四章 勇者、久しぶりに本気出す(3/10)



   ◯



 その夜、エリュズ家物置。


 ろうそくの明かりの中、両親のしつせきから逃れて立てもったハルベルがいじけていた。


「ううう……なんでばれたの……いいじゃんさ父さんたち夜に森入ってるんだから……」


 ぶちぶちと言いつつぶちぶちと寝床代わりの干し草を千切ってを続ける。


「ゾンビ見たかったな……いや危ないのは分かってるけど……なんでかあれ系は何とかなる気がするのよねーわたし……あまり怖いとか思わないし……」


「そこのマッドなお嬢さん」


「うわぁぁぁああ!?」


 びくりとハルベルが跳ねる。声の主は物置の戸から現れたシーツ怪人だ。前面に雑に目が描いてある。


「マジで外出るつもりだったとか流石さすがにドン引きするわ。おやさん怒るのも無理ないぜ」


「……アルさん?」


「お、意外に鋭いね。分かった?」


「そんな変な格好する人、村にいないもの……」


 アルが物置へ入り込む。手に持つ盆の上にはサンドイッチだ。ハルベルが目を輝かせた。


「ごはん……ごはん……」


「どうどう。はいしどうどう。落ち着きたまえゾンビみたいなゾンビ好きな少女よ」


【画像】


「なんかひどい言われよう……ごはん……」


 おどけながらアルが対面に座り、ハルベルへと皿を差し出す。


「はああありがとうございまひゅ……」


「やれやれ。個人の好みに口は出さないけども、根拠のない自信はよしといた方がいいぞ。アンデッドなんてトチ狂ってる方が多いんだから」


「はぁい……まー悪いの私ですからね……ところで、その格好は?」


 ハルベルがサンドイッチをかじりながらてのひらを向ける。


「暗がりで骨だとどうかなーって思って」


「ソレも相当アレだと思うんですけど……」


 くすりと笑って、ハルベル。


「そう? んじゃ顔出すけど」


 アルががいとうをめくる。ろうそくに照らされたどくが、ハルベルをえた。


 彼女は少しだけ息を飲む。そのまま黙り込んだ。


「──ハルベル? ど、どうした? やっぱ怖い? まないから平気だぞ?」


「あーいやいや、大丈夫! 大丈夫です!」


 サンドイッチをくわえたまま、ハルベルは首をぷるぷると振った。顔がやや赤くなっている。


 彼女は──自身でも分からないが『それ』に引き付けられた。引き付けられている。


 あの朝に出会った時からそうだった。驚きながら、どこか目を離せなかった。


「それに、むぐ、最初だってびっくりしただけでむぐ、私は別にスケ……とかそんないや……じゃ……なくて……」


 口にものを入れながらしりすぼみに小さくなる声は、アルにはよく聞き取れない。しかし、悪感情を持っていたわけではないということは伝わった。


「…………」「…………」


(…………えーと。差し入れ持ってきただけなんだよね……話題話題)


 しばしの沈黙の後、


「……この村、どうですか」


 切り出したのはハルベルだった。助けられた思いで、アルが返答する。


「んー、いいとこだと思うよ。資源が豊かで、戦争からも遠くて、俺みたいな骨からしたらりよくも豊富で」


「魔力? そうなんですか……?」


 目をしばたたかせるハルベル。彼女はそういったことを意識したことは無かった。直後、ふと気づいたようにてのひらを左右に振った。


「あーいや、そうじゃなくて……状況っていうか」


 ああ、とアルはうなずく。


「そうだな……。魔物が多すぎる気はするねー。なんか原因があるはずだから、それ取り除かないと、解決はしなさそーだ」


 言いながら、アルはやはりはいとりでに住み着いたという魔物ががんかな、と推測する。


「何とか、なりますか……? この村、大丈夫ですか?」


 ハルベルの声にはやや切迫したものがある。アルは彼女を見返した。顔半分をろうそくに照らされる彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「私には知らせないようにしてるみたいだけど……分かります、何人か、いなくなっちゃってる……くなったって」


 アルは無言を返す。覚えはあった。先は冗談めかしていたものの、彼女が夜に外出しようとしたことにはそれが一因でもあるとアルは推測していた。彼が聞くところでは、死者は皆、夜に村外へ出て行ったという。


「この村……、一度、ぜんめつしかけたことがあるんです」


「……魔物が村に?」


「いえ。……えきびようです」


 ハルベルは語り始める。


「半年以上前の話です。村の人たちが次々に倒れました。村の中で、無事だったのは私だけ」


 閉鎖環境での疫病は確かに恐ろしい問題だ。この村のような本格的な医療機関も、魔法使いもいないようなところでは、特に。全滅というのも大げさな話ではないだろう。


「父さんと母さんは、私に村を捨てて逃げなさいって言ったけど……」


 出来るはずもない。親や友人を見捨てて去るという判断は、彼女の年を考えればあまりにこくだ。そもそもが村から出たこともない少女だ。近い町まですらたどり着けたかどうか。


「肌の色が黒くなって、血をたくさんいて。何人も死んじゃったと思いました。でもお墓を作るひまもなくて、そのまま、まだ生きてる人のお世話して……」


「……村中の人たちを?」


 ハルベルがうなずく。死がまんえんする中を、生を探して引き延ばす。アルも戦場で似たような経験はある。


(心が先にしんどくなるんだよな、あれ。耐えたのか、この娘が)


 みずからも思い出してきたのだろう。涙を浮かべたハルベルがこくりとうなずく。


「すぐに無理が来ました。……当たり前だけれど。ああもう駄目だ、これでこの村もわたしもお仕舞いだって思いながら……目を閉じました」


 ハルベルは自分が泣いていることを自覚した。


「でも……起きたらみんな、よろよろだったけど、それでも、生きてた。死んだと思った人たちも何とか起きあがれるようになって、今度は私がお世話されちゃって」


 それでも言葉は止まらない。


「──村はやっとのことで持ち直したばかりなんです。……せっかく、助かったのに」


 彼女はすでに自分のひざへ顔を突っ伏している。しゃくりあげる音がする。


「お願い……アルさん。お願い……します……。この村を、助けて」


 アルのがいこつは感情を表すことはない。しかし、ハルベルの頭に指骨をかぶせた。


「君の心には勇がある」


 てのひらの下で、ハルベルが反応するのをアルは感じ取る。


「それは力が無くては本来持てないものだ。だから君の勇は尊い。俺は君たちを守ろう。君のその心の光を消さないために。君の勇に価値はあったと示すために」


 かつての勇者アルヴィスが取りこぼしたもの。


 ハルベルのような人々が、勇者の陰にはたくさんいたはずなのだから。


 それが──フブルに言われたとはいえ──自分が再び旅に出た理由の一つだと、薄々アル自身も気付いてはいた。


「なんてな。でも勇者なら、きっとそう言うぜ」


 アルの手の下で「はび」とか「ばい」とか、そういう声がした。そのまま、泣き声が寝息へ変わるまで、彼はそうしていた。



   ◯



「仕事熱心なんだね」


 翌日の夕方。村の外に現れるものそうとうに向かうアルへ、ひょっこりと現れたハルベルがマントを渡す。その口調は昨晩よりくだけたものになっている。


「骨があるなってよく言われる」


 マントを着込むアルに、くすり、ハルベルが笑う。


(うおお骨ジョーク初めてウケた……!)


「えへ。村の皆も狩りや山菜採りに行ける範囲が広がったって喜んでる。ありがとね。……その、昨日のことも」


「ああ、ハルベルさんボロ泣き事件」


「忘れてください……」


 うん、とうなずくアルの胸中はしかし晴れない。


(さて、守るとは言ったものの。なぞは多いな)


「でも、アルさん強いんだ。して帰ってきたことないし」


「そこそこ長いからね、このぎようも」


 ハルベルはその言葉で気付いた。この、人の味方をしてくれる強いスケルトンはしかし、どこかで死んだのだ。


「……死んじゃう前からやってたの?」


 アルは剣帯を取り付け、ハルベルへと振り向く。


 そのふうぼうに、ハルベルは心臓が早くなるのを感じる。そこには死へのおそれ以外の何かがある。


(わたし、もしかして、ほんのちょっとだけおかしな趣味なのかしら……!)


「死んでも治らんとはまさにこのこと、なんつって」


 ハルベルの思考が打ち切られる。彼女が気付いたときには、アルは戸外へとせていた。


「……つまんないよ、それ」


 ぽつりと、取り残された少女はつぶやいた。

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