四章 勇者、久しぶりに本気出す(5/10)
◯
「寝ましたか」
「ま、疲れているでしょうしね。すぐ沈没しました」
数時間後。エンデ村、冒険者組合支部内。ガンティが家に戻ったハルベルを寝かしつけてやって来たところである。支部内には村の
「だから
アルが受付嬢に向き直って詰め寄る。
「……えーと……それねー……」
それを伝えても、受付嬢はおろか村人
「アルさん。私がお話します」
ガンティの言葉に、村人
「……いいのかガンティ。彼は外部の者だぞ」
「ここまで巻き込んでおいてそれは通るまいよ。それに、
村人
(フツーの村の住人だろう……? 何でこの状況でこんなに落ち着いてる)
机に
「まずはお
「こっちも宿の恩があるんで、気にしてないですよ」
「痛み入ります。しかし、事態は私の
「取り囲む魔物以外に、何か?」
アルの疑問に、ガンティは一つ息をついた。これを語ること自体が、一仕事だというように。
「我々は、アルさんと同じなのです」
「……同じ? 肉は付いてるように見えるんですが……なんつって」
冗談に、しかし戻ってきたのは予測を超える
「死んでいるのですよ、ハルベルを除く、村の皆が。老人から子供までね」
暖炉の火が軽い音を立てる。人口密度は高いはずなのに、その音がはっきり聞こえるほどに誰もが黙っている。身じろぎすらせず。
死人のように。
やっとのことで、アルがうめくような声を上げた。
「……ンな馬鹿な」
「事実です。我々はいわゆるアンデッドです。分類するならゾンビでしょうな。生前と同じように活動できるというだけの」
「そんなゾンビは聞いたこともない。というか、それゾンビって言うのかな……」
「……以前に
「ハルベルから聞きました」
ガンティはそこで
「それで我々は娘を残し
押し黙るアルへ、横からグレトが腕を差し出した。
「私に触れてみてください。……アルさん、温度は?」
「感じようと思えば。──失礼」
アルがグレトの二の腕に触れる。骨に伝わるその体温は、生者の熱ではない。
「術者は誰です。こんなレベルの……」
思わずアルが勢いづく。彼の
「この村でそれが出来た人間は、一人しかいません」
ガンティ他、村人
「──我が娘、ハルベルしか」
「……それこそあり得ないでしょう。ただの村娘が、これだけの人間を、これだけの高機能なゾンビにして、維持するなんて」
「あれは……死の神ネーガルに見初められてでもいるのかもしれません。しかし、数々の出来事を前にして、我々はそれをどうやら事実だと認めざるを得なくなった」
ガンティは首を力なく左右で揺らした。
「我々も、最初は何事かと
それにはアルも再びの
「じゃ、じゃあこの土地一帯に広がる
「ハルベルによるものです。あの子は昼間、我々を維持するため魔力を満ちさせている」
「常にその状態であれば、肉体が
アルが手骨で顔を
かつてヘイベル法国の都を乗っ取り死者の国を作ったハイリッチー・
断崖の町ガイムラで
それらと並ぶ、あるいは
(昼間俺が予想以上に長く戦えたのも、彼女のおかげか。足手まといどころじゃなかったな)
アンデッド
「……村の外で見つけた遺体は」
「
「
グレトの
「俺が疑われもしなかった訳ですね。自慢じゃないですが、信用されるのは得意じゃなくて」
道理で、夫妻が夜に村から出て山菜取りなどしているはずだ。
(最初に会った時俺に
「このような体になってからは、同族の気配は分かるようになりましてね」
そして、居並ぶ村人の一人が声を上げた。
「俺たちは、死に行く村の中であの子が一人、皆のために走り回っていたのを覚えている」
「だから、あの娘のために俺らはいる。死人の俺らは」
村人が一様に
「ゆえに──アルさん。
ついに
「あなた方は、どうするんです」
村人
「……どうせ、一度死んだ身だしね」
答えたのは受付嬢だ。気だるげな
「……
──あの娘のためなら、もう一回くらいは死んでいい」
「行くのは、今すぐです。寝ているハルベルを連れ、一刻も早く村を」
アルは視線を上にやった。そのまま天井を見るようにのけぞる。数秒。
「
「い、嫌って……」「テンション高い拒絶!」「おいおいおいおい」村人が
「お、お話、聞いてましたよね?」横からグレトが顔を出し、ガンティが言い
「
「断・固お断りします。俺の趣味じゃない」
それに対し、アルはぷるぷると
「趣味などと言っている場合では」
「俺の素性はお話ししましたね」
「え、ええ……勇者アルヴィスを助けた、とか」
「あれは
言って、アルは自分の
「う、
「なんだ、黒い……
胸骨とは、文字通り胸部にある骨であり、通常、胸骨柄・胸骨体・剣状突起の三部から成り、
しかし、アルの胸骨。それは真っ黒な一本の骨で形作られていた。通常の胸骨に比べ図太く、長く、その先もまた鋭利に
「いや、骨と言うより、巨大な獣の爪か
「当たり。これは、
「……
これに、受付嬢が
「……上位アンデッド。しかも言うことが本当なら素材は最高級。そりゃワイバーンにグールとゾンビの軍勢も追い返すってわけだわ」
ぱ、とアルが
「自前のは死んだ時に
「ま、待て待て待て。堕竜王ディスパテって言ったら、勇者が最終決戦の時に倒したって……」
ディスパテは、戦争初期に
「ならあんたは、少なくとも魔王と戦う直前まで生きてたってこと…………」
ざわつく村人
「……アルさん。生前のお名前を、教えていただけますか」
「アルヴィス・アルバース。生前は勇者を少々」
「────────」
室内から声が消える。居並ぶ者
「証拠はまあ、いくらでも」
ぽいぽいと、アルが袋から机上に物を置く。アルヴィスの冒険者証。連合五カ国王連名の国家間通行許可証。アルヴィス
「信じてもらえました?」
「人は辞めましたが、勇者を辞めたつもりは無いので。もっかい死ぬ前に、戦いませんか」
どよめきが広がった。アルの正体が村人
「で、でもだな」
一人の青年が声を上げる。
「あ……あんたが勇者様だってことは、一応、
「け、けどよお、勇者様だぞ。
「そ、それもそうだな!」
「いや多分今の俺より強いんだけど。俺、生きてる時の強さの半分くらいだし」
「「「おぉ──────い!?」」」
村人
「……最高の素材と素体で作られた
一人冷静な受付嬢が、心当たりを探るように宙を見る。
「……元からオークとかを従えてたと考えると、黒幕も魔物な可能性は高い。
「おっ話せるね。生前の俺が監修した魔物図鑑お勧めよ」
「初版で持ってる」
「マジで……。ありがとう。今度サインするわ」
「いやいやいや、そのようなことを言っている場合では」
感動するアルへガンティが割って入り、村人
「そうだぜ勇者様、あんたが勝てないんなら、結局ハルベルちゃんと逃げるしか」
「勝てない、とは言ってませんよ」
後ろからの声に、アルは振り向く。
「うおおお頭が! 百八十度ぐるっと! 怖い!」
「こいつと俺の剣技と魔法で、ある程度格上にも勝ちは拾えるとは思います」
アルは首を戻しつつ、立てかけた聖剣を示す。
「な、なるほど……勇者だもんな」
「ただ、そのためには親玉と一対一に近い状況を作りたい。つまりは、あなた方におよそ30のゾンビを
それに、再びのどよめきが走る。
「戦えって、ことか」
「出来るのか俺らに。そんなこと……」「無理じゃねぇ?」「ゴブリンはなんとかなりそうだけど、オークはな……」「でもよ、元々死ぬつもりだったわけだろ俺たち」「死んでるけどな」「ハルベルちゃんが危険になるだろ」
小声でああでもないこうでもないと話し始める村人
「私は少々、無理が多いように思えます。我々は確かに普通の人間と変わらぬように動けるゾンビです。しかし、それは普通の人間と変わらぬ程度の力しかないということ。戦闘や狩りの心得がある者も、私を含めて十人いるかどうか。それでゾンビとは言え、元は兵隊のゴブリンやオークどもを引き受けられますかな」
「俺が指導します。彼らの目的は、あなた方の
「
考え込むガンティ。彼の頭の中にあるのは、戦闘の可否よりもむしろ、ハルベルの安全だ。とはいえそれは、村人全員の考えでもあった。
「どうする……」「勇者様の言うことが本当なら何とかなるかもしれないが」「死人の俺らのためにハルベルちゃんが危ないってのはなあ」「それな……」「やれるんならやりたいもんだが」「──大体、俺らが生きてること自体、不自然なことだ」
ざわめきは続く。村人
「『いるんだからしょうがない』」
アルがざわめきの
「だそうです。俺の、心の
「勇者様の……?」
村人
「今の
「それは……そうだが」
そうでない者は、
「だったら。
アルは村人
「──もう一度言います」
アルは
「
生前、必要に迫られ連合国の兵隊
「何人かは死ぬかもしれません。
──どうせ二度目だ。死ぬなら、前向きに死にましょう」
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