一章 骨勇者、宿敵と再会する

一章 骨勇者、宿敵と再会する(1/3)


「ほい、そこちがってる。カランタンは連盟じゃない」


「うあ、ほんとだ……えーとえーと、『連合五ヶ国はエイン王国・ヘイベルほうこく・バルキア共和国・カランタン商業同盟・オルダネルていこくから構成される』こう?」


「正解。けっこー覚えてきたね。ゆうしゆうゆうしゆう


「えへえ。先生がいのね多分。なにせ勇者様と貴族様だもの」


 夜の森である。その中に、を囲んで一体のぎようと一人の少女の姿がある。


 異形は、マントを身につけた人骨……いつぱんにスケルトンと呼ばれる存在だ。ただかれかたわらの少女へとかける声はやさしい。少女のこわからも、かれしたっていることは明白であった。


 少女の方は(人骨と比べれば)特筆すべき点は特にない。この地方におけるいつぱん的な村人とそう変わりないよそおいだ。ただ、そのひとみと黒いかみかがやきはりよく的といってつかえない。


 スケルトンの名をアル、少女の名はハルベル・エリュズと言った。


「ハルベルには何より熱意がある。学ぶ側としてはそれが一番重要だ」


 言葉とともに木々の中から現れたのは、然としたよそおいの女性。もう一人の旅仲間、ミクトラ・クートだ。


 かれらは十六になるまで村から出たこともなかったハルベルへと、的な読み書きやみずからが住まう五ヶ国連合の知識、簡単な計算を教えている。


「えへへ……でも、村のために必要なんだもの。やる気にならなくちゃうそだわ」


「だな。ぼうけん者になること自体は結構ガバガバなんだが、こうぼうを持つならおおやけに認められたほう使つかいの資格が必要だ」


 ──およそ半年前。ハルベルの村の住人はかのじよを除いて生ける死者たちとなってしまった。一月前にアルたちの協力によりげんきようは取り除いたものの、生前の意思を残すかれらを救うため、りようじゆつの才を持つハルベルは必要な資格を取りに王都エイエラルドへと向かう旅路にある。


「ま、それはさておきミクトラ。わなどうだった。かかってた?」


「ああ……けどこれ、どうするんです……んん、どうするんだ? まさか……」


 ミクトラは、みように口ごもりながらねこほどもあるげっし類──要するにでかいネズミだ──を持っていたふくろから取り出した。かのじよの表情はややひきつっている。


「よし、飯にするか」ようしやなく告げてがいこつが立ち上がる。


「わーい」森の村育ちでさしてていこうもないハルベルがかんせいを上げ、


「やっぱり!」ミクトラが悲鳴を上げた。


 かのじよぼうけん者にはめずらしく貴族の出であり、


「その、こういう──なんといっていいか、その、しゆあふれる料理は慣れてな──」


「ハルベル、調味料出して」「はーい」


「聞いてない……うう、前の町で食料をんでおくべきだった……」


「いい加減慣れなさい」


 すこーん、とアルが清潔にした岩の上で愛剣スカットゥルンドをるい、ネズミの頭を勢いよく落とす。その光景にミクトラはげっそりとした顔で、


「それ、神からおうたおすためにさずかった聖剣とか言ってませ……なかったか……?」


「生きるためだ。許してくれるさ」


 しれっと死人が言い、てきぱきとネズミをさばき、調理を進める。皮をき、切り分け、調味料で下味をつけてくしあぶる。


「上手に焼けました~」


「うわおいし!」「うぐぐ……い……」


「こいつらあぶら乗ってて小細工きでうまいんだこれが。……ま、おれ今味覚無いけど」


 そう言うアルは、ほうで食料をしやくするはしからりよくへんかんする。かれには消化器官が無いのでこういった手段を取る。


 食事が一段落して、ミクトラがほのおを見ながらしみじみと息をつく。


「しかし……もうあと二日も歩けば王都エイエラルドか。色々あったな……」


「そうだな。色々あった」


「──ほんと色々あったね」「いやほんと」「マジでマジで」


 三者三様にこれまでの旅路に思いをせる。色々あったのだ。


 ミクトラは火に照らされるアルの横がいこつながめる。かのじよの口調が先ほどからおかしな理由はこのみようなスケルトンにある。


 三年前、世界を危機におとしいれたおうオルデンをたおした勇者・アルヴィス・アルバース。


(アルの正体はかのお方だ。おうちがえた勇者アルヴィス様は、スケルトン・アルとして現世にもどった)


 けいあってそのアルと同道することになったミクトラだが、かのじよは勇者アルヴィスのすうはい者といってもいいほどの大ファンである。出会った当初アルの正体を知らなかったこともあり、いまだに態度がちゆうはんになる。


(アルからは仲間として接してほしいと言われたし、努力はしているんだが……うぐぐ)


 油断するとすぐにしようけいが顔を出すミクトラだ。目を閉じる。


(落ち着け……心の中に理想の勇者アルヴィス様像を創り出すのだ私……完全無欠の……公明正大……誠実しん……アルとは別人……アルとは別人……)


 苦労して精神のきんこうもどし、目を開く。視界にどくが映る。


「どああ!」


「どああって」ハルベルは苦笑いだ。


 アルが表情には出ないものの、こわに心配をふくませる。


だいじようかミクトラ、何か難しい顔してたが。ちょいと強行軍だったからな。つかれてるんなら言ってくれよ?」


「ぐわ!」


 たったこれだけでミクトラの豊かな胸の内が多幸感に包まれる。弱い。


「ぐわって」


「た、たのむアル! 私の心のへいおんのためにあまり勇者様っぽくしないでくれ! こう、ことあるごとにせいを発したり、定期的に虫を食べたり出来ないか?」


「いや別にいいんだけど、君そういうやつに友情保てんの?」


「あああああああ~…………くそう、私の友人が尊すぎる……!」ミクトラはじたばたと、地面を転がる。


「変なタイトルみたいなこと口走り始めた」


「見ないでおいてあげようよ。明日も歩くんだし、ましょ」


 共に旅した一月で慣れてしまったのか、気にもせず腹を満たしたハルベルが「あわわ」と欠伸あくびらす。


「そだな、早めに休むか。ミクトラ、最初の見張りたのむなー」


「うううううう~~~~……りようかい……」




 翌日。アルたちは王都まで半日の場所にあるパルムックという名の村を視界に収めていた。太陽はまだ高い。


「無理を通せば今日中に王都まで着けなくもないが……」


 ミクトラが一応、というようにアルへ呼びかけるが、


「どうせ着くころにゃ夜になっちゃうし、やめとこ」


 骨の判断にハルベルがもろを上げる。


「さんせー。あの村でまろうよー。かみ洗いたーい体きたーい」


おれさい任せだからって気軽に言いますねこのおじようちゃんは」


 やれやれ、と言うようにアルがけんこうこつをすくめる。とはいえ、一月前にハルベルの村でぼうけん者としてのらいを重ねたため、ふところ具合には困っていない。


「そういえば、ハルベルは中々つやのあるかみをしているな。王都の女性にも引けを取らんぞ」


「えへへ。お父さんがね、油とせつけん混ぜたせんぱつざい作ってくれてたんだ。町にあるやつ参考にしたんだって」


 ミクトラがなつとくの表情を見せる。


「ああ、そういえば君の村がある土地は王領だったな……。王都を行き来する代官と共にそういった品も伝わるのか」


 言いながら、かのじよは村へと向かっていく。アルとハルベルは足を止める。アルは見たままりようである。何も断り無しで村に入ればさわぎとなる。


く宿が取れればいいんだが……アルだけ野宿というのもな)


 王都近辺ともあっておう軍との戦線からはきよがある。えいへいは配置されてはいない。


(だが、何やらさわがしいな?)


 ミクトラは村内へと入り、ややあってから村人を見つける。


「もしご婦人、少しおたずねしたいのだが──」




ものが山に?」


 十数分の後、アルらの元へもどってきたミクトラが伝えたのは以下のようなことだ。


 村から一時間ほどの場所にある山に、最近たいの知れない生き物がみ着いた。おそろしい声を何人もの村人が聞いており、最近はりも満足にできないという。


 三者が山を見る。標高で五百メル(一メル=約一m)ほど。さほど高くはない。


「どうも、ハルベルを有望なりようじゆつと説明したら、期待されてしまったようでな……」


「でへへ、そんなあ」


 ハルベルが脳天気に照れる。アルのような存在を村や町に入れるには、だれかの使えき下にあるとしようするのが手っ取り早い。


「まー仕方ないな。それで組合には? ぼうけん者へのらいの形なんだろ?」


「まだ受けるとは言っていない。とりあえず貴方あなたたちのことは話を通しておいた。行こう」


 今度は一体と二人で村へと入るなり、数人の村人たちむかえられた。中でも服の質が一段高いそうねんの男が村長と名乗り、アルたちを組合へと案内する。歩く間、アルへはの視線が向けられていたが、ミクトラのさきれがあったためはいせきはされなかった。


「どうかかくにんだけでも引き受けていただければ……」


 現状に対し、村はとりあえずぼうけん者組合へじよらいを登録したものの、


だれも来ないと。ま、この規模の村じゃ謝礼も知れてるか)


 アルの想像通り引き受けてくれるぼうけん者は現れず、いい加減不安になった村の人々は、ちゆうざいを通じ王都の軍へとれんらくをする直前だったようだ。


 ちなみにアルはだまっている。口がける骨などと、に場をさわがせてもなんである。ミクトラのアイコンタクトに軽くうなずくのみだ。


りようかいした。このらいおう。それと、らい中の宿を用意できるか?」


(ナイスだミクトラさん! ベテランぼうけん者っぽいぞ!)アルが心で賞賛。


 く成功ほうしゆうに宿代を上乗せするりようかいを取り付け、組合から出る。


「今度は山歩きかー。アルー、おぶってー♡」


 休むおもわくはずれたハルベルがアルを登ろうとする。村を出るまではしやべれないアルの骨指がかのじよを引きはがしていると、


「あの……ぼうけん者のみなさん」


 村の出口辺りで声をかけられる。三者が目を向ければ、そこにはほわほわとした茶のちようはつらした女性がひざに手をき、息をはずませている。アルたちを追いかけてきたのだ。


貴女あなたは?」


「わ、私、ルーラットと言います。この村の者なんですけど、その、お願いが」


「どうしたんですか?」


 ハルベルの問いかけに、女性は息を整える。


「じ……実は、私の弟なんですけど。いつも山に入ってるんですが、今日はまだもどっていなくて。私、心配で……。ぼうけん者さんにらいもせず、ずうずうしいお願いとは分かっています。でも、弟の姿をちゆうで見たら、下りるように言うだけでも。お願いします……!」


 うつたえに、ハルベルがうようにアルを見上げた。かのじよは家族のため旅をしている。家族をおもうルーラットの姿に共感するのは当然といえた。


「分かった。弟君の年のころは?」


 ミクトラがそう言い、アルも指骨で輪っかを作る。通常のぼうけん者ならばいざ知らず、かれにとっては迷うまでもないことだ。ルーラットとハルベルが、そろって表情をかがやかせる。


「その、弟はとしの割に少々大きいんですが……三さいです」


「三さいぃ!?」


 思わず、アルが声を出してしまう。目を白黒させるルーラットを置いて、


「急ご。フツーに危ないよそれ」「そうだな。私の弟と同じころだ。放ってはおけん」「ハルベル、乗れ」


 アルがハルベルをかたかつぎ、かれとミクトラは走り出す。

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