一章 骨勇者、宿敵と再会する(3/3)


   ○


 日も落ちたパルムック村は、りゆうの出現とげき退たいの報でてんやわんやとなった。王都へのれんらくちゆうざいが走り、混乱の中、アルたちはルーラットの家へと案内された。村から持ち寄られた料理によるかんたいを受けて、夜半。


「直接お礼がしたかったので、丁度良かったです。両親の部屋が空いてますから……」


「いやいや、ごちそーになりましたです。ところで、ディ……いや、ダイス君は」


ずかしがり屋ですいません。いつも夜はどこか外でかくとうごっこをしてますよ。ささ、おどーぞ、みなさん。家の裏手しばらくいったとこですから」


 ダイスなる少年は夕食には現れていない。洗い物をするルーラットをうかがいながら、アルたちは裏手にあるという温泉へ向かった。


「おお、こんなところに本当に温泉があるとは……観光資源にでもなりそうなものだが」


 ミクトラがかんたんの声を上げる。木々の間にかくれるように、村と森の境界辺りに湯がこんこんといていた。


「なんかね、てたあのダイスって子が、さわがしいのはいやだから村だけで使ってって言ってるんだって」


「ふうん──うお、ばんくだいてやがる」温泉周りをさぐっていたアルがうなる。「気脈をさぐって当たりを付けたんだろうが、無茶すんなあ」


 そうして。女性じんは木々の間で衣類をぎ、温泉の真ん中にアルが視覚ぼうがいほうほどこし、骨と女性に別れて湯にかる。


「はぁ……うぅん、たまらないな……」「山歩きでつかれた足がぁ……きもちい~」


 ミクトラとハルベルが、それぞれのたいふくに湯をすべらせてうっとりとしたいきらす。アルもまた、


「うおー骨身にみる……生き返るわ」


(ネタが黒いよ……)(ツッコんだ方がいいのだろうか……)


 スルーされた。ハルベルが視覚ぼうがいほうしに声を飛ばす。


「別にアルもこんなの無しでいつしよに入ればいいのに」


「な、なっ、ハルベル! いか、いかんぞ! その、そのだな、しゆくじよとしてつつしみをだな!」


「わたしアルならいいもん」


 ミクトラは顔全体を真っ赤にするが、ハルベルは上気した顔ながら平然としたものだ。


「いや、それ自体は私もやぶさかでは……いやちがう! いかんぞ、良くないぞ!」


 かしましいさわぎだが、アルはがいこつを取り外し湯の中にしずめている。聞いていない。


(あ~……頭の中まで洗われる……いい……思えば温泉なんてゆっくり入ったことなかったなあ…………もうこのまま……)そこまで考えて、湯中ではっとどくかくせいする。(じゃねえや。あいつのことだ)


 ざばり、と音を立ててアルがとうこつ他、くずしていた骨を元にもどす。それをけいに、ミクトラも話題をしよくたくで出かけていたものにもどした。


「ええと、その、アル。山で言っておられた……んん、ちがう、言っていたことだが」


 どもりつつも聞いてくるミクトラに、アルはけいついを鳴らした。


「──りゆうおうディスパテのことは?」


「知らない方がおかしいでしょ。私でも知ってるもん」


 アルの問いへは田舎いなか育ちのハルベルが答える。実際、その通りだ。


りゆうぐんせいりゆう十体と数千のりゆうからなるおう軍最少でありながら最強の軍団。王都エイエラルドをはじめとし、連合五カ国の都市・町をいくつもじゆうりんし、人間が歴史上最大の国家連合を結成するけいとなった。連合の人間ならだれでも知っている。おうにもひつてきするとおそれられた、りゆうの王……」


 ミクトラが指で湯をもてあそびながら、つらつらと説明する。そして、アルの方をちらと見た。


「勇者アルヴィス・アルバース様によってたおされた、最強のドラゴン。それが、りゆうおうディスパテだ」


「前にも言ったが、おれの胸のきばはそいつのだ。りゆうきばは、りよくばいたいとして最高だから」


「ふむ、それで、話の流れからすると……」「山から下りる時にちょっとは聞いたけど……」


 二人の不安げな問いに、アルが重々しく頭骨をうなずかせた。


「そ。あいつ──ダイス君は、ちがいなくりゆうおうディスパテの転生だ。前世もばっちり覚えてやがるな、あの分だと」


 湯気の中に何とも言えないちんもくが落ちた。湯が流れる音だけが、しばらくひびく。


「──死んだ……んだよね、りゆうおうは。アンデッドじゃないんだよね?」


「確かに死んだよ。おれが殺した」


 アルが冷厳に告げる。ミクトラとハルベルは山でのかれの殺意を思い出し、湯の中にありながら背筋を冷やした。それほどの相手だったということだ。アルがちら、とがんこうをルーラットの家に向ける。


「──かくにんおれがするよ。二人は休んでてくれ。湯冷めしないよーにね」




 深夜。ルーラット宅の屋根の上。月と星明かりの下、一人の少年──ダイスが月をにらんでいる。そのまま、口を動かした。


「来たか」


「中々い湯だったよ」


 背後には人骨の姿。村がしずまるまで待っていたアルだ。


「──最初に聞くぞ。やる気があるか」


 言ったしゆんかんたがいに想起される前世のおくがある。




 三年前。おう城地下大空間。


 きよだいこくりゆうが、上空から勇者一行をへいげいする。


 周囲はちやちやありさまだった。かべや地面はえぐれるどころか、次元断層があちこちに発生し、たいりゆうするやみりよくもうじやを思念層からみ出させている。


 りゆうおうディスパテ。生命の頂点種であるりゆう、そのさらに頂点に位置すると言われるりゆうおう。神にすらそのきばつめは届くとうたわれる。


 そのそういきが、人間にるわれている。人類最強の四人。かれきばもまた、りゆうを殺し得る。そのような規格外のしようとつが、おう城の地下大くうどう全体をふるわせていた。


「くそ、決まらん。……このままやり合っても、この先の余力が残らんぞ」


 老けんマガツがみする。りゆうおうかいいくむかったけんあやつるそのうでに、へいから来るわずかなふるえが見えていた。


「イザナ、フブルさん。補助ほう全部おれせ。──ケリを付ける」


 決断的に声を発したのは勇者アルヴィス。その手の神聖けんが、仲間のえんを受けばくはつするように光を発した。勇者の動作を見たマガツが、その目を見開く。


どうけんおくでん──『ダイランツイジツ』」地の底から、天上へとけんかかげる構え。


「………………」


 対するりゆうおうは、無言で地にそのあしを下ろした。五十メルのきよたいが起こすひびき。そのこうこうに、やみりよくふくがる。


 カラミティ・ブレス。さいやくというがいねんそのものをす、ほろびの具現。受ける対象にとってのさいやくとして作用し、ばんぶつ──否、けいじようの存在すらおかし、くずし、ほろぼし去る。


 はや二者は無言。何がけいでもなく、同時にかれはその力を開放した。


 光とやみしようとつし、そして────────────




 たがいに、意識が現在へともどってくる。ダイスが、ぽつりとつぶやいた。


「そうしたいのは山々だが、な」


 アルがわずかにきんちようゆるめた。かつてのりゆうおうが、うそを言うような存在ではないことは知っている。


おうはいしたか。……オルデンが死ぬとはな」


おれも死んだけどなー。──んで、ダイス君三さい。マジでか。いやまあ、殺したのが三年前だからそうなるけども」


「ネーガル辺りの遊びだろうよ。すいきようをする」


 死とたましいの神の名だ。この元りゆうおうは、かつて数千年以上を生きた。それは、肉体を持っていたころの神をも知るということだ。


「ったく、神ってのは……で、三さいでその体か」


「人間の幼体は動くのもままならんのでな。めんどうで仕方なかったので無理矢理成長させた。……まあ、先のいからすれば、貴様とそう変わらん程度には弱い」


(うーわ、ちやちや言ってやがるこの幼児)


 そこで、ダイスがかえった。かすかに、こくはくみがかんでいる。


ごうはらではあるが。姉上が世話になった以上はどうこうするまいよ。少なくとも今は、な」


「それだ。何を考えてんだよ。人間に産まれたからって」


 これに、ダイスがげんそうにまゆをひそめた。


「異なことを。人に産まれたのだ。重きを置くのは当然だろう」


「……お前、自分がどれだけ人間殺したと思ってんだよ」


 やや声に険をふくめて、アルが問う。だがダイスの態度はやなぎに風だ。


やみりゆう族に産まれたからな。その長として生き、判断した。不自然あるまい」


「な」


「貴様とて、人に産まれたから勇者をやったのだろう。ものに産まれていたとしたら、ものとしてのえいゆう──じゆうしんでも何でもいいが。それをやらなかったとでも言うのか?」


 思ってもいないところから問いをまれ、ぐ、とアルが息をめるさつかくを得る。


「それともなんだ。転生元をさぐって、人間として生きる元ものを殺して回るとでも? そいつのさらに前世は人間だったかも知れんな? そういう例も見たことはあるぞ」


 千年以上の達観。アルのがいげんつうが走る。


「…………とりあえずは大人おとなしくしてるってことか?」


「さてな」


 ダイスは鼻で笑って答える。これ以上話すこともないというように、月へと向き直る。


おれは王都──エイエラルドに行く。いいか、目と鼻の先だからな」


 アルもけいこくじみたことを言ってはみたものの、それにどれほど効果があるものか。立ち去りかけて、


(ぐぬぬ……!)


 それでも、かれは苦労して立ち止まった。


「……仲間ミクトラを助けてくれたことにだけは、礼を言っとく。……アリガトウ」




 翌朝。ルーラットと村の人々に見送られ、アルたちは村の出入り口に立っていた。


「お気をつけて。近くに来られたら、またいらしてくださいね」


「はい!」「貴女あなたそうけんで」アルは無言でけいついかたむける。今さら村人にしやべれる骨だのさわがれるのもめんどうだ。


 アルがわたしても、ダイスの姿はない。ルーラットがため息をついた。


「ほんとに、あの子ったら……。やんちゃな上にシャイなんだから」


「あ、あはは~。やんちゃね、やんちゃ……」「ま、まあ、人見知りする時期ですよ」


 この女性の神経もなみたいていのものではない。事情を朝にアルから聞いた、ハルベルとミクトラがぎこちなく笑う。


「王都へ行かれるのですな。ごかつやくいのっております」


 村人から見ればアルたちは、幼体とはいえりゆうげき退たいしたえいゆうだ。こうして総出で送られるのも無理はなかった。


「やれやれ、分不相応な……」


 村を出て、人の目が消えたところでミクトラがたんそくした。


「それで、どうするの? ダイス君だっけ」


「とりあえず様子見。フブルさんには伝えとくけど、さて生まれ変わりをばつする法なんてあるわけも無し。そもそも前世を証明する手段も無し。つついておこらせりゃ、やぶへびどころかやぶりゆうだ。何をたくらんでるかも分からん。どうすりゃいいもんやら」


「王都に行く前にとんでもない事情をかかんだものですね……んん、ものだな」


 どもるミクトラにアルはしようして、


「──ま、方式はちがえど同じ転生組だ。二度る羽目になるのはめんこうむりたいけどね」


 太陽が頂点に達するまでまだ大分ある。日のある内に王都に着くため、アルは歩を進めた。胸の内に、かつての宿敵のきばから送られるりよくを感じながら。

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