四章 勇者、久しぶりに本気出す(8/10)
◯
「ぬっぐ……!」
大気の
黒い炎をまとったアルが草をまき上げながら後ずさる。
「はっは! 何だねその魔力は!
セッケルの
大物すぎた。ただのヴァンパイアロードやハイリッチーならば、アルには確かな勝算があった。しかし、セッケルの力は同種の上層よりもさらに一段階上の次元だ。
「なんつう変化の種類だ、ゲテモノ食いめ…………しゃーないな」
らちを明ける決意をする。アルは剣を
聖剣が黒の炎をまとい、大理石のような
「動剣・『
特殊な走法──
「やべっ!」
しかし。アルは急いで刃を引き戻し、背後へ飛ぼうとする。
「遅ォいっはぁ!」
セッケルが爆発した。切り裂かれた体内から幾百の
◯
「良かった、皆まだ無事……」
エリュズ
「じゃ、ないんだよね。みんな、死んでるんだ……」
彼女は肩を落とした。ベッドに戻り、腰掛けて
(昨日、アルさんが教えてくれた。この村の真実を。──
目を閉じる。自分と周囲へのつながりを意識する。屋内で、目を閉じてなお、百以上の村人
「それが契約のラインだ」
あの夜、事情を明かしたアルはそう言った。死者と
自覚してしまった。これまで無いものと思っていたものを。無いものとしていたものを。
ハルベルが顔をシーツへ埋めたまま、独り言のように返す。
「小さい子だっているのに。カンティルさん家のアルンちゃんにメイちゃん、シュミノさんの所の子なんて、まだ赤ちゃん……あの子たちも、そうだっていうの……?」
アルはしばらく置いてから、逆に問う。
「知らないままの方が良かったか?」
「…………いいえ。いいえ。そんなこと、あるわけない」
ハルベルは首を振る。実際には、あの奇跡が
「──そうか。じゃあ、選択
ハルベルは顔を上げた。
「ガンティさん
「もう、一つ……?」
「ふざけたこと抜かす
「なぐ!?」
言葉の響きにハルベルは
「村人の皆に防衛戦をしてもらって、その
「…………」
消える。偽りの生を終え、死へと戻る。
「ただまあ、逃げるなら全員がそうなる。どちらにせよ
とはいえ。この娘にとって、これは選択というものにはならないと、アルも知っていた。
「好きにしろ。これは言ってみれば君の──いや、この村の戦いだ。
知っていて選ばせた。戦うのであれば、その姿勢が重要だ。ハルベルの力を意識的に使うことで勝率を上げられる。
アルが教えたのは二つだ。村人
つまりは、ハルベルが無意識に周囲へ垂れ流している魔力を、契約下(彼女にその覚えはないのだが)にある村人たちのみへと流すようにする。
(そうすれば、皆も戦えるようになる……)
ハルベルには、自分の力への自覚は薄い。有り余る魔力があると言われても、それを世に聞く魔法使いのように、力として変換できる気はまるでしない。
アルもあれこれ試させたが、コメントとしては「マジで他の才能無いんだなあ」である。
(でも、父さん母さん……皆が消えるなんて、絶対
そこへ、
◯
その光景は、エンデ村からすらも見えた。森の木々の頂点を軽々越える爆発的な
腰を下ろしていたヘリャルらゾンビ兵、
「うおっ!」
ガンティが思わず身をかばう。吹き飛ばされた枝や土が村の
「おわあ────…………!」
遅れて、叫び声と共に。大きな黒い
「何だ一体……!」
顔の前に手をかざしたヘリャルが、薄れゆく土煙の中に人影を見いだす。
「ぐおおおお、
「お前は」
落ちてきた塊の正体はアルだ。土まみれになった人骨は黒剣を地面に突き刺し、森の先を
(うへえ。村まで飛ばされたか……くそ、スカットゥルンドの起動も
アルは無い舌を打つ。ゾンビ
「こーん ばーん わ」
やがて。
元の銀髪の
「う、うわ、うわああああ!」
村人の一人がその姿に
「おや! 困るね! そこの骨君が私の人間体を吹き飛ばしてしまったからね!
てんでばらばらに無数の手が
「…………んー?」
村の様子に気付いたセッケルが、形のいい
「どうしたのこれ」
「……ゴーレムがやられた。村人を殺さない条件でこれ以上やれば、ゾンビ共を消耗する。だから、監視で
「ふうん。何だ、またぞろ計算外戦力がいたかね!」
再び複眼が村を見た。
「何だ、あ……!」
そこへ、小休止していたミクトラが
(なんたる
彼女が思うのは見た目だけの問題ではない。
「なるほど彼女かね! ……しかし」
セッケルは
「芸術じゃあないか……! 私は勘違いしていたな! これは
しばし後、感極まってうめく。興奮し、村へと
「ふー……じろじろ人を見てるんじゃあないぜ」
だがそこへ、アルが立ち上がる。村とセッケルの間に立ち、剣を突きつけた。
「何だ君か! まだ行動できるとは! 驚きだが、今の私はそこの村人を見たいのだ!」
(
アルが
「どういうことだ、大将」
「気付かんのかね! まあ無理ないな! アレはねえ! ゾンビだよ! 君らと同じだ!」
「な。何ぃ……?」
聞いたヘリャルは村人へと顔を向け、目を
「いや
「何……!? では……」
まくしたてられた事実に、ガンティが
アルが無言でつっかけた。下から
「
魔力を
が、構わず無理矢理にアルを振り回し、投げた。軽々と吹き飛ばされた理由は、彼の重量だけではない。セッケルの力に踏ん張ることが出来ないほど、
「ぬおわぁー!」
「アルッ!」
ミクトラの悲鳴。アルはエリュズ
「術者の気配はぁ……ああ、そこか」
ぐる、と複眼が一方向に向けられた。エリュズ邸、二階。
(やばい)
村人全員とミクトラの意識がシンクロする。止める間もなく、エリュズ邸の二階上部が急速に干からび、
しかし、崩れた屋根から現れるのはハルベルを抱く
「強引なアプローチは
「彼女かね! 玉はァ!
「アルさんっ!」
ガンティの声。意図するところは明白だ。撤退。
「投げろぉぉおお!」
続けてのガンティの号令で、恐怖を耐えることに成功した村人たちの投げ
無論、セッケルには通じようもない。
「みんなっ! 逃げてぇっ!」ハルベルが必死の
「……『
セッケルが静かに告げた。ヴァンパイアロードは
「これは……まずいか……!」
ミクトラが
「やれやれだ! 先行の術と食い合って
「……にしてくれてんの」
「うん!? 何かね?」
ハルベルの声。セッケルがわざとらしく耳へと手を十本ほどそえた。彼女の目に炎が宿る。
「みんなに! 何してくれてんのよ!」
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