三章 元勇者、王族との関係に悩む(3/4)


「んで、何で王都にいんの」


 『きゆうけい中』の札を店に立て、ベンチにすわって商品のあめをなめるレヴァにアルが問う。


「何でとはしっつれーね、仕事よ仕事。これでも南方帰りなんだかんね。向こうの果実仕入れてこっちでさばいてひともうけしたとこよ。っかい船代出したがあったわ」


「南方ってことはカクタン島辺り? 連合内でも無いのにずいぶんなギャンブルしたもんだ」


 生活から文化から勝手のちがう南方諸島に単身むことに加えて、ナマ物である果実のあつかい、さらに天候に左右される船旅である。かけの連続だ。


「今度飲みながら教えたげる。いろいろあったのよ、いろいろ」


 本が一冊書けそうなくらいね、とレヴァは言いおいて、


「そっちは? あと、そっちのむすめは?」


 うながされて、アルはとなりのハルベルを見る。


「仲いーね」


 そっぽを向き見事にぶうたれていた。口から出たあめの棒がぴょこぴょこれている。


「何ねてんだよ。えー、まずおれ仕事、こっち、仕事仲間かつ保護者かつ仮けいやく者のハルベル・エリュズさん」アルは両わんこつを交差させつつ、指骨さして告げる。


「え、じゃありよう術士!? マジで? すごいじゃん!」


 じゆんすいに感心してくるレヴァ。かのじよは行商人であるため、様々な人種に会う。そして様々なあつかいを受ける。そのためか、それとも本人の資質か、人種や職業への差別意識がうすい。ぼうけん者にも近いにんしき、世間ではめずらしいタイプだ。


(……あ、照れた)


 ハルベルのほおがちょっと赤い。生まれて初めて村から出て二ヶ月半ほどの少女だ。割とチョロい。


「ついでに君にも聞いとくか。かくかくしかじかなんだが」


「まるまるうまうまということね。はーん。ミクトラさんのご実家に。ほーん。へー」


「なんだよその目は」


(ちなみに、あんたの正体ってミクトラさんとかハルベルちゃんとか知ってんの)


 声をひそめて聞いてくるレヴァに、どく頭がうなずいた。


「なーんだ。あたしだけかと思ったのに」


「むむむむむ、やっぱり仲いい…………」


 じっとりと二者をにらんでくるハルベルである。それを気にせず、レヴァが宙を見ながら思い出すように、


「で、ゴーストそうどうね。確かに最近お客さんから聞いたことはあるなー」


「やっぱ子供?」


「そそ。ちっちゃい子らしいよ。三さいっつってたなー。何か泣きはしなかったらしいけど」


 ぴたり。ふんふんと人間くさく聞いていた人骨の動きが、死者らしく止まる。


「三さい──三さいね。ハルベル、今日調べた子は?」


「え、え? ちょっと待って……」とうとつに話をられたハルベルが、あわててメモ束を出す。


「……あ。聞いてない子もいるけど、三人いるよ、ていうか聞いた子はみんな三さいだね」


 アルがそれを聞いて、物思いにしずむ。


「何か分かったの?」


 人間では無いであろう犯人。しかしてゴーストは外からは入れない。ねらわれる三さい。直接的な危害は無し。


「もしかしてひょっとして万が一……ではあるんだが。結局つかまえてみんことにはな」


 意味なく頭骨をくるりと一回転。公園の人々をびくりとさせつつ、アルは立ち上がる。


「話ありがとな、レヴァ。ハルベル、行こう」


「あ、うん」


「あいあーい。しばらくこっちで余った果実使っててんやってるから、なんかあったらまた来てね」


 アルは手骨をり(一応小さくハルベルもった)、ランテクート家に向けて歩き出す。もう少しすれば日が落ちる。


「ところで、なんでげん悪かったの、おじようさん」


 ふたたび、じっとりとアルを見るハルベル。ややあって、そっぽを向きつつ答えた。


「……せっかく二人だけでお出かけだったのにー」


「……もう少しせいへき直した方がいぞ、君」


「別につうの男の人も好きだし……アルがもっと好みってだけだし……」言葉の後半は、アルの仮想りよくちようかくには届かなかった。


   ○


 夜。


 アルたちとミクトラとの情報こうかんにより、やはりがい者は三さい、それもおそらくはおうとうばつ後の産まれであると推測された。


(うううん……これはやっぱしもしかしたら……いやでも……まさかー)


 考えつつ、カルネルス君の部屋前で耳とりよく探知をますアルだ。絶対に泣くためカルネルスには知らされてはいない。ミクトラがかしつけ、部屋から出てくる。


「こ、こら、ごろも姿をまじまじ見ないでくだ……見るな。き、えて別室でハルベルと待機してるから……」


 赤くなってそそくさと去るミクトラを、


(骨に何をきんちようしてんだか)とアルは見送り、数時間が経過する。


(ランテクート家には二日ほど来ていない……)


 ゴースト(?)のローテーション、というのもおかしな話ではあるが、来てもおかしくはない、という日程ではある。


 そんな思いをいたしゆんかんだ。


《……さま…………ス……さま…………としい……》


 アルのましたりよく探知が、ささやきとりよく存在を同時に感知した。親が聞こえないこともあった、ということは、指向性を持った念話を行えるということだ。アルはちようりよくよりも、りよくの波長をとらえることを優先していた。


(オイオイオイ。ほんとに来たよ)


 すぐさま、アルは手元の糸を引く。糸は数メルはなれたミクトラとハルベルがめる部屋にびており、交代で起きている方の手首にくくられている。単純ではあるが、音もりよくも発しない。相手に感知されるおそれは低い。


 一方、かのじよらの部屋では、糸により事に気付いたハルベルが犯人の存在を感知していた。


「やっぱりゴーストだ。けっこうりよく高いよこれ」


「なんと。王都内にはいむとは一体……」


 ともあれ、確保が優先だ。二人はそろりと部屋を出て、外へと向かう。


 アルの方では、ささやきが続いている。


《ああ……ア……まぁ…………どう……て……》


 かれはあらかじめランテクートていしきに設置していたせきを発動させる。勇者の形見(という設定)の、ほうふうめられるレアアイテムだ。


にごろごろしてた訳じゃないんですよ……っと。結界ほう『シェルタール』発動」


 音もなく、しきりよくの結界がおおう。本来敵地でしゆうげきを防ぐじんを作るほうだが、逆に働かせることも出来る。


 外にハルベルたちとうちやくするのを待つ。れのつぶやきが、ややめいりようになった。


《──アルヴィス様──いとしい人────あぁ──》


(…………あーもー……なんで当たるかなこんな予想……)


 骨の指が、がんこうおおった。そのまま、しばし。


「いたっ!」「そこを動くな、不らち者」


 ハルベルとミクトラの声が外からひびく。


「っと、やばい!」


 アルもまた、カルネルスの部屋に入り、窓を開ける。そこには、消え去ろうとして、結界に引っかかりめいめつするゴーストの姿。アルはあせりつつ、


「ハルベル、ストップ!」りよう支配のほうを使おうとするハルベルを止めた。


「え、え? なんで?」


 次いで、アルはゴーストの顔にあたる位置にうっすら残ったおもかげを見て、りよくの波長を確かめる。そして、確信した。結界のほうも解除する。


「アル!?」


 ミクトラのまどいのさけび。ゴーストが姿をうすれさせながら、しき内からげていく。


「ふぅ……危ねえ危ねえ」


「どうしたのアル!?」「何があったのです……あったんだ、なぜがす!」仲間たちからの疑問の声。アルがどう説明したものか、と思う間もなく、「びえええええええええええ!」と深夜にアルを見たカルネルスが泣いた。


「ねえちょっと! アルー! 答えて!」「おい泣いてるぞ! カルネは無事か!?」「びゃあああああああああああああ!!」


 しつせききつもんなみだごえはさまれて、白骨がぼうぜんと立つ。


「えーと……おれも泣きたいなー……」


 泣けないけれど。




 十数分の後、アルがいるのは王城──どうさいしようフブル・タワワトのしつ室だ。


「なんじゃなんじゃこんな時間にいきなりないしよで窓から来るとは。これでまらん用事なら流石さすがおこるぞわし


 げんな顔で、幼女権力者が問う。視線の先、アルが答えた。


「──エルデひめんでるんだろ? 少なくとも、ここ数週間は部屋から出てもいない」


 ぴくり、とフブルが反応した。


 エルデスタルテ・ア・エインへアル。エイン王家の第一王女。年は現在十六。うるわしく、性格はおだやかで国民全てに愛されている。王家の神の血がく発現し、高いりよくを有す。──そして。かつては勇者アルヴィスのこんやく者、その筆頭候補であった。


「何があった」


「最近の王都内外のしんさわぎ、知ってるか?」


 おくさぐるように、フブルがけんを小さな指でんだ。


「ああ……何ぞ報告にあったの……貴族平民問わず、きんりんの村にまで。深夜に窓からささやしん者が現れるとかなんとか。確か組合に回したはず……」


「それ、犯人王女」


「はあ!?」


「んでまあ、王女の心身と王都、そんでちびっ子たち。このへいおんのために、協力たのむ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る