二章 人骨、先生をやってみる(2/4)


   ○


「ミクぅぅぅぅっぅううう! ようやく帰ってきたな!」


「うるさい……」(おおごえ)(うるさい)


 二人と一体、げんかんホールにひびきわたるだいおんじように耳をさえる。約一名、耳はないが。


 王城を辞したアルたちが次に向かったのは、ランテクート家……ミクトラの実家だ。貴族街である周囲から見てもそれなりに大きなしきを持っている。


 たいざいの宿をお願いすると言っても急な話だ。手紙を出して返事を待つか、とアルなどは思っていたところ、フブルによる使いが飛んだらしく、すぐさま返事が来た。内容は、


「『一刻も早く連れと共に顔を見せろ』とはな」


 ミクトラは気重そうにアルとハルベルを先導した。そして家に入るなり、これだ。


「──父上、客人の前で失礼でしょう」


 頭痛をこらえるように、ミクトラは父親にらす。


「……はっは! これはしたり! では、その後ろのおじようさんと……ふむ……」


 活力を顔にみなぎらせたせいかんな男性──ミクトラの父であり、王直属貴族であるランテクート家当主。マクドナル・ト・ランテクートがその視線をさ迷わせる。


「先にお伝えした通り。勇者アルヴィスのお仲間でもあったスケルトン・アル。そしてかれけいやく者であり、ぜん有望なりよう術士でもあるハルベル・エリュズです」


「王祖神エンラルの導きかない、こうしてお初にお目にかかります、ランテクートきようとうとつな願いを聞き入れて頂き感謝の言葉もございません。どうか、よろしくお願いいたします」


「よ、よろしくお願いします!」


 れいな動作でひざまずくアルに続き、ハルベルもならう。かれの正体を知るミクトラがあわてた。


「あ、アル……」


 対して、マクドナルは静かなおどろきを得た。


(フブル殿どのおつしやる事とは言え、まさかスケルトンが、と半信半疑だったが……)


 見事な貴族式の礼である。ただのアンデッドではないことは確かだとにんしきを改める。


 とはいえアルにとっては生前、連合のおうこう貴族と数多く会っている。訳もない。むしろ、しきに入るなり目に入った大きなつぼやタンスを前にがる勇者の家探ししようどうに、「しずまれ、おれみぎわんこつ……!」とする方が必死であった。


「頭をお上げください。勇者のお仲間であり、むすめがお世話になったお方だ。このしきえんりよりませんぞ! 使用人にも良くふくめておきましょう。


 ハルベル殿どの、そなたも生家と思って過ごすと良かろう。王立学園への短期編入のよし、承知しておる」


(おおう。こう言っちゃ失礼だが変ない人だぞ)


(家とか無理デス……。部屋何個あんの、ここ)


 アルとハルベルが立ち上がる。マクドナルがりんを鳴らせば、しらひげをたくわえたしつが姿を現した。


「細事はこのアラハンに申しつけくだされ。家人が茶会の席を用意しております。その間に部屋の用意もさせましょう」


「ありがとうございます」軽くしやくするアルに再びハルベルがならう。


「では、私も……」


「いや、ミクは待ちなさい。話がある」


 アラハンに付いて歩き出す中で、ミクトラだけがマクドナルにつかまる。


「ち、父上、何を」


「何をではない。分かっておろうが」


 言いながら、マクドナルはミクトラを連れ別室へと向かっていく。


「いいんですかあれ」


「あ、御気になさらず。ずいぶんなつかしいやりとりです」


 アルの質問にもアラハンは動じない。別室のとびらが閉まりすぐに、けんけんごうごうとやり合う父娘おやこの声がうすく聞こえてくる。


「いいのかなー?」


「いいんじゃないの? おっ、おっ


「はい、おくさまがたくさんご用意しておりますよ」


「君フブルさんとこで結構食ったろ……」


 たどり着いた応接部屋にまずアラハンが入り来客を知らせ、ややあって入室をうながされる。


 中にいたのは、およそミクトラの母というねんれいには、一見見えぬ貴婦人だ。


(ミクトラからするどさ取って、理知と落ち着きをマシマシで付け足せばこうなるかな)


「きれい……」


「こーら、ハルベル。失礼しました、ランテクート夫人──」


 思わずかんたんをこぼしたハルベルをたしなめて、アルは先刻マクドナルと行ったようなあいさつわす。


「これはごていねいに。れいただしい御骨様と、可愛かわいらしいおじようさまむすめがお世話になっております。マクドナルの妻、メリル・ト・ランテクートと申しますわ」


 先に聞かされていたとは言え、アルの見た目にも動じた様子は見せない。二十年以上、王仕貴族の妻をやっているだけはあるということだ。


どうようをすぐ表に出してたら、貴族社会厳しいからな……ミクトラはその辺もうちょい)


 その代わりというような声がメリルのあしもとからひびいた。


「ひっ……ふえぇ、うぅぅ……」


 泣き声である。アルとハルベルが視線を移せば、そこには絹のような金色のかみまつらし、アルをぎようする男の子の姿がある。


「長男のカルネルスです。ほら、貴方あなたがお客様にごあいさつしたいと言ったのでしょう?」


(おお、これがミクトラが言ってた弟ちゃんか)


「うわぁ、かわいい……!」


 目をかがやかせるハルベルの言うとおり、天使のように愛らしい。


(これが三さいってもんだよな……)(そだね……かわいい……)


 ダイスをおもかべて、やっぱあれは無いわとたがいにうなずいた。そして。


「びゃああぁぁぁあああ! ほねこわい~~! お母様~!」


 けつかいした。あらあら、とメリルがかれげ、アラハンへとわたす。泣き声が室外へと遠ざかったところで、アルはけいついをぺし、と手骨でたたいた。


「申し訳ない。どうも強面こわもてでして」


「謝罪するのはこちらですわ。失礼をいたしました」


 三者共に笑って(アルはふんである)、メリルが席を示した。




「ミクト……んん、ミクおじようさまのことについては……」


 席に着き、問題なく茶を飲むアルにおどろいたメリルへこうれいの説明をして。場が落ち着いたところでアルが切り出した。


いのですよ、慣れた呼び方で。ミクトラと名乗っているのでしょう? ……ぼうけん者、主人は止めさせたがっていますわね」


 メリルが二人のいる部屋の方角へ目をやった。アルも予想していたが、ミクトラは父親によるぎようはいの説得を受けているのだった。


「ええと、メリル様はちがうんですか?」


 ハルベルの問いにかのじようすく笑う。


「心配しない、と言うとうそになってしまいますが。私は仕事というせんたくなど無いまま生きてきたものですから」


 むすめのことを考えているメリルの目は、やさしいながらどこかせんぼうの色が混じる。


「どちらかといえばほこらしい気持ちの方が大きくて。じゆうしんとうばつに関わったことは聞きました。王から直接おめの御言葉まで頂いて。主人は困ってしまったようですけれど」


 そう微笑ほほえむメリルに、アルたちから見てうそは感じられない。


(──そうなるとおやさんだいかね)


 アルとしては仲間であるミクトラの味方だ。かのじよの決断であればそちらを優先したい。


「貴族らしいことを申せば、カルネルスが産まれたから、ということもありましょうが。……それでも、むすめには長く、ランテクートの一人ひとりむすめとして人生を右に左にとまわしてしまいましたから」


 メリルのみにわずかなかげが混じる。それに気付いたことを、えてアルは口にしない。


   ○


 とまれ。アル達一行はランテクート家に寄宿することとなった。過ごし方はそれぞれだ。


 ハルベルは王立養成学園へ無事編入を果たし、勉学の日々。


 ミクトラは父親と職業についてやり合いながらも、愛弟カルネルスふくめ家族との久しぶりの交流を楽しんでいる。


 そして、我らがアルはといえば、ゲームさんまいである。しばらくは王都にとどまらざるを得ないかれは、見事にランテクートていゆう室の風変わりな主と相成った。きゆうけい時間のアラハンを初めとしたじゆうぼくやメイドとあれこれテーブルゲームをする日々だ。


「君の実家、最高だな!」


「うんまあ……その、楽しんでくれて何よりです……何よりだが、あまり使用人たちを大々的にんで遊ぶのはひかえてくれ」やや複雑そうな顔でミクトラがしようする。


 最初はアルに対してまどいでぎくしゃくしていたランテクート家の使用人たちも、一月ほどった今では、客人として以上のきんちようはない。やたら感情豊かな骨である。


 無論、遊びほうけてばかりいたわけでもない。折を見つつ、しつそうした元仲間の神官、イザナ──かのじよの情報を求め王都でのみも行ってはいた。


 しかし、アルのふうていである。かれの情報は組合やフブルを通してここ王都にも届いているとは言え、場所を選ばねば無用な混乱を起こす。


 その上、最もおん便びんに街を歩く方法──りよう術士をともなう──は、


「ぐえー……づがれだ」


 このように、毎日頭をだらせて帰ってくるハルベルのため、そうそう取れない。


「どうだい、学園は」


「分かってたけど大変ー。勉強もだけど、クラスメートがさー」


「ハルベルはあれこれとくしゆだからな。さもありなん」


 身内の茶会部屋で仲間三者がそろっている。マクドナルが職務に出ているため、ミクトラも自由の身だ。


「その通りデス。めっちゃからんでくる子がいてさー。もーめんどいったら……」




「編入生のハルベル・エリュズです。よろしくお願いします!」


 時はさかのぼって編入当日。ハルベルのあいさつ前から教室内はざわめきで満たされていた。


「あれがうわさの子?」「どうさいしようすいせんって……」「あんなのがしようがくせいってことか?」「とんでもねえりよく持ちだって話だぞ」「うそくさい」「そんで田舎いなかくさいな」「なんだ、平民かよ」「何しに来たんだ」


(わあお。かんげいされてないっぽい)


 素知らぬ顔でつぶやきを無視して、ハルベルは講師のすすめるまま席に着く。


「よろしく、ハルベル・エリュズさん。私はペリネーテス・ラ・ペルナーダ。貴女あなたと同じくほう使つかいを目指す者ですわ」


 りんせきからあいさつしてきたのは、容姿だけではなくことづかいや姿勢までもが洗練された少女だった。


 ペルナーダ家は、主にほう分野研究で王国にこうけんしてきた王仕貴族だ。かのじよはその長女であり、女性ながらに将来はとくぐ身として、王宮魔導師を目指し王立学園へ入学した。将来をしよくぼうされるエリートである。


「あ、よ、よろしくー……」


 そんな事実は知らずとも、かのじよが貴族であることは名前からハルベルにも分かった。ややきんちようしつつも、ミクトラを思い出しにこやかにあくしゆに応じる。これに、ペリネーテスはみを深くした。


うわさは聞いていますわ。とても大きなりよくをお持ちだと。……確かに」


「え……」


 てのひらからのかんしよくにハルベルがまどう。ペリネーテスはせつしよくすることでハルベルのりよくを計ったのだ。


「ペリネと呼んでくださいまし。……私たち、い競争相手になれそうですわね」


 みに好戦的なけものの気風が加わる。ハルベルの方は、ただくちに苦みが加わるのみだ。


 ──それも道理。現状王立学園の教育プログラムにりよう術のじつせんは無い。それ以外りよく的な才が無いハルベルには基本、実技は苦戦とにんたいの時間だ。そうなれば無論、


「なんで貴女あなたはこんな初歩的なことも出来ませんの! とんだ期待はずれですわ!!」


「知るかっつのそんなの! ペリネが勝手に期待したんでしょ!」


 ハルベルの入学から数週間ほどもったころ


 ペリネのせいとそれにおとらぬハルベルの応答に、教室の中の空気が「またか」という感想で染まる。


「まままま、二人とも落ち着いて。授業中だよ~」


 二人のかたわらでちゆうさいするのはゲルダと言う名の少女だ。かのじよは平民ながら高い神聖ほうの適正を有し、将来のペリネの腹心候補としてペルナーダ家がえんして学園に通わせている。おさなじみとして気位の高いペリネをおさえられ、かつ平民出身としてハルベルとも気安い。


「くっ」「ちっ」


((((収まったか……))))


 周囲の生徒も内心でたんそくする。平民、しようがく金、座学いまいち、体力以外は実技。これらの理由によりハルベルへ悪感情を向ける生徒も多かったのだが、生徒内でも家格・成績共にトップクラスであるペリネと正面からやり合うハルベルに、なんとなくみなで感心してしまい現状に至る。


 一度だけ、貴族の生徒数人によりハルベルの私物がトイレにたたきまれる、という事件が起こった。ハルベルはそくにペリネの元へ行き、


「ペリネじゃないと思うけど、心当たりある?」


「あるわけないでしょう。ですが、貴女あなたごときに行うには気にくわないやり口ですわ」


 そうして、ゲルダを加えた三人でその日の内にりよくざんからその生徒たちを特定、ハルベルによる物理的報復(こぶし)とよごされた私物のせんじよう命令まで済ませてしまった。かつて、きゆうけつの王に村を丸ごとほろぼされた過去を持つハルベルである。本来学生のイジメなど毛ほども気にしない。アルが持たせてくれた私物をよごされたことにおこったのだ。




 こういった流れがあったものの、ペリネのハルベルへの態度は基本的にきつい。りようの自室でゲルダといる時のかのじよは、


「ハルベルさんはどうしてああ生意気なんですの! 初歩的なりよく事象へんかんも出来ぬ分際で!」


「ままま。でもがんってるじゃない、ハルベル~」


「そんなことは当たり前ですわゲルダ! 強いりよくを持つのならばそれに相応ふさわしい技術もまた持つべきなのですわ! 昨今の世情をかんがみればそれはなおさら!」


 ハルベルのりよくいつたんを知るかのじよとしては、それをきように思うと同時に頭に来るのだ。


(あー、これなおに自分に教えてって来ないのがくやしいのね~、ペリネ……)


 とは思っても言わないゲルダである。どう考えてもやぶへびだ。


「それに──資格さえ取れれば学園での地位などどうでもいい、という態度が丸見えなのが腹立たしいですわ」


「そういえばそうよね~。かのじよは平民だから、にはなれない」


 ということはゲルダのようにや領主に従う従士、またはぼうけん者かそれ以外の市井しせいの職を目的にするということだが、


(かといって栄達にも興味がない──まるで、もっと先を見ているかのような態度。あれは……)


 かんがみ出すペリネに、ゲルダははあ、と息をいた。


「あの子が気になってしょうがないのね~、ペリネは」


だれがですか! あのようなへっぽこ!」


 そうしてまた翌日、教室でやり合う。そんな日々だ。

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