四章 勇者、久しぶりに本気出す(9/10)


 ──昨夜、アルがハルベルへ伝えたのは村人への魔力提供だけではない。


「よし。話は決まったが、もう一つ、保険と言うか切り札を話しておく」


 首をかしげるハルベルに、アルは続ける。


「俺が敵の大将に負ける可能性だ。あまり考えたくはないし出来るかも不透明だが、その場合は君に俺のご主人様になってもらう。仮のだけども」


「…………」


 間があった。


「ご、ご主人さま?」ハルベルが、首の後ろを赤く染めた。


「何考えてんの。りよう術士として、だ」


 そう言ってアルが伝えたのは、イザナの契約ほう。アンデッドを、新たに従える業だ。




「アルさん……あいつが、やったのよね。伝染病じゃなくて、あいつが」


(聞いてたか……)


 黒い魔力のほんりゆうの中、場のすべての視線がハルベルへと集まる。彼女を片腕骨に抱くアルはちょっと冷や汗をかく思いである。


(ブチ切れたらえらいことになったな……)


 村人たちへの『死者隷属エンドオーダー』をも無効化した。ミクトラが声を張り上げ指揮を取り直す。


「残ったやりを持て! 来るぞ! 防げ! 村の中に入れるな!」


 ──ハルベルの村人への契約は無意識下だ。昨夜の段階では、村人たちとの契約を再認識し、魔力をあやつることで精一杯だった。今、意識的に新規契約が出来るかは半々といえた。


「ハルベル、例の」


「やるわ」


 眼下の死者たちへいげいし、女王のごとくハルベルが即答した。


 セッケルは両陣営の攻防に関わることなく、興味深げにハルベルをながめていた。


「……仮に成功しても、この状況から戦うってことはいのちけにな」「やる」


 食い気味の答えに、アルは苦笑する。


「大事なことは、相手を自分のモノだと思うこと、だそうだ」


「え、え、え。アルさんを? 私のモノ?」


 ふんに燃えていたハルベルの態度がくずれた。


「そーいうのはまた今度な!」


 大丈夫かなこの娘は、と思いつつ、アルは続ける。彼女の人生に関わることだ。


「──自然にそむくのがりよう術だ。この魔法を意識的に使うなら、君はりよう術士だ。普通の人からはきらわれるだろう。……使役する存在と同じように。あと、神様にも嫌われる。マジで」


 しかし、これにもハルベルが動じることはなかった。


「いい。皆がいてくれればいい。あの世なんて行かせないし、あいつには絶対、あげない」


 セッケルをにらみ返すその目にはくらい光がある。。特異な心のありようではあるが、りよう術士としては、これもまたがたい才の一つであった。


「──分かった。じゃあ、やるか」


 ハルベルがうなずく。すでにその顔には涙も熱もない。冷たい決意と怒りがあった。死人のような。


 反面、セッケルはというとながめるままだ。村人相手に現状のぎようめいた自分の形態ではやりすぎる、ということもあるが、ぶっちゃけめていた。


(向こうの最大戦力であるあのりゆうへいも、少女の契約下アンデッドだろう。あれを私がりようしている以上、状況は変わらん。むしろあの術者が手に入る棚ボタ! 素晴らしい!)


 よもやの竜牙兵が、村にくみしているとは露も思っていない。


 そのツケは直後に来た。少女のかたわら、アルが息を吸うように上体を反らし、


「ruuuuuooooooooooOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


 叫んだ。


「ぬっ……!」セッケルが反射的に身を退いた。


「があ!?」戦場のヘリャルがひざを付いた。


「っ!? う、ううう?」ミクトラが側頭部を押さえ、もんの声を上げる。


「おお、おおおおおおおおおお……」ゾンビたちと村人が、平伏するように体を折った。


「うひゃあ!」


 ハルベルだけが、ただの騒音としてそれをとらえている。みずからの使役する者の行動だからだ。


 以前からアルが用いていた、『圧』だ。しかし、そのりよくはこれまでとは比較にならない。


(この圧……! 私すら抵抗が必要なレベルとな!?)


 一声で。兵力は敵味方ごとしようめつした。立つのはアルとハルベル、そしてセッケルのみ。


「あ、やっべ。ミクトラと村の皆さんにいてる。うん、許せ」


「じ、事後しようだくとは……」


 アルから気付けを受けたミクトラが苦々しげに体を起こす中、月光が村の中を照らす。


「──りゆうりよく解放。しんしよくを許可する」


 黒のオーラで、アルの姿がまがまがしくいろどられていく。その形はけいよろいを通り越し、全身をおおしつこくよろいとなる。どくと聖剣だけが、その白を夜に浮かべていた。あおの炎ががんともる。


「アルさ……いえ、アル!」


 背骨に声がかかる。その主が、ぐにセッケルをにらみつけている。


「やっつけて!」


 こたえるように、どくゆうぜんと踏み出す。


「貴様ら……」


 セッケルの表情から、薄笑いが初めてせた。


「こっちも、スケルトン・ロード級までは行ったかな」


 がちゃりと。はや物理の領域までぎようしゆくされた黒炎のよろいを鳴らして、アルが聖剣を構えた。


「第2ラウンド、行こうじゃないの」


 セッケルが即座に、ハルベルへとみずからの分身を送り込んだ。そしてそれは、ハルベルの背後にわき上がった影に即座にり捨てられた。


「『影法師シヤドウバトラー』……!」


 セッケルの分身がいまいましげに叫び、消え去る。やみの高位ほうだ。自分の影を産み出す。だが戦闘力は術者に依存するため、満足に戦えるほどの影法師を産み出せる者はめつにいない。


「魔法まであつかうか!」


「当たり前だっつの。契約主は当然まもるさ」


 アルが何でもないような口調で、セッケルへと肉薄する。それだけの魔力貯蔵が今はある。聖剣がうなる。セッケルが上方へと逃げを打つが、


「動剣『セイマン』」


 瞬時に五つのけんせんが星形を描いて走った。一つは障壁にはばまれるも、残りの四つがちよくげき。セッケルの五体が開きのようにはじけた。


「おォのれ!」


 下方、村へ向け、セッケルの中身が再び爆発しようとする。その瞬間、アルの前面に魔力の壁が発生する。


「防げるとでも!」


「いや。返す」


 セッケルの内部爆発が、彼自身に向かいさくれつした。


「なんとぉぉぉぉおおおおお!?」


 大量の黒色と共に、吸血鬼が月光照らす夜空へ吹き飛んだ。それをアルが地上へ着地しながらながめる。


「馬鹿正直に繰り返すんだもんなあ」


 アルが使い切ったせきを放り投げる。封じられていた魔法は『反射障壁フイジカン』。物理的なしようげきを反射させる魔法だ。あらかじめ起動させていた。


「んじゃ、行ってくる」


 ハルベルたちにしゅた、と手を上げて、アルがちようやくする。それは木々を軽々と越え、セッケルの落下地点へと向かう。


「つよっ……!」「何という……」


 後にはあつられるハルベルとミクトラ、そしていまだ身動きが取れない者たちが残された。


「お……い……、ミク、トラ」


 ヘリャルがやっとといったていつぶやいた。ふたりが顔を向けると、続けた。


「俺らを、始末するなら、今だろうが。で、そこのガキ……、後を追う、んだろ」


「……もちろん」


 グールに話しかけられてもまるでひるまない少女に、ヘリャルが笑う。


「……しかし、あれが君のりよくを受けたアルの力か……よもやあれほどとは」


「生きてた頃の七割くらいって言ってた」


 ハルベルの返答にミクトラはあきれたように黙って、ヘリャルたちこうそくし出す。


「おい……何、してんだ」


「戦意の無い者に剣は振るわん。戦時規定にもそうある。……というか、体力がもう無い」


「けっ、四角、四面が」ヘリャルがたんそくする。


「……今の私では足手まといになるだろうから、ここを見張ろう。アルの影法師の方が、頼りになりそうだしな」


 ハルベルがうなずいた。すぐにけ出していく。それを見送ったミクトラが、力なく座り込む。


「やれやれ、相棒の座をうばわれてしまったか」


しつかよ」


「やかましい」

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