四章 勇者、久しぶりに本気出す(4/10)



   ◯



「残るは……」


 アルは村外れに立ち、数キル先に見える丘の上に立つはいとりでながめやる。


 彼がこの数日、ものそうとうして感じたことは四つ。


 数が多いこと、村に攻めいってこないこと。人間獣問わず、アンデッドの比率が多いこと。


 では、最後の四つ目は。ハルベルも昨晩言っていたことだ。


(村人の死体……これまでに俺が見つけただけで三人)


 アルが魔物の掃討中に見つけたものだ。それらは、村からかなり離れた場所にあった。かれたましいすでに昇天しており、アルが村へと連れ帰りまいそうされた。


「にしても、俺を疑う人が全くいないのはちょっと分からんな……。遺体に外傷はほぼ無いが、信用されている……というには……うーん、半々……」


 つぶやきつつも、アルの視線ははいとりでから離れない。魔物が住み着いたという場所。


「あそこをれいにしてやれば、魔物もいなくなるかな?」


 そうして、彼が足を踏み出した時だ。


 ぶあ、とはいとりでから黒い何かがき出た。それは、いやは、空と地面とに広がり、こちらへと迫ってくる。


「……おいおいおいおいおい」


 アルは視覚への魔力を強化する。そして、見た。百にも迫る数の魔物を。しかも、


「アンデッドの……軍勢だと?」


 彼は一瞬後方──村を振り返り、即座に向き直る。疑問その二が消えそうなことを認識する。そして、けた。


(村との中間点で迎えつ!)


 走りながら考える。まず間違いなく、はいとりでには何かがいる。この村周辺の魔物の増加は、その何かによるものだ。


 丘へ続く道を望む草原。そこでアルは足を止める。頭上には先行するワイバーン。五体。


(……めんどくさ!)




◆ワイバーン(人間敵対度……C。野生は人を襲う。しかし、飼い慣らすことも一応は可能)


 りゆうと称される竜の最下級種。首が長く、手はない。


 体重・生態共に通常のものの範囲を出ておらず、竜の生態的特徴である魔力駆動マナドライブも飛行にともなう最小限である。


 しかしそれでも竜の端くれ、成体ならば翼を広げれば五メル以上にもなり、体重も百キラムを下らない。さらにそのたいで最高しよう速度は時速百キルを軽く越える。


 カギ爪ときばにより攻撃を行うが、大型個体はつばさによるしようげき波を飛ばすことがある。そのりよくは馬車を一撃でくだくことすらある。


 特筆すべきは他者にれることで、この種を従えるテイマーは熟練者にまれに存在する。


 勇者アルヴィスいわく『飛んでるから外で会うとしんどい。屋内でも強いんだけど』




 まずは空中の相手をどうにかする必要がある。


(久しぶりだけど、出来るかなっと……!)


 アルは自らの足裏に魔力を集中させ、足場を作り空中へと踏み出す。け上る。


 高度三百メル。落ちかけた日がアルを照らす。最も高所のワイバーンの目の前にあっという間に到達した。ワイバーンが驚いたかのようにその場で翼を打ち、急制動をかける。


「ガァッ!」


「こんちは。何しに来るのか聞いていいかな」


 ワイバーンが即座にせんかいし、返答とばかりアルへと横から首を伸ばす。鋭い牙がひらめく。


 その口中へ、瞬時に黒剣が突き込まれた。


 黒剣からは薄黒いオーラがゆらめいている。魔力駆動マナドライブ


「やる気があって大変結構。悪いが、足場になってもらう──動拳、『ハツソウシユウ』──!」


 眼下のワイバーンを見定めルートを組み、アルがんだ。すでに魔力の足場は必要ない。


 直後から、アルが大空をじゆうおうじんに飛び回る。ワイバーンへ飛び移り、一刀のもとにり捨てて次のワイバーンへ、それを繰り返していく。


「最後──」


 すさまじい速度の弾丸と化したアルが、逃げる間もない最後の個体へと剣を構えたまま激突する。そのまま地面へ。地を行くアンデッドの群が迫る。


 アルは地面へとしようとつする寸前にワイバーンをりつけ後方へ宙返りを打つ。


 アンデッドたちにしてみれば、大質量のほうだんが落ちてきたと同じようなものだ。


 群の前列へたたまれたワイバーンが、幾体かのゾンビを押しつぶす。そのてつついを下した存在──アルがりよくの足場を経由しつつ、そのさんじようへいげいしながらゆるやかに地へと降りた。


「おばんです。思い切りたたんでおいて悪いが──降参の意志は?」


 かなり大上段からの発言であるが、割とハッタリである。


(連日の戦闘で! 魔力が! あんま! 無いです! かえって!)


 しかしゾンビたちは無言。代わりというかのようにアルを包囲し始める。


 間近で見れば、群の内訳はかなり多様だ。ゴブリン、オーク、人間。人間のゾンビが少ないのは、村の周りと同様だ。


(統制されたアンデッド……これまで村に攻め込んでこなかったことを考えても、明らかに何らかの意志がある)


 そこへ、群の中から一体の影が現れた。その姿にアルはけいかいの度合いを強める。


 それはオークのゾンビに見えた。しかし肌は青く変色し、その動きにかんまんさは無い。そして体表には魔力が通るもんようが見て取れた。




◆グール(人間敵対度……A。生態的にほぼあいれない。知能はあるがその分けいに危険)


 ゾンビの上位種で、端的に説明するなら「魔力駆動マナドライブしているゾンビ」である。当然通常のゾンビやスケルトンとは比較にならない力を持ち、生前の能力も使いこなす。


 通常、発見次第、正規の兵隊や冒険者が一小隊級の人数で対抗する強力なものである。


 主に高位のハイリッチーやヴァンパイアにより、死体から作られる。特にヴァンパイアの吸血による殺害時に、自分の「子」を作らない場合、せい者次第でグールと化す可能性があるため危険である。


 勇者アルヴィスいわく『街にまぎれ込んだりするんで超困る』




(黒幕いるの確定)


「貴様ァ! 見つけたぞ!」


 とつじよオークグールから声が発せられた。


「……どっかで会ったかな? 生前の知り合い? 最近物覚えが悪いんだ。脳が無いから!」


 軽口をたたきながら、アルにはうっすらと見当が付いていた。


「な、何て言い草しやがる! 貴様のせいでおれたちはなあ!」


「おー……はいはい、ティグ村にいたやつか」


 そういえば、とアルは思う。逃げたオークたちの情報はあれから聞いていない。


「あのとりでにいるのがお前の上役だったってわけか」


 その時だ。止まっていたアンデッドたちがアルとオークグールをかいするように進み出す。


「おいこら待て!」


「おおっと! お前の相手はこの俺だぜぇ……あの村ぶっつぶじやはさせねえよ!」


「ほお……?」アルがつぶやき、オークグールへと向き直った。


 左右をアンデッドの軍勢が流れる中、約五メルの間合いでアルとオークグールが向かい合う。


「ヘヘヘ……生まれ変わった俺の力を見せてやらあ!」


「いや死んでんだろお前」


 アルのツッコミと同時。オークグールの腹に白く輝く聖剣が突き立っていた。


「……アレ?」


「俺もだけどな」


 剣を抜く。音を立ててアルの腕ががあるべき場所へと帰っていく。それが、刀剣の距離ではありえないとつの答えだ。


「色々試してみたがこれが魔力消費的には一番いかな……我ながらちょぅっとキモいけど」


「ぐ……ぐぇっぇぇえええ! ちきしょう、なんだこれ力が抜けやがるぞ!」


「そらまあ、神聖剣の封印解いてるから……俺らにはもうすんごい勢いでく」


 つまり、


「安らかに眠ってくれ」しゅた、とアルが指骨をそろえて手骨を立て、がいを下げた。


「くそったれえぇぇぇぇええぇぇぇええええ──────!」


 オークグールの体内で荒れ狂っていたせいこうが、柱となって彼の体を包み込み強制昇天させた。


「……さて」


 アルはアンデッドの群を追いかけるため走り出す。瞬殺に成功したためさほど距離は離れていない。十数秒で追いつく。


「よしもうちょい……あん?」


 アルが最後尾を無視し追い抜いて行くと、群の先端で何か騒ぎが起こっている。


 少女だ。一人の少女が、ゴブリンゾンビに追い回されている。


「いやっ……ちょっ、待って! 止めて! ぎゃー!」


(ハルベル……あーもう、付いてきてたか!)


 しかしハルベルをねらうゾンビの足取りはか重い。それが単なる村娘であるハルベルを何とか逃げ延びさせている。


 アルが飛ぶ。群の最先端に着地すると同時にハルベルの腰をわきかかえ込む。再び走り出す。


「わああああつかまったああああああ! 止めて離して下ろして止めて! お願いだからスケルトンさん────!」


「ちょっと黙ってなさい! 足バタバタすんな! 俺肉が無いから保持が甘いんだよ!」


「あ、ああああ、アルさん!?」


 アンデッドたちを少し引き離した後、アルはハルベルを下ろす。


「マントの内側に入ってつかまってろ。絶対に離すなよ」


「ひゃ、ひゃい!」


 ハルベルが言われた通りに背中へ潜り込む。


 百近い敵の数。比較して全然足りない残りりよく。背中にくっついたハルベル。アルは不敵に構える。活路が見えているわけではない、が。


「ま、昔やった四人で城落としよりは軽いもんだな。さあて……やるかい」


 集団へ飛びかかる。マントは主の意をんでハルベルを包み込み、移動に付いて行かせる。


(うえええええ! 酔う! 酔うこれ!)


 内部のハルベルは目を回していたが、


(アルさん、こんなにたくさんの敵と……! 村のために……)


 先日の物置の会話を思い出す。彼女の勇を守ると言った言葉を。


(このままじゃ、わたしただの足手まといじゃない……!)


 かつに村を出た自分が悪い。今この状況で何が出来るわけもない。それは自覚している。


(でも、それでも、何か……あのに、何か)


 出来る気がする──。アルが聞けば即「アホか、君は」と切り捨てただろう。


 それでも、ハルベルは自分を背に戦う彼をおもう。


(ご飯の時、言ってた。アルさんはものを食べて魔力に出来るって)


 ハルベルは自らが狂っていないか自分に問いかける。内からの返事はない。か。


「つ・ま・り……! やるしかないからよね……!」


 き気のつばと共に恐怖を飲み込んで、彼女はマントの中でアルの背骨を見た。


(ひいひい! 流石さすがつらいな……!)


 一方。背後の決意を知ることもなく、ゾンビを切り払いながらアルは残魔力と残りの戦闘可能時間を算段する。表情に出ないのは幸いだったと彼は思う。


 アルにはあせりがある。このままでは相手を七割ほど残したところで魔力がかつする。


「……りゆうりよく、解放。ふたを開けよ。しんしよくを許可する」


 なので、彼は即決した。胸から黒い炎のような魔力がき上がり、たちまち全身をおおう。


(さあてギャンブル行ってみよーか……!)


 白き聖剣に黒い魔力がまとわりつき、大理石を思わせる複雑なもんようを描き出す。魔力は刀身を形作り、その長さが数メルに達する。


「っ! 退ケ!」


「動剣奥伝『カンシキ』──!」


 何者かの声。しかしアルは構わず、はや大剣と呼ぶことすらためらわれる巨大な刃を、眼前のオークゾンビごと地面にたたきつける!


 周囲の音が消し飛び、激震が大地をおびやかした。それは数キルの距離があるエンデ村の住人たちにすら地揺れとして感知された。


 現地の状況は、当然ながらその比ではない。


 爆心地から前方、放射状に三十メルはクレーターとなりその内部には跡形もない。外縁には、種族問わずゾンビの手足や頭部が散らばっていた。


(意識は保った……か……ちっきしょー、生前ならこいつら全部余裕でぶっ飛ばせたのに)


 黒い炎を失ったアルが前方をにらむ。聖剣を地に突き刺し、そのつかがしらへ両しゆこんこつを乗せ、支えとして倒れ掛かる骨体の姿勢を保つ。余裕があるように見せねばならない。


「さあ、どうするゾンビ共!」


 必死に声を張り上げるアル。彼の視線の先には、流石さすがに足を止め、くぐもったうめき声をあげるゾンビの集団。およそ残り三十。大半を吹き飛ばされた格好だ。


「アルさん、アルさん!」


 そんなアルの背後からひそめた声がかかる。彼はそれどころじゃないと思いつつ、


「何だよ、今けっこー重要なとこなんですけど!」


「アルさん、私を食べて!」


(やっべえさくらんしたー!)


 アルはあわてる。戦場で恐怖に精神をやられた人間は、生前たくさん見てきている。


「よし落ち着けー。深呼吸しろー」


 しかしハルベルは別方向にいっぱいいっぱいである。


「違くて! りよく! 食べると! 魔力! 腕一本くらいならいいから!」


「だから落ち着けー!」


 ただ、これでアルにも意味は伝わった。ていに言って、頭がおかしい。


(ったく、無駄に根性わってんなこの娘……。魔力ならまだ……ん? あれ? まだ動けるのか俺? カンやっといて、まだ?)


「──おーら、全隊動くなー」


 アンデッド後方からの声。アルとハルベルの意識も、そちらへ引き戻される。


「ソイツは同類のものだ。これ以上暴れられてもめんどくせえ」


 新たな声の主が、集団を割って現れる。先のオークグールと同じく青黒い肌、魔力もんよう。しかし、ゴブリン特有のわいしようたい、胸部が縦に割れたけいよろい、赤い帽子。


「おいおいおいおい。ヘリャル……か?」


「おう、今度は互いに死人だな。奇遇なもんだ」


「え? え? 知り合い? ……むぐ」アルが指骨でハルベルの口をふさぐ。


 かつて遺跡にてアルたちと戦ったゴブリンの練達者レツドキヤップ──ヘリャルの変わり果てた姿だった。


「どこに再就職してんだか知らんけど、やるならようしやしないぞ?」


「やれんのかい、今のお前で。とんでもねえおおわざ使ったろ」


「ふっふっふ──試すか?」


 軽口交じりに互いを探り合う。とはいえ、ヘリャルにもアルの状態は未知数である。


「──りたいのは山々なんだがな。悲しいことに仕事優先だ」


 そう言う彼の理性はかなり保たれていた。言葉運びにもよどみはない。


 仕事。その言葉を頭にめつつ、あえてアルは話題をらす。


「何でさっき、あのオークを止めてやらなかった?」


「クラルの野郎か。アイツはいい加減理性があやしくてよ。村人殺しかねねえからな」


(……? 村人を殺すのが目的ではない?)


「が、こっちもこれ以上兵を削られちゃつまらねえ。この分じゃ、雇い主が腰を上げそうだが」


「それ、誰か教えてくれてもいいんじゃないか。あと待遇とか休みとか。通勤費出る?」


「そこまでの義理はねえ。ま、次はおんみずからお前の相手をするだろうよ。……ふん、じやっぷりをせいぜい盛っておいてやろうか」


「止めろよそういうの。骨が折れるだろ……ん!?」


 その瞬間だ。目に見えるほどのりよくほんりゆうはいとりでから立ち上った。色は濃く、濁ったあおむらさき。真っ当な人間から出るようなものではない。質も、量も。


「な、なに、あれ」ハルベルがおびえの声を発した。


「──今のしようげきで起きたか。ま、アレだ。しかられに帰るかね……」


 ほんりゆうを親指で指し、ヘリャルは軍を返す。アルに追撃する余裕はない。見送る。


「アルさん……」


「村に帰ろう。どうするにせよ、ちょいと相談──それと、良く頑張ったな。大したもんだ」


 うれしそうにしがみつくハルベルを片手に抱き、アルもまた反対に歩き出す。立ち上る魔力の気配を、背中に感じながら。

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