四章 勇者、久しぶりに本気出す(8/10)



   ◯



「ぬっぐ……!」


 大気のれつ音と共に、数本の樹木が紙細工のようにへし折れ、上空へ舞い上がった。


 黒い炎をまとったアルが草をまき上げながら後ずさる。


「はっは! 何だねその魔力は! やみりゆうきばなぞどこから手に入れた!」


 セッケルのこうしよう。黒い炎を開放したアルが正面から力負けしている。戦闘を開始してから十数分。彼が劣勢という段階で済んでいるのは、アルの持つ戦闘技能、経験、聖剣の三要素が食い下がっているからだ。


 大物すぎた。ただのヴァンパイアロードやハイリッチーならば、アルには確かな勝算があった。しかし、セッケルの力は同種の上層よりもさらに一段階上の次元だ。


「なんつう変化の種類だ、ゲテモノ食いめ…………しゃーないな」


 決意をする。アルは剣をけんこうこつかつぐ。ヴヴヴヴヴヴヴ、と音が発せられる。これは聖剣からの音ではない。周囲の空間が、剣に集まる力にきしみを上げているのだった。


 聖剣が黒の炎をまとい、大理石のようなまだら模様へと変化する。


「動剣・『カンオロシ』──」


 特殊な走法──えんそくにより数十メルを詰め、けんこうこつから剣を跳ね上げ、大上段で振り下ろす。白黒の波動が、通り道を空間ごとさいしながらいつせんす。それは空間どころか、極低範囲ではあるが過去と未来すら切りいて打ち込まれる。東国剣技の極みの一つだ。


 けんせんがセッケルの見えない障壁をも一息に食い破り、やすやすと彼の体を通り抜け地面へと到達した。余った力がかんけつせんごとく天へと立ち上る。


「やべっ!」


 しかし。アルは急いで刃を引き戻し、背後へ飛ぼうとする。


「遅ォいっはぁ!」


 セッケルが爆発した。切り裂かれた体内から幾百のがのぞき、倍する数のきば、爪がアルへ向かって飛び出す。


 しようとつする。上空の鳥は、森がぜるのを見た。



   ◯



「良かった、皆まだ無事……」


 エリュズてい二階。ハルベルはそっと自室のカーテンのすきから、村の様子を確認する。


「じゃ、ないんだよね。みんな、死んでるんだ……」


 彼女は肩を落とした。ベッドに戻り、腰掛けてひざへと顔を埋める。


(昨日、アルさんが教えてくれた。この村の真実を。──うそだと思いたかったけど)


 目を閉じる。自分と周囲へのつながりを意識する。屋内で、目を閉じてなお、百以上の村人たちの位置が知れてしまう。




「それが契約のラインだ」


 あの夜、事情を明かしたアルはそう言った。死者とりよう術士をつなぐ、たましいりよくの契約。


 自覚してしまった。これまで無いものと思っていたものを。無いものとしていたものを。


 ハルベルが顔をシーツへ埋めたまま、独り言のように返す。


「小さい子だっているのに。カンティルさん家のアルンちゃんにメイちゃん、シュミノさんの所の子なんて、まだ赤ちゃん……あの子たちも、そうだっていうの……?」


 アルはしばらく置いてから、逆に問う。


「知らないままの方が良かったか?」


「…………いいえ。いいえ。そんなこと、あるわけない」


 ハルベルは首を振る。実際には、あの奇跡がうそのようだと思っていた。こんなことがあるのかと疑問に思いながら、村人たちの笑顔に彼女はそれを忘れた。


「──そうか。じゃあ、選択タイムだ」


 ハルベルは顔を上げた。


「ガンティさんたち──村の皆さんの望みは君が生きることだ。俺が君を逃がす。だがもう一つ」


「もう、一つ……?」


「ふざけたこと抜かすやつらのはなつらなぐり飛ばす」


「なぐ!?」


 言葉の響きにハルベルはあつられる。


「村人の皆に防衛戦をしてもらって、そのすきに俺が大将首を取る。断っておくが、確実に成功する訳じゃないし、こっちでも幾人かは本当に消える可能性はある」


「…………」


 消える。偽りの生を終え、死へと戻る。


「ただまあ、逃げるなら全員がそうなる。どちらにせよせいは出る。だから──」


 とはいえ。この娘にとって、これは選択というものにはならないと、アルも知っていた。


「好きにしろ。これは言ってみれば君の──いや、この村の戦いだ。けん売ってきたクソ野郎を殴り飛ばすか、どうか。俺も協力はさせてもらうとしてもね」


 知っていて選ばせた。戦うのであれば、その姿勢が重要だ。ハルベルの力を意識的に使うことで勝率を上げられる。


 アルが教えたのは二つだ。村人たちへの契約ラインを意識すること。そのラインへと、りよくを沿わせること。


 つまりは、ハルベルが無意識に周囲へ垂れ流している魔力を、契約下(彼女にその覚えはないのだが)にある村人たちのみへと流すようにする。




(そうすれば、皆も戦えるようになる……)


 ハルベルには、自分の力への自覚は薄い。有り余る魔力があると言われても、それを世に聞く魔法使いのように、力として変換できる気はまるでしない。


 アルもあれこれ試させたが、コメントとしては「マジで他の才能無いんだなあ」である。


(でも、父さん母さん……皆が消えるなんて、絶対いや


 ひざから顔を上げる。その目には確かな意志がある。


 そこへ、はるか森からごうおんが届いた。



   ◯



 その光景は、エンデ村からすらも見えた。森の木々の頂点を軽々越える爆発的なしようげき


 腰を下ろしていたヘリャルらゾンビ兵、まどいながらも交代できゆうけいを取って敵をにらんでいたガンティたち村人が、同時に空を見上げる。


「うおっ!」


 ガンティが思わず身をかばう。吹き飛ばされた枝や土が村のしき内まで飛んで来ていた。


「おわあ────…………!」


 遅れて、叫び声と共に。大きな黒いかたまりが今度は村の手前、ヘリャルたちの目前へ落ちてくる。ほうだんなみの勢いで地面に激突し、盛大な土煙を上げた。


「何だ一体……!」


 顔の前に手をかざしたヘリャルが、薄れゆく土煙の中に人影を見いだす。


「ぐおおおお、こつばん打った……!」


「お前は」


 落ちてきた塊の正体はアルだ。土まみれになった人骨は黒剣を地面に突き刺し、森の先をにらんでいる。その体にまとわりつくよろいめいた黒の炎は、ヘリャルの記憶からはずいぶんと薄く、小さくなっているように見えた。


(うへえ。村まで飛ばされたか……くそ、スカットゥルンドの起動もしようげきで切れてやがる)


 アルは無い舌を打つ。ゾンビたちと村人はきんこう状態にあるようだが、みずからがこの様ではどうしようもない。


「こーん ばーん わ」


 やがて。ぎようが森の木々を引き倒しながら現れた。


 元の銀髪のしんおもかげは髪にしか残っていない。目はめいた複眼に、腕は虫の足めいた鋭さを持ち、下半身は無数の人間や獣、ものの手で構成されていた。


「う、うわ、うわああああ!」


 村人の一人がその姿にきようこうをきたした。精神が耐えかねたのだ。


「おや! 困るね! そこの骨君が私の人間体を吹き飛ばしてしまったからね! おさえがかなくて失礼した!」


 てんでばらばらに無数の手がうごめいて、結果として滑るように高速で巨体が動く。


「…………んー?」


 村の様子に気付いたセッケルが、形のいいあごさきをヘリャルたちから村へと動かしながら、複眼をきらめかす。最後にヘリャルへ向けて、問う。


「どうしたのこれ」


「……ゴーレムがやられた。村人を殺さない条件でこれ以上やれば、ゾンビ共を消耗する。だから、監視でとどめている」


 流石さすがに緊張したおもちで、ヘリャルが説明する。それを気にする様子もなく、セッケルは首を百八十度かしげた。


「ふうん。何だ、またぞろ計算外戦力がいたかね!」


 再び複眼が村を見た。


「何だ、あ……!」


 そこへ、小休止していたミクトラがあわてて現れた。やはり、セッケルの姿を見て絶句する。


(なんたるもの……あのキメラよりもはるかに……)


 彼女が思うのは見た目だけの問題ではない。りよく操作の訓練を多少なり積んだ彼女には、セッケルの力をごく一部とは言え感じることができた。


「なるほど彼女かね! ……しかし」


 セッケルはわずかにミクトラへ視線を向けたが、すぐに村人たちへとその興味を移した。


「芸術じゃあないか……! 私は勘違いしていたな! これはかいじゆなどではない!」


 しばし後、感極まってうめく。興奮し、村へとけ寄ろうとする。


「ふー……じろじろ人を見てるんじゃあないぜ」


 だがそこへ、アルが立ち上がる。村とセッケルの間に立ち、剣を突きつけた。


「何だ君か! まだ行動できるとは! 驚きだが、今の私はそこの村人を見たいのだ!」


流石さすがは死の王様だ。気付いてらっしゃる)


 アルがみする。


「どういうことだ、大将」


「気付かんのかね! まあ無理ないな! アレはねえ! ゾンビだよ! 君らと同じだ!」


「な。何ぃ……?」


 聞いたヘリャルは村人へと顔を向け、目をらす。しかし、確信は持てなかった。


「いやりよう術もここまで来るとせいに迫るな! なるほど納得! 我が死病は解呪されたのではなく上書きされたわけだ! お見事! では術者は!?」


「何……!? では……」


 まくしたてられた事実に、ガンティがしようげきを受けている。それを完全に無視して、首を伸ばして村をのぞき込もうとするセッケル。


 アルが無言でつっかけた。下からおそう剣は無数の腕によってつかみ止められる。


じやは良くない!」


 魔力をはじく黒剣をつかんだセッケルの複腕が、ばちりばちりと音を立てる。


 が、構わず無理矢理にアルを振り回し、投げた。軽々と吹き飛ばされた理由は、彼の重量だけではない。セッケルの力に踏ん張ることが出来ないほど、魔力駆動マナドライブも弱くなっていた。


「ぬおわぁー!」


「アルッ!」


 ミクトラの悲鳴。アルはエリュズていへと壁をやぶり突っ込み、見えなくなる。両者に決定的な戦力差が生まれているのは誰の目にも明らかであった。


 すでにセッケルの興味はアルから離れている。村の前までにじり寄り、村人たちめ回す。それだけで、数人が意識を失った。


「術者の気配はぁ……ああ、そこか」


 ぐる、と複眼が一方向に向けられた。エリュズ邸、二階。


(やばい)


 村人全員とミクトラの意識がシンクロする。止める間もなく、エリュズ邸の二階上部が急速に干からび、くずれていく。激烈な『精命吸収エナジードレイン』だ。


 しかし、崩れた屋根から現れるのはハルベルを抱くがいこつの剣士。アルだ。剣を向ける。


「強引なアプローチはきらわれるぞ、王様」


「彼女かね! 玉はァ! じやはイケないよ骸骨君!」


「アルさんっ!」


 ガンティの声。意図するところは明白だ。撤退。


「投げろぉぉおお!」


 続けてのガンティの号令で、恐怖を耐えることに成功した村人たちの投げやりが飛んだ。一秒でも足止めするためだ。今や防衛どうこうの段階ではない。


 無論、セッケルには通じようもない。りよくが乗ったやりは、それでもセッケルの体にわずかな煙を残しながらずぶずぶと沈み込んでいくのみだ。


「みんなっ! 逃げてぇっ!」ハルベルが必死のぎようそうで叫ぶ。


「……『死霊隷属エンドオーダー』……しずまりたまえ」


 セッケルが静かに告げた。ヴァンパイアロードはりよう術にも似たアンデッド支配能力を持つ。ゾンビである村人たちでは抗しようもなく、うめきをあげながらひざを屈した。


「これは……まずいか……!」


 ミクトラがせんりつする。最高戦力同士の戦いで押し負け、数的なきつこうすらくずれた。追い打ちをかけるように、しぶしぶではあるがヘリャルも剣を抜く。ゾンビたちも戦闘態勢に入る。


「やれやれだ! 先行の術と食い合ってあやつるとまではいかないね! では攻め入ろうか!」


「……にしてくれてんの」


「うん!? 何かね?」


 ハルベルの声。セッケルがわざとらしく耳へと手を十本ほどそえた。彼女の目に炎が宿る。


「みんなに! 何してくれてんのよ!」


 やみいろほとばしる。可視化されるまでに束ねられた魔力が、ハルベルから立ち昇った。

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