二章 人骨、先生をやってみる(4/4)


「はあはあ……」「ひいひい~……」「ぜ……ぜえ……」「つかれた……アル、えーと、せんせー……おんぶー……」


「だめ。きりきり歩きんさい」


 へいしながらも、周囲を注意深く進む四人の後ろを、十歩下がって白骨がついて行く。


「ふ、ふふふ、中々のスパルタですわねアル先生。そう、こなく、ては……」


 全員がアルの力を見た上で、さらにせいほうの世話になっているため、今では敬語だ。


だよペリネ、ハルベル。りよくの探知欠かしたら~……」


「…………最上級生たちが手を挙げなかったの、おかしいと思った、よ……。学園長ちよくの任務がここまで、とは……」


 四人と一体が歩く場所は、地下集合墓所の最深部だ。ここはおう戦争初期のころしんとうしてきたものりゆうぐんにより死亡した人々を、きんりんの村ふくめまとめてほうむった場所でもある。


(中々がんる。ぜんめつしたらおれがクリアして、ハルベルがやったことにして実績でっち上げようかと思ってたが)


 アルとフブルにしてみれば、エンデ村をハルベルに救わせることが最優先だ。しかし、生徒たちのけんとうに、かれもこのままの任務達成を見届けたくなりつつある。


(さて、そろそろかな……)


 アルが地下墓地図をおもかべながらタイミングを測った時だ。


「この辺で最後の小休止といたしましょう。ゲルダ、結界を」


「うん~」


 ペリネーテスが呼びかけ、てきぱきと二人できゆうけいの準備を整える。


流石さすがペリネ。成績上位なだけあるな」


「ほ、められることではないですわ、この程度」


 この──かのじよらにとっては──こくな任務に最も早く適応したのがペリネーテスだ。かのじよほう技術は高く、得意なほうに限れば松明トーチぼうけん者よりも上だろう。


 相方のゲルダも、火力役のペリネーテスをこんぼうぎよと神聖ほうくフォローしている。この二人だけでも、こうぼうのバランスがそれなりに取れている。


「ふぅ……死ぬかと思った、よ。いや実際死んだ、けど……」


 ため息をいてこしを下ろしたのはダステルだ。ぜんえいを一人で務めて二度の死亡を経験し、流石さすがに表情にろうがあった。


かれもこの年にしちゃ中々のけんだよな。かれ以下のぼうけん者もごろごろいるだろうし)


「おつかれー、ダステル。いやほんとおつかれ……」


 ハルベルもへたりむ。しばし四人はおのおのつかれをいやしていたが、


「でもさ、なんでダステルはこれに参加したの? 私はすごい助かってるけど、ダステルくらいなら他にいくらでも実績かせぎできたでしょ」


 ハルベルの質問に、ダステルは気まずそうに下を向いた。その整った顔がやや赤い。


「いや、その……ハルベル。君、さ」


 段々小さくなる声。


(はっ!)(これは!)(もしかして~……!)


 アル、ペリネーテス、ゲルダがある気配を察し、期待ときんちよう感のある視線を向ける。


 二人の様子は対照的だ。ハルベルはのんそうな疑問の視線をかれに向け、ダステルは張りつめた様子でかのじよを見る。


(いくのか、ダステル君!)(ど、どどどうしますの! どうしますのゲルダ!)(まままままままま、ペリネ落ち着いて~)


 わくわく、はらはら、どきどき。観戦者も三者三様だ。


「き、君──さ。い、今」


「うん?」


 そして躊躇ためらいがちに、ダステルが口を開いた。


「ランテクート家に居候いそうろうしているっていうのは本当、かい!?」


「あ、うん、そーだよ」


 観戦側のかたけんこうこつがコケる。それに構わず、勢いのままダステルが続ける。


「じゃじゃじゃあ、今帰省していると言われるミク様」


(ミク様!)


「あ、あいや、篝火ベルフアイアぼうけん者ミクトラ・クートさんといつしよに住んでるっていう、のは!」


「あ、住んでる住んでる。え、ミクトラさんのファン?」


「じ、実は……」ダステルは真っ赤になって答える。「実家のえん無しでぼうけん者になってだいかつやくしてるミクトラさんは、ぼくらみたいな小貴族の次男三男にはあこがれの存在、なんだ……。うわさじゃ、近い内に国王から賞賛の御言葉とほうしようが出るらしい、って……」


 語られる言葉に、アルはじよじよなつとくする。


(あー、おうとうの件だな、それ)


 確かにミクトラは、貴族出身のぼうけん者としては異常なペースで功績を積んでいる。マクドナルが家長として、無理矢理かのじよぼうけん者をめさせることが出来ないのも、これが関係していた。──半分方はアルのせいでもあるが。


「そうなんだー。じゃ、今度サインもらってきてあげよっか?」


「いいの、かい! やった! よし、今日は君を全力で守る、よ!」


 何やら話がまとまり、やれやれという風にペリネーテスとゲルダが会話に入ってくる。


「ダステル、私たちもたのみますわよ。それにしても、ハルベルさん貴女あなたらくしすぎですわ」


「ま、りよくたましいの感知はしてるじゃない」


「それは! 基本! ですわ!」


 食ってかかるペリネーテスに、ハルベルは頭をかかえてアルの後ろへ回る。


「アル先生の後ろにげない! 全く、ゆいいつ出たスケルトンはゲルダが仕留めるし。いとこなしじゃありませんの」


「ままま。あれは私が近かったもの~」


「でも、確かにりよう系少ない、よ。もっと出る、かと……」


(確かにね)ゲルダとダステルの疑問に、アルは心中でうなずく。


 フブルにわたされた任務資料をめくれば、予想されるもののリストが出現度付で並んでいる。そこでとうとつに、アルとハルベルが同時に同方向を向いた。


「……ハルベル」


「うん。いるね」


 アルのふんは変わらないが、ハルベルのそれは一変している。


「ど、どうしましたの?」


 りよく感知にそれなりにすぐれるはずのペリネーテスでも、いまだ感じられてはいない。だが、ハルベルはたましいを知覚するその才覚で、とびらの向こうの存在を察知している。


きゆうけいは終わりだ。そのとびらの向こうの集合墓をそうとうすれば任務は終わり。アンデッドがいる可能性が高い。こわさないように気をつけること」


 アルの言葉に、四人が立ち上がる。ダステルがとびらに張り付く。ゲルダが先制こうげきとして神聖ほうの準備をする。


 ダステルがとびらを注意深く開く。開口部へ、ペリネーテスが光球をんだ。とびらの向こうで、激しくひかかがやく。アルが心の中でかいさいを上げた。


(お、『フラセルム』。しぶいぜ)


 強く激しい光を発し、その後も光源としてしばらく留まる光を作り出す中級ほうだ。室内にいきなりたためば中の相手の目をつぶせる。墓に向けてやるには多少ばちたりな感はいなめないが。


「行きますわよ!」


 めいめつが終わるのを見計らい、ダステルがとびらを大開きにして四人がむ。残った『フラセルム』の光で照らされる空間内は、いくつものと数本の石柱で構成された五十メル四方ほどの空間だ。予想に反してせいひつなそこには、


「敵が、いな──「あそこ!」


 ダステルの疑問をさえぎって、ハルベルが部屋のおくを指さした。光がうすくなるそこに、おのずから発光する半とうめいの存在がある。


「ゴーストだね! 『フュネル』~!」


 そくにゲルダが前に出て、準備していた光の矢を三本ち放つ。低級の神聖ほうであるが、りようへのこうげきとしては有効だ。三連打ならば十分なりよくを得られる。


(うーん問答無用。ま、戦術としては正しい)


 アルの思いはさておき、神聖ほうの光矢はゴーストへと次々にち──


「これで、終わり~!」ゲルダが手応えを得て笑う。だが。


《おお……おおぉ……》


「……効いてないの!?」


 ゴーストは変わらず、そこにたたずんでいる。異常を察し、ダステルがゲルダのさらに前に立った。


 しかし、意味は無かった。


りゆうが……りゆうが来る……おおぉぉぉぉおおおお……!》


 音もなく、ゴーストのうでられた。石柱や、障害物を無視してうでが届く。


「なぁっ!?」「ひ……!」


 そう。物理法則などあざ笑うかのように、十メル以上びたゴーストのかぎづめが、ダステルとゲルダの体を通過した。二人はびくりと身をすくめ──そしてひざく。


「か……、はっ」「さむ、い……」


「ゲルダッ! ダステル!」ハルベルが二人を支える。


 精神かんしよう。ゴーストはれるだけでせつしよく者の精神にダメージをあたえてくる。それは死者の感じた痛みであったり、直接きよう心をたたむなど様々であるが、どうあれ二人はたったのいちげきでまとめてせんとう不能状態にまでまれた。


「おのれ……!」


 ひとみてのひらほのおともしたペリネーテスのせい。その先で、ゴーストが身をよじらせた。


りゆうだ……りゆうが……ゆる、りゅ、ゆるりゅりゅるyるry》


 ぼごり、と。音を入れるならそういった様子で、ゴーストのかたから頭が増えた。存在していないこしから下に、新たにかみみだしたゴーストがすべり出る。うでが増える。複数の顔がきよだいな一つのぼうを作り出す。初めにびたうでに見合う大きさの、本体が生まれようとしていた。


「これ、は……」


 ペリネーテスのうでふるえている。このぎようと、発せられるりよく、そして精神に届くさけびに、正気がくつしかけている。


かくりゆうぐんにやられたひとたちか)


 先ほど、アルがながめていたものリストの、一番下。最も強く、最も出現率が低い存在。




◆アセンブルゴースト(人類敵対度〓A。まずくるっている)


 集業大れいとも。正気を失い、個をそうしつしたゴーストたちしようめつせぬために合体した集合体。


 体力(というのもおかしいが)、大きさ、精神かんしよう力、りよく。そのどれもが通常のゴーストを大きくりようする。


 単純物理的なこうげきは無論効かず、生半可な神聖ほうさえりよくていこうだけではじいてしまう。


 数人から、記録にれば最大数千人のたましいの集合であるため、精神かんしようきようれつれられるだけで意識をられることもめずらしくはない。


 強力な存在であるため、退治には個人ではなく集団でかかるのが望ましい。


 勇者アルヴィスいわく『強力な神聖系こうげきが用意できないなら、聖水と塩をありったけぶちまけてげましょう』




(この規模なら正規の隊でも不覚取るな。ここだけじゃない、地下墓所中のが寄り集まっちまってるか。フブルさんめ、まーたけやがって)


 苦い心境のアルに対し、生徒たち四人はそれどころではない。


「ペリネ! しゃんとして!」


「ぐっ、ぐ…………『ブラスト・サチュレイション』!」


 ハルベルのしつ。精神をふるい立たせ、ペリネーテスがこれも室内に入る前から備えていたほうを発動させた。えんの中級ほうばくはつを起こすほうだが、それを補助ほうで拡散している。はん空間──きよだいゴーストの体に集中していくものばくえんが起きる。


はん指定だ……集業れいを散らせるつもりか」


 しかし。ばくえんの中から現れたのは、やや形をくずしただけのきよだいゴーストだ。それも、またたに復元してしまう。


「そん、な……」ぜんとするペリネーテスの声。心が折れかけている。「あ、アル先生……! 任務は失敗ですわ! ……は、早く、ハルベルさんを連れて退たいを」


 それでも、こうした判断が出来るのは流石さすがと言えた。アルは、ゲルダとダステルを支えているハルベルを見る。


「どうする?」アルはみずからのこつけんを示す。「おれろうか?」


「んーん。単位ほしいし、やってみる」


 そくとうして、ハルベルが前に出た。ペリネーテスが悲鳴を上げる。


「何をしていますのハルベルさん! 初歩のりよう術でどうにかなる相手では……アル先生! 止めてくださいまし!」


 かのじよこうも無理はない。確かにハルベルのあつかえるりよう術はいまだ技量もつたない。ほうの種別も初級ばかりだ。


《りゅりゅryりゅりゅりゅうりゅあうゆyるryるう》


 きよだいゴーストのうでがハルベルにせまる。複腕巨人ヘカトンケイルのようなうでが、指が、つつむようにふさぐ。


「ああっ……」


 ペリネーテスのたん。あれほどの量による精神かんしようを受ければ、精神ほうかいも十分にあり得る。


 ハルベルが、手をかざした。きよだいゴーストのそれに比べればあまりにか細い。しかしそれは、宙で見えない何かをつかんだ。


大人おとなしく──しなっさいっ!」


 つかんだ手を下ろす。それに合わせ、きよだいゴーストのようゆかへとくずちた。


「……は?」「ふっ、は、え?」「ん、ええ?」ペリネーテスに加え、息あらい二人もほうけた声を発する。アルだけは、当然と言ったようにぐっと親指骨を立てた。


「んもー。いくらつらい思いしたからってでしょ、生きてる人にめいわくかけたら」


《りゅyるあおろあろりうおぉぉ……でももも》


「でもじゃないです。ほら、からまっちゃってんのはずすからじっとする!」


《あぁぁぁあぁあぁあ》


 地にきよだいゴーストと会話(?)しながら、ハルベルがかれらを解体し始める。まつたんれ、ゆうごう部から力任せ(そんな訳はないはずなのだが)に個体を引きずり出す。


「な、何ですの……あれ」


「まあ信じられんのも分かるが。ことりよう相手だと、ハルベルは中級までの相手なら完全にワンサイドだ。こればっかりはあいしようだな」


 もっとも、今のハルベルは地元に置いているおう──ヴァンパイアロード・セッケルを支配しているため、元のりよくリソースの半分方を食われている状態だ。それでも、


(ハルベルさんのりよくが完全にきよだいゴーストを制していますわ……。わ、私が初対面の時に感じたのは、かのじよりよくいつたんに過ぎなかった、と……!?)


 ペリネーテスのせんりつほどではないが、どうにか持ち直したゲルダとダステルの二人もあつられている。


「うそ~」「す、すごい、な……」


「ま、ここまでハルベルをほぼしようもう無しで連れて来れた君らの勝ちだってことさ」アルが、かのじよたちに向けからころとはくしゆ。「ナイスチーム。いえー」


「「「はぁ……」」」


 いまいちしやくぜんとしないクラスメートの生返事をよそに、ハルベルはきよだいゴーストを千切っては置き、千切っては置きをかえす。


「ふいー! とりあえずこれでよし! ゆうごうしきっちゃったのは無理だねー」


 数十分後、所在なさげにたたずれいたいぐんと、数十体のゴーストを目の前に、ハルベルはイイあせかいたとばかり額をぬぐった。


「でも、やっぱりみんなはっきりした意志はあんまり無いのね」


かれらは戦争がい者だからね。くるってる割合が高い。君の支配下に置かれてるから、落ち着いて大人おとなしくなってるが」


「ど、どうするん、ですか」


「……も結構うすいし、ハルベルが手持ちれいにするんじゃなければじよれいするしかない」


 アルがハルベルへがんを向ける。うーん、とかのじよが首をひねった。


いやがる人以外は世界に返してあげて」


「じゃ、私の出番だね。でもこれ、りよく足りないかも~……」


「ねえ、アル。ミクトラさん、あれまだ持ってるかな?」


 ハルベルの耳打ち。それに、ああ、とアルはうなずく。


「多分まだ売ってはないだろうな。んじゃ、完全にが無い人らはしようてんさせて、後は一時とどめるか」


「それなら、足りると思いま~す」


 ゲルダがうなずき、神聖ほうを唱え始める。


(とりあえず、一段落か──ん?)


 じよれいされていくゴーストたち。アルが視線を感じてけば、そこにはかれへ手を差し出すゴーストがいる。


「敵意は無いっぽいよ」


 支配するハルベルが言うならばちがいは無い。アルも手を出すと、そのしゆこんこつへ金属のタグが落ちた。衛兵のそれだ。名前が書いてある。


「……おれに?」


 こうていも否定も返さず、ゴーストは動きを止めた。ほとんど意志が消えかかっていた。


 そして、ほどなくかれじよれいされ──実習任務はしゆうりようした。


   ○


 実習任務を終えてから数日後。お昼どうしよっかな、と算段していたハルベルの元へ、


「お待ちなさい、ハルベルさん」


「こんちは~」


「げ、ペリネ。……と、ゲルダ。こんちは」


「なんですのその態度の差は!」


「まままま、ペリネ。用事あるんでしょ~」


 用事? と首をかしげるハルベルへ、ペリネは気を取りなおしこほんとせきばらいした。


「先日の実習任務の反省会でしてよ!」


「うえめんどい」


「めんどいとはなんですの! 貴女あなたが私のライバルに相応ふさわしいせんざい能力を持っていることは分かりましたわ! ならば後はそれをしっかりときたえねばなりません! そのためには日々のけんさんが──」


「要するにいつしよにお昼食べよって言ってるんだよ~」


「あー、おっけおっけー。ダステルもさそおっか。ミクトラさんにサインもらってきたし」


「ゲルダ────────────────!!」


 さわがしく、ハルベルの学園生活は過ぎていく──。

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