四章 骨勇者、神への供物をクエストする(2/4)


   ○


 翌日、ぼうけん者組合王都本部。アルが入ると多少のざわめきが起こるものの、業務がとどこおるほどではない。


「はいすいませんねー……」骨手刀を立てながら受付列に並ぶ人骨。


 ややシュールな光景にも、列前のドワーフぼうけん者がちょっときんちようしたように身じろぎする程度で済むくらいには、みなさん慣れてきている。


「おう骨の。最近お貴族様んとこにびたりだってな。パトロン付きたあうらやましいねえ」


「いいだろ。酒がいぞ。おれえねえけどな!」


「そりゃつれぇな! 人生の半分失ったようなもんだ」「物理的に半分どころじゃねえだろ、そいつ」


 軽口に軽口で返すのも慣れたものだ。そうこうしている内に、アルの順番が来る。


おれ指名のらいが来てると思うんだけど」


「えー……ああ、はい、先ほど。らい者さんもまだそちらに」


 受付じようが待合スペースを指し示す。かれは「へ?」とそちらにがいを向け、


「うげえ」うめいた。


「全く、下品でさわがしいところですね。貴様に似合いというものです」


 アルの心のじゆうめんに負けぬくらいにけんしわを寄せた美女がそこにいた。とがった耳や異常なほど整った容姿。身体的な造作はエルフのもの。流れるぎんぱつに、けいよろいをまとうその姿は自分もまた戦士であるとゆうべんに語っている。


(ヴァルク……マジかよ何降りて来てんだこいつ)


 せんしんヴァルク。光明神マルドゥの側神筆頭である。限定的とはいえいくさつかさどる強力な神。




◆神(人類敵対度〓〓なし。めつせつしよくすらしてこない)


 千差万別あるだいな存在を、ただ神──と一くくりにするのも乱暴であるが、一柱一柱しようさいに記すにはふくがまるで足りない。共通点を記すにとどめる。


 神々は、元々は自然やがいねんの意をあらわすものとしてじん化したものであったとされる。しかし、個別の意志を持つに至った神々は、およそ千年前に肉体を捨てて上位次元に去った。それは神々が、おのれがいねんの格下ではなく、そのもの──等価になるためだった。


 神々はこの時点より永遠めつの存在になった。それを主導、実現したのが当時最も若い神だった光明神マルドゥ。この判断と功績により、かのじよは最高神の座にいた、と神話は伝える。


 以後、神々は地上に直接かんしようすることはなくなった。地上は人間に預けられ、神が地上へかんしようするには、しんたくあたえるか、能力をおおはばに制限されたしんを作って降ろす、という手段をとる。とはいえ、ほとんど例が無い。また有り得ないことであるが、仮にしんそこなわれても、天界の神にえいきようはほぼ無いと言われる。


 神々にせいじやはあれど、現代において人間に対しかんしようすることはほぼない。日々感謝を忘れず、おのおのしんこうする神を尊べば良いと思われる。


 勇者アルヴィスいわく『万が一。万が一せつしよくを計られたら全力でげろ。いいか、全力だ。きよれ。これはじようだんじゃない現におれは(以下けんえつ)』




「何をしているのです。さっさと出ますよ。ここは視線がうるさくてかないません」


「おいおい姉ちゃん。さっきから下品だの何だの、好き勝手言うじゃねえか」


 そう言いながらかのじよからんでいくのは、先ほどアルに話しかけていたおの使いのぼうけん者だ。もの相応ふさわしくきたげられた身体だが、


(あ、バカ!)アルがしたまさにそのしゆんかんだ。


 ぎゅお、と空気がねじれる音がした。かたへかけられようとしたぼうけん者のうでを、ヴァルクのりよくが回した。


「おわあああああああ!?」


 ぼうけん者は勢いよく五回転ほどして、背中からゆかたたきつけられる。かたどころか、指一本すらヴァルクは動かしていない。身にまとうりよくを動かしただけだ。ほうですらない。


 ──この通り。力が制限されているとはいえ神は神だ。世界最高レベルの力を持つりゆう族や古きよじんですら殺せるかどうか。


「ふん。行きますよ」


 あごで出口を示して、ぼうぜんとする人々の中をヴァルクが歩く。自分も投げられてたまるかと人がけて道が出来る。まるで聖者の行進だ(神だが)。


「すまん、気のあらやつなんだ。これで一ぱい飲んでくれ」


 アルは手骨を合わせて、目を回すぼうけん者のむなもとに銅貨を数枚置き、あわてて銀色のがみの後を追う。


「お前さあ、ああいうの良くないぞ。一応人のフリして降りて来てんだろ」


 道を歩くヴァルクにかれが追いつき、苦言をていした時だ。




 かえり様、ヴァルクがこしから光をいた。光はしゆんに弓と矢を形作り、音を置き去りにする一射。アルは頭を外しつつ、あわてて身をかがめた。


 頭骨を装着しつつアルもばつけん。ヴァルクの第二射としようとつする。


 そこへ、いつしゆん前のしやげきを空間に再現させるハイエルフきゆうじゆつ『合奏』。新たなこうげきふくめ、多重のしやげきう。


「静剣『円』っ!」受けるは神速のはんれんざんげき。アルの周りを、円形をけんせんが包む。


 たがいの絶技が終わる。同時、アルの正面、背後、左右、そして上方に現れたヴァルクが、全方位からのいちげき。その全てに、アルは一歩でこたえた。せいけん水面みなも』。正面のヴァルクの弓手ゆんで逆側。安全けんいつしゆんで回りむ。五つのこうげきが空をく。そして、


「「!」」


 き様、二つのこうせん。それは、たがいの首元で止まっている。




「……ぶはあ、止めろよ、こういうの」


 アルがわざとらしく息をく動作をする。


「ふむ、わざにぶっていないようですね。りよくひどいザマですが」


 ヴァルクがいた。現実ではたがいに一歩も動いてはいない。到達者マスター位階同士がやる、読み合いによる仮想けんげきだ。




 ──全くの余談ではあるが。先ほどのアルのほうせいけん水面みなも』はかれの修めるヤギュウ流体術の高位技法の一つだ。なる体勢からでも、十全のかい運動を取る技術である。


 現ヤギュウ家当主であり勇者の仲間でもあった東国のけん、マガツ・ヤギュウの父親が記した伝書にれば、そのようていは『しりをすぼめるべし』とある。


 さて。そのわざを習得し、先ほど用いたアルであるが。当然しりの穴など無い。


「単にじいさんのおやさんのくせなんじゃないの?」骨になったばかりのアルが聞くと、


「いいんだよ骨でやるやつなんざお前以外いねえんだから」マガツは雑にそう答えたと言う。


 かんきゆうだい──




「余りににぶっているようならいて無理にでもしようしんさせろ、とマルドゥ様からおおつかっていましたからね」


 アルが全骨で思い切りった。もう帰ろうかなと割と本気で考える。


「安心しました。貴様のような不敬者と本当にどうりようになるなど、ぞっとしませんから」


「ああ、そうですか……あのクソがみ(ぼそっ)」


「何か言いましたか」


「ナニモー。んで、大女神様のらいってなんだよ」


 そこで。ふうどうどうという様子がぴったりだったヴァルクがぎしりと固まった。


「……………………………………………………………………………それは、ですね」


 また止まる。アルはけいついかしげた。あろうことか、神のしんあせのようなものまでいている。


(マジか、こいつがここまで……おいおいおい、やれることならっつったよねおれ


 背骨にせんりつが走る。思い起こせば、生前からロクなことを言いつけられたためしが無い。


やすいだったか……な?)


「………………………………ィーツ、を」


「え?」思わぬ小声。聞き取れず、アルはがいの側頭部、がいどうを向ける。


「……す、スイ、……というものをですね」


 ヴァルクは顔を赤くしているが、声は相変わらずに小さい。


「すい? 何?」


らちな! 神をなぶる気ですか!」


「聞こえねーの! らしくねえなはっきり言え! かく決めて聞いてやる!」


 王都の往来で絶世の美女と白骨が言い合いをしている様はどうしてももくを集める。


 ヴァルクが視線を感じ、「ええい!」アルのこつをひっつかまえてものかげへ入る。赤面した白磁のような顔を、どくへと近づけて告げた。


「人界一の! スイーツを! 探してささげよと! そういうことです!」


「……………………」


 出された単語に理解が追いつかず、アルはしばしがんこうを左右に向けた。


「スイーツを」「人界一のスイーツです」


「光と風と正義をつかさどる最高神が」「……ええ」


「食ってみたいからささげてくれと」「……そうです」


 ちんもくが降りる。肉があればけんつまんでいる気分。アルは空を見た。そこけに良い天気だ。そう、大分前から──それこそ生前から、かれは思っていた。


「あいつバカなの?」


「ブチきますよ不敬者!!」




「わざわざ? 神が? 天界から? 部下のしん降ろしてまで? スイーツ?」


「やかましいと言っているのです。さっさと案内なさい」


 すたすたかしゃかしゃと二人は王都エイエラルドを歩く。とはいえ、アルも王都は三年以上来ていなかった身の上だ。骨身では飲食店となればなおさらである。


「人界一ねえ。新しい店もあるだろうし、あれこれためしてみるか。……とりあえず、よろいごうな」


 そうして、人骨とぎんぱつ美女神の食べ歩きが始まったのであった。

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