四章 勇者、久しぶりに本気出す(6/10)



   ◯



 結局のところ。村人たちが心を決めたのは最後に付け足した、


「いよいよ無理だとなったらハルベルちゃんをさらって二人で逃げますよ」


 というアルの念押しだった。それならやるだけやるか、と村人たちの心は決まった。


(うーんハルベル強し)


 アルが向かっているのは、そのハルベルの眠る部屋だ。夜もけたが、外では村人たちが急いで村の入り口前の地面を掘り、くい付きの柵で固めている。


「ハルベル。起きてるか」


 部屋をノックしながらアルが聞く。


「……は、はい!? え! おお!? おき、ぽきていやごめんちょっと待って!!」


「起きてるな」


 彼はようしやなく部屋に入った。


「い────や──────!!」


 中でシーツに隠れているのは、当然ながらハルベルだ。アルはあきれてこつばんに手骨をやった。


「何してんの」


「起き抜けなのにー! 髪ぼさぼさで顔むくんでて!」


「知らん知らん。俺なんて乱れるほどの髪もむくむ肌もない」


 からころ歩いて、ベッドに腰掛ける。この辺り、すでにアルは遠慮がない。彼の感覚では共に戦場をければ戦友である。


「なによぅ……」


 ハルベルは、村の事情を知らない。くぐもった声がシーツの下から響く。ありふれた少女の声からは、昼間の度胸は露も感じられない。


 アルは、自分は非道かもしれないと思う。それでも彼は行動を止めない。彼は勇者である。情を知り、の人々の守護を信条とする。


 しかし。平行して、他の何よりも彼を勇者たらしめた要素がある。


こくな話をしにきたのさ」


 アルは──かつての勇者アルヴィス・アルバースは、確実に必要だと分かっていることを、躊躇ためらわない。


 自分が死んだ時のように。



   ◯



 翌日の朝。村の入り口でちょっとした騒ぎが起こっていた。


「騒がしいな」


 アルは近場の青年に事情を尋ねる。


「なんか、女の冒険者が一人やってきたって話です。それが、この村の秘密を知ってるかのような口振りで。入れるわけにも帰すわけにも行かないんでどうしようって……」


(こんなタイミングでか)


 アルは村入り口へと歩いていく。徐々に、けんそうの内容が聞き取れるようになる。


「ですから、この村は今立ち入り禁止なんですよ」


「だから、この村にアンデッドがいるかと聞いている!」


(ああ、はい。分かりました)


 彼は大体理解した。聞き覚えのある声。さっさと声の方へ向かう。赤髪の女剣士が村人たちと押し合いへし合いしている。


「ミクトラ!」


「おおアル、いたか! こっちへ向かったと聞いてな!」


「良く来てくれた! ……んだけど……んんんん~~~~でもなぁ~~~~…………」


「な、なんだとうとつに複雑そうにがいこつかかえて」


「結構なてつなんだよ今ここ」


「……お、お知り合いで?」ミクトラの手で頬をぐいぐいやられている若者が、苦しげに聞く。


「すまなんだ。彼女が言うのは俺のこと。入れて大丈夫」


 ミクトラを迎え入れて、そういえば、とアルは思う。彼女にはいきさきを教えていたのだった。


「……とりあえず、まずは来ちゃった理由を聞こうか」


「ああ……あのな、貴方あなたが売れと渡してきた水晶。あれ、とんでもないしろものじゃないか! 孤児院どころか城が建ちかねん! 私程度の働きで、あんな代物もらうわけにはいかんぞ」


 ミクトラは憤然としたものである。アルはとうこつをぽりぽりと引っかいた。


「……ミクトラ。君、本当に育ちがいよな」


「む。なんだそれは。からかっているのか?」


「超めてる」


「ならばよし。……さて、鉄火場と言ったな。それならば、水晶をもらう埋め合わせをさせてもらおうか。手を貸そう」


 ミクトラは強気に笑う。アルは下を向いてけいついを振り、あきらめの嘆息。


「君ならそう言うと思ったよ。正直助かる──が、今回はマジでけっこー相手ヤバいぞ」


「何、自分が出来ることをするさ。貴方あなたと行動して学んだことだ」


 ひるまないミクトラに、アルも開き直ることにする。


「んじゃまあ時間無いことだし仕事を振ろう。ミクトラ、君、集団そうじゆつなげやり出来るか?」


「デオ流の練達位アデプトめるなよ。専門ではないとはいえその程度たしなみだ」


「ナイス。とりあえず、まずはここのひとたちに基礎を教えてやってくれ。超特急で」


「心得た」


「じゃあよろしく頼む。みなさーん、ちょっとこの人に集まってー」


 へーい、という村人たちの返事。男たちがぞろぞろと集まってきた。


「うわ結構多い……おいアル? どこへ行く。私一人で教えるのかこれ?」


「がんばれファイトけっぱれ気合だ。状況の説明は後でする」


 アルは次の仕込みへ向けて歩き出す。すれ違うガンティに冗談めかして一声かけた。


「俺の……えー、前職のことはご内密に。あの娘、ちょっとこじらせてるから」


 苦笑気味にうなずくガンティと、まどいの声を上げ続けるミクトラを置いていく。


(ミクトラが来てくれて出来たこの時間であと一手……イケるかどうかは分からないが)



   ◯



 そして、日は落ち、満月が村を照らし始める。


 村人総出で時間の許す限りの準備はした。村の入り口前には外にくいを向けた柵があり、さらにその直前には横へ大きく広がる深さ二メルほどの穴がある。穴の左右終点には、掘り起こした土を使ったるいかいして村へ入り込むには、深い森の中や山を通った上で家をいくつか解体して作った柵を越えねばならない。


 そんな村の広場に、村人たちとアル、ミクトラが集まっている。


ものたちの本拠地であるはいとりではハルベルの魔力圏外です。なら、昼間から集団を動かすには親玉の魔力を必要とする。昨夜と今日の朝攻めてこなかったと言うことは、つまり出来ない理由があるということです。敵の幹部は昨日のりよくほんりゆうを『起きた』と言いました」


「……今やっと本調子になったばかりということか?」


 ミクトラが後をつぎ、アルもうなずく。であれば、とアルは心の中で続ける。倒すなら今だ。この先力をたくわえられれば被害はこの村だけで済まない。


「作戦ですが、基本的には村の入り口を固めてのろうじようになります。お願いしづらい話ですが、ひたすら我慢してください。敵はゾンビとグール。グールは可能な限り俺がります」


 しかし敵の数を考えれば、部隊を分けるにはこころもとないはずである。前日のアルのふんとうが功を奏した形になった。


「俺が敵の大将を見つけ次第、ミクトラに協力してもらってそこまですっ飛びます。大将首取るまで、皆さん持ちこたえてください」


 アルが周囲を見回す。流石さすがに村人のほとんどが緊張のおもちだ。


「……とまあ、つらつらと語りましたが」ここで、アルは緊張を解いた。腕骨を広げる。


「気負わずに。負けても死ぬだけです。しかも、病気で衰弱して全身血を吹き出したりとか、心臓を特大じゆおん魔法でブチ抜かれるよりは多分楽です」


「違いねえ!」「ありゃきつかったからな!」「俺おけ二杯ぶんはいたぜ!」


 どっと村人がいた。反面気まずい顔なのは村の事情を聞いたミクトラだ。


「し、死人ジョークにノれない……」


「まー駄目なら俺とミクトラがハルベルかかえて逃げますからね。ご安心ください」


 村人たちの視線がエリュズてい二階へ向く。そして、おのおのが配置へと動く。




「き、来ますかね、敵」


 そして数分後。柵の後ろでやりを持つ男たち、その一人がアルにたずねる。


「っていうか……来たね」


 アルがはいとりでの方向へ目を向ける。青年も顔を向けるが、何もとらえられず疑問を浮かべる。


「もっと上」


 高高度、はるかな高さ。千メルほどか。空を行く影がある。しかしその数は、


「え、あれ敵なんですか鳥じゃなく? ……一体で?」


 すさまじく高い。というか、とりでから来たにしては高すぎる。明らかにわざと高度をかせいでいる。


 眺めていたアルはそのねらいを推察する。直後、ふんとつじよ変わった。


「ミクトラッ!」


「い、今やるのか?」


「状況が変わった。あれは!」


 アルが助走距離を取る。空を飛ぶワイバーンらしき影を、ミクトラと挟む位置に立つ。


「……わかった!」


 ミクトラが剣を下段に構える。そして集中。剣へとりよくが流れ込んだ。魔力をることにけた者ならば、その腕部にもいくらかの魔力が通っていることが感知できただろう。部分的な魔力駆動マナドライブだ。


(ほんと、天才肌だこと……!)


 無い舌を巻きながら、アルはしつそうする。魔力駆動マナドライブ開始。風を貫く速度になってから数歩後、大きく踏み出す。き足の落下先は、ミクトラの剣の腹だ。


「おおおおおおおおぉおぉっ!」


 足骨が触れた瞬間。こんしんの力で、ミクトラがアッパースイングする。彼女の手元が、アルの踏み込みの重さを得る。


「……てぇっ!」


 振り抜いた。


 アルはそのスイングの最高力点で、剣をる。すさまじい速度で宙へと飛んでいく。加速を殺さぬ内に、魔力の足場を作り、け上る。一歩で数百メルの高度を稼いでいく。


 先ほど説明した通り、本来は敵軍奥の親玉の元へアルを突っ込ませるための合体技だった。しかし、このままでは村の中へ直接、降下する。


(やり返されてたまるかっつの! 速度が乗ったら止められねえぞこんなん!)


 宙を跳ぶアル、三段。四段。五段。そこで、前へと飛んだ。


 ワイバーンへと迫る。その体色は黒い。亜種かと言えば、それは違うとアルの直感が告げていた。


 数メルのたい全体をこうかとするような、黒剣のいちげき。それを、ワイバーンの背中から生えた腕が受けた。切断できない。


「やっぱな……! !」


「なるほど、君がそうかね!」


 ワイバーンの口から、不自然になめらかで、わく的な男の声が響いてくる。


 ワイバーンの重量も加わり、時速五百キルにも迫る勢いで二体が落ちていく。


「頭が一匹で来るとはい度胸してやがるな!」


「匹は止めたまえ匹は!」


 腕が増える。アルへとおそいかかる腕をマントがひとりでに動いてはばむ。武器への魔力駆動マナドライブの応用だ。地表が徐々にアルの視界を占領してくる。このまま落ちればアルの体はくだけ散る。


「せいっ!」


 黒剣を振り切る。切り裂くことは出来ず、しかし打撃による追加速度を得て、ワイバーンのような何かは地面へとついらくする。


 アルはマントを広げた。端を足指骨で強く固定。急激な空気抵抗がかかり、速度が大きく減じた。さらに地面が近づき、


「分離ぃ!」


 アルの体がばらばらになる。部位となった骨たちが地面へと落ちる。頭部と上半身が、マントにくるまれてふわりと軟着地した。


 落下点はエンデ村からおよそ一キル離れた場所、森の中だ。木々がワイバーンの落下によりなぎ倒され、小さな空間が出来ている。地面に広がるのは、肉塊とバラバラの白骨である。


 数十の骨たちが、ひとりでに動いて組み上がっていく。


 やがて。完全に元通りになったアルが、ワイバーンの死体を見下ろす。


「さっさと戻れ。このレベルの変化が出来るヴァンパイアが墜落で死ぬわけないだろう」


「ウフフフフ! ウフフフフフフフフフフ!」


 にくかいに、そこだけ無傷のくちびるが浮かんだ。


「これはオークごときが手に負えなくても仕方ない。罰にアンデッド化なんて、彼らには悪いことをしたものだ。まあ反省して次にかそう!」


 死体が、黒い不定形の何か──霧となる。それが宙で細長くまとまり、人体の姿を取った。黒に色が付き、確かな物質としての重みを得る。


 現れたのは、長い銀髪をたなびかせた、正装のしんだ。




◆ヴァンパイア(人間敵対度……S。人類にとって永遠の捕食者である)


 ゾンビと並ぶアンデッドの代表格。ただし、ゾンビをボトムとするならヴァンパイアはトップである。


 力、知能、りよく、強度、特殊能力。あらゆる点において全種族中でも上位にある強力な魔物。


 最も特徴的な能力が、吸血によるりよう、そしてそれによりアンデッドをみずから作り出すこと。放置すれば一つの村や町がそっくりかいめつすることもあり極めて危険。


 反面、日光や銀製の武器、流水などの弱点も多い。


 だがこれも、上位種のロード級ともなればある程度の耐性を持つようになる。加えて単純な物理攻撃はほぼ無効、アンデッドをあやつりよう術士にこくしたスキルを持ち、さらには固有の能力を身に付けることも少なくない。まさにアンデッドの王に相応ふさわしい力を持つ魔物。


 勇者アルヴィスいわく『長引けば長引くほどあれこれやってくるんで、しよぱなに多重支援かけた聖属性のでかい一発でぶっ飛ばすのが一番。倒してもちりに封印かけるまでが吸血鬼戦です』




「あの世に行ったらあやまっとけよ」


 ティグ村を占領していたオークのことだ。彼らは目の前のヴァンパイア──間違いなくロード級──の配下だったというわけだ。そして敗走の責を取らされ、アンデッド化された。


「君に伝言を頼んでも良いかな?」


 すでにワイバーンのにくかいは血の一滴すらもそのこんせきを残していない。丸ごと、アルの目前に立つ男へと変化してしまった。銀髪の吸血鬼は、芝居がかったぐさで一礼する。


「──この私、魔王りよう軍団長であり、じゆうしんおうセッケルの、いさぎよく気高い謝罪の言葉を! 実に! すまな! かった!」


(はあ!? 十堕臣?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る