四章 骨勇者、神への供物をクエストする(3/4)


「お、よかった、まだあった」


 初手はアルが勇者時代、王都に来た際には必ず立ち寄っていたパン屋『むぎ村』だ。


「いらっしゃい……っておお、あんたが最近うわさの骨の人か。かつやく聞いてるぜ」


 無論、店主はアルの正体に気付きようもない。そのことをちょっぴりさびしく思う白骨ではあるが、


「初めまして、そりゃどーも。このお方があまいやつをごしよもうでね。いいのない?」


 店主がアルの後ろで店内を見聞するヴァルクを見、その美しさに目を見張った。


「こりゃ大層な御貴人だ……あんたが世話になってるって貴族様かい?」


「もうちょっとえらい」


 実際はちょっととかそう言うレベルではないが。


「ひゅう、すげえ骨だなあんた。そんじゃこっちも上等なのを……焼きたてだぜ」


 店主が差し出したのはバターと砂糖、小麦粉で作った……その上にフルーツとクリームが乗ったタルトだ。すわるヴァルクはげんそうな目でそれを受け取る。


「これは……何です? 果物は分かりますが、台座はビスケットですか」


 ヴァルクが地上に生きていたのは千年ちょっと前のことだ。現在のいわゆるタルトは未経験である。


「サクサクだからだいじようだ。食ってみ」アルが代金をはらいながら言う。


「ふむ……まあ、ビスケットなら知っています。あまり期待は……むぐ……? ……!?」


 ナイフとフォークで、口に運ぶ。想定外のしっとりサクサク感がヴァルクをおそった。


(これは……このような焼き方を。しかも、このクリームの質。かつての時代とはかくになりません)


 一口ごとに、クリーム、果実、三種の歯応えが来る。果実とクリームの酸味、あまをタルトが受け止める。ヴァルクの時代、タルトは単なる『食べられる台』であった。それが、現在は主役の一つとして他と調和しながら存在を主張している。


 神様、千年ぶりの時代格差をふくめたスイーツ体験である。もはや無言になり、ヴァルクは一息に食べ終える。


「アルヴィ……いや、アル、でしたか。ここが人界一の店なのですか?」


「いや、おれいと思うけど、どうなんだろ」アルが店主に目をやれば、ヴァルクを上級貴族か何かとおもんでいるかれあわてて手をった。


「いやいやいや! そりゃ自分のうでに自信はありますがね、世界一とまでがっちゃあいませんや」


「いえ、美味でした。見事です人間よ。もつの候補に加えましょう。一つ包んでください。あ、ついでに私にももう一つ」


「あ、はい、そりゃ人間ですが。……お、お気にしたなら幸いでさ。……もつ?」


 あんと疑問をきながら、店主がタルトを包む。それを、ヴァルクは満足げに二つ目のタルトを口にしながら見守った。




「これははや決まってしまったのではないでしょうか……」


 フルーツクリームタルトが入ったふくろを見つつ、ヴァルクがうっとりとつぶやく。共に歩くアルがやれやれという風に、


「いやまあ満足ならそれでいいんだが。他のとこ行かなくていいのか。心当たりだけでもまだいくらかあるぞ」


「この品にひつてきするものがあると? そうそうだまされはしませんよ」


 十数分後。そう疑問をていしたがみの目の前に、背高グラスに入ったスポンジとクリーム、ショコラ、アイスの競演があった。そう、パルフェである。


「……………………おぉ」


 小声ではあるが、目がかがやいていた。


 平民街。ゆうそうが住む区画のカフェテラス。ヴァルクの前にチョコパフェがきつりつしている。対面にすわるアルはコーヒーだ。


「ま、食ってみろ」


 きんちようおももちでヴァルクがスプーンをチョコアイスに差し入れる。口に運び、しばし。


 冷たさ、それによりよくせいいたあまさ、かすかに感じる苦さ。それらがしゆんに口でける。


「────神よ」目を閉じ、感じ入るようにらした。


「お前だ、お前」りようのツッコミ。ヴァルクはばつが悪そうに赤面する。


(そういや、ヴァルクは元ハイエルフのしようしん組って聞いたな)


 神は産まれた時からの者と、神に認められ、後天的に成る──しようしんした者の二種がある。しようしんした神は、基本的に引き上げた親神のもとに仕えることとなる。


 神は何らかのがいねんつかさどることになるため、親神の勢力が結果的に増す。


 アルもまた、後者の道行きをマルドゥによってねらわれていると言うわけである。


「むむ……これは……スイーツでありながら芸術にも近い……食感と味、しきさいを重層的に乗せていく、人の食と美を両立させるセンス、あなどれませんね……」


 ぱくぱくとスプーンを口へかえし運びながら、ヴァルク。


「ふうむ、候補二つ目ですか……」


 難しそうにヴァルクがつぶやく。かのじよの中でてんびんれている。


「まだ味見してくのか?」


 骨指でコーヒーカップをつまみつつ、アル。かれの口からどこへとも無く消えるコーヒーに、店員がきようがくまなしを向けている。それはさておき。


 アルの問いに、ヴァルクのけんに品のしわかぶ。立ち上がった。二度あることは三度。


「受けて立ちましょう」


「何の勝負なんだよ」かんじようを済ませて店を出る。


 そんな風に気安く会話して歩く二者を、きようがくの思いで見つめるひとみがある。




「あ……アル……と、あれは、だれだ……?」


 燃えるような赤髪と、れる青のひとみ。ミクトラだ。東国料理店の中でめんをすする動きが、がきりと止まった。


 元々は勇者が好む料理と聞き、こっそり通っていたらハマったのである。


 東国ヤマに似た国から来た、と主張する店主のこの店は、王都内にいくつかある東国料理店でも一風変わっているが味はずいいちと評判だ。


 しかし、貴族が行くにはややはばかられると言うことでミクトラもぼうけん者のよそおいである。


「ど、どういうことだ……。むぐむぐ、すまん、店主! 代金はここに!」


 急いで料理を平らげ(それですら上品なのは流石さすがである)、数えるのももどかしく、銀貨を一枚置く。


「あっ、ミクトラさん、おり!」


 返事もせずかのじよは店を出る。そして、二者の後をつけ始めた。




 そしてもう一人、こちらは複数の友人と共にいた。


「あら、あれに見えるはアル先生じゃありませんの?」


「あ、ホントだ~。遠くからでもすぐ分かるから便利だよねアル先生」


「そりゃ骨、だし。でもあれ、となりの女性は……エルフ、かな?」


 口々に、ペリネーテス、ゲルダ、ダステルの三人。今日は学園の試験後、寄り道中だ。


「………………………………なんですと」


 そしてもう一人、大口を開けるハルベルである。仲むつまじく──少なくともかのじよにはそう見える──歩く人骨とエルフ美人を見るハルベルの脳内はこうだ。


(そんなバカなずいぶん親しげなんだけど何アレアルが好みってどういうのなのしゆ悪すぎないのいやえっと私は置いといてミクトラとかあの商人さんくらいかと思ってたしでもいざとなるとカッコいいし不思議はないのかもでもちょっと待ってあの人はそもそもだれなのちよう美人だし昔の知り合いだったりしたらヤバいよねあり得る良くない)


「どうしましたの、ハルベルさん」


「はっ!!」


 ハルベルはペリネーテスの言葉で我に返り、かのじよへ、ば、と手のひらを向ける。


「ごめんペリネ、みんな。……今日はわたし、ここから別行動するね」


「えっちょっ」「がんばれ~」「けんとういのる、よ」


 学友の返答も聞かぬ内、ハルベルはアルたちの後方へそそくさと走り出す──。




 アルとヴァルクはふたり並んで、丁々発止とやり合いながら王都の町並みを歩いている。


「う、うぬぬぬ……なんだあの親しげな様子は……」


「近くないあれ。絶対近いよつう骨にあんな近づかないでしょ」


 それを背後からながめるひとかげがふたつ。語るまでもないがミクトラとハルベルだ。かくれつつ、さらに追おうと動き、


「「はっ!」」顔を見合わせる羽目になった。


「「…………」」だが二人はしゆんに心をつなぐ。友としてうなずき合い、歩調を合わせてついせきを再開しようとし──


「……あれ? アルがいない?」


「何してんの君らは」


「ぎゃああああああああ!」「うおわああああああ!」


 たがいの顔の間からにゅっと現れたどくに悲鳴を上げた。


「色気ゼロの声をどーも」


「あ、あ、あ、あ、アル……」


 地面にへたりんだ二人を白骨が見下ろす。


「変にけてくるのがいると思ったら。何か用か?」


「いやその……」「あのです……じゃない、あのだな……」


 かのじよたちがあうあうもごもごとやっている内、ヴァルクもまたやってくる。


「なんです、この者らは。くせものですか?」


 く、とその手がこしへとかかる。


「お前はいちいちぶつそうすぎ。おれの仲間だよ」


「貴様の? ふむ……」ヴァルクの神眼が二人を映す。


(一人は──少し混じっているがマルドゥ様の信徒。もう一人は──むぅ)


 とりあえず無害と判断し、ヴァルクはけいかいを解く。マルドゥ信徒には結構あまい神だ。


「あ、アル、その、こちらは一体、どのようなお方だ! この私の知識にはないぞ!」


 どうにかこうにか立ち直ったミクトラが、あわを食いながらもアルへとめる。勇者知識では他のついずいを許さぬかのじよである。


「あ、ああ。生前の知り合いだよ。ヴァルクって言うんだ。おしのびでね。そこそこえらい」


「そこそこ……常に不敬な男ですね貴様は……」


 ヴァルクはどちらかと言えばマイナーな神だ。それこそ、出身であるエルフの森でくらいしかしんこうされてはいない。アルもまた、これまで会ったのは神界でのみだ。ミクトラが知らないのも当たり前である。


「はい! はいはい! 質問! どういうご関係ですか! 仲良し!? 仲良しなの!?」


 ずばばば、とハルベルがクソ度胸で挙手する。ヴァルクとアルは顔とどくを見合わせた。


「「仲良しではない(ありません)」」同時そくとう


「うう、気は合ってる……」ややへにょりとして手を下ろすハルベル。


「あのね、変なかんちがいをするんじゃないの。おれらは……えーと……なんだ……」


だいな主に仕える臣下とそのさらに使い走りのぼくでしょう」


 ヴァルクが当然のごとく言う。


「言い方ァ! あとだれぼくか。らい者と、うけおいぼうけん者ですー!」


らい? では今は仕事を?」


「デートにしか見えないんですけど……」


「あのなあ……あ、そうだ」


 食い下がる二人に、アルはあきれかけて……からんとしゆこんこつを打ち合わせた。


「どうせだ。君らも協力してくれ」


 指骨が、ヴァルクが手に持つスイーツを指し示した。人間二人が小首をかしげる。

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