二章 人骨、先生をやってみる(3/4)


   ○


 そうした日々が続いたころである。


「やあ、アル」


「おいっす。ミクトラ、カルネルス君」


 服をぎ、久しぶりに骨にがいとうをまとったアルは、裏口へと続くろうていと出会う。


 ミクトラはいつものよろいではなく私服姿だ。およそ二年りの帰郷と言うこともあり、かのじよも仕事のひんを減らし家族との時間に当てている。訓練はおこたっていないのがかのじよらしい。


「まあ父上の説教がセットなのがつらいところだが……」


 ミクトラは気軽に笑ってくるが、


「……うぅ」


 カルネルスはかのじよの足の後ろへとかくれてしまう。動く骨がかれの家に現れて一ヶ月ほど、まだ慣れていない。


「こら、カルネ。私のゆ……友人だぞ」


「こわいぃぃぃ……うぎゅぅ……」


 姉の苦言にも関わらず、かれは顔をくしゃくしゃにする。無理もない。何せ骨である。


「ふははは。こわいのはさっさと行っちゃいますよー」


「お、おい、アル。服はどうしたんで……どうしたんだ。着ない」


 やや不満げなミクトラだ。ちょっと重いむすめなのである。


「組合から呼び出しだ。仕事っぽいからよごれるといやだし。せっかくミクトラが選んでくれた服だからな」


「んぐぅっ!」


 久方ぶりのクリティカルが決まった。胸をさえてミクトラがうずくまる。


「ねえさま!? ねえさまどうしたの!? ほ、ほねさん、な、なにしたの!」


「い、いやいいのだ、カルネ。ふ、ふひひ、ひひ……」


「ねえさま!? 何その笑い方!? ねえさまー!?」


 こわいアルにも立ち向かういい弟さんであるが、


(カルネルス君、クマ出来てんな。お姉ちゃんと遊びすぎかね?)


 チラ見したお子さまの目元が気になりつつ、アルはそのまま外へと出て行く。




 そしてか。今アルは王立養成学園の学園長室にいる。だんさいしようの仕事で留守がちなフブルだが、今日はめずらしく在室だ。それというのも、


よろしくたのむぞ、アル臨時講師」


「いや臨時講師て。組合から指名で仕事られたと思ったら学園来いって何よソレ。学園長室来るまで体の中までめっちゃ見られたよ」


 不満たらたらのアルを、フブルがうるさげに手をってしずめる。


「箱やらつぼやらいちいちのぞむからじゃろ……? ま、話は単純なことよ。ハルベルちゃんに功績をくれてやれっつーことじゃ」


 む、とアルが居住まいを正す。


「現状まあ、ハルベルちゃんの成績はかんばしくない」


「だろーね」


 座学にはなんとか食らいついても、実技でいところを見せられないのでは限界がある。


ほう使つかいの資格には指定授業の合格、もしくは一人前にやれるっていう実績が必要、だっけか」


りよう術が指導出来んのは学園側の不備でもあるからの。実績ゲットの機会をあたえる、っつーことならまあ不正にもならん」


 簡単ではないぞ、と言いおいて、フブルは続ける。


「そこで、保険としてのお主じゃ。臨時講師としていことこう、なんとかせい」


「丸投げじゃん……」


 あきらめたように、アルのがいが天をあおいだ。


   ○


「えー本日はおがらもよく。臨時講師のアルです。そういうことで、今日は君たち四人でこの地下集合墓所にいたもの退治を行ってもらいます」


 数日後。王都こうがいに位置する地下通路入り口前。


 アルの前に並ぶのはハルベル、そして任務に志望した三人の学園生徒だ。ハルベルが元気よく返事する。


「はい! 先生!」


いお返事。これは国と組合からのらいと言う形で学園へたくされたお仕事です。これをクリアすれば複数単位と上級任務実績が付きます」


「がんばります!」満面がおのハルベルに対し、


「え、ええと……」「その~」「…………」


 他の三者──ペリネーテスとゲルダ、そしてもう一人の男子生徒はこんわくの色をかくせない。道行く人々からもの視線が集まっている。


 かのじよらも、げんえきぼうけん者の臨時講師がやとわれたと聞いてはいたものの、


「はい、質問タイム」


「スケルトンじゃありませんの!?」「しゃ、しやべってるよ」「昼から動いてるなんて……」


「その辺の質問は聞ききた! 出来がいんだ! 以上! はい自己しようかいお願い。名前と、得意技能」


 すっぱり切り捨てて、アルは四人をうながす。そくに反応するのはやはりハルベルだ。


「はい! ハルベル・エリュズといいます! りよう術がちょっと使えます!」


「な、なんでそんな平然としてますのハルベルさん……ええと、ペリネーテス・ラ・ペルナーダですわ。主に火のほうあつかいます。中級までは……」


「ゲルダといいます。こんじゆつと神聖系ほうを少し……回復ほうの方が得意です」


「ダステル・デ・ベルヘルカ、です。けん──。ぼうけん者志望、です」


 ややきんちよう気味の自己しようかいをアルはぎんする。


ぜんえいが一、中衛一、後衛二、ね)


 ざっと編成を組んでみる。まあまあのバランスだとかれは考える。


(貴族が二人、平民一人。まあ王立だしつうか。にしても)少し気になってアルは質問する。「貴族なのに、ぼうけん者志望?」


 友人を思い出しつつ、光無いがんこうを向けたのは最後に発言した少年、ダステルだ。大人おとなしそうなふうぼうで、顔立ちだけなら少女と言っても通りそう。


「……ベルヘルカは下級貴族、なので。ぼくは三男、ですし」


 ああ、とアルはうなずいた。下級貴族は土地を持たず、上位の貴族に仕える身分である。貴族とはいっても財政的なゆうはそこまであるわけでは無い。


(三男となると、手段はどこかへ婿むこりか自立か、ってことになる。実績かせぎ目的か)


 ぼうけん者でく功績を立てて、他の貴族にかかえられることをねらうのも一つの手だ。


「立ち入ったことを聞いた。ごめんね。さて──」


「いえいえいえ! お待ちになって!」


 んできたのはペリネーテスだ。


! スケルトンが! 臨時講師などしているのか! それを聞いていませんわ!」


「だってアルすごい強いもの」


「は?」


「おい」


 ハルベルへとペリネーテスがき、アルが苦り切った声でツッコむ。あやや、とハルベルがみずからの口を手でおおった。


「知り合い、なのかい?」


「読めましたわ!」


 びしぃ! とペリネーテスがアルへと指をす。


「…………」そーっと指骨の先を合わせるように持って行くアル。


ちがいますわ!」


 ペリネーテスはぺし、と指骨をはたく。アルがあわわ、と飛んでった指骨を追う。


「ハルベルさん! 貴女あなたはふがいないへっぽこな自分のサポートにするために、このスケルトンを臨時講師にえたのでしょう!」


「私に出来るわけないでしょそんな裏工作ー」


「ままままままま、ペリネ落ち着いて」


「おだまりなさいゲルダ! ハルベルさん、貴女あなたそつせんして実習任務に参加希望などあやしいと思っていましたが、そこないましてよ!」


「え? ペリネ、ハルベルと他の生徒じゃ危なっかしいからって──」


「お・だま・り・な・さ・い・ゲルダ!!」


(わーお)


 おおさわぎである。道行く人のもくも集まり、ダステルもまた助けを求めるようにアルの方を見ている。


「はい落ち着けー」


 とりあえず女性じんしずめ、アルたちは地下道へと入っていく。りよくとうの中、地下集合墓所へのとびらの前まで来てから、改めてがつこつを開いた。


おれがハルベルの保護者なのは確かだがね。今回は講師なんだから基本的に手助けはしない。簡単な助言に君らのせいと、ぜんめつで任務失敗した時の後始末くらいだ」


「え! なの!? わたしとけいやくしたのに!」


「ダメデス。っていうか仮けいやくだと何度も」


 アルはわんこつを交差させて×印を作り、ふるふると頭骨を回す。


「当たり前ですわ! って……せい?」


おれ、フブル学園長のだぜ? 神聖ほう到達位マスターだ」


「アンデッドが……? いやでも~、生前から覚えてるなら不可能じゃない……?」


 みずからも神聖ほうの使い手であるゲルダが目を見開く。


「学園長に持たされたすいあるから、まあ大船に乗ったつもりで」


「……死ね、と?」「め、ちやちやな……」


 こちらは、あせをかくダステルとペリネーテス。かれらに、アルはさっくり告げる。


「最初に言ったろ、複数単位と上級任務実績。本来地下墓にまるしようからぼうれいものの処理は中級以上のぼうけん者の仕事だ。君らだけじゃまあつう死ぬ」


 上背のある白骨が、うすぐらい地下道のかげともない上から言葉を降らせる。


「だが、君らが自分の力をきっちり発揮して、それぞれがしっかり仕事を果たせばとつ出来る。そういうレベルの仕事だよ。学園の能力査定を見た限りではね」


 ハルベルをふくめ、四人が息をむ。


「そんなこと、今日初めてチームを組むぼくらでは無理、では……」


「まあこりゃ、学園長じゃなくておれの方針だけどね。ギリギリの感覚をつかめってことさ。生死の」


「死のきわを、体感しろと?」「戦場のアンデッドみたいにくるったらどうするんですか?」


 どくを見返しながら、きんちよう気味にペリネーテスとゲルダが問う。


「死傷したたましいとどまるのが問題であって、その場でのせいが行われるのであれば、心配はあまりしなくていい。無論、心を強く持つにしたことないけどね。そんでね、生死の境ってのは、経験しないと身につかない。そして本番ではせいほうを使う者がいるとは限らない。なら、なおさらこのチャンスにつかんどきなさい。……死んでも、ね」


 死のしようちようのような臨時講師がそう言って、きつとびらを指し示した。




 ──ちなみに、すいとは。


りよく回復飲料水──ね。どーしたのこれ。げんえきん時には使ってなかったよね」


「んむ。開発したった。新しい交易品にならんかなって」


 今回のらいを聞いた後の学園長室だ。フブルが小さな胸を張る。


かねもうけ目的?」


「言い方ー……。でまあな、作ってみたはいいものの、コスト高いわ保存がイマイチだわでのー。場所によっちゃ送って着いた時には消費期限切れじゃ。になっちゃう。可愛かわいいわしのイメージこわれちゃう……」


「イメージて。というか可愛かわいさで連合国家間調整するのやめない?」


「わしなー、一回くらい『アイドル』とかやってみたいんじゃよなー」


「なにそれ」割とどうでも良さそうに、一応どくが聞き返す。


「異界語でな、おどと歌うたいの複合最上級職を意味する、らしい。すんごい人気があるんじゃと。分刻みの予定が組まれ、あくしゆのためにはるばる旅してくる者すらいるとか」


いそがしいんじゃないんですかどうさいしよう


 歳に似合わず、見た目には似合って。かなり夢見がちなことをつぶやく魔導のしようかれあきれたようにどくを手骨でおおった。


「こう、かいな事を可愛かわいわしがやってな、その映像を流してじゆつゅーばーとかどうかの」


「遠見のすいしようとか個人で持ってるやつがどんだけいると思ってんだ」


「骨Pはダメ出しばっかりじゃ……」


だれが何だって? まあとにかく、こいつ使ってもりすりゃあいいわけね」


 ちゃぷちゃぷと、アルがすいびんらした。


 かんきゆうだい──。




「アル講師、何をのぞいていますの。先に行きますわよ」


「アル、そのくせ直した方がいいよー」


 ペリネーテスとハルベルの声に、むむ、と通路のすみで落ちていた箱を検分していたアルががいを上げる。一行は軽いせんとうの後処理を終え、新たな道へと歩を進めるところだ。


「ええと、この先が──」


 地図を広げながら、ペリネーテスが歩く。貴族のかのじよは無論、ダンジョンのせんにゆう経験など無いため、自然さぐりになる。


(あっ、曲がり角の内側なんて不用意に歩くと……)


 アルがペリネーテスの歩みにを覚えたしゆんかんだ。さくっ、と。角にひそんでいた小動物がかのじよの首元に飛んだ。赤いものをしながら、ペリネーテスがくずちる。


「うわああああああペリネー!?」


・ペリネーテス……ものかげからのギロチンバニーのしゆうにより一回死亡。他、ひん一回。




◆ギロチンバニー(人類敵対度〓〓C。なわりに入ると急激に敵対的になる)


 ものかげからとつじよおそってくる危険なうさぎ。前歯がきようあくに発達しており、けんよりもするどい。おまけに首をしつようねらってくるため、がい者の率が高い。


 人間を敵視しているというよりは、なわりに入った者に対するきようぼう度が非常に高いのが真相。


 しゆうされると大変危険だが、面と向かえばさほどの強敵でもない。


 勇者アルヴィスいわく『気ぃいてると、クリティカルで高ランク者でも首取られるので注意』




 また別の場所。くらやみが深くなっているあいで。


「うわあっ! しま、足元、を!」


 ダステルのたてけん。そのうでまえはアルから見てもそこそこのものだ。だが、かれの修練はあくまで人間相手のもの。黒いかげは人間ではありえない低位置をける。ねらいは、せまい通路でダステルにぜんえいを任せて気がゆるんでいる、中衛の──


「えっちょ、まっ! きゃああああ~!」


「げっ、ゲルダ! くそ、この犬、ゲルダの上からどきなさい!」


・ゲルダ……ダステルをとつしてきたブラインドドッグにより一回死亡。他、ひん二回。




◆ブラインドドッグ(人類敵対度〓〓B。人肉を好む)


 通常の犬種が地下に住み着き、りよくのこもったしようを受けて変化したもの。


 目が退化し視覚はほとんどないが、代わりに発達したきゆうかくりよく探知器官で人間を察知し、おそってくる。


 元の犬種に関わらずきばつめえい・肥大化するとくちようがある。単体の能力はそこまで高くないが、複数で行動する習性があるため注意が必要。


 勇者アルヴィスいわく『行くとこ無くした捨て犬が地下にまよんで成ることが多いんで、捨て犬ダメゼッタイ』




「ふう……、あ、すいませんアル……先生。たて拾って、もらって」


 いく度目かのせんとう後だ。取り落したたてを拾ったかげにダステルが頭を下げる。目の前の存在は、人骨のシルエットをさらしている。


「ちょ、ダステル、だれと話してますの……?」「アル、私たちの後ろだよ?」


「え」


 ダステルがかえるのと、アルに良く似たかげけんり下ろすのはほぼ同時だった。


 ──なおこの後、みずせいれいに対しペリネーテスのほう発動までねばってかれはもう一度死んだ。これは後でアルからちょっとめられ、ちょっと怒られた。


・ダステル……スケルトンにられ、みずせいれいの水圧矢にたれ二回死亡。他、ひん三回。




みずせいれい(人類敵対度〓〓D。水をよごすようなをしなければ無害)


 一定以上の量の水に、りよくかたよると発生するもの


 だんは水にんでおり無害だが、生息している水場をよごすと敵対行動を取り始める。


 水なので単純な物理的かんしようは無効、かつこうげきは水圧の矢に水属性ほう、まとわりつきによるちつそくさい


 勇者アルヴィスいわく『のう無いのに結構相手を覚えてる。一回きらわれたら数週間は空けるか、蒸発させきってしまうこと』




「くそっ! か、れた!」「わひゃっ!」「くっ、ずうたいに似合わずちょこまかと!」


 ダステルたちの間をはしけるジェイルリザードが、ハルベルへとねらいを付ける。


「あぐっ?」


(ハルベル……!)「ハルベルさんっ!」


 アルが息をめる思いをし、ペリネーテスがさけぶ。うなった尻尾しつぽがハルベルをかべたたけた。リザードはさらについげきをかけようとしたが、


「こ、のぉ……!」かのじよは並のこんじようをしていない。


 痛みをこらえながらハルベルのあつかのじよりよくが体からにじみ出ている。直接的なこうげきほうとしてのはつ手段が無いため実際は無意味なのだが──それでも、感情を映さないちゆうるいひとみらぎ、ほこさきを変えた。その先にいるのは、はなれて最こうで見ていた──


「あ、危ない!」「アル講師の方へ行きますわ!」


 すべるような速度で、長大な尻尾しつぽふくめれば四メル近いきよたいが白骨へと向かっていく。


(……ま、パーティのせんとうからはずれた敵へのえいなら、手助けにはならんかな)


 ぐば、と大口を開いてだいたい骨目がけてかぶり付くジェイルリザード。そのしたあごを、


「ほい」アルのブーツのつまさきたたき口を閉じさせ、「ほい」わきをすくう様にけんさやまれ、「ほいさ」いたリザードの尻尾しつぽを、空中で骨手がつかむ。


「はいさよなら」


 そして、後方へとブン投げた。ようついを基点にぐるんと腰から上だけ大回転。たっぷり数秒もして、はるか百数十メル後方のくらやみからさけびと重量物が落ちる音がした。


「え、ええ……」「い、今、何しましたの、あの方」「意味分かんないきよ飛んだよ……」


「いっだだだだだ……! うぅ~! アル、最初からそれやってよ!」


 ハルベルだけがそれに動じず、なみだで人骨へ文句をこぼす。


「だ~か~ら~、助けないっつってんでしょーが」


・ハルベル……何度か傷を負うものの、りよくたましいの感知が幸いし無死。他、ひん一回。




◆ジェイルリザード(人類敵対度〓〓C。野生のけもののようなものだが、どうもう。人肉も食す)


 都会の地下に住み着くきよだいなトカゲ。成体は尻尾しつぽふくめれば最大で五メルにもなり、そのきよたいに似合わぬスピードですべるように移動する。


 どうもうな上に肉食で、うろこぼうぎよもそこそこにかたく、つめきばするどい。おまけにしゆんびんである。戦うならば、大型ちゆうるいとの典型のようなせんとういられることになるだろう。


 人間にもおそかってくるため、住民のためにも発見の際は断固とした対処が望ましい。


 勇者アルヴィスいわく『しゆうねんぶかい方ではないので、きよはなれればそのまま去ることも多いです。ヤバくなったらげろ』


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