一章 骨勇者、宿敵と再会する(2/3)


 りよくを体に通して強化する魔力駆動マナドライブという技法をあやつるアルたちの速度は、ちようきよにおいても常人をはるかにりようする。


 十分ほどで、村人たちが採取やしゆりように使う登山口が見えてきた。


「おおう……ぐるぐるする……」


「ほれ、下りれ。……はーつかれた。持久走は骨の身にゃあつらいな」


 二人は足を止め、アルがかたの上で目を回しかけているハルベルを下ろした。ハルベルはりよくの資質は二人よりも高いが、魔力駆動マナドライブを行うほどの技術はない。


「手分けしよう。おれもの、ミクトラとハルベルが子供だ」


 アルの提案に、ぼうけん者としてかれを格上と認めるミクトラが少々残念そうにうなずく。かのじよはアルの手助けをしたい気持ちがあるが、この分担は正当だ。


(ハルベルを一人にはさせられないし、かのじよとアルには山で動く際の知識があるからな。うう、私、未熟……)


 アルが一足先に木々へと飛ぶ。流石さすがにそこまでの身軽さがない女性じんは、人の足でかためられた登山道へと足をれる。その時だ。


『ゴォオォオォオオオオウ!』


 山の八合目辺りか。地にひびくようなほうこうが木々をふるわせた。らいにあった、ものらしきさけびとはこのことだと三者がさとる。じゆじようのアルが声の発生源をにらむ。


「先に行く。二人は注意して上がってきてくれ」


「分かった」「うん!」


 飛び行くアルに続いて、ミクトラとハルベルも表情がまる。


「ハルベル、歩きながらたましいの探知はできるか。考えたくはないことだが……」


 かのじよは自分の村での戦い以来、たましいを見ることが可能になっていた。図けたりようじゆつの才、そのいつたんだ。


「──やってみる。いこ、ミクトラさん」


 二人も山に入る。ピクニックに丁度良いかと思えた山は、今は不気味な気配すらにじんでいるように見えた。




「うえ、りよくただよってきてんぞ」


 アルが木々を飛び回りながらうめく。上から、いまだ中腹にもさしかかっていないアルにすら感じられるりよく。先ほどの声の主からと推測できた。


さけごえがでかいもの、となると吼え猿ガルアスタかと思ったが、りよく持ちか」


 仮に魔力駆動マナドライブするもの、となると危険度はがる。村人がだ出くわしていないのはぎようこうだった。とはいえ、それならばもの探しはアルにとって簡単なことだ。りよくただよう方へ向かえばいい。


(子供がなおさら心配だが……そっちはミクトラたちに任せるしかないやな)


 そして、しばらく人骨が飛び進む。中腹をえた辺りで、アルがしんどうを感知した。大質量の何かが、激しく動き回っているような。


「何だ? りでもしてんのか? ものは──」


 ぞわりと、もう無いはだあわつような感覚を覚える。さけんでいた時から移動があったのか、もはやしんどうはそこまで遠くない。アルは地面へと下りてしつそうを始める。


(近い。たのむぞちびっ子、無事でいろよ……)


 木々が開ける。七合目の辺りか。


「ッ!」


 音速をえた無形のりよくほとばしり、アルがそれを横っ飛びでける。りよくかたまりが、木々をたおしながら空へとけた。おくれて、音であるさけびがひびいた。


(ドラゴンブレスだあ!? ウッソだろおい!)


 自分の判断が信じられない思いで、アルはりよくけたあとを見る。




◆ドラゴン(人類敵対度〓D~A。個体に大きくる)


 生命体の頂点と言って良いものきよだいちゆうるいというべき姿を持つが、個体差が大きい。


 純正のドラゴンは成長するに従い属性分化し、それ以前の若いりゆうはプレーンドラゴンと呼ばれる。せいりゆうともなれば、そのきよたいだいじゆうりようを支えるためにこうじよう的に魔力駆動マナドライブし、国家レベルの軍隊で相手が出来るかいなかというきよう的なせんとう力を持つ。


 りゆうとドラゴンは同義であり、東国の語が二百年ほど前から定着したと言われる。


 りゆうりんおおわれた体は通常の物理的しようげきいつさい通さない。また火力においても、せいりゆうのブレスやつめきばには現状ほとんどのそうこう材がえられない。そしてそれが、せいりゆうの最低限の能力なのだ。


 竜の数少ない共通点としてあごの下に急所を持つが、そこは体表で最もこうが高い逆さに生えたうろこにより守られている。ここにこうげきを受けるとどんなに大人しい個体でもいかくるう。


 知能も高く、人語はもとより竜の言語も持つと言われる。種により人間への敵対度はちがう。人間に加護をあたえた個体例もあるし、おうくみした一派が最大の敵対度Aとなる。


 果てしなく強力なぶん、たおした際の見返りは大きい。体の全てがちよう一級の素材となり得る上、れつは早いものの体液もばんのう薬として機能する。


 勇者アルヴィスいわく『個人で相手するようなもんじゃないからげましょう。まあ会った時点で半分んでるけど』




 ブレスにより開けた木々の向こうに、緑色のきよたい未成熟竜プレーンドラゴンのようにアルには見えた。しかしそれでも、そのたいは十メル以上もある。


(とりあえずじようきようかくにんだ。そんで不意を打つ)


 アルはかげに骨身をひそめて登りつつ、ドラゴンをうかがう。もう少しでりゆうが暴れる広場に出る。そのしゆんかんごうおん


 ──りゆうが、ばされた。


(はい?)


 生前ですら中々お目にかかったことのない光景に、しばし全骨が固まった。いつしゆん後、地に落ちる。しんどうが木々をらした。


「な、なんだあ!?」


 あわてて、アルは広場にがる。


 そこには、地にせる未成熟竜プレーンドラゴンと、それをみしめるように上に立つ──


(子供、だと……?)


 いつしゆんアルはルーラットの言う弟を想起するが、目の前の子供はどう見ても八~十さいごろといったところだ。ゆるくウェーブのあるくろかみ。東国ヤマにあるような黒い服を着ている。眼光はけいけいとして、しんにゆう者……アルの方を見ている。


「ン……ふん、りゆうに当てられてりよういたか」


 子供とは思えぬ口調で、かれがアルを見る。アルがその殺気に思わずこつけんいた。


(あ、やべ)


 かれが失策をさとった時だ。少年がりゆう体をり、んでくる。


「──『れつ』」


(早い!)


 飛びり。どうにかけんの腹でのぼうぎよが間に合う。せつしよく


 ──アルのうでが感じたモノは古きよじんの横ぎだ。


「なんとおおおぉおぉぉぉぉおおお!」


 かれのブーツが地面をえぐり、何メルも後退する。このままでは広場のふちから山を転がり落ちる。そのきわで、どうにかアルは体ごとこつけんを反転させ、しようげきを後ろに流した。


「ほお?」


 しゆうげきちやくだん点ですでに着地している少年の感心したような声。アルはといえば、ありもしない毛が総出で立つ思いだ。


 こつけん──かいほこる神聖けんスカットゥルンドでなければ、まずけんは折れ、しようげきがアルの骨体をっていた。


(こいつは……人の形をした何か、だな)


 アルは、少年の見た目からくる情報を間合い以外全て捨てる。


「そういえばだ昼か。おまけに口を聞く。ただのスケルトンではないな。おもしろい」


「……君ほどデタラメじゃあないがね。ところで、いったんたがいにほこを納めないか? そう理解目指そうぜ」


「断る。スケルトンなぞ山に残してわがはいらに利があるわけでもない」


 うんざりとしながらアルが構え直す。少年はゆうぜんと歩み寄る。しかしすきじんも無い。


(うわあ、けたくねー。達人特有のアレだコレ)


 がいこつの中にかぶのはかつての仲間、老けんマガツだ。ただ、


「あのじいさんに比べりゃ、まだマシだな多分おそらく!」


 ちょっとかくはしておき、流水のごとき運足でアルは間合いに入る。


 そくこぶしが来た。アルは起こりを殺していたというのに、軽々と少年は合わせた。間合いがつぶれる。しかしアルも、しゆんに横ぎをつか打ちへとえた。生身ならばけんが切れかねない無理矢理な急変化だが、りよくつないだ骨ならば話は別だ。しようげきたがいに同時。


「「…………ッ!」」


 アルは真後ろ、少年は横へとズレる。相打ち。しかし五分ではない。


「おのれ、何かんで……このかんしよく?」


 側頭部を押さえた少年が、こぶしを見てしんげにつぶやく。アルは胸骨の代わりにまれているりゆうきばで受けた。ダメージはほぼ無い。


 間合いはしにもどった。たがいに今度は容易にめない。


「──アルッ! その子、人のたましいじゃない!」


 広場にハルベルの声がひびいた。




 さかのぼること数分前。ドラゴンが暴れ回るしんどうとドラゴンブレスは下方のハルベルとミクトラにも感じ取れた。そのしゆんかん


「ミクトラさん! 急いで上に連れてって! アル以外にすごく大きいたましいが二つある!」


 ハルベルがさけぶ。りよくの操作はさておき、探知感知はハルベルの方が上だ。ミクトラもそくうなずき、かのじよを背負う。


「しかし、我々ではアルの全力せんとうにはかいにゆう出来んぞ!」


「近づけばりよくえんなら出来る! 今はセッケルのけいやくもあるから、前みたいな強さは無理だけど!」


「──よし、守りは任せろ!」


 問答しつつ、ミクトラが山をがる。


 ──そうして、かのじよたちが見たのが横たわるりゆう、そしてアルとかくに戦う少年だ。


「な、何事だ?」信じがたい光景にミクトラが目を見張る。


(何コレ……りよくはみんな同じくらいだけど、たましいは……!?)ハルベルはそくに広場のたましいを見ている。


「──アルッ! その子、たましいが人じゃない! ドラゴンと同じなの!」


 とにかくかのじよは知り得た情報をさけぶ。あわてるようにハルベルたちがいこつを向けるアル、意外の表情でく少年。そして。


「ゴアアアアァァァァ!」


 していたりゆうが、とうとつにそのかまくびを持ち上げた。痛みにいかりゆうがんが、アルと少年ではなく、近場にいたハルベルとミクトラに向けられた。


「うひゃああ!」


「っ!」


 さけぶハルベルを背後に投げ、ミクトラが魔力駆動マナドライブをかける。死のかげを本能的に感じ取る。


(──ハルベル、だけは!)


 ミクトラ・クートは正しい意味で貴族のたましいの持ち主と言える。背を向けるのではなく、ハルベルをかばうようにりゆうへ体を向け、けんく。


 りゆうが動く。り下ろされるつめ。死を予感したミクトラの体感時間がどんする。


 走り来た黒い服の少年が、りゆうそうを組んだうでで受け止めた。アルがいた位置で黒いばくはつが起きた。黒いよろいをまとったかれが、続けてまわされようとしていたりゆういた。


「人の仲間に何しやがる!」「敗者が無様をさらすかッ!」


 両者のさけび。りと、黒いざんげき。それが、ドラゴンをえる。


 さけびと共に、りゆうたいが山のけいしやすべちる。やまくずれのようなありさま


「「「「…………」」」」後には、四者が残された。


 みような空気。ちんもく


「…………ふはぁっ」


 ちんもくを破ったのはミクトラだ。実質的には何も行動を起こしていないが、あらい息でけんを地面にし、体を支える。


「だ、だいじよう? ミクトラさんっ!」ハルベルが寄っていく。


 ミクトラは顔を上げてうなずき、


「その、そこな少年、何が何だか分からんが、とにかく礼を……」そして、こおいた。


「そのりゆう気。そして胸のきば──」


「このりよく。そしてドラゴンのたましい──」


 アルと少年。両者間の空気がはや物理的に圧を覚える段階までめている。たがいに、再び構える。


「ちょ、アル!?」「お、おい!」女性じんあわてるが、人外の二者は聞いてもいない。


「転生か。ずいぶん早いおもどりだな」


「貴様の方はだこの世にしがみついていたとはな……フン、よりにもよってソレでか」


 たがいのりよくが張りつめる。両者魔力駆動マナドライブしていた。れつが近い風船を思わせる。


(さ、殺意か、これは、アルの……。おうの時すらこれほどでは無かった)


 ミクトラがせんりつする。常にゆうを失わぬ仲間であったアルが、初めて見せるたぐいの意志だ。


 近くにいることだけですさまじい負担がある。かといって、動けばそれが引き金になることがおそろしく、動けない。


 しかし、放っておいてもれつに向けふくがる。針となる言葉が両者の口かられた。


りゅ……!」「勇……!」


 そして、


「ダイスぅぅぅぅぅっぅうぅぅううう!」


 三つ目の名前が呼ばれると共に、少年の頭におおかぶさるモノがある。


「「「「!?」」」」


 固まる四者。顔が見えなくなった少年の、まどった声がれた。


「あ、姉上……」


 少年におおかぶさったモノ──パルムック村で出会った女性、ルーラットだ。


「無事で……無事で良がっだよおおおおぉぉぉぉおおおダイスぅぅぅぅぅぅうううう」


 なみだで顔をぐしゃぐしゃにして、ルーラットがうめく。場の空気がどこかにけていく。


「姉上、今は」


「なんかスゴい音するしれるしドラゴンがすべちてからふらふら空飛んでくし、お姉ちゃん心配で来ちゃったよおおおおおこわかったぁぁぁああああ」


「ええと……」「お探しの、弟君とは……」


 とりあえず、といったていでハルベルとミクトラがたずねる。ルーラットが顔を上げ、あわててなみだいた。手を、ダイスと呼んだ少年のかたへと置く。


「あ、はい! この子です! ダイスといいます!」


「三さいって言ってなかった!?」


 たまらずアルがさけぶが、ルーラットは微笑ほほえむ。


「あ、やっぱりおしやべりになるお骨さんだったんですね」


 顔に見合わずきもすわっている。アルは感心しかけるが、それどころではない。


「アッハイ、すいません。さわがれると思って……で、その子は」


「ちょっと大きいって言ったじゃないですか」


「「「ちょっと……かなあ……」」」


 ぜんと、アルたちはダイスを見る。かれすさまじく苦り切った表情でたんそくし、


「…………ここは、預ける」


 背を向けた。山を下りていく。


「あっちょっと! ダイス! お礼は言ったの!? こら待って! す、すみませんみなさん、どうぞ村に! 温泉もありますから!」


 あわてて、ルーラットもまたダイスの後を追っていく。


 後に残されたアルたちが顔を見合わせる。


「……ミクトラさんとこの弟もあんなに大きくて元気なの?」


「そんなわけ無いだろう。とはいえもう二年会ってないが……」


「帰ってみたらあんなんなってたりしてな」


「止めてくれこわい。……しかし、ドラゴンをげき退たいするとは、流石さすがはアル」


「あれも多分、ようりゆうだよ。人間かんさんで三さい程度だ。せいりゆう流石さすがに今のおれじゃキツい」


「……………………」


「三さいもいろいろだね」


 そういう問題じゃ絶対ない、とミクトラは思った。

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