさんですか?」


 んできた声にどくけば、そこにいるのはパルムック村の少女──


「ルーラットさんか? どうして王都に」


「父の遺品が見つかったと聞いて、取りに来たんです。父は、衛兵だったので。三年前に」


 ルーラットが、布に包まれたそれ──衛兵の個人タグ──を大事に胸にく。


「────、そっか」


「用事も終わって、そしたら人が集まってるから何かなーって、そしたら……えへへ、子供みたいですね。ダイスもどっか行っちゃうし」


「ディスパ……じゃない、ダイス君も来てんの!?」


 アルはあわてる。ダイスの人間に対してのスタンスはいまだ不明だ。アルのにんしきで極論を言うならば、いきなり王都の人々を血祭りに上げる可能性も無いとは言えない。


「私が外出するからって、王都まで付いてきたんですよ~。もー、ちょっと大きいからって、やっぱり子供ですよね」


 言葉の反面、うれしそうに言う姉である。とはいえ弟の中身ねんれいは目の前の骨よりも、かたわらのがみよりもさらに上であるのだが。


「……あの子のことだから、多分平気な顔してるんでしょうけど。それでも、探さなきゃ」


 その声に少しの湿しつを感じて、アルはつい、かのじよすいな問いかけをした。


「確かに、かれは幼児とは思えないくらい強い。──それでも、かれの事が、心配ですか?」


「そうですね。──昔は、昔は……ものすごく速く育ったダイスが、こわかったこともありました」ルーラットの笑いは、ほんの少しのちようふくんでいた。


 アルはなつとくの思いでかのじよを見る。少し考えれば当たり前の話だ。


「でも──両親と、最後に話したことを覚えています。『姉として、弟を守ってあげてくれ』……私はその時、両親が遠くへ行ってしまうと分かってしまったんです。不安で、泣いて……返事をしてあげられませんでした」


「無理のないことでしょ、それは」


「だからです。私は、私だけは。ダイスがどんなに立派でも、強くても。──世間から見て、異常でも。あの子を、心配しますし、探します」タグの入った布を、ルーラットはにぎりしめる。「わたしは、ダイスのおねえちゃんですから」


 アルへとかえり笑うかのじよの顔に、迷いは無かった。アルが複雑な思いを得る。


(参ったなぁおい……いい子だぞ。勇がありやがる)


「先ほどから、何の話です?」ヴァルクが、知らぬ名の話題にげんそうな顔をする。


 アルはいつしゆん(こいつと組めばもしもの時も殺さずおさえられるな)と考える。しかし、


(いや無理か。神が下界の戦いに直接協力するなんてまず無い。おまけにダイスは人間だ)


 思い直し、結局かれは指骨でがんこうおおった。


「ん~……どう説明したもんか……とりあえずダイス……君を探そう。話はその後な」


 ミクトラたちに知らせようとした時だ。


《アル! アル! ぼうけん者のアルはおるか!》


 聞き慣れた幼童の声。


「フブルさん?」


 かのじよの使いフクロウである。空から公園広場をわたし、アルの姿を認めるとその頭骨へとりてくる。芸とかんちがいした人々がかんせいを上げた。


《おったか! すまんが、今すぐ王城に来い! れいさきれもいらぬ、きんきゆうじゃ!》


「……何があった?」


 ただ事ではない様子を察し、アルのふんいつしゆんまる。公園から急ぎはなれるかれの頭骨の上で、フクロウが声をひそめた。


《──おう軍との領土線に展開していた、第三王子サイネル率いる王国第三軍がかいめつした。王子も重傷を負って戦線をだつ。それをやった者共が、今すさまじい勢いで王都へ向かっておる……!》


 へいおんを破るほうこうが、せまりつつあった。

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