四章 勇者、久しぶりに本気出す(10/10)



   ◯



 四方からの影腕は見もせずに打ち払い、障壁は同時かとまがうほどのれんげきにより無視。炎、消化液は黒のよろいと打ち振るわれるマントをとつせず、魔法は魔力吸収能力を備えた聖剣による超技巧のざんげきが捕らえていく。


 さらには、空間のちようやくすらりよくの移動を即座に察知、道を次元ごとかいする。


 セッケルのくだ一つ一つに対応するアルの攻勢に、吸血鬼の王は押し込まれつつあった。


「なー! ! り負けるか! 魔力はまだ私の方がちょびっと上のはず!」


 アルの基礎能力が上がっていることが、全てに影響を与えていた。


(おのれ! このりゆうへい、能力が上がったことで使う技能も増えている! そのせいで対応力が先ほどとは段違いではないか!)


「影族の『シャドウアーム』、えん竜の『ブレイズブレス』、ゼラチナマスターの『岩石消化』、あとやみ属性上級魔法。まあ大体知ってる技だな。しかも魔力に任せてるだけで練度が甘い」


 心を読んだかのようにちくいち言い当てられて、セッケルがせんりつする。


(どういう戦闘経験をしている……! 本当に勇者の仲間だったとでも言うのか!? アンデッドの仲間など情報にはなかったはず……)


 追い詰められ、たまらずセッケルは三度目の体内爆発を行う。しかしそれも、最接近していたアルは素早く真横の安全圏へと回り込む。


「あと、お前の正体も大体見当は付いた」


 爆発後のセッケルの硬直に対し、アルが振りかぶる。セッケルの魔法による魔力をたっぷりと吸収した聖剣を。


「っ……ぬううぉ!」


 やみいろほんりゆうが、セッケルの広がった体内要素を吹き飛ばす。彼自身は即座に障壁と共に退避したが、相当な部分を切り離す羽目になった。


「……次元。生きてた頃でも一度しかお目にかかったことないぜ」


 巨木に張り付いたセッケルの姿へ、その名前を口にした。




◆次元(人間敵対度……E。その実在すらあいまいだったため。人間を特別にねらってはこない)


 その名の通り次元を操作する能力を持ったで、次元を通して広範囲、遠距離にその糸を伸ばす。そして、基本的にはダンジョン奥深くに存在するみずからの巣へ、各地から捕まえた獲物を取り込むのである。


 体格は足の長さを含めれば三メルほどもあり、人間も補食するため危険であるが、しような上に生息地もめつに人が踏み入れない地であるため出会うことはほぼ無い。人知れず産まれ人知れず寿命で死んでいく生物。


 勇者アルヴィスいわく『超レア素材げるので見つけたら頑張って倒しましょう。見つけるのにダンジョン内で連泊するかくがいるけど』




「……真体までさらすのは、おうオルデンどのに仕えてから初めてだよ」


 先ほどまでとは別人のように沈んだ声。


 ぎようである。ヴァンパイア化の影響か、巨大な人間の手の形をした足を含めて五メルほどの巨大。体長のみでも二メルはある。さらには、の頭部にあたる部分からは、金属の質感を持った人面が浮いている。ただし、その目はの複眼のそれだ。


「ううむ、前見たのより大分キモい」


「──では、死ぬがいい」


 直感で、アルは横に飛んだ。右腕部にわずかな感触。


(短気過ぎるだろこんにゃろ! ……にしても、このよろいり飛ばすか)


 ひじ当ての部分が欠けている。魔力をし固めたこのよろいは、単純な物理こうげきであればそのりよくのほとんどをげんすいして受け止めることが可能だ。それが抵抗もなくかいされた。


「……『次元糸』」


「御明察」


 いつの間にかセッケルの周辺、宙にいくつもの線が浮かんでいる。


 次元を切りいて遠方へ伸ばすことが可能な、次元の固有能力だ。その性質を応用し、あらゆる物を切断できる。


 八方から気配。アルの聖剣が神速で周囲を舞った。剣先が正円の結界を描く。静剣『マドカ』。


「……やる」


 は静かに賞賛した。空中・地中から合わせて数十の次元糸を全てり落とした。


「その聖剣……高位存在からのか」


「生前、いけ好かない神様にな。目ぇ付けられると苦労するんだ」


 セッケルは話半分に聞きつつも納得する。高次元に座する神々の品であれば、この次元の切断で斬ることは出来ない道理だ。


すきを与えればここら一帯を吹き飛ばしかねん……。休ませんよ)


 糸の上を滑るように動き、時には霧となり、矢継ぎ早に糸を飛ばしていく。さらに、と骨騎士の間には、いくつもの糸がわなめいて張られている。


いだろ。一手一手詰めてやる」


 アルは切り落とし、かわし、被弾は最小限に抑え、徐々にセッケルへと接近していく。わなの糸も一つずつかいわずかずつ傷つきながらも、その動きはせいの極みで、よどみ一つない。


 何手先までも計算に入れた、せんばんめいた攻防が繰り広げられる。


「ああくそ、ちくちく痛い!」


 ゆえに、セッケルは次に破壊される糸を予想するのも簡単だった。かわされることも、切り落とされることも、わなに切りつけられることも予測は出来るが防げない。ならば、


「!」


 アルの剣が宙で止まる。糸が剣へとからまっている。だ。これまでにも斬られ続けた糸の中に織り交ぜていた。それが積み重なり、ようやく聖剣を捕らえたのだ。


「離さんよ」


 剣へ力がもりかけるのを、即座に追加の糸を何十と送り込み、押し込める。すでにそれらは次元を通すことで数千もの森の木々を中継し、糸への負荷を分散させ、剣をこうそくする。


 現在のアルの力をして、剣は中空でびくともしない。これを動かすならば、森ごと吹き飛ばす必要があった。


「こいつは……!」


 アルの周囲に、次元の穴が開く。数十の次元糸がその先端をのぞかせた。


「詰みだ。もう二手あれば、君の剣が届いていたかな」


 セッケルが静かに王手を宣言する。事実、アルが剣技でこの状況を切り抜ける手段はかいだ。しかし、彼にあせりはない。……元より、浮かぶ顔色も無いのだが。


「じゃあ、盤面をひっくり返すか」


 アルのくろよろいが、一瞬にして彼自身へと吸い込まれた。セッケルはそれを見る前に次元糸をアルへと飛ばす。しかし、アルはつぶやく。


黒封シールブラツク──『ソード・アセンション』」


 音も無く。吸い込まれた黒いよろいと同質の黒い光。周囲へ吹き付けられるかのような、しようげき無き波動が走った。それはセッケルへ何の影響も与えない。


(何を……構うか)


 物理的な影響は何も無かった。次元糸がアルへと到達する。驚異のスケルトンを、千々にさんいつさせる。そのはずだった。


「────だ」


 アルはそのまま、そこへ立っている。いくつもの次元糸が彼にしようとつし、そのまま落ちた。ほどなく、次元の穴すら維持できず、周囲の糸全てが地の草へと沈んだ。


 聖剣も自由となる。一振りで厚くおおっていた糸が割られ、黒い剣身があらわになる。


「何をした、貴様」


「辺り一帯を、。三次元を斬る次元糸は、ここでは何一つとつできない」


 さらりと、よろいが消えたアルが答えた。セッケルは絶句した。


 アセンション。主に対象となるたましいを高次元へ昇天させる超上級ほうあつかえるのは、神聖魔法の練達者が集うせいじようとうめつたいにおいてもほんの一握り。


「属性反転させたから、めいかい寄りか。聖属性のまんまだと俺ら焼けちまう」


 それを、次元糸をしのぎながら着々と準備し、空間そのものに適用し発動させた。対象を広げるためのばくだいな魔力はよろいせいにまかない、神聖剣を通すことによりその効果を拡大した。


「対局をしていたつもりだったのは私だけか……!」


せんばん、好きなんだけど友達にも戦法が無茶苦茶だって怒られるんだ。まあ性分だな」


 返答に、セッケルがきばくだかんばかりにきしらせる。


(……おかしい。有り得なさすぎる。。こんな能力を持ったやつが、勇者アルヴィスの仲間にいたなどと……仲間に)


 仲間。セッケルののうに何かが横切った。しかし、


「さあ、第三局だ」


 のうのうとアルが言ってのける。セッケルは、くつさを自覚して言う。


「……喜びたまえ。腕比べは君の勝ちだ……だから、次局はハンデをもらわんとな」


 あらゆる力に対し防御を張っていた黒のよろいは消えた。アルの総魔力も、戦い始めた頃からすれば目減りしている。であれば、通る可能性はある。契約の上からでも。


「──『死者隷属エンドオーダー』」


 セッケルの魔力の波動に、アルがしようそうあらわにした。


「ちょおま……! それナシだろ……!」


 動きが鈍る。どうにか振ったざんげきを、セッケルはゆうゆうとかわした。


「耐えるか……! だが」


 セッケルの足がアルのひだりこつを打ちえる。倒れ込むのをどうにかこらえて、アルが横へ跳ねた。その動きも、先ほどまでの精彩は見る影もない。


「早く従いたまえ。そうしなければ、低レベルななぐり合いを演じることになるぞ」


「ぐぬぬ……! こーのーやーろー!」


 アルがセッケルをにらむ。今、アルの中ではセッケルによるアンデッド支配能力と、自身のハルベルとの契約、そしてりよくぼうぎよがせめぎ合っている。万全の状態ならばはじくことが出来ただろうが、今の状態では押されている。


 反面、セッケルもまた、次元糸が使えない上にその身に取り込んでいた魔物たちも吹き飛ばされた。故に、ヴァンパイアロードのおおとしての能力だけで戦わざるを得ない。


 それらが出来ることと言えば、単純な肉弾戦だ。いや、もう一つ。


「いっって……!」


 アルのしやつこつけいこつに複数の傷が刻まれる。セッケルの前に、幾つもの線状のきらめきが生まれていた。


「フツーの鋼糸か……すねに傷持っちまうのはかんべんして欲しいな!」


「今の君ならばなんとか切りきざめそうだな。それとも、かくがお望みかね……?」


「……もてなしてくれる?」


「消化液をそうしよう。君の骨は時間がかかりそうだが」


「グラスに入らなそうだな。遠慮するわ」


 軽口をたたきつつ、アルは飛び交う糸をりかわす。徐々にセッケルの手数が多くなっていく。


「次は小細工もさせん。このままじっくりと押し込んでくれよう」


 糸によるざんげきと捕獲、そして八本足の打撃。じりじりと、アルは押される形になる。周囲へいくつもの糸がただよい始め、手足のいくつかに粘着糸が取り付く。


りよくの余裕無し、防衛手段無し。……今度こそ、君に手はない」


 セッケルが注意深く確認する。それは正しかった。


 だが、アルは不敵にあごぼねを鳴らす。彼は高次元せんしたフィールドの中で、ぎりぎりまでそこに接近していた。


 初めて、この土地で戦った場所へ。


「そうだねえ、無いね──俺にはね?」


 その時、木々が揺れた。セッケルの横から、角を備えた獣がおどり掛かる!


「ぬっ……」


 なぐりつけられ、セッケルの巨体がかしぐ。


「ブルオオオオオオオオオ!」


 獣──グレイトホーンのゾンビは叫び、持てるおのれきようをセッケルへたたきつける。


 彼は。かつて自分を飼い慣らし森へ配置した主も、はやそれと認められずにいる。アルへ向かわなかったのは、単に小さくて目立たなかったからだ。


「おのれ、幾つ手を打っている、貴様」


 セッケルが獣へと足を組み付かせる。しかし、獣のりよりよくは生前に迫る勢いである。糸に傷つき、捕らわれながらもその攻勢をゆるめない。


「ええい、しつような……貴様など配するのではなかったわ」


 いくつかの攻防の後。とうとう糸に動きを止められたグレイトホーンゾンビが、その全身を再び切り刻まれてどうと倒れた。


(ちっ……偶然発生したのか……? いや、もしや何者かの施術……。いや待て、!?)


 へいしたセッケルの思考がそこへ辿たどり着き、彼は思わず、ば、とアルの方へと振り向いた。沈んだ口調が、いきどおりに持ち上がる。


「お前か……!」


 アルの向こう。糸の向こうに怒りのそうぼうを冷たく燃やすハルベルが立っている。


「来ちゃうもんなあ」


 残っていた糸をくぐけてきたのだろう。彼女の顔や手足には幾筋もの傷がある。


「私が来なくてどうするの。私の戦いよ」彼女は親指で頬の血を飛ばす。


「ごもっとも」アルがうなずく。


「それに──来て良かったでしょ、私のお骨さん」


「──ごもっとも」


「おのれ、おのれ……。そこなりゆうへいではない、のか! おまえか! おまえが! 最も!」


 ハルベルの手がアルの背骨へと触れる。


「ぜんぶ持っていって。そして、あいつを──」


 セッケルを視界に映す。さえ覚えそうな、の怪異。だが、のうにあるのは父と母、村の人々。死んでいったひとたち


 ハルベルは自分の何かがはずれていくのを感じる。無意識の部分がとどめていた。逆に言えば、真正のりよう術士となる、最後の留め金。


「ぶ・ち・の・め・し・て!」


【画像】


「あいよ。仮だが、我が主」


 りよくがアルへと流れ込む。ハルベルの中の全てを移し込むような圧倒的なほんりゆう


 どくん。


 胸のりゆうが鼓動を打った。起爆剤をまれた竜王の牙は、竜牙兵の心臓としての役割を果たそうとする。通常ならばあふれて周囲に散る魔力は、世界最強のきばが捕らえて離さない。宿主へと全てを循環させる。竜牙兵としての最高の姿を、与えられた魔力が超える。竜の牙は思う。ではどうする。次は。その次は。


「お、おおおおお……」


 セッケルが驚異の声を上げた。


「その牙……貴殿か、ディスパテ! そうか、そういうことなのか。しかし……しかし!」


 光が満ちる。アルの姿がその中にかき消えた。


 同時、ハルベルが魔力切れで草の上へ倒れ込んだ。


 その代わりというように光の中から現れたのは、ぴんと立つ黒髪だ。細身ながら均整の取れた筋肉。おうに砕かれた神聖がいを模した黒のよろい。その立ち姿。まなし。呼気までもが、世界を圧する純粋な力で満ち、そして世界はそれを許容する。


「お前……お前は」


 セッケルが正面に立つその人物を見て総身を戦慄わななかせた。その姿は、姿絵でのみ見たことがあった。無敗だった魔王軍を破竹の勢いで破り続ける、悪夢のような冒険者。


 魔王はそのきようをこう称した。三界の希望。神と精霊と大地の代行。祝福を与えられし人。


……ここに現れた」


 人間たちからはこう呼ばれていた。


「勇者! アルヴィス・アルバース!」


 全ての幻術を見通すと言われた紫のけいがんが、セッケルをえる。


「おお、髪まで黒い。さて、舞台をめいかい寄りにしたのが悪かったかな。迷って出ちまった」


 アルヴィスが一歩を踏み出す。設置された糸が迫るが……溶けて消えた。体にまとったりよくで、軽度の攻撃全てを触れる前に無効化する技『破裁はさい』だ。だが、セッケルはひるまない。


「魔王を倒した勇者……。貴様を打破したなら次の魔王へ相応ふさわしきは私と言うことになるな」


「やってみるか」


 返答とばかり、セッケルの頬がこれまでの高貴さとはかけ離れてゆがむ。ただ彼の場合、それが地だ。かつて地上に出て、ぎようの吸血王として魔王オルデンにいどみかかった時の。


 セッケルの体が戯画のように鋭角化する。全ての複腕が地面を、木を突き刺さるように握りしめた。さらに、糸が一瞬で周囲へ展開される。


 アルのけいがんひらめき、としての毒性を全てそそんだ、りゆうをも殺すどくを見抜く。


「KaaaaAAAAAAaa………………」


 きりきりきりきり、と。いびつにそうしんひねらせたセッケルがきばひらめかせた。きゅお、と。その体がはじけた。音速を抜いた体が、周囲の糸を超音速で跳ね回る。


 その速度は一跳ねごとに速くなる。ちようやくごとにしようげきらされる。


 やがてセッケルが左後上方からアル目がけ突っ込んでいく。


「ッ…………!」


 そして、大地へとなぐり落とされた。音ははるか遅れ、森全体を貫くようなひときわ高い音が今更響く。衝撃で牙が地面に突き立つ。複眼を勇者へ向ける。


「動剣奥伝『ジン』」


 こくびやくの光が、彼を包んだ。

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