三章 元勇者、王族との関係に悩む(4/4)


   ○


 王女エルデスタルテは、おのが部屋で目を覚ました。


 ほおにはなみだかんしよく。また、夢を見ながら泣いていたのだ。


 けながら、王女の高貴なかんばせには一点のも無い。むしろ、せいそうさがある種の悲劇的な美しさを上乗せしているようですらあった。


(あぁ……また、あのような夢……私という女は……)


 その心には今、たんしかない。否、この三年間、ずっとだ。王女の形りようがわずかに動き、どうさいしようが送ったかおりを胸に満たす。


(どこかに、産まれ変わったアルヴィス様をさがす夢……このここよいかおりが、私の心に秘めた浅ましい夢を見せるの……?)


 勇者アルヴィス・アルバース。光のひと。世界をまもるため、ってしまったいとしい人。


「ああ…………!」エルデスタルテはまた顔をせる。


 この先、自分が立ち直る日が来るのだろうか。かのじよには全くその日が見えない。これほどの愛を他の殿とのがたに向けられるとは思えない。


 ならば、かれを探すしかないではないか。どこかへまた産まれているはずのかれを。


(夢のような、い、ごと……。でも今は、夢の私をとがめる気にもなれない……)


 エルデスタルテはもういく度目かも分からないたんそくをする。もうしばらくすれば夜明けだ。


「…………」


 なんとなく。かのじよは窓辺に歩み寄った。カーテンを開けようとして──


『お止まりください、王女』


 窓のすぐ外から。まぼろしの声を聞いた。三年前、やさしくエルデスタルテに語りかけた、勇者の声。


 かげが見えた。ちがえようもない、愛し人のかげ


「あ……あぁ。そんな、そん、な────!」


『それ以上はいけません。姿をさらせば、おれは帰らねばなりませんゆえ


 カーテンしのなつかしいひとかげへと。ろうとした足がぴたりと止まる。


「か、帰るとは。どこへ帰るというのです、アルヴィス様──!」


 この名前を、かんとともに呼ぶ日が再び来るとは、想像もしていなかった。だが、確かにいとしい勇者は、カーテンと窓をへだてた、そこにいるのだ。かのじよはそう確信する。


『天へ。光明神のもとへ』


「……………………!」


 エルデスタルテはがくぜんとし──そしてなつとくした。あれほどの勇者を、エイン王家の祖をふくむ神々が放っておくはずがないではないか。


「で、では、貴方あなたさまは……」


『は。今は神の列に加えていただき、天から人の世を見守っております。……無論、貴女あなたのことも』


 かのじよの心臓がねる。では、つまり。


おれないせいで、貴女あなたを悲しませました。あまりに痛ましいご様子に、神々にたのみ、こうしてせ参じただいです』


「わ、私、私は……ようなことにも思い至らず……おずかしい……穴があれば入りたいです……」


 胸をさえ、エルデスタルテはひざまずく。なみだめどなくあふる。


かれは、アルヴィス様はいらっしゃる……この世ではなくても、神々の世界に。いてくださる)


『今のおれには、貴女あなたなぐさめることしか出来ませんが……もう、だいじようですか』


「はい、はい……! この一時のおうだけで、私は残りの一生を生きていけます……!!」


「良かった。貴女あなたの人生に、喜びとへいおんがあるように」


 窓の外で、うなずきの気配がある。次いで、


『ああ、そうだ……。仲間、フブルさんが困っているようなので、言づてをお願いできますか?』


「先生に? お、お任せください」


 フブルと勇者の思い出を語らうひとときは、王女にとって数少ないなぐさめだ。


『では。──『神々は人の治世のありように口は出さず。エンデ村のこともしかり』です』


「エンデ村、ですね……子細は存じ上げませんが、うけたまわりました。王祖にちかって」


 エルデスタルテがうなずく。


『ありがとうございます。──ああ、夜が明けるね。お別れだ、エルデ。元気で』


「待っ……」


 かつて、幼い王女にかけたような親しみの口調で。勇者は王女の前から去っていった。


   ○


「自分でやったことだけど罪悪感がすげえ──────────────!!」


 日が昇り、ランテクート家。アルがひじ骨を地に付きした。


 ──事の真相はこうだ。王女エルデスタルテは、おもい人である勇者の死後、悲しみにしずみ自室にこもりきりになった。だれなぐさめも効果は無く、程度はだいひどくなる。王族のなやみの種の一つだった。


 少し前から、相談役でもあったフブルがあたえたこう。これは精神を落ち着ける効能があったが、それがぐうはつ的に、神の血を引きせんざい的に高いりよくを持つ王女のかくれた能力を引き出してしまった。




「つまりは、生きりようか。エルデ王女の心の底の願望、そうあってしいと思う『勇者の産まれ変わり』を探して、王都近辺の三さいの元をさまよい続けた……。生きりようなぞ、そうそう出るもんじゃないんじゃけどな。よもやこんなことになるとは……」


 こうわたした張本人のフブルも、流石さすがにばつの悪そうな顔をしていたものだ。




 結界も働かないはずである。内部から発生しているのだ。それに、結界へりよくを注ぎめぐらせるのは、基本的には王族の役目だ。かれらだけは、結界にかんしようせず通過できる。


「あ、危なかったぁ……」


「お、王女様を、じょ、じよれいするところだったとは……」


 そして顔面そうはくになってぶるいしているのはハルベルとミクトラだ。帰ったアルをめて、事情を聞いているというだいである。


「解決策が、フブルさんのほうえいへいをだまくらかし、おれげんぞうを作り、王女相手にひとしば打つ。ついでにエンデ村の保証もゲットしといた」


「わ、すごい! アルすごい! 天才!」


 ハルベルのかんせいに、していたアルがゆらりと立ち上がる。


「これで王女も立ち直るし、そくなやまされる子供たちもいなくなる。神の保証でエンデ村のこともこれでだいじよう。一石三鳥。おれが、おれがエルデ王女への罪悪感にえるだけで……だけで……うう」


 ありもしない胃が痛む感覚を得て、アルの手骨が何もない腹部をさまよった。


「エルデスタルテひめ、か。時にだアル」


 その背中に、トーンが低い声がかかる。どくの先には、無表情なハルベルとミクトラの顔がある。


「その、生きてるころさ、こんやく者って、何人いたの……?」


「な、なんだよ」ややされるアルだ。


「私の知識によれば、確定していたのは五カ国のひめ。さらには各地のごうぞく貴族、ごうしようらのむすめも名乗りを挙げていたと聞く」


 ミクトラが静かに告げる。げられないふんを察し、骨指がひいふうみいと折られる、しばし。


「あーと、たぶんだけど、確定してたのだけで、十二に……」


「「多い!」」


 かんはつ容れず、二人のせいが飛んだ。


「なんなのです……なんなのだそれは! ちょっと気が多いんじゃないか生前の貴方あなたは!」「おかしいよねふつう一人だよねお貴族様でも多くて四、五人だよね!」


おれから望んだ訳じゃねーもの!! 無実だ無実!」


 アルがしゅばっからころと走り出す。


「あ! げた!」「待て!」


だれが待つか! ハルベルは早よ学園の準備しなさい!」


 高速で早朝の王都を走る人骨は、さ迷うゴーストとわりに新たな都市伝説として王都をさわがせたが、それはまた別の話である。


   ○


 ──ところで。これはこれでまた別の話。王城における茶飲み話であるが。


「のうエルデひめよ。仮にじゃが、仮にアルヴィスの産まれ変わりの子供見つけられたら、夢のお主はどうするつもりだったんじゃ?」


「いやですわ、おずかしい……あくまで夢の話ですよ、先生? ええ、そうですとも……よもや王城に世話係見習いとしてげて、朝から晩まで付きっ切りで私がお世話と教育をして、立派なしんに育て上げて私の専属としようなんて、そんな……夢の私、はしたない……うふふ……」


「う、うん。ははは……それは、ははは……」


 結構やべーなこの王女、とフブルどうさいしようは思ったとか思わなかったとか。

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