エピローグ

エピローグ


 目を見開いた彼を迎えたのは、差し込む朝の光だ。不快感に顔をしかめると同時、


(あれ? おや? うむ? やけに復活早いな……?)


 セッケルは疑問を抱いた。勇者に敗北した以上、無事な訳はない。


「お、起きたか。大変だったんだぞそこまで再生させんの」


「アルが吹っ飛ばしすぎなのよ」


 言葉にセッケルが視線を向ければ、スケルトンの姿に戻ったアルと、ハルベルがいた。さらには、ガンティの姿もある。


 さらに後ろの風景から、ここが室内だとセッケルにも知れた。日の光は窓から入っている。


 冒険者組合、その倉庫室である。


「なんと監禁! 何のつもりかね」


 しやべってみて、自分のテンションが人間体のそれになっていることにセッケルは気付いた。みずからを見れば、常態である銀の髪のしんに戻っている。力はまだまだ戻ってはいないが、少なくともすぐにしようめつの危機、というほどではない。


「お前が寝てる間に色々相談してな」


 アルの言葉にセッケルは首をかしげる。その拍子に、横にいたヘリャルに気付いた。


「おや! 君も無事だったかね」


「ま、成り行きでよ……」


 そこで、セッケルは違和感を覚えた。ヘリャルたちの支配権が、自分から失われている。


「契約は解除したぞ、もちろん。一応ゾンビも三十くらいは残ってる。今は寝てもらってるけどな」


「……また?」


 意図がつかみきれず、セッケルはアルへたずねた。ヘリャルの軽いたんそくが響く。


「お前をこの村で雇う。ガンティさんら──村のひとたちをお前のりよくで維持するんだ」


「……何と?」


「この村に娘を縛りつけるのは如何いかがなものかとは、前から言っていてね」


 次に口を開いたのはガンティだ。げんきようを前に、流石さすがに難しい顔をしている。


「一つ! 聞きたいのだがね。それを私が身の安全と引き替えにやると……まあ仮にしようだくしたとしてもだ。どうして私を信じられるのかね? この村を殺したのは私だよ?」


 せせら笑うセッケルの前へ、ハルベルが進み出た。アルを振り返り、


「いいよね?」


「一発だけな」


 なにを? とセッケルが聞き返す前に、


「つぇい!!」


 彼の顔の中心にこぶしが飛んだ。


「捕虜のぎやくたい!」


 不満をらすセッケル。仕返しでもしてやろうかと思い立つが、変化の能力が作動しない。


「む、これは! もしや!」


「ふん。ほんのちょっとだけすっきり。貴方あなたはね、これから私の契約アンデッドとしてここで仕事するのよ。ずっとね!」


 ハルベルが宣言し、セッケルがみずからの中に見いだした。流石さすがに慌てる。


「ぬうう! 君たち! 私が『死んで』いる内に契約術式を通したな!? ぬおお、禁止条項山盛りではないか!」


「五十回は失敗したわ、契約ほう


「死んでた癖に抵抗力高過ぎなんだよお前」


「同意無しとはなんというブラック! 恥をしりたま……おぶ!」今度はチョップが飛んだ。


「うっさい! 病気いといて人のこと言えた義理!?」


「それはその通り! そして止めてくれ、支配者のこうげきはノーガードで通って痛い!」


「どうどう。はいしどうどう」


 ひょい、とアルが興奮するハルベルを抱き上げて後方に配置する。


「ま、そういうことだ。どちらにせよ、村全体がこうなっている以上、届けはせにゃならん。でないと調査が入った時にゃ、最悪村ごととうばつ対象だ。だからハルベルを登録して、ここを『りよう術士ハルベルの工房』と認定してもらわなきゃならない」


「しかし、娘が離れれば我々は天にかえる。それもしとは思ってはいたが、そこでアルヴィス様……アルさんの妙案により、貴方あなたをここで使うことにしたのだ」


「本当は貴方あなたなんて、ちりにしたいけどね。でも、アルがどうせ復活するっていうし……」


 事実である。セッケルほどに力をつけたヴァンパイアの個体は、完全に世界の摂理に背を向けた存在となる。仮にたましいごとちり一つ残さず消し飛ばされたとしても、人々と世界に記憶された個体情報を基に数百年のスパンで復活してしまう。のろいとすら言える不死性である。


「……なるほど? 理屈は見えた。私にはきみたちを生者のようにすることは不可能だが、この娘がかけた術の上でそれを維持することなら可能だ。私は今やこの娘の契約下にあるゆえな」


「……俺らは村を守るようへいだとさ」


 ヘリャルが補足する。アルが水を向けた


「不満か」


「いや。またれんが出来ると思えば悪くねえ。……大将からも解放されたしな」


「なんだなんだ! 私が不満だったのかね君! 労働環境はそんなに悪くなかっただろ!」


「失敗するとアンデッドにするのはどうかと思うねえ」


「黙ってなさい」


 ハルベルの鶴の一声。それに、セッケルは居住まいを正した。


「……ぬう。ふん! まあいい! 良かろう! やってやろうさ」


「素直じゃないか」


 アルが意外そうにけいついかしげる。正直、もっとごねると思っていたのだ。


ごうはらではあるがね! だが私はこの村を従属させようとし、そして敗北したのだ。ならばまあ、こちらが従属させられても仕方あるまい」


 あまりにあまりな、力の論理である。アルがハルベルへがんこうを向けた。


「本気。私にはうそつけないから。はあ、こういうのに、みんな殺されちゃったわけね……」


「まあ私が管理するからにはだな! あの芸術的なゾンビども、ランクアップさせまくってやろうぞ! あれだけ質がいなら、未成熟個体も成長だって出来ようさ!」


 ガンティがひたいを押さえる娘の肩を抱いた。ともあれ、話はまとまった。


「……ところで! あのうるわしき女どのはどうしたのかね?」


 なわを解かれた体をほぐしながら、思いついたようなセッケルの問いかけに、今度はアルが額を押さえた。代わるように、ヘリャル。


「……まだ寝込んでるんだと」


「アルの正体知って気絶したのよ、あの人……」



   ◯



 当のミクトラは、民家の一つの客間、ベッドの上でシーツにくるまっている。


 あの後、帰ってきたハルベルたちを迎えたミクトラは、かつてのおもい人を見た。疲労による幻覚だと思った。だが、


(アルが勇者様……アルはアルヴィス様……えへ、えへへ……うそ……うそだあ……)


 じゆもんのように唱えるが、現実は変わらない。のうにはこれまでの出来事が浮かび上がる。


 おそいかかったこと、散々助けられたこと、れしくあれこれ接したこと。


 そしてなにより、勇者へのおもいをあけすけに語ったこと。


 何度も行ったプロセスだが、繰り返しそこに思いが至る度、彼女の顔は真っ赤に染まる。


(うわあああああああ~~~~! 死にたい! 死ぬ! 死なせて! あああああああああああ!)


 明け方から延々、この調子である。家主の夫婦が、伝わる振動に二階を見上げた。


「ミクトラさん、まだもだえてるな」


「そっとしておいてあげましょうね……」



   ◯



「ええと、まあそういうわけなんだけど」


『お主……ほんっと! ほんっとにああもうああ!』


 場所は戻って、再びアルたちのいる組合である。床に置かれたのは通信符。符から浮き出る幻影は、フブル・タワワトどうさいしようだ。


 彼女はあおい髪をくしゃくしゃとかき回し、あかい目でアルをにらみつける。


『いーげんにせーよ! 次から次へと! そりゃ詰まらん用事で呼ぶなとは言ったがな!? だからって面倒事次から次へと投げろってことじゃねーんじゃよ! わし忙しいの! 村一つりよう術士の工房て! 王だの地方領主だの税務だのわしゃどんだけの方面にいことせにゃならんのじゃ! ああ!? わしゃお主の母親か! ああ!?』


 最高権力の一角からのせいに、ハルベルや村の人間、組合嬢はただただおののくばかりだ。


「だ、第二の母くらいには思ってるよ……」


『ぬっ』


 不意を突かれたようにフブルが顔を引く。やや頬が赤い。ここがチャンスとアルが拝み倒す。


「お願いしますフブルさん! こんな大仕事を頼めるのは貴方あなたさましかおりません! 何か仕事あったらやるから! サボりません! お願い! この俺に免じて! ろつこつ一本あげるから!」


 がいこつから畳み込まれて、フブルはけんを摘むぐさをする。見た目が幼いため、どうしてもほほましく見えてしまう。


『はー……分かった分かった。分かったわい。じゆうしん落としたのはお手柄じゃしな。ろつこつはいらんからとりあえず王都に来い、そのハルベルという娘と一緒にな。……そこにおるな?』


「あ、は、はい!」


 かちこちに緊張して、ハルベルが前に出る。それを見て、フブルが表情をやわらげた。


『……苦労したの、少女よ。良く頑張った』


「っ……」


 アルへのそれとは打って変わって、その声にはいたわりのみがある。


『不安じゃったろう。だが、もう心配はせんでよい。悪いようには、せんでな』


 ハルベルの内心を見通し、優しく包むような言葉だった。彼女は涙を浮かべ、頭を下げる。


『うむ。それでは、そこの面倒発生器の骨を連れてこっちまで来ておくれ。なに、旅費だのなんだのはそやつに全部投げてしまえ』


「はい……はい」


 涙が床へと落ちる。アル、ガンティ、受付嬢、そして村の人々が彼女を優しく見ていた。



   ◯



「行くか」


「うん」


「……はい」


 数日後。旅の準備を終えたアルとハルベル、そしてミクトラが元通りとなった村の入り口へと立っていた。


「ご両親とはもういいのか?」


「うん、昨日たっぷり甘えたもん。それに、もろもろ片付いたら帰ってくるしね」


 ハルベルがはじけるように笑う。そこへ、おずおずとミクトラが口を開いた。


「その……私も同行してもいいのでしょうか、アルヴィスさ……あ、いや、アル、様?」


 にらまれて、ミクトラが小さくなる。


「様は止めてくれっつったでしょー。俺ただの骨。君友達アンド仲間」


「は、はい……じゃない、分か、った。うん、努力しま……するます」


 まだまだ時間は必要なようである。たんそくするアルの腕骨に、ハルベルが抱きついた。


「私はアルのご主人様だもんね。敬語使ってもいいのよ、アル」


「仮だろが。お調子に乗るんじゃありません。半人前さん」


 指骨をぐりぐりとひたいに押され、あうあうとハルベルがうめく。ミクトラがうらやましそうにそれをながめた。


「とりあえず、俺らはいこと王都でおうがらみの報告。ハルベルは資格取ることな。そんで、俺の目的でもあるが──イザナを探す」


「以前話に出たお仲間の一人でしたね……ごほん、だったな。すごうでの神官だと聞いている」


うわさの通り、元はりよう術士だよ。俺をよみがえらせてくれたのもそいつだ。可能なら、彼女にハルベルを弟子入りさせたい。りよう術士の知り合いなんてほとんどいないし、信頼できるって言えば彼女しかいないからな」


「き、緊張するんだけど……勇者の仲間の弟子とか」


「ただ、しつそうしちまってどこにいるかも分からない。とりあえずは王都だな。少し長旅になるけども、よろしくな、二人とも」


「ああ」「うん!」


 村人たちに見送られ、三人が歩き出す。一匹のが、高所からその様子をながめていた。


 戦争は続いている。しかしそれでもこの一時、太陽は空高くにありてその光を地に与えていた。その下を、りようと、それをあやつる者と、人が歩いていく。


 世界にそむくとしても、そこに在ることを選んだ者、それを良しとした者が。



 了

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