二章 人骨、先生をやってみる

二章 人骨、先生をやってみる(1/4)


「……………………」


 アルたちが村を旅立った、その日の夜。もそり、とダイスがどこから身を起こす。


「むう……ダイスぅ……お姉ちゃん寒い……」


 注意してこんじようの姉、ルーラットの手足を体からがす。どうにも過保護で困る姉だ、とダイスは思う。


(両親が死んだばかりで、弟が異常な育ち方をすればいたし方ないところか)


 たんそく一つ、ダイスは窓へと向き直る。板戸を上げれば月光がむそこに、かれは何者かの姿を認めた。


「……ァ────ア、アァ──────」


 声。か細く、呼びかけるような。精神へかんしようする声だ。高いりよくを感じ取る。


「──ひとちがいだ。彷徨さまよわずおのれのあるべき所へ去るがいい」


 だがダイスはじんるがず答える。意図は伝わったものか。何者かはまどい、そしてダイスたちの家から去っていく。


「ダイス……? どうしたの? おしっこ?」


「いや。のどうるおしただけだ、姉上」


 心配を向けてくるルーラットへダイスは答え、毛布へともどる。そくかくしてくる姉のうでと足にへきえきしながら。


   ○


「とりあえず服を買いましょ……買おう」


「アルは骨マントじゃよね、やっぱり」


「そりゃそーだ」


「ハルベル。君もだ。城に行くならばある程度はな」


「え、私も!? お、お金あんまり持ってないけど」


 三人が話しているのは王都平民街の宿、その部屋だ。


 アルたちが会いに行くかつての勇者の仲間であり、現どうさいしようフブル・タワワトは王仕貴族──領地を持たず、王に直接仕える貴族──相当の地位を持ち、当然ながらぼうだ。そもそもが王城へぼうけん者がその日に出向いて入れる訳もない。


「そんなわけで昨日はフブルさんの使いに手紙をたくすだけたくしたわけだが」


「へええ。それで王都に着くなり、すぐ宿に入っちゃったのね」


「まあ、昔はそもそもぼうけん者が貴族に会うこと自体ほぼ不可能だったから……。戦乱によりぼうけん者がくんを立て、ある程度地位が向上したゆえだ」


 ミクトラが補足した。さらに言えば、連合設立において国家をえた組織であるぼうけん者組合が大きな役割を果たしたことも大きい。


「それでも、全くの礼法無知や下民丸出しの服では許可が下りない」


 ましてや、うち一名は骨である。


「まあ、フブルさんだから多少のゆうづうくだろうけどね。それでも、向こうの立場に合わせる必要はあるわな」


 なるほど、とハルベルがなつとくの表情を見せる。ただ、ぼうけん者として王城に入れるような服、というものに対する金銭的不安はそのままだ。


(りょ、旅費はアルにたよってるけど、さすがに服までは──)


「そんなわけで今日はお買い物だ。ま、おれとハルベルの服程度買うたくわえはある」


「アル大好きー! 神様!」


「あっハルベルずる……いや、はしたない!」


 ハルベルが感激のおもちでかれわん骨にきつく。重さがめんどそうに、アルがミクトラの方を向く。


「止めてくれーぃ。苦手なんだ神様ってのは。ミクトラ、見立てをたのむな」


「任せ……む? あ、アルの服も私が!?」


「あ、あたし! あたしも選びたい! アルの服!」


 ハルベルがずばばばば、と連続で挙手する。


「好きにしてくれ。どうせこんな体だ。何着たところで──」




「に、似合うな……」「まさかのまさかだよね……」


「うそーん」


 ほおぼねに指骨を当てるアル。それとミクトラ、ハルベルの二人がいるのは、王都のぼうけん者組合に協賛しているふくしよく店だ。


 アルの外見には少々のせいだいな苦い顔を見せた店主であるが、アルが上位ぼうけん者である『篝火ベルフアイア』であること、先んじて話が組合を通してされていたこと、などのおかげで裏口からではあるものの、どうにかこうにか店内には入れた。


 最初のフォーマルなシャツとサスペンダー付黒ズボンを試着した時点で、『限界スリムかつそこそこの長身』なアルは、実に見事なモデル体型であることが判明した。わんこつと脚骨のかくれるながそですそぶくろ限定ではあるが、何でも着こなしてしまうのだ。


 ハルベルはさっさと自分の服を決めてしまった。後は着せかえ大会だ。


「むううう、この服も中々……」こう生活仕様のめんで作られたジャケットとズボン。


「次これ! これ着せてみよ!」おどり手が着るフリル付きの男性ドレス(むらさき)。


「これは──一風変わった見本としてもいいかも……」「ていうかアルのウェスト、私より細い……」「ずるいよね……」


 いつの間にか店主も混じってあれこれと検討している。今やアルの方が苦い顔だ。


「もーやめ! これでいいだろ! ミクトラが最初に持ってきたやつで決定!」


 ぶうぶう言う女性じんを放って会計を済ます。ぼうけん者が式典用に使う服を求める店のため、価格はそれほどでもない。ハルベルの服もふくめ、アル手持ちの金貨一枚で足りた。


(ま、王城じゃあさすがにちょびっとおとりするだろうけど、だいじようだろ)


 元貴族で装備も整っているミクトラは問題なし。ハルベルも本体の見目はそこそこい。おまけに、かたわらにいるのが骨だ。多少のことはそれでぶ。


 店を出たところでフブルの使いフクロウが来た。明日、時間を作ると言うことだった。




「良く来たの。──なんじゃアルヴィ……アル、そのカッコ」


「昨日買った。似合う?」


「……ほうほう。存外に悪くない。これなら、お主の衣類は引き取らんでも良かったの」


「じゃあ返しておくれ」


「もう勇者の遺品として文化財化してもうた。無理。ほれ、ミクじよう……あや、ミクトラ殿どのであったな。それにハルベルちゃん。固まっとらんですわすわれ。ここでは礼法は問わぬ」


 翌日の王城、どうさいしようしつ室である。しつ机からアルと言葉をかわすのはどう見ても十さい前後の少女であるが、かのじよがこの部屋の主、フブル・タワワトその人だ。


「んむ、ハルベルちゃんもシティーガールのよそおい、よう似合っとるぞ」


 勇者の仲間として数多あまたの大ほうあやつった世界最強のほう使つかい。秘術により最もりよくじゆうなんせいけた幼少時の姿で体を固定した、よわい数百以上と言われる大魔導師。


 アルとフブル、の会話の中、貴族のあいさつを入れるタイミングを計っていたミクトラとややきんちよう気味のハルベルが、見えないじゆばくから解かれたように息をつく。


「はっ……分かりました。失礼いたします」


「し、しつれいしまーす……」


 側人も退室させているため、みずから引く二人の行動はいまかたい。無理はなかった。


(このお方が国政をつかさどるお一人であり、勇者様のお仲間でもあった大魔導師フブル殿どの……。い、いかん、かたふるえる!)


(見た目は可愛かわいい女の子だけど、お代官様よりずっとずっとえらいんだよね……ひえー)


 これに、フブルはややまゆを八の字に曲げた。


「困ったの。これでは話が始まらん。アルよ、なんとかせい」


「なんとかっつってもさあ」


 アルがとうこつをぽりぽりかきつつ、親しみやすくなるような話題を仮想りよく脳内からさらう。


「君たち、そうきんちようするものじゃない」思いつき、ミクトラとハルベルの間に立ってかのじよたちのかたしゆこん骨を乗せた。「ああ見えてあの人は犬が苦手で、昔、小型犬が道にすわってるだけで通れなくて泣き入っておれにおんぶを」


「何かしとるかあほたわけー!」


 ブン投げられたペンがアルのがんからがいに入り、すかんころころと音を立てた。




「んでまあ、エンデ村のことなんじゃが」


 しばしてんやわんやした後、三人と一体がすわり直してようやっと本題に移る。フブルの言葉にハルベルがはっと息をのんだ。


「あの村をふくむ森は王領であるゆえ、はいどうぞ、とこうぼうにやってしまう訳にもいかん。王のにんが必要じゃ」


「その通りですね。税やせきの問題もあります」ミクトラのこうていにフブルもうなずく。


「まあ書類うんぬんはこっちでやるにしても、どうしてもアインアル王に一度は会わねばならん。そこがなあ」


 ぎし、と音がするようにミクトラとハルベルが固まった。これまた無理もない。何せこの国の頂点だ。


 アインアル・ア・エインヘアル。五カ国同盟のおんを取り、今回の戦争でも親政を行った今代のエイン国王だ。


 エイン国は千百年の昔に神の血を引いた初代国王によってひらかれた国であり、王家は本物の神の血をいでいる。その初まりは、連合で使われるこよみにも用いられるほどだ。


「王は当然ぼうであるし、すぐえつけんと言うわけにもいかん。そなたらにはが付くまでしばらく王都にたいざいしてもらうことになる」


 宿のアテはあるか、とフブルが目で問う。アルがふところ具合を数えかけて、


「はっ……そうだ! おれの預金! とうけつ解除しろよ!」


 気づいて、アルがからころさわぐ。思えばフブルのせいであれこれかせぎながら暮らす羽目になっているのだ。


「あーそれな、えーとな、うーんと……無理」


 たんそくしつつ、フブルがすげなく告げた。アルがむきー! とふんがいする。その様は少し子供めいていて、ミクトラが目を見張った。


(あ、アルもこんな態度を取るのか……。昔の、対等のお仲間、だからか)


「ナンデー!」からころからころ。


「あのなあ、アルヴィス名義の口座なんていまさら動かせる訳ないじゃろ。中身もな」


 言われて、アルははっとする。確かに、世間からすれば死人の預金だ。


「あの時だって、わしは気付いて内心青くなったもんじゃい。少額とはいえめいの戦死をげた勇者の口座から金が使われとるんじゃぞ。しかもよう不明。おもてになる前にあわててとうけつして理由でっち上げて何とかもみ消したんじゃから」


 なるほど、という顔でハルベルとミクトラがアルを見た。


「え、じゃあおれの金貨数百万枚は軽くある預金は……」


「勇者アルヴィス基金として五カ国連合内でありがたく有効利用を」


 にっこりとフブルが幼童の微笑ほほえみを見せた。


「ふざけんなチクショー!」


 白骨がかしゃかしゃころころひとしきりいじけて、


かべぎわでふてしてしまった……」


「アルー、元気出してー」


っとけっとけ。……まあ、仕方のないこととはいえ、わしもさすがにびんとは思っておる。──ミクトラ殿どの


 呼びかけられて、ミクトラが居住まいを正す。


「王都の宿でもいんじゃが、あやつのあの見た目じゃ。無論正体は明かさぬにしても、ある程度事情を知る者が好ましい。お主の実家にたのめぬかな」


「ら、ランテクート家、ですか……」


 半分きんちよう、半分かくしていた顔でミクトラがつぶやく。


わしから書状を用意するし、諸費用はこちらにせいきゆうして良い」


 かのじよなかば家を飛び出す形で名前も変えてぼうけん者となっている。本名はミク・ト・ランテクート。実家は王仕貴族だ。そのため領地は持たず、家も王都にある。


「……分かりました。話してみましょう」


 観念するようにミクトラが帰省のかくを固めた。フブルはさて、とハルベルへ向き直る。


「つぎ。ハルベルちゃん」


「は、はひっ!」


 これまで我関せずともごもごちやほおっていたハルベルがあわてて返事をする。紅茶で飲み下そうとしてしくじり、げほげほとむせた。


「あーよいよい。落ち着いてからでよい。あめちゃんもあるぞ」


「げほげほ、すいまふぇん……あめおいひい……」


「うん。それでの。お主のあつかいじゃが、前に話した通り資格を取るとい。ほう使いな」


ほう使つかい……ですか? りよう術士じゃなくて?」


「あ、そこからか」ぽむ、とフブルが手を打つ。「ほう使つかいというのはな、ほうを使うものぜんぱんを指すんじゃよ。ほう使つかいの中にりよう術士もふくまれるわけじゃ」


 その意味で、真のほう使つかいの中のほう使つかいと言える者は少ない。現代ではあらゆるを修めるフブル、そのじきであった勇者アルヴィスくらいだ。


「功績で言えばおう退治があるがな。はくを付けるために王立の養成学園に通わんかな? ぼうけん者のためのほう使つかい資格なら短期でイケる」


「おお、なるほど」


 ミクトラが表情をかがやかせた。かのじよは通いたかったものの、親に許されなかったのだ。


「が、学園?」


 反面、ハルベルはこんわく顔だ。当然の事ながら、貴族でもないかのじよに修学経験はない。


 王立養成学園とは、貴族のていを目指すために通う教育機関だ。あとり以外の主な進路は貴族仕えや城勤めの(これにはほう使つかいもふくまれる)だが、得た資格をかして他職やぼうけん者になることも可能だ。戦乱が始まってからはこの進路も増え、入学金さえはらえれば平民が学ぶ事も出来る。とはいえ王立の学府だ。現在でも貴族と平民の割合は八対二、就職先のと他職への割合が七対三と言ったところである。


「いいんじゃないの。当然しようがく金出るんデスヨネー」


 そこへ、立ち直ったアルがのっそりとやってきた。うるさげにフブルが手をった。


「ふん、まー良かろ。わしそこの学園長じゃ。そのくらいはしてやるわい」そうして、再びハルベルを見た。


「さて、どうするかの? アルの話に聞くお主の才からすれば、多分多少の苦労はあるが」


 ぼうだいりよくに反して、りよう術以外に適正のない才能。しかも王立学園といえどりよう術を修めた講師は現状不在だ。


おれとミクトラで多少の読み書き計算は教えてるけどね。あくまでレベルだ。座学はきつかろーなー」


「むむむむ……でも、得られるものもあるわけだよね?」


 ハルベルの質問に、ミクトラとアルがうなずく。


「体面上とはいえこうぼうを作るなら、あれこれ雑務も行う必要があるだろう。この際学んでおくのは悪くない」


「それに、とはいえりよくあつかいを覚える意味はある。君はそのアホみたいなりよくに比べて技術がお話になんないからね」


「ならやる」


 フブルがかたまゆを上げる。


ずいぶんと決断が早いの? 後で泣くかも知れんぞ?」


「デメリットが私のきつさだけなら、迷う意味ないです」


 きっぱりと、ハルベルが答える。先ほどまでどうさいしようにビビっていたおもかげすでにない。


「私は、村のみなを、守りたいんです」


 すでに生きるもの無き死者の村。それがかのじよの故郷の姿だ。死者の営む生活を守る。そのじゆんかのじよは何一つ迷うことなく言い切る。


「──なるほど。アルが連れてくるだけはある。おもしろい子じゃ」


 にやりと笑うフブルが、王立養成学園の書類をハルベルの元にすべらせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る